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2013/04/07

■節子への挽歌2044:ファッションライフとは程遠い生活

節子
春が来たら、何を着ていいか、わからなくなりました。
季節の変わり目は、いつも困ります。

節子がいなくなってから、衣料を買いに行かなくなったので、着るものがないのです。
ユカが時々、買いに行こうと言ってくれるのですが、どうも衣服売り場で探すのが面倒です。
もともとおしゃれでないにもかかわらず、着るものへのこだわりがあるのです。
一言で言えば、主張していない衣服が好みです。
ですから、キャラクターやロゴの入っているものはだめですし、ましてやブランド物などは問題外です。
無地で、デザイン的にも主張がなく、私でも着られるものです。
そういうものが、意外と少ないのです。
その上、わが家の経済状況と支出優先度からいって、価格水準もかなり低いのです。
ですから、娘も一緒に買いに行くのを好みません。
節子だったら、厭わずに付いてきてくれて、私が飽きた頃にむりやり買ってくれるのですが、娘にはそこまでの要求はできません。
それに、節子がいなくなってからは、せいぜい行くのがイトーヨーカ堂かユニクロなのです。
ユニクロはシンプルでいいので、時にフィットするとまとめて色違いを数着購入してもらいますが、そのおかげで毎日同じ種類のものを着る羽目になります。
たまには違うものをと言われても、それしかないのです。
それに朝、何を着ようかと考える必要もありません。
何を着るか、選ぶのが楽しみだという人もいるでしょうが、選択は少ないにこしたことはありません。
それが私の、今の生き方なのです。

歳をとるとどんどん汚らしくなるのだから少しは身だしなみや着るものに注意しろと娘は言います。
しかし、私にはそれがまったくできないのです。

ネクタイは、この2年、2本しか使っていません。
娘が、毎回同じではだめだと言って、先日クローゼットを探したら、ネクタイがたくさん出てきました。
娘が誕生日に苦労して選んだ高価なネクタイも埋もれていましたので、娘は嘆いていました。
しかし、やはりネクタイは2本もあれば十分です。
そのネクタイは、1本が5000円で、1本が500円だったと思いますが、いまや私には区別がつきません。
実は、そのことが気にいっているのです。

わが家のチビ太くんのデザインのネクタイも出てきました。
昔は、いろんなネクタイを使っていたようです。
私の生き方もかなり変わってきているようです。

娘からは、穴のあきそうな靴下は自分で捨てろといわれていますが、もう一度くらいはけるなあと思って捨てないうちに穴が開いてしまっています。
それで娘に怒られますが、節子がいた頃はどうしていたのでしょうか。

食事をつくってくれている娘が、時々、何がいいかと訊いてきます。
なんでもいいよというと怒られます。
衣服も食事も、選択などしないですむ生活がしたいです。
節子がいなくなってから、ますます「選択」に興味を失ってきています。

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