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2013/08/01

■節子への挽歌2146:「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」

「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」
哲学者ヴィトゲンシュタインの言葉です。
なぜ沈黙しなければいけないのか。
それは、語りえないからです。
この言葉に出会ったのは、もう大昔のことですが、当時、もう一つ好きな言葉がありました。
「語りえるものはすべて存在する」
この言葉が誰のものだったかは、思い出せません。
アーサー・クラークだったでしょうか。

最近、思っているのは、いずれでもありません。
「語りえぬものについてこそ、語りつづけなければならない」
この挽歌を書いていて、あるいは時評編を書いていて、そう思うのです。
語りえぬことも、思い描くことはできます。

いま思い出したのですが、アーサー・クラークが言ったのは先ほどの言葉ではなく、もしかしたら、「思い描けるものは必ずいつか実現する」だったかもしれません。
時間感覚をゆるやかにすると、実現するとは存在することと言ってもいいでしょう。

語りえぬものは、なぜ語りつづけなければいけないのか。
それは、語りえないからです。
語りえないが故に、語り続け、いつか語れるようになったら、もはや語ることもない。
こう書くとわかりやすくなります。
ヴィトゲンシュタインのメッセージとは離れてしまうかもしれませんが、まあたかだか挽歌なので、それは許してもらいましょう。
しかし、ヴィトゲンシュタインには彼岸についてももっと語ってほしかったものです。
思考を深めていくと、必ずそこに彼岸が現れだしてきます。
言語学者としては、「言語」で語れないことを語れないといったのかもしれませんが、人が語るのは決して「言語」だけではありません。
言語には、それこそ「言語」にならないものがたくさん合体されているのです。
そして、沈黙こそが最高の雄弁であることがあるように、沈黙しても語れることはたくさんあります。

最初はまったく違うことを書こうと思っていたのですが、なにやらヴィトゲンシュタイン的になってしまいました。
最初は、語りえぬものの向こうに見えるものがあるというような話を書くつもりでしたが、書いているうちに矛先が変わってしまいました。
だからこそ、語りえぬものを語り続けることが大切なのです。
新しい世界との出会いがあるかもしれないからです。


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