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2013/06/04

■節子への挽歌2099:今日は予定をすべてキャンセルしました

中国の宋代の儒学者、朱子は、気という物質的な次元で人間と世界とを連続的に説明しようとする発想に基づき、環境と身体の相関のうちに人間存在の根幹をみると考えました。
これは、私には「大きないのち」の発想に繋がる考えのように思います。
これに関しては、以前も書いたような気がします。

最近、どうも気が滅入る状況が続いています。
環境を変えないといけません。
しかし、気が滅入っている時には、なかなか環境を変えようという気も起きてきません。
流れに流されて、ますます気が滅入っていきかねません。

幸いにこの3日間、梅雨の合間の良い天気が続いています。
いろいろと環境を変える段取りをしていますが、今日は思い切って、日常を離れて、まったく別の1日にすることにしました。
幸いに、先月末の誕生日に体調を崩していた上の娘が、誕生日プレゼントに1日、好きなところに自動車で連れてってやるという提案がありました。
私は自動車免許を持ってはいるのですが、あまり運転適性がないため、運転をやめてから10年を超えてしまいました。
最近は全く運転をしていないのです。

気というのは不思議なもので、それだけで少し気が動きます。
予定をすべてキャンセルし、今日は気ままに過ごすことにしました。
朝にはまず畑に水やりに行ってきました。
ナスは少し水やりをさぼると元気をなくします。
実に正直で、親近感を持ちます。

昨日も、畑で生い茂りだした野草と奮闘しました。
ちゃんとした農地ではないところですので、ともかく野草が元気なのです。
もう少し農地らしくなると、たぶん野草も遠慮してくれるのでしょうが、いまはまだ自分たちがこの土地の主役だと思っています。
まさに朱子が言うように、生命は環境と一体です。
そうした中で、身をこごめて鎌で草刈りをしていると、もろに土ほこりがのどに入ってきます。
この辺りは放射線汚染がかなり高いので、おそらく私も内部被曝しているでしょう。
畑作業をやった後は、必ずのどがおかしくなります。
そしていまや恒常化しています。
しかし、環境と共に生きるのは生命の必然です。
それを防ごうとなどは思いません。

ところで、最近私が滅入らせている環境は、いろいろあります。
しかし、一番大きいのは、やはり節子の不在です。
6年近くたってと思われそうですが、それを実感できてきたのは、実は半年程前なのです。
それまでは現実として受け容れられないところもあり、したがって逆にその意味が理解できなかったのです。

愛する人の死への悲しみは、時が癒してくれると、よくいわれますが、たしかに癒してくれる面もありますが、逆に時と共に真実味を増してくることもあるのです。
もしみなさんの周りに、そういう人がいたら、ぜひこのこともちょっと思い出してください。

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妻への挽歌11」カテゴリの記事

コメント

佐藤様へ
まずお詫びをさせてください。
前回の私の投稿コメントに関してですが、言葉不足だったのはむしろ私の方です。
佐藤様の生き方や、考え方を批判をするつもりは全く無かったのですが、私の言葉不足から、そのようにとられても仕方の無いコメントになってしまっていました。自身の至らなさに深く反省しております。
本当にすみませんでした。
こちらのブログは、今の日本社会のありようへの疑問や佐藤様の生き方に共感し、また感銘を受ける事が多く、「なるほど」と頷きながら読ませて頂いております。
私のような読者は多いのではないかと思っています。


…さて
以下は心のケアを仕事にされている方のコメントなのですが、気持ちがいまひとつ浮かないときは、『思い切ってなにもしようとせず、自然にしようと思った時だけ、その事をする』というのが、何よりも心の為に有効なのだそうです。
ですから
>気というのは不思議なもので、それだけで少し気が動きます。
>予定をすべてキャンセルし、今日は気ままに過ごすことにしました。
とされているのは、とても素敵な過ごし方だと思います。
私自身も迷い、悩む事が多い人生ですが、そうやって自らの心を大切に過ごしたいと思います。

どうぞこれからもご自愛なさってくだい。

再度の長文失礼致しました。

投稿: 草庵 | 2013/06/05 12:50

草庵さん
ありがとうございます。

お詫びは全く不要です。
決して批判されたとは思っていませんし、仮に批判でもうれしいものです。
草庵さんの意図は理解できているつもりですが、それがうまく伝わらなかったことでは、むしろ私のほうがお詫びしたほうがいいですね。
すみません。

>『思い切ってなにもしようとせず、自然にしようと思った時だけ、その事をする』というのが、何よりも心の為に有効なのだそうです。

そうですね。
同感です。
もっともそうすることに、いささかの「罪の意識」をどうしても感じてしまいのもまた事実なのです。
これは世代のせいかもしれません。
しかし、「自らの心を大切に過ごしたい」とは、私も全く同感です。
もっと自分を大事にしないといけないと、時々は思うのですが。

今日も実は昨日の続きで、在宅で流れに任せています。
草庵さんからのメッセージにも元気をもらいました。
お心遣いに感謝します。
ありがとうございました。

投稿: 佐藤修 | 2013/06/05 16:44

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