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2013/04/20

■節子への挽歌2056:死への距離感

節子
鈴木さんがまた読み直しているというので、ついつい影響を受けて、遠藤誠さんの『道元「禅」とは何か 正法眼蔵随聞記入門』の第6巻を読んでみました。
遠藤さんの絶筆になった本で、最後の最後まで、淡々と書いています。
まさに途中で、ぷつんと切れている感じです。
絶筆後は、遠藤さんの師といわれる紀野一義さんが、遠藤さんの遺言を受けて、補筆しています。

通読して、死に直面している人のすごさを感じました。
紀野さんという人も死に直面した体験を持つ人ですが、死に対する距離感が明らかに違うのです。
というよりも、第6巻を書いている頃の遠藤さんは、もしかしたら、すでに彼岸と此岸を往来しているようにさえ感じます。
つまり、すでに死を克服しているわけです。
遠藤さんにあっては、すでに「死」が死んでいる。
そんな気がしました。

そして、なぜか節子を思い出しました。
節子は、たぶん息を引き取る、少なくとも半月前には、死を超えていた。
彼岸に行っていたのです。
それを私は全く気づかなかった。
どうしようもない愚か者です。
節子よりは賢いと自負していましたが、とんでもなく愚かだったのです。
死を超えると、人はやさしく穏やかになる、
彼岸とは、人のいのちをやさしくしてくれる、何かを持っているのでしょう。
それがわかれば、安堵して死を超えられます、
いや、生を超えるというべきでしょうか。
私は、それに気づかなかったのです。

節子は、たぶん、道元などは読まないでしょう。
節子が元気だったら、私もまた、道元は読まなかったでしょう。
でも今回は、2日で読んでしまいました。
面白かったので、遠藤さんの残りの全巻も読むことにしました。
彼岸に行ったら、節子にお説教できそうです。
まあ、節子はそんなお説教など聴いてはくれないでしょうが。

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