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2013/07/23

■節子への挽歌2137:食事と睡眠が好きではありません

節子
最近、寝不足が続いています。
暑さのせいでは、たぶん、ありません。
だからといって、ほかに確たる理由があるわけではありません。
なぜか真夜中に目が覚めるのです。
そしていろいろと考えごとが浮かんできます。
考えるのもわずらわしいので、寝室のテレビをかけます。
テレビを見るわけではありません。
何となく音がするのが落ち着くのです。
そしてそのまま、寝るでもなく寝ないでもなく、朝を迎えます。
まあ寝ているのでしょうが、どうもすっきりしないのです。
人間、寝ないですめばどんなに幸せだろうと思うことがよくあります。
私は、寝ることが好きではないのです。

寝ることだけではありません。
食事も、私には面倒くさい時間です。
人間、食べずにすめばどんなに楽でしょうか。

というわけで、人にとっての楽しみが、私には面倒くさいことなのです。
こうなったのはいつからでしょうか。
節子がいなくなってからでしょうか。
節子がいなくなってからそうした傾向が強くなったのは間違いありませんが、必ずしもそうではないのです。

私の食事時間が短いのは、節子には不満でした。
珈琲を飲む時間はゆっくりですが、食事時間はなぜかすぐ終わってしまう。
今も、ユカが、折角時間をかけて食事を作っても、お父さんは10分で食べ終わってしまうからなあ、と嘆いています。
まあ10分は大げさですが、それでも20分もあれば、食事は終わってしまうのです。
それで、まだ食事を食べている節子に、ちょっと仕事をしてきていいかなあ、と言って食卓を立ってしまうことも多かったようです。
節子は、そうした、食事よりも仕事が好きな私が好きではなかったと思います。
仕事ばかりだからと、嘆いていました。

しかし、私は仕事ばかりしていたわけではないのです。
仕事を休んで、節子と一緒に旅行したり美術展に行ったりもしました。
それに、食事の時に、話をしなかったわけでもありません。
わが家の食事は、いつも話が飛び交っていましたから。
でもふだんの私の食事時間は、いつも短かったようです。

食事は、生活や文化の基本です。
それを20~30分で終わらせてしまっていたのは反省しなければいけません。
今頃になって、節子に悪かったなあと気がつきました。

ちなみに、娘がいなくて、一人だけで食事をする時には、10分もかかりません。
どうも私の生活は、貧しいようです。
ただし、朝食だけは少しだけ時間をゆっくり取っていますが。

彼岸にいる節子には、食事も睡眠も必要ないのでしょう。
実にうらやましい。
そうした世界はたのしいでしょうね。

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