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2013/05/26

■節子への挽歌2089:楽あれば苦

節子
今日も畑仕事をしました。
昨年よりはうまくいっていますが、やはりかなり大変です。
時々、娘たちが手伝ってくれますが、私一人の作業が多いです。
しかし、なかなか花壇はできません。
タネを蒔きましたが、芽があまり出てきません。

それにしても、節子はよくまあ、花壇と畑をつくったものです。
何しろ宅地ですから、いま以上に大変だったはずです。
そこを廃物利用でロックガーデンもどきにし、花を植えたのですから。
生い茂った草の中から、柵や置石がでてくることがありますが、節子の工夫のあとが伝わってきます。

人には得手不得手があります。
野菜作りや花壇作りは節子の分野でした。
その分野では、私は単なる手伝い人でしかありませんでした。
私たちは、かなり役割分担がうまくいった組み合わせだったと思います。

田中美津さんの「いのちの女たちへ」という本を読みました。
田中さんといえば、1970年代のウーマンリブ運動の中心にいた一人です。
かなり強烈な本ですが、最近読んで刺激を受けた「全生活 転形期の公共空間」という本に引用されていた田中さんの言葉に感動して、田中さん自らが書いた本を読みたくなったのです。
いまこそ田中さんのメッセージは意味を持っていると思ったからです。

田中さんは、「女は母として、妻として生きよと強いる」社会に異議申し立てをしたのですが、それは同時に、男たちの解放に繋がるメッセージでした。
そのメッセージには共感できますが、田中さんの本を読んでいて、私たちの夫婦関係は、いささか例外なのではないかという気が少ししてきました。
私たちは、ジグゾーパズルの隣り合ったピースのように、違和感なくより添えた関係だったからです。
しかし、この本を読んで、もしかしたら、節子は私に無理やりあわせていたのではないかという疑念が浮かんできました。
全く違った環境で育った2人が、そんなにしっくり行くはずはないのではないか。

私たちは、いずれも自己主張はそれなりに強かったのですが、いわゆる昇進志向はお互いに全くありませんでした。
「男は常に強くあらねばならない己れに合わせて、より強く、より早く走ることを己れに課していく」と、田中さんは書いていますが、私にはそういう意識は皆無でした。
節子もまた、私にそんなことは全く期待もしていませんでした。
会社を辞めることを節子に話した時に、それを実感しました。
節子は節子で、その時に私の生き方を確信してくれたのだろうと思います。
私たちは、お互いを解放し、自らもまた解放した生き方をしていたと思います。
田中さんの本を読んで、刺激は受けましたが、田中さんたちの生き方が、とても古めかしく、自由でないなとも感じました。
私たちは、たぶん近代の先のポストモダンの、その先を生きていたような気がします。

私たちは、ただただ一緒にいるだけで満足だったのです。
改めて、節子との人生は良い人生だったと思います。
その償いを、いましているような気がします。
楽あれば苦ありは、避けがたい自然の理ですから。

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