■人にレベルはありません
昨日、企業経営幹部の人たちの公開フォーラムがありました。
そこでいささかムッとする発言がありました。
私の知人からの発言ですので、あまり具体的に書くと角が立ちますが、やはり書かなくてはいけないと思い、書くことにしました。
実は同じような発言は、これまで何回も聞いています。
私が敬愛する中小企業の社長までが言うのですから、私にはやり切れません。
どういう発言か。
昨日は、経営道フォーラムという活動の発表会でした。
そこで、これからは「危機」を新しい機会へのチャンスと捉え、新しいビジネスモデルにつなげていくという報告がありました。
それに対して、会場にいた、某大企業出身で定年後、中小企業のコンサルティングなどをされている人が発言しました。
「ここにいる大企業の人たちと違って、中小企業で働いている人たちはレベルが低くて、危機意識さえもってくれない」。
私がひっかかったのは「レベルが低い」ということです。
親しい友人の社長と話していた時に、同じようなことを言われたことがあります。
「佐藤さんが言うようなことは私の会社では難しい。うちのような中小企業の従業員は、佐藤さんが所属していた大企業の人たちとは全く違うんですよ」
私には意外な発言で、ついついその後、かなり言い合ってしまいました。
私からすれば、その会社の顧問的な人よりも従業員の人たちのほうがよほどしっかりしているように感じていました。
会社の顧問とかコンサルタントが、会社をだめにしている事例を私はいくつか感じています。
こういう話は、何も今にはじまったことではありません。
ブログにも書いた事があったなと思い出して調べてみたら、2004年にも、同じ経営道フォーラムの発表会で同じ発言を受けていました。
社会貢献活動に関してです。
人にレベルはありません。
あるのは違いです。
そして大切なことは、偉そうな理屈ではありません。
その違いを活かしあってこそ、組織活動の意味はあります。
もしレベルがあるとすれば、レベルが低いと言って、人を見下すような人です。
その人は、自意識の上ではきっとレベルが高いと思っているのでしょう。
自分は、他者とは違うと思っているわけです。
そんな人に現場の実相は見えません。
しかも、基準を変えたら、上下関係は反転します。
大企業が壊れだしているのは、こういう意識の蔓延のせいかもしれません。
現場で汗している人のレベルが、低いはずがないのです。
その汗に寄生している人たちは、もっとそういう人を見習わなければいけません。
少なくとも敬意を払うべきです。
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