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2013/03/29

■節子への挽歌2035:自分の魂の復活

節子
少し前に幽霊の話を書きましたが、昨夜、夜中に目が覚めた時に、突然、宮沢賢治のことを思い出しました。
宮沢賢治も幽霊に出会っているのです。
それも一度ならずです。
最愛の妹のトシ子の幽霊(この表現は適切ではないと思いますが)に会ったことも友人に何回か語っています。

幽霊ではありませんが、「荒城の月」の作詞者として有名な土井晩翠夫妻も、2人の子どもを亡くした後、当時有名だった小林寿子という霊媒師を介して、子どもたちと何回も話し合っています。
最初は懐疑的だった奥様も、こう話したとある本(「あの世はあった」)に書かれています。

小林夫人の御身体を拝借して出て来た霊は、私共の愛する娘と息子に毛頭相違ありませんでした。この時の思いは千万無量、到底筆舌にはつくすことが出来ません。今はこの世にない最愛の二児が霊界に生きていて、小林夫人の御身体を拝借すれば、何時でも話が出来るという事実を知った時の驚喜は無上無限、全く自分達夫婦の魂の復活でした。

改めてこの本を読み直して気になったのは、「何時でも話が出来るという事実を知った時の驚喜は無上無限、全く自分達夫婦の魂の復活でした」というところです。
子どもたちの復活ではなく、自らの魂の復活です。
死者に支えられて生きる魂。
死者と生者は、そこではクロスしています。

大宰府の加野さんのことを思い出しました。
加野さんも娘さんを亡くされた後、大日寺の庄崎師を通して毎月のように娘さんと会話しています。もうご高齢なのに、今もなお、魂のオーラを感ずるのは、そのせいかもしれません。

賢治はトシ子の身体を目にしています。
自分の部屋にまで招きいれたという話も残っています。
土井夫妻は、おそらく姿は見ていないでしょう。
現れ方は違いますが、私にはいずれも自らの心身の中に今もいる「愛する人」との出会いであり、会話なのだろうと思います。
生を支えているのは、長い歴史に残っている多くの死者なのです。
幽霊とか霊媒師というと、なにやら胡散臭さを感ずる人が多いでしょうが、実際に体験した人にとっては、そんなことはどうでもいいでしょう。
現に体験し、魂の復活さえできたのであれば、ただただそれを受け入れればいいだけの話です。

宮沢賢治の、不思議な物語が、なぜ今も人気なのか。
それはたぶん「絵空事」ではないからです。
心身を素直に開放すれば、世界の見え方は違ってきます。
賢治が生きていたのは、そういう世界だったのではないかと思います。
賢治もまた、トシ子とともに、彼岸と此岸を超えてしまった生き方をしていたのかもしれません。

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