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2013/08/31

■節子への挽歌2187:家事の大切さと大変さ

節子
この家に転居してきてから、もう13年です。
転居にあわせて買い換えた家電製品が、次々と壊れだしてきました。
お風呂が最近具合がわるく、湯沸し設備を替えることにしました。
ガスコンロは、なかなか点火しないので、これも替えなければいけません。
冷蔵庫、炊飯器などなど、次々と調子が悪くなりだしています。
先日は、カーテンが動かなくなりましたが、特注のカーテンだったため、メーカーの人に来てもらいましたが、なおりませんでした。
娘がそういうことをすべて対応してくれているのですが、快適な生活を維持していくための「家事」の大切さと大変さを、改めて感じています。
節子が元気だった頃は、すべて節子がそうしたことをやってくれていたわけです。
まあ、かなり手抜きだったような気もしますが、ともかく私はそうした「家事」に一切煩わされることなく、「仕事」ができていたわけです。
家事は、会社の仕事に比べれば、とても創造的で生命的です。
ビジネスや政治は、いまや機械でもロボットでも、たぶんマニュアル通りに動ける専門家や知識人にもできますが、家事はそうはいきません。
こういう発想は、以前からの私の持論です。
会社時代に、女性社員のお茶汲み仕事こそが会社の中で一番大事だとチームの女性に話して、冗談だと思われてしまいましたが、私は心底、そう思っています。

そういう思いでしたから、家事をこなす節子には頭があがらなかったわけです。
まあ、こういう言い方をするので、節子からも冗談だと思われていたように思いますが、私は家事をする節子に感謝していたのです。

あれ、書いているうちに、違う話になってきましたね。
今日は、生活用具が次々と壊れだしている話だったのです。
それによって、節子仕様が徐々に娘仕様に変わっていこうとしているという話です。
こうしてだんだん住まいの表情も変わっていくのでしょうね。
節子のものが、だんだんと消えていく。
ちょっと寂しいような気もします。

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