« ■世の中を変えるためにできること | トップページ | ■ペイフォワードと恩送り、そして未来への配慮 »

2013/04/13

■節子への挽歌2050:長い目覚め

節子
ここしばらく夜中にしっかりと目覚めることはなくなっていたのですが、昨夜は2時前に目が覚めてしまいました。
昨日少し気になることが発生し、予感はしていたのですが、予感するとだいたいそれが実現します。
目覚めた時に、長い目覚めになりそうだと思ったために、まさにそうなってしまい、2時間以上、目覚めていました。

真夜中に目が覚めてしまうと考えることしかできません。
そのためますます頭が冴えていきます。
そのうちに、ある本のタイトルを思い出しました。
「夢よりも深い覚醒へ」
大澤真幸さんの岩波新書ですが、最近、大澤さんとエコノミストの水野さんの対談の本を読んでいたせいかもしれません。
同書の副題は「3・11後の哲学」です。
3・11という破局的な悲劇を体験したことを踏まえて、圧倒的な破局を内に秘めた社会のあり方を、大澤さんは思考しています。
ちなみに、「夢よりも深い覚醒」は大澤さんの師でもある見田宗介さんの言葉だそうです。
大澤さんは、その本のあとがきにこう書いています。

3・11の出来事は、われわれの日常の現実を切り裂く(悪)夢のように体験された。その夢から現実へと覚醒するのではなく、夢により深く内在するようにして覚醒しなくてはならない。

比較するのはいささか気後れするのですが、節子との別れは、私にとっては「圧倒的な破局」であり、「常態的な破局」でした。
現実というよりも、まさに「覚めてほしい夢」といった感じです。
そうであるならば、個人においてもまた、「夢よりも深い覚醒」があるのではないかと、奇妙に「覚醒」という言葉が迫ってきたのです。

節子を見送った後、たしかにいろいろな「気づき」があり、生き方も変わりました。
何よりも変わったのは、世界の風景です。
よく言えば「時空的に広がり」、悪く言えば「色彩がなくなった」のです。
しかし、果たして、本当の意味で生き方が変わったのかどうか。
それはなんともいえません。反省すべきことはたくさんあります。
大澤さんの本を読んだのはもう1年以上前ですが、もう一度、読み直してみようと思います。
まあ、次元が違うので、つながらないかもしれませんが、私の生き方からすればつながっているはずです。

それはともかく、今日は寝不足で、頭がふらふらします。
天気がいいので、荒れ放題にしていた庭の池の掃除をしようと思っていましたが、水をすべてかき出したところで、腰が痛くなって放棄しました。
掃除といいながら、その前段階の、思い切り散らかした段階で、掃除を止めてしまうことは、私のよくやることなのです。
節子はその後片付けをしてくれましたが、もう後片付けをやってくれる節子はいません。
どうやら、私の生き方は、あんまり変わっていないようです。
まあ後片付けは明日にしましょう。
腰を痛めてはいけません。
身心の声には素直になりましょう。
覚醒も大事ですが、素直さも大事です。

|

« ■世の中を変えるためにできること | トップページ | ■ペイフォワードと恩送り、そして未来への配慮 »

妻への挽歌11」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌2050:長い目覚め:

« ■世の中を変えるためにできること | トップページ | ■ペイフォワードと恩送り、そして未来への配慮 »