■水俣病認定対応から見える原発事故被災者の救済
数日前にこんな記事が新聞に出ていました。
熊本県水俣市の溝口チエさんの遺族が県を相手に、水俣病患者としての認定を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第三小法廷(寺田逸郎裁判長)は16日、県の上告を棄却し、原告勝訴とした。2012年2月、女性を患者と認めなかった県の処分を取り消し、認定するよう県に義務付けた二審・福岡高裁判決が確定した。溝口チエさんが手足などに感覚障害があると診断されて、県に水俣病認定の申請を行ったのは1974年です。
それから40年近い月日が経っています。
チエさんは1977年に亡くなりました。
報道でご存知の方も多いと思いますが、水俣病の患者認定は、1977年に国が定めた基準に基づいて行われています。
複数の症状が組み合わさっていることが条件とされているため、「本来認定されるべき人をも切り捨てている」との批判が多く、認定されなかった人による訴訟が繰り返されてきました。
この判決は、その一つです。
チエさんの息子さんは判決が出たあと、「(認定は)私だけの問題じゃない。後に続く人に少しでもプラスになってほしい」「基準の見直しは当然。国は姿勢や考え方を変えるべきだ」と話しています。
しかし、残念ながら、環境省は水俣病認定基準の見直しを拒否しました。
判決を、基準を否定しているわけではない、運営で対応できると受け止めたのです。
西日本新聞は、社説で、「自分に都合のいいように解釈し、物事を進めようとする。まさに「我田引水」のような国の反応ではないか」と指摘しています。
この環境省の姿勢には、統治の本質がうかがえます。
西日本新聞の社説は、こうも書いています。
行政が認める患者と、司法が認める患者。本来、「二つの水俣病」があっていいわけがない。今年は、水俣病の公式確認から57年目。5月1日には水俣市で慰霊式が開かれ、石原環境相も出席の予定だそうです。
そこでどんなやり取りが行われるか。
そこに、原発事故保障の未来が垣間見えるような気がします。
ちなみに、溝口さんは判決後、記者団に「どうしてこんなに長引いたのか説明してほしい」と話しています。
ほんとうにそうです。
当事者と行政や司法などの統治者との時間間隔はまったく違うのです。
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