■節子への挽歌2052:「わかりあえない」とわかった時に、はじめて「わかりあえる」
節子
昨日、湯島に「うつ」を治した人が2人、来てくれました。
ある人の紹介ですが、お2人とも初対面の方です。
おひとりは「うつ」になって3か月入院、そこであることに気づいて回復し、その時の体験を本にされました。
その本を読んで、元気づけられたのがもう一人の人です。
このブログでも紹介したレネさんの紹介で、私はお2人を知りました。
お2人とも、自らが「うつ」だったことを公言しているので、お名前を出してもいいでしょう。
濱田さんと斎藤さんです。
濱田さんが言いました。
「専門家」はいろんなことを言うけれど、当事者にとっては「わかってないね」という事が多い。
斎藤さんが大きく頷きました。
私も、そうだそうだと思いました。
私は、「うつ」という診断をもらったことはありませんが、「うつ状況」はたぶん体験しています。
節子を見送った後にも、そんな状況はあったような気もします。
そんな時に、誰かが私のことを心配して声をかけてくれても、素直には心に入らないばかりか、逆に反発を感ずることのほうが多かった気がします。
お気遣いはわかるけれど、逆効果ですよ」と言いたくなることも少なくありませんでした。
福祉の世界にこの10年以上、ささやかに関わってきて、思うことは、人はそれぞれにまったく違うということです。
にもかかわらず、多くの人は杓子定規に考えがちです。
当事者体験がなければ、それは当然のことかもしれませんが、「相手の立場にはなれずに、相手のことをわかることなどできない」という認識が必要だと思うようになっています。
ましてや、相手のためになにかしてやろうなどという発想は捨てなければいけません。
その人との関係において自分には何ができるか、を考えるようにしています。
このふたつは似ていますが、私にとっては全く正反対のものです。
視点が相手という客体にあるのではなく、自分という主体にあるからです。
ややこしい話になってしまいましたが、濱田さんと斎藤さんと話していて、人がわかりあうということの難しさを改めて考えました。
もしかしたら、「わかりあえない」とわかった時に、はじめて「わかりあえる」のかもしれません。
そして、そういう意味で「わかりあえる」と、相手と自分の境界がなくなり、「つくりあう」ことによって、わかろうとしなくてもわかりあえる関係になっていくのです。
ますますややこしくなってしまいました。
でもきっと、わかってもらえる人にはわかってもらえるでしょう。
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