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2013/06/24

■節子への挽歌2115:パソコンよりも節子と付き合うべきでした

節子
またしばらく挽歌を書かずにしました。
欠かしたことのなかったホームページの更新も先週は忘れてしまっていました。
あいかわらずこの間、いろんなことがありましたが、どうも最近、パソコンに向かう気が薄れてきていました。
節子がいる時に、こうなれば節子には喜んでもらえたでしょう。
節子は、私がパソコンに向かうのが好きではありませんでした。
パソコンで手紙を書くのも嘆いていました。
旅行にまでパソコンを持参していることも気にいらないでいました。
まあ諦めてもいましたが。

パソコンなどとは向き合わずに、もっと節子と向き合う時間を増やすべきでした。
いまにして思えば、悔いが残りますが、当時はせつことはまだまだたくさんの時間があるからと思っていました。
しかし、その時間はある日、突然になくなってしまうのです。

発病後、節子は一日一日を大事に生きることに専念しました。
私も、そうするように、それなりに努力しましたが、それはそう簡単なことではありません。
その生き方は、残念ながら私の身にはつきませんでした。
節子がいなくなったいま、「一日一日を大事に生きること」を忘れたわけではありませんが、それと真逆な生き方をしているかもしれません。
いまここで人生が終わっても良い、と思ってはいますが、それは単に人生観が変わっただけであって、生き方が変わったのではありません。
節子からの学びは習得できずにいます。
節子は彼岸で諦めているかもしれません。

この2日。節子の夢を見ました。
なぜか節子は私よりも颯爽としていました。
内容は思い出せませんが、私を諭していたような気がします。
いまの私は頼りないのでしょうか。
それも少し納得できます。

なにやらまた厭世観が高まっています。
困ったものです。

溜まってしまった挽歌を少しまとめて書くようにします。
時評も書けずにいますので、それも書きましょう。
今日はなにやら陰鬱な天気です。

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