« ■節子への挽歌2073:「話す相手」がいなければ「話す自分」もいなくなる | トップページ | ■節子への挽歌2075:パーティへの招待状 »

2013/05/08

■節子への挽歌2074:節子がいた頃の風景

節子
家庭菜園の整備がかなり整い、いよいよ野菜も植えました。
とりあえずミニトマト、なす、きゅうりなどです。
昨年、時間をかけて生い茂っていた草や笹を刈り取っていたので、今年は思った以上に作業が早く進みました。

花の種は、まだ芽がでてきませんが、少しだけ「荒れ地」が「畑」らしくなってきました。
まだ肝心の道沿いの斜面が荒れていますが、しばらく放置していた間に、見も知らぬ木が大きく育っています。
それを切るのも忍びないのですが、切ってしまいました。

切るといえば、道沿いの5本のヒバの木が大きくなってしまっていました。
そのうちの2本は昨年枝をすべてはらっていたんで、枯れましたが、残りの3本は元気です。
それで切るのをやめて、小さくすることにしました。
これから時間の合間を見つけて、道沿いをきれいにし、花を植えていく予定です。

この畑の前の道は、「はけの道」と言って、白樺派文人も、たぶん散歩した道です。
今はその面影は少なくなっていますが、散歩する人は結構います。
節子がちゃんと花畑をつくっていたころは、通る人からも「きれいですね」といわれていました。
節子の病気が治り、元気になったら、ここに長いすを置いて、散歩している人のお休みの場を提供する計画でしたが、それは実現しませんでした。
私一人では、ちょっとその勇気が出てきません。

斜面の草狩りをしていると、生い茂った草の下から、いろんなものが出てきます。
節子は、整地する前の宅地に散在していた、いろんな廃物や石ころやコンクリートのかけらなどを活用して、段々畑に利用していましたが、そうしたものも荒れているところでは、単なる廃物にしか見えません。
お金をかけずに、花畑をつくるのは、それなりの工夫が必要ですが、節子はそうした点にかけては、まあまあでした。
私は、思いはありますが、どうも苦手です。

農園復活と同時に、自宅の庭でもプランター菜園を復活させることにしました。
朝食のサニーレタスのタネを蒔きました。
芽がでるといいのですが。

まあこんな感じで、節子がいなくなってから、風景が変わってきている中でも、
少しずつですが、節子がいた頃の風景も戻ってきています。

しかし、野菜や花と付き合うのは、結構大変です。
私のように、飽きっぽい性格だと、ついつい手を抜きたくなります。
私は、自分自身の「生存のための基本的な活動」さえも、できれば手を抜きたいと思っている人間です。
しかし、自分はいいのですが、わが家の老犬チビ太くんの介護と同じで、植物のように素直な生命との付き合いは、手を抜けません。
土と付き合うのは、やはり生きる上で、大きな学びがあることを感じます。

|

« ■節子への挽歌2073:「話す相手」がいなければ「話す自分」もいなくなる | トップページ | ■節子への挽歌2075:パーティへの招待状 »

妻への挽歌11」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌2074:節子がいた頃の風景:

« ■節子への挽歌2073:「話す相手」がいなければ「話す自分」もいなくなる | トップページ | ■節子への挽歌2075:パーティへの招待状 »