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2013/07/05

■参議院選挙に思うこと1:反原発だけが争点ではないのか

参議院選挙がスタートしました。
たぶん日本のこれからを決めていく重要な意味を持っている選挙でしょう。
これから数回にわたって、選挙戦の報道を見ながら感ずることを書いていこうと思います。

昨日、各党首の最初の演説があり、また党首討論会もありました。
そこでいささかがっかりだったのは、相変わらずアベノミクスがスターだったことです。

今回の選挙は争点が多すぎるとよく言われます。
しかし、争点が多いのはいつの選挙でも同じことです。
ただその時々の選挙にイニシアティブを持っている人やマスコミが争点を絞り込むことで、争点化がされるだけであって、今回の選挙がとりわけ争点が多いわけではありません。
ただ単に、みんなが「争点が多い」と思い込んでいるか、思いこまされているだけの話です。
そのほうが都合がいいと思っている人がいるからです。
マスコミや識者やテレビキャスターは、多分みんなそう思っています。

あえていえば、今回の選挙では「経済成長」「憲法改正」「原発」が大きな争点だろうと私は思いますが、最初の党首の該当での呼びかけでは、ほとんどが「経済成長」が中心でした。
原発にきちんと触れたのは、9人の党首のうち、みんなの党、共産党、社民党、みどりの風くらいでした。
これは意外でした。

上記の3つの争点のうち、ひとつだけといわれれば、みなさんはどれを選ぶでしょうか。
私はちゅうちょなく、原発を選びます。
3・11を経験した人であれば、当然そうだろうと思っていたのですが、どうもそうではないようです。
ほとんどの人はもう原発事故は起こらないと思っているのでしょうか。
どんなに経済的に発展しても、原発事故が起こったら、すべては無に帰します。
幸か不幸か、今回のフクシマ原発事故は、いろんな形でカバーされたように見えますが、次はそうはならないかもしれません。
それだけではありません。
フクシマ事故の影響は、見えない形でじわじわとの日本の国土と日本人の生命を蝕んでいます。
その事実は、今は隠しおおせても、次第に明らかになっていくでしょう。
その時にはいまの原発再稼動を決めた人たちはいないかもしれませんが。
しかし、私たちの責任はなくなるわけではありません。

健やかに生きることと物質的に豊かな暮らしをすることとどちらを選ぶか。
それは人によって違うかもしれません。
いまの日本は、後者が圧倒的に多いようです。
そうでなければ、「反原発」の一点に焦点を当てて、選挙できるはずですが、前回の選挙で明らかになったように、それは日本人には通用しないようです。
まさにお金や経済成長の道具になってしまったようにさえ思われます。

そう点はたくさんありますが、いま何が一番大切なのかは決められます。
お金のためではなく、いのちのために、私はそれが何かを決めたいと思います。
私には、争点はひとつ。脱原発を基軸にするかどうかです。
脱原発を基軸に置けば、ほかの問題も解けてきます。

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