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2013/06/24

■節子への挽歌2116:両親の法要

節子
昨日、私の両親の17回忌と27回忌の法要でした。
節子は今、私の両親と同じお墓には言っていますが、おそらく両親にとっては、実に2人の息子たちよりも、節子のほうがお気に入りだったでしょう。
節子は途中からの同居でしたが、私の両親にはとてもよくしてくれました。
私が果たした唯一の親孝行は、節子だったかもしれません。

節子も私も、固定した墓はつくらないでいようと話していました。
しかし、節子は死を実感したと思われる、ある日、突然に私の両親の墓に入ると言い出したのです。
意外でしたが、あまり深く考えずに行動するのが、私たち夫婦で、私もそれに合意し、いまは墓を守ってくれている兄に話して、了解を得ました。
しかし、いま考えると、私もその墓に入るということです。
私は、できれば大地にまいてほしかったのですが、それができなくなりました。
いささか軽薄だったとも思いますが、人はその時に考えることが正しいのだと言う、あんまり根拠のない信条を持っている私としては、まあ仕方がありません。

法要はお寺でやりました。
父の葬儀の時には、まだ子どもだったご住職の息子さんが、いまは後を継がれて法要をしてくださいます。
毎回、読経も説法も上達しているのが、よくわかります。
今回は、塔婆とお焼香の説明をみんなにわかりやすくしてくれました。

法要後、兄の家族たちと一緒に、食事をしました。
ここに節子がいないのが、やはり大きな違和感です。
とても奇妙な感覚なのです。
やはりまだ私も正常化していないのかもしれません。

8月には節子の7回忌です。
供花にはバラも入れましょう。

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