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2013/08/23

■節子への挽歌2169:その年代にふさわしい出来事

節子
この頃、心身ともに疲労がちなのは、年齢のせいかもしれません。

私よりも少し若い大学教授に研究会でお話をしてくれないかと電話しました。
そうしたら、「最近ちょっと疲れてしまい休みたいので、少し先にしてくれないか」といわれました。
先日、お会いした時にも、その疲れが伝わってきていましたので、すぐに引き下がりました。
その方の疲れは、決して暑さのためではないのです。
あえていえば、時代のせいです。
大学教授にはめずらしく、社会の流れに棹差して誠実に社会問題に取り組んでいる方ですが、無力感に襲われているようです。
若い時には、そんなことはなかったのですが、この歳になると、私でさえ、そうした無力感はしばしば体験します。
勝手にやってよと投げ出したい時もよくあります。
思い入れが深いだけに、虚しさに襲われると、異常なほどに疲れを感ずるものです。
だから、この教授のお気持ちが痛いほどわかるような気がします。

もう一人は、私より一回り若い女性ジャーナリストからのメールです。

昨今、自分のことではありませんが、わが身に多少関係のあること、というのでしょうか、周辺に認知症、病気、破産、死亡などの、不幸や悲劇が次々と起こっています。
そのたびに、時間を取られ、振り回されるような状況に陥るのですが、60歳も超えると、その年代にふさわしい出来事に遭遇するのだと、気をとり直し、様々な出来事を興味深く観察しながら関わっている始末。
明日も、小田原でお葬式があります。
こちらもよくわかります。
「その年代にふさわしい出来事」。
それに素直に従って生きなければいけませんね。
少し無理をしているのかもしれません。

今日も疲れきった1日でした。

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