■自民党憲法改正草案による亡国への道:その7
自民党の憲法改正草案の大きな問題は、第9条と天皇の位置づけです。
いずれも、さまざまな人がすでに語っていますので、それに付け足すほどの私見はありません。
天皇に関して言えば、なぜオランダの皇室のようにならないのかという気はしますが、私の手におえるテーマではないので、書き控えます。
皇族のみなさまには、ただただ同情し、感謝するだけです。
第9条ですが、これもあえて付け加えることはないのですが、問題のとらえ方には大きな危険性を感じます。
それは、解釈改憲によって進められてきた結果としての現状と憲法条文のずれがあるから、現実に合わせるのだという論理思考への危惧です。
現実と条文が違うのであれば、現実を正すのが、憲法の存在意義です。
憲法を変えることによって現実に合わせるという発想は、憲法の規範性を否定するものです。
放射線汚染が広がったので、安全基準を変えてしまおうというのと同じです。
テレビで自民党の議員が、北朝鮮がミサイルを発射するというのに、日本の攻撃力を高めないでいいのかというような発言をしていましたが、これこそ冷戦時代に流行ったハーマン・カーンの「エスカレーション発想」です。
私は、当時もオスグッドの「一方的削減発想」に賛成でした。
歴史は、そのほうが効果的だったことを示しています。
北朝鮮にとっては、第二次世界大戦前の日本と同じく、攻撃の包囲網の中で、いたたまれなくなっているのかもしれません。
北朝鮮の好戦的な姿勢が、だれを利しているかを考えると、私は北朝鮮だけを批判する気にはなれません。
北朝鮮の水際外交と日米の軍事力の存在はセットで考えなければいけません。
防衛軍の設置は愚策だと思いますが、それ以上に私が危惧するのは、「現実と規範が違っていたら現実に合わせて規範を変える」という発想です。
こうした安直な発想が、さまざまなところで広がっていますが、国家の大元の憲法にさえ、それが行われるのかと思うと、恐ろしさは高まります。
いうまでもなく、この発想は憲法は「変えやすくする」という発想とつながっているのです。
つまり規範の私物化あり、憲法の否定です。
国民の手に憲法を取り戻すのではないことは、明らかです。
この発想が、日本を滅ぼしていくでしょう。
悪貨が良貨を駆逐する。
社会の崩壊は、ここから始まります。
規範がなくなれば、社会は壊れるしかないのです。
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