■節子への挽歌2111:「でも、それでいいんだよ」
節子
昨日の朝日新聞に、「がん患者学」を残した柳原和子さんの闘病を間近で献身的に支え続けた工藤玲子さんのインタビュー記事が乗っていました。
「がん」という文字があるだけで、拒否反応が出てくるのですが、柳原さんという名前に魅かれて読んでしまいました。
いや読むことができたというべきでしょうか。
柳原和子さんに関しては、節子の闘病中と見送った後に少しだけ接点がありました。
柳原さんの生き方は、大きな支えにもなっていました。
工藤さんが語っていることは、すべて素直に心に入ってきました。
「がん」と言う文字があるのに、こんなに心穏やかに読めたのは初めてです。
最後に工藤さんはこう語っています。
柳原さんには人を丸ごと大きく巻き込んでしまう不思議な吸引力があり、最期までお付き合いしました。泣いたり、わめいたり、はしゃいだり、喜んだり、引きこもったり。人間は強くないし、病を抱えるとさらに弱さが出てしまう。でも、それでいいんだよ、と、柳原さんに教えてもらった気がします。私が節子から学んだことが、すべて語られていました。
節子もきっと、私の不十分な看病と見送った後の無残な生き方に対して、「でも、それでいいんだよ」と言ってくれているような気がしました。
駆動さんの言葉を読んで、少し心が安堵した気がします。
「でも、それでいいんだよ」
そうだよね、節子。
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