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2013/08/15

■節子への挽歌2156:バラが枯れた

節子
毎朝、庭の花への水やりがようやく日課として定着してきました。
これをおろそかにしていたので、節子が大事にしていた花をかなり枯らせてしまったわけです。
しかし、この水やりは結構大変なのです。
それが最近わかってきました。
ただ水を撒けばいいというわけではないのです。
節子はよくまあ、枯らさずにいたものです。

今年は特に暑さもあって、かなりの花をだめにしました。
最近、水をやっていて、転居前の家から持ってきたバラが枯れているのに気づきました。
その後、いくら水をやっても芽が戻ってきません。
だめにしたバラは何本もありますが、これはちょっと残念なことをしました。
節子と一番長く一緒に暮らしたのは、転居前の家でした。
良いことも悪いことも含めて、その家での記憶は山のようにあります。
そこから持ってきたバラが枯れてしまったのです。

昔、「バラが咲いた」という歌がありました。
後半の歌詞はこうでした。

バラが散った バラが散った いつの間にか
ぼくの庭は前のように 淋しくなった
ぼくの庭のバラは散ってしまったけれど
淋しかった僕の心に バラが咲いた
バラよバラよ 心のバラ
いつまでも ここで咲いてておくれ
バラが咲いた バラが咲いた 僕の心に
いつまでも散らない まっかなバラが
残念ながら、この歌のようにはなりませんでした。バラは散ったのではなく、枯れてしまった。
しかもバラはただただ枯れただけで、私の心には何も咲きはしなかったのです。。
人生は歌のようにはなりません。

バラを枯らしてから、気がついたのは、花や木の一つひとつの表情を見ていなかったからです。
ただ水を撒けばいいのではありません。
相手を見て、それに応じて水をやる。
そういえば、節子はそんなことを私にも話していました。
もちろん「花への水やリ」の話ではありません。
人との付き合い方の話です。
私は、すべての人が同じように見えてしまうのですが、それが節子には心配だったようです。

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