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2013年9月

2013/09/30

■節子への挽歌2220:死は必然である

節子
最近、友人たちから死生観に関する本が2冊、届きました。
いずれも私のホームページで少し紹介しましたが、一条真也さんの「死が怖くなくなる読書」と藤原さんが編集した「今を生きる僧侶の言葉」です。
言霊の力は大きいのです。
しかし、私の場合、死生観に関する言説は、節子との別れを体験してからは、受け取り方が変わりました。
心に響いてこないのです。
死生観を一般論として、文字にすることへの拒否感かもしれませんが、自分のことを語っていないものには、特に違和感を強く持つことが多いです。

ところで、後者の本で知ったのですが、浄土真宗本願寺派では、日本各地でビハーラ活動というのを展開しているそうです。
「ビハーラ」とは、サンスクリット語で「安住」「安らか」「くつろぐ」という意味で、ビハーラ活動とは、ホスピスやターミナルケアの仏教版と言ってもいいでしょう。
生老病死の苦しみや悲しみを抱えた人々を全人的に支援するケア活動で、具体的には、僧侶、医療関係者、福祉士などがチームを組み、患者さんの心に寄り添い、支援を求めている人々が不安と孤独のなかに置き去りにされないように、共感しその苦悩を直視し、自らの問題として共に歩む活動だそうです。
その活動の基本にあるのは、「死は敗北である」とは考えず、「死は必然である」と捉えるという姿勢です。
これは前者の本の著者、一条さんと同じです。

だれもが死を迎えると考えることは、だれでもわかっていることですが、愛する人の死に直面すると忘れてしまいます。
死が、その人だけを襲ったと、ついつい考えてしまうのです。
しかし、「だれもが死を迎える」と思いなおせば、心は少しだけ和らぎます。

「今を生きる僧侶の言葉」の紹介文にこんな文章がありました。

死を前に癒されていく人の心境の変化を知ることは、まだ逝かない人であっても、悩み苦しむ心に染みわたり、安らぎを感じさせてくれる。
遺された者に、安らぎを与えてくれる死というものもあるのだと気づきました。

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2013/09/29

■我孫子 アートな散歩市でまたカフェをやります

一昨年まで、我孫子手づくり散歩市の名前で行われていたイベントですが、最近は名称が変わってしまいました。
名称の変化は、内容の変化でもありますが、今年も娘がわが家にある工房で参加します。
スペインタイル工房の Taller de JUN (タジェ-ル デ ジュン)です。

会期は2013年10月5~6日です。
わが家はメイン会場から少し離れていますが、よかったらお立ち寄りください。
場所は当日、駅前のインフォメーションセンターで地図を配布していると思いますが、手賀沼公園から歩いて5分ほどのところです。
娘の工房はわが家の庭にあるのですが、雨が降らなければ、その庭のテーブルで、例年のように、私が珈琲サービスをしています。
時間は10時から午後4時までです。
タイル工房に寄らずに、珈琲だけのみにくる人もいますが、まあ仕方がありません。
時に面白い人に出会えます。
よかったら気楽にお越しください。

Sanpo


Sanpo2


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■節子への挽歌2219:記憶の支援

節子
一緒にハワイのキラウェア火山を見に行った、茂木さんが今や大活躍ですが、茂木さんと奥田さんの対談を読んでいて、「記憶の支援」という言葉を初めて知りました。
奥田さんはホームレス支援などで有名な方ですが、対談を読んでいて、その生き方に感銘を受けました。
その奥田さんが、こう話しているのです。
少しだけ、短く書き直して、紹介させてもらいます。

家族は、一緒に生活をしているわけですから、自然と記憶が蓄積されていきます。そして、その記憶を使って現在起こっている事柄や事件への対処を考えたりします。例えば、本人が忘れていても、誰かが病歴を覚えていれば対処ができます。しかし、路上の支援においてはこれができない。誰もその人に関する記憶を持っていないからです。家族が崩壊していく中で、このような家族的機能をこの社会の中でどう持たせるのかが課題なのです。「記憶の支援」、それはあなたのことを忘れてはいないという強いメッセージと共に、具体的対処を可能にするうえで重要です。
記憶を共有することが大きな支援になる。いままではっきりとは意識していませんでしたが、まさに家族や仲間にとって、「記憶の支援」こそが要かもしれません。
奥田さんが話している以上に、「記憶の支援」の力はきっと大きいでしょう。

これを読んだ時に、すぐ思い出したのが、日本ドナー家族クラブの間澤さんです。
間澤ご夫妻はアメリカ留学中の娘さんを交通事故で亡くされ、娘さんの遺志でドナーになりました。
それで日本ドナー家族クラブを立ち上げましたが、私もささやかに応援させてもらいました。
間澤さんたちは、5月17日を「生命・きずなの日」と定め、毎年、公開の集まりを開催していました。
そのイベントのために、みんなで短い動画作品を創りましたが、それは「あなたをわすれない」とみんなが呼びかける映像集でした。
私も参加させてもらいました。
それを制作する時の、間澤さんご家族の熱意が、いまも鮮明に記憶に残っています。

間澤さんは数年前にご主人が亡くなりました。
その後、私もご無沙汰になってしまっていますが、一度だけ、奥様から、元気にしていますと連絡をもらったことがあります。

ネットで調べたら、日本ドナー家族クラブのサイトが更新されていないのに気づきました。
とても残念に思いましたが、記憶の共有を継承し、育てていくことは簡単ではありません。
一昔前の家族は、たぶんそれができました。
家族とは、実は記憶の倉庫であり、それが家族を支えてきたのでしょう。

話が少しずれてしまいましたが、「記憶の支援」とは素晴らしい言葉です。
記憶していることは、他者への支援であると同時に、自らにとっても支えなのです。
そうした「記憶の蓄積所」が消えつつあるのが、社会が壊れつつある原因なのかもしれません。

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■前に進むということ

昨日、フォワードカフェという集まりをやりました。
私が事務局役をやっている、自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあいから始まった集まりです。
「フォワード」とは自殺を考えたり、自殺未遂をしてしまったりした人たちを表現するものとして、4年前に公開フォーラムをやった時に使い出した言葉です。
しかし、そういう活動を通して、「自殺」に無理につなげるのではなく、もっと広く捉えたほうがいいと考え直しました。
大切なことは、「自殺」から考えるか、「生き方」から考えるかです。
私の関心は、「自殺防止」にあるのではなく、「人を自殺に追いやるような社会のあり方や人(自分)の生き方」にありますから、当然、生き方から考える必要があります。
そこで、フォワードを広く捉え、「前に向かって進みたいと思っている人」としました。
進みたいけど、まだいまはゆっくり立ち止まっている人もフォワードです。
いいかえれば、すべて人はフォワードです。
人類が直立して歩き出した時、たぶん例外なく、前に進んだはずです。

昨日は、自殺未遂者の知人の話を中心に、明るく話し合いました。
彼は、私に会った時には「自殺未遂サバイバー」を名乗っていましたが、最近は「フォワード」を名乗りだしています。
ただ、なかなか「前」には進み出せません。
昨日は、なぜ前に進めないかを参加者も一緒になって考えました。
そこで、気づいたことがあります。
「前」とは、「目が向いているほう」でしかないのではないか、と。
つまり、間違ったほうを目が向いていると、ほかの人からみると後にすすんでいることになりかねないのです。

顔をどこに向けるか。
それが大切なのです。
昨日の知人は、明らかに顔の向け方が間違っていました。
話し合いで彼も漸くそれに気づき、顔の向きを変える決断をしました。
ここまでくるのに3年かかりましたので、私にはうれしいことでした。

しかし、考えてみれば、これは他人事ではありません。
果たして私自身の顔の向きはどうなのか。
目の先にある、遠くの風景を見極めないと、前に進んでいるようで、後に進んでいるかもしれません。

前に進むとは、どうもそう簡単なことではないと、やっと気づきました。

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2013/09/28

■節子への挽歌2218:「坊さんのような生き方」

節子
今週は3つのサロンを湯島で開きました。
軽い話もあれば、重い話もありました。
今日は、自殺未遂をした吉田銀一郎さんを主役にしたサロンでした。
吉田さんとは3年の付き合いですが、この3年で大きく変わりました。
今日はいろいろと話を聞いた後、もう自殺問題の当事者などといわずに、今日からは支援者になろうよと吉田さんに話しました。
吉田さんも、ようやく決断しました。
3年かかりましたが、とても嬉しい日になりました。
これで変わらなければ、今度こそ吉田さんを蹴飛ばさないといけません、

終わった後、小宮山さんたちと居酒屋に行きました。
小宮山さんとの付き合いは、もう15年以上でしょう。
友人が主宰していたソシオビジネス研究会で私の講演を聴いてくれて、それが付き合いの始まりでした。
小宮山さんが、その時、私の話をどう受け止めたか、今日、初めて教えてもらいました。
「坊さんのような生き方をしている人だな」と思ったのだそうです。
これはちょっと意外、いや、大いに意外でした。
私は、時代の最先端を行く生き方をしているという自負があったからです。
ビジネスに関しても、時代先取りの話をしたつもりですが、おそらく誰にも理解してもらえなかったのでしょう。
私の話を聞いて、その後、付き合いが始まったのは、2人の学生だけでしたが、ビジネスをやっている人にはまったく受けなかったのでしょう。
にもかかわらず小宮山さんは、その時から時々湯島に顔を出し始めました。
今週は、なんと2回もやってきました。
人生は実に面白いものです。

しかし、「坊さんのような生き方」と言われたことはこれまで一度もありません。
あまりに意外な言葉だったので、いささかひるんでしまって、「坊さんのような生き方」って、何ですか、と質問するのを忘れてしまいました。
小宮山さんの口ぶりからして、どうもほめられたのではないことは間違いありません。

人の生き方は、自分が思っているのと他者が思っているのとは、違うものです。
これまで何回もそれを経験してきました。
どちらが正しいかどうかは言えませんが、たぶん大切なのは自分の思いではなく、他者の受け止め方でしょう。
人の評価を決めるのは、決して自分ではないからです。

さて「坊さんのような生き方」ですが、やはり違和感があります。
そう思われないように、生き方を見直す必要がありそうです。

と、ここまで書いてきて、ハッと気づきました。
そういえば、小宮山さんは私に時々、お布施をくれるのです。
「坊さんのような生き方」とお布施。
なんで小宮山さんはお布施をくれるのだろうかと理解できていなかったのですが(にもかかわらずもらっています)、いまやっと理解できました。
私は、小宮山さんには、いまも「坊主」なのです。
そういうことだったのです。
気づくのが遅かったです。

もらったお布施は誰かに回さないといけません。
でもまあ一応、お布施はちゃんと次に回していますから、バチは当たらないでしょう。
しかし、「偽坊主」にならないように、注意しなくてはいけません。

節子
お坊さんではなく、お坊さんに送ってもらう人になりたいのに、なかなかなれずにいます。
困ったものです。

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2013/09/27

■節子への挽歌2217:自らの「いのち」でないいのちを生きること

節子
映画「天地明察」では、主人公の夫婦が、それぞれに違う場面で、相手にお願い事をするシーンがあります。
そのお願い事とは、「自分より先に死なないでほしい」ということです。
その気持ちはよくわかります。

人生を一緒に過ごすことに決めても、ほとんどの場合、一緒に死ぬことはありません。
2人の願い事は両立し難いのですが、そう思うことも当然です。
長生きは、決して自らのためなのではないのです。
最近、そのことがよくわかってきました。
同時に、人の「いのち」は自らのものではないということも実感できるようになりました。

自らの「いのち」でないいのちを生きることを自覚すると生き方は変わるはずですが、それが必ずしもそうはなりません。
どこかでまだ、自分の人生だからという思いがあります。
私自身、これまでも、そして今もなお、「自分の人生をしっかり生きないといけない」などという話をしています。
あまりにも、自分を抑えて、与えられた人生や組織に依存した生き方をしている人が多いように感ずるからです。
そこの矛盾が、まだうまく埋められずにいますが、自分の信ずるもののために生きることが、大きないのちを生きることになるような生き方に近づきたいと思っています。
その「大きないのち」ですが、節子がいる時には、それが何となく見えていたのですが、今はそれを失っているのかもしれません。
「大きないのち」は、たぶん、一人では生き抜けないのです。
最近少し弱気になっているせいか、そんな気がしています。

ところで、映画「天地明察」ですが、主人公夫婦は、同じ日に亡くなったそうです。
これは実話に基づいた小説の映画ですが、もしそうだとすれば、実に幸せな夫婦です。

今日は秋晴の良い天気です。
めげずに前に進めそうな気がするような、「気」が充満しているような朝です。
気弱になると、こうした自然に大きく支えられているのがわかります。

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2013/09/26

■JR北海道の安全問題にふと考えたこと

JR北海道の安全問題が大きな話題になっています。
相次ぐトラブルに、地元の人は不安と不信を強めていることでしょう。
私は北海道には当面行くこともないので、自分には降りかからない問題だと考えることもできます。
最近の企業の経営規律が崩れているというように、企業の問題にしてしまうこともできます。
しかし、どこかに別のメッセージを感じます。

北海道の人たちは、JR北海道に不信感を持っても、遠距離移動の場合には利用しないわけにはいかないでしょう。
いわゆる社会のインフラストラクチャーとは、そういうものです。
そうした社会のインフラストラクチャーが信頼できなくなったとしたら、どうなるでしょう。
信頼できなくとも頼らなければいけません。
ということは、社会のインフラストラクチャーは、誰かに任せてはいけないということです。
自分たちでつくり、整備していかなければいけない。
だから昔は、住民体がみんなで「道普請」していたわけです。

電力も社会のインフラストラクチャーです。
水道もそうでしょう。
そうしたものを、私たちは最近、みんな誰かにゆだねてしまったわけです。
それも多くの場合、「民営化」の名の下に企業に、です。
そこに大きな間違いがあったのではないか。
そんな気がします。
生きるために不可欠ともいえる、水やエネルギーを、私たちはもっと自給することが大切かもしれません。

鉄道の問題に戻れば、鉄道などに乗って遠出することをやめれば良いのです。
乗る時には、高額な料金を払い、鉄道を守っている人たちに感謝すれば良いのです。
そうすれば、安全問題は大幅に改善されるでしょう。
悪いのはJR北海道の、少なくとも現場の人たちではありません。
その話は、実は原発にも繋がっています。
言い換えれば、どこかに私たちの生き方の問い直しが、メッセージされているような気がします。

ちょっと消化不足ですが、なんとなく気になったものですから。

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■節子への挽歌2216:時間はあっても余裕がないこともあります

節子
今日はまた大きなトラブルが舞い込んできました。
最近はいささか精神的に疲弊していますので、トラブルを楽しむ余裕もありません。
悪い時には悪いことがどんどん重なっていくのです。
人生は、実に皮肉で、ひとつがうまく行きそうになると、うまく動き出したと思っていたことが破綻しだしたりします。
たぶん私自身の目配りに間違いがあるのでしょうが、それにしてもどうしてこうもトラブルが多発するのか。
人を信頼して生きるということに、いささかの自信がなくなってきます。

昨日、小宮山さんが私に携帯や会社に電話してきて、何回、かけても私が電話に出なかったので(ただ気づかなかっただけなのですが)、心配して自宅にまでかけてきたそうです。
オフィスの留守電に気づき、小宮山さんに電話したのですが、「佐藤さんが倒れたのではないかと心配した」と言われました。
まあ、この歳になると笑い話でも済まされない話です。
小宮山さんも、私の心労のタネを少しだけ知っているので、心配したのです。
自分はともかく、ほかの人に心配させるようでは、生き方が間違っているとしか思えません。
それにしても、今日はまたダブルパンチ的な悪い情報がふたつも飛び込んできました。

そんなわけで、今日は挽歌を書く余裕がありません。
書く時間はあるのですが、書く余裕がないのです。
まあそういう時もあるでしょう。

節子
あなたがいなくなってから、良いことがありません。
困ったものです。

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2013/09/25

■節子への挽歌2215:チビ太の四十九日

今日はチビ太(チャッピー)の四十九日です。

わが家でのチビ太の居場所はリビングでした。
リビングとダイニングは続いていますので、夜、のどが渇いて冷蔵庫に飲物を飲みに行ったりする時には、チビ太を起こさないように気をつけて行ったものです。
長年その習慣がついているため、いまもいつも気をつけて行くのですが、電気をつける時に、「ああ、もうチビ太はいないんだ」と気づきます。
もう49日も経つのに、それがまったくなおりません。

朝起きていく時も同じです。
これまでは「チビ太、おはよう」と声をかけてリビングに入っていきましたが、今も同じように声をかけています。
いつもはほとんど忘れているのですが、リビングに入る時には必ずチビ太を思い出します。
その時の気分は、ちょっと悲しい気分です。

チビ太の位牌をどうするかは、まだ家族の意見が分かれています。
一番、最後まで面倒を見たのは、ユカですので、ユカの意見を優先させようと思います。
ユカは、当分、位牌をそのまま置きたいというのです。
節子よりも大きな位牌なので、私自身は違和感があります。
庭に埋葬しようと言うのが私の意見ですが、それにはユカは絶対反対です。
できれば、私も節子も庭に埋葬してほしかったくらいなのですが、人間の場合は法的にも禁じられているようですが、犬の場合はどうでしょうか。
しかしまあ、娘が反対なので、その可能性はありません。

遺骨をどう考えるかは、その対象との関係によってまったく違ってきます。
節子の遺骨は、私には節子と同じくらい愛おしいものです。
しかし、たぶん家族以外の人の遺骨には、そういう感情は起こりません。
むしろ身震いするほどの存在かもしれません。
不思議と言えば、実に不思議です。
よく遺体と一緒に長年暮らしていたというような事件がありますが、愛する人の遺体は、愛おしい存在ですから、なんの不思議もないのです。

チビ太との距離はどうもユカが一番近いようです。
まあユカに任せることにしましょう。
私は節子だけでもう手一杯ですので。

節子
四十九日を終えて、チビ太も彼岸ですね。
咬まれないようにしてください。

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2013/09/24

■節子への挽歌2214:DVの相談を受けました

節子
昨夜、関西にいる友人からDVの関係での相談を受けました。
その人の知り合いが東京にいるのですが、DVの被害にあっているようです。
それで相談に乗ってもらえる人はいないかというのです。
最近の事件報道を見ると、警察はあまり信頼できないのだそうです。
そこで、私の友人知人にメールで情報提供をお願いしました。
そうしたら、あっという間にたくさんの情報が集まりました。
それほどDVは、蔓延しているのかもしれないとショックでした。

なかには生々しい情報を送ってくれた人もいます。
DVも、たぶん加害者と被害者が峻別できない複雑な問題なのでしょう。
そこでは被害者の殺害や加害者の自殺まで起こっています。
社会が壊れだしている、一つの表れのように思われます。

それにしても、せっかく愛し合って一緒に暮らし始めた人たちが、なぜうまくいかなくなるのでしょうか。
最近は離婚率もとても高いようです。
そもそも結婚しない人も増えています。
私の娘の1人もまだ結婚していません。
親としては、とても心配であるばかりではなく、娘に申し訳なくて、仕方がありません。
たぶん私の、そして節子と私の、生き方のどこかに問題があったのでしょう。
心当たりがないわけではありません。

DVは、愛の表現の一つでしょうか。
そんなはずはないと思う一方で、それを完全には否定できずにいます。
食べてしまうほど愛しているという言葉がありますが、愛するあまり食べてしまったら、間違いなくDVです。
そうした猟奇事件も起こっています。

昔は、夫婦のケンかは犬でも食わないと言われていました。
結局はいつの間にか仲直りして、仲良くなるからです。
しかし、最近はそうではなくなってきたのかもしれません。
とてもさみしい話です。

もっとみんな伴侶を大事にしてほしいです。
かけがえのない存在なのですから。


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■DVの相談を受けての体験

昨夜、関西の友人から東京にいる知人がDV被害にあっているが、どこか信頼できる相談場所はないかと連絡がありました。
残念ながら私にはすぐ頭に浮かぶところがありませんでした。
それで一般的な相談場所やアドバイスを受けられるところなどを連絡しましたが、同時に心当たりのありそうな友人や「支え合い」を理念にしているコムケアのメーリングリストに情報提供のお願いを投稿しました。
そうしたら、たくさんの人から具体的な情報がすぐに届きだしました。
私が思っていた以上の速さでした。

順次、相談を受けた人に情報を届けていますが、とても複雑な気分です。
どう複雑かと言うと、まずはうれしい気分です。
やはり社会には、お互いに支え合おうという意識が充満していることを実感したうれしさです。
わざわざ具体的な相談先まで調べてくれて、自分の名前を出せば通ずるとまで言ってくれる人までいたのです。
先日、大雨の日に、川に流された子どもを命がけで救った中国の留学生が話題になりましたが、人がいる限り、支え合いの文化はしっかりとあるのです。
メーリングリストからの反応もたくさんありました。
あまり反応がないことも多いので、読んでいてくれるのだろうかと不安になることも多いのですが、返信はなくても読んでいてくれていることがよくわかりました。

しかし、ただうれしいだけではありません。
これだけ反応があるということは、DVがかなり広がっていると言うことかもしれません。
もしそうだとしたら、やはり社会は壊れてきています。
また、相談のメールをくれた人は、こう書いていました。

「相談を受けた私も、警察に相談するのがよいかと思いましたが、
脅迫や犯罪行為に及ばない限り、警察では相手にしてもらえないかと思いました。」
警察が信頼されていないわけです。
これもまた大変大きな問題です。
しかし、やはり警察には相談したほうがいいと伝えました。
まずはみんなが信頼しなければ、信頼できる警察は育ちません。
それはともかく、DV問題がかなり一般化し、しかもその対応に有効な手立てが見つかっていないことが、みなさんの迅速な反応に示されているように思いました。
これはとてもかなしいことです。

そればかりではありません。
最近、家族のことについて2回ほど書きましたが、それとの関係で言えば、支え合いとDVは、もしかしたら、繋がっているのかもしれない、という気もしたのです。
それが私のいまの複雑な感想です。

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2013/09/23

■節子への挽歌2213:遅くなってしまったお墓参り

節子
いつもは彼岸の入りにお墓参りをするのですが、今年は今日になってしまいました。
実は、昨日までお彼岸であることを忘れてしまっていたのです。
最近はいろいろと心煩わされる問題が多くて、少し疲れているのかもしれません。
お墓で般若心経をあげてきました。

午後、ジュンのスペインタイル教室に来た娘の友人たちがお供えの花とおはぎを持ってきてくれました。
先日は、ユカの友だちがわざわざお花を上げに来てくれましたが、節子はまだいろんな人の世界に残っているようです。
人には、それぞれ定めのようなものがあるのだと改めて感じます。

彼岸を越えるといよいよ秋です。
この夏は、酷暑のために庭の花もかなり元気をなくしてしまっています。
それで、昨日は娘たちと花を買い込んできました。
花の選択には、今も節子の好みが繁栄されています。
来週には庭の花もきっと華やかになっていくでしょう。

もっとも、私が抱えている「心煩わされる問題」はなかなか完結しません。
もう少し続きそうです。
だからこそ心を鎮めるために、毎朝のお参りはしっかりとやらなければいけません。
お彼岸を忘れるようでは、どうしようもありません。
実に困ったものです。

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■半沢直樹を私も見てしまいました

テレビドラマの「半沢直樹」が大人気で、視聴率も高いそうです。
娘からこのドラマのことを教えてもらい、毎回録画して、見ていました。
昨夜が最終回でした。

ストーリーが極めて単純なので、まあ面白かったのですが、最後は人気にあやかって続編をつくるためという感じがいかにも強く、興ざめでした。
もやもやが残ったという感想がネットでも盛んに流れているようですが。

このドラマは、悪い銀行マンをあばく正義の銀行マンの話ですが、銀行に勤めている人たちはどんな思いで見ているのだろうかといつも気になっていました。
娯楽ドラマですから、目くじら立てることではないかもしれませんが、しかし、こうしたテレビのドラマやアニメが、それを見ている人たちにどれほど大きな影響を与えているかと思うと心配にもなります。
それに毎回、うらみの「倍返し」とかいう言葉を聞いていると心が荒れてしまいそうです。
見終わってあまり心があたたまることは少なかったような気がします。

話題になっているドラマと言えば、朝ドラの「あまちゃん」があります。
これは見ていて実に心あたたまります。
現実感がないようで、実に現実感を感ずるのも不思議です。
朝ドラは、あんまり好きではないのですが、「あまちゃん」は毎日見ています。

最近、2つの映画をテレビで見ました。
「ブロンコ・ビリー」と「怪盗グルーの月泥棒」です。
久しぶりに心あたたまる映画を見ました。
実に心があたたまりました。
人はみんな、みえないところでは善意の塊なのです。
こういう映画を見て育った場合と半沢直樹を見て育った場合は。かなり違った人生になりそうです。
テレビや映画の影響は実に大きい。
学校教育などの比ではないでしょう。

ちなみに、半沢直樹にも「こころあたたまる場面」はたくさんあります。
私も涙が出そうになったところもあります。
しかし、根底に流れているのは「うらみ」に始まる陰湿な心です。
「倍返し」は、やはり「感謝」や「善意」だけにしてほしいです。
仇討ちは、誰も幸せにはしないでしょうし。

すっきりしないドラマをみてしまいました。
しかし、続編が出来たら、また見てしまうでしょう。
悪の道は、一度染まったら抜けられなくなるのです。
困ったものです。

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2013/09/22

■数字信仰の呪縛から解放されたいです

今年度の全国学力テストで全国最下位となった静岡県では、知事が下位の成績の小学校長名を公表する方針を出し、話題になりました。
結局、上位の校長名を発表するにとどまっていますが、この話はいろいろと考えさせられることが多いです。
川勝知事のやり方には賛否両論があるでしょうが、私が問題に感じたのは、相変わらず「学力」がテストの点数で語られていることです。
なんとまあお粗末なことかと思います。

先日の大雨で、特別警報などが出ていましたが、娘が数字で表示してくれたほうがピンと来るといいました。
私は、最近のように、「これまで経験したことのない」とか「十年の一度の」とかのほうがわかりやすい気がしていたのですが、どうも今の人は数字のほうが実感できるようです。
せっかく言葉での表示が増えていたのに、結局また5段階のレベルに翻訳されてしまうようで、私にはとても残念な気がします。

そういえば、原発事故のときも、数字でレベルが語られていました。
ともかくみんな「数字」が好きのようです。

数字で示されるものなど、ほんの一部です。
それに数字は、それぞれの事象の表情を消してしまいます。
おそらく視野を狭める効果もあるでしょう。
私には、事態を見えにくくするのが数字だと思えてなりません。

とりわけ「学力」は、その典型です。
点数で表示される能力や知識などは、ほんの一部の話でしょう。
ましてやテストの点数など、本当に意味があるのか。
もし意味があるとしたら、こんなおかしな社会になっているはずがないでしょう。
いま必要なのは、テストで高い点数を取れる人ではないように思います。

経済成長も同じです。
数字で経済を評価するのも、そろそろ見直すべきでしょう。

そろそろ数字信仰を見直す時期です。

ところで、昨日と今日、NHKのスペシャル番組で「神の数式」をやっていました。
数字で世界のすべてが見えるという話です。
まったくばかげた話ですが、番組はとても面白かったです。
でも、それとこれとは違う話だろうと思います。


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■家族をどう考えるか

今日のテレビで、自民党の憲法案の24条が話題になっていました。
24条は、「家族、婚姻等に関する基本原則」が書かれています。
問題はその第1項に「家族は、互いに助け合わなければならない」という文章が追加されたことです。

先日、「さみしい社会」で、「さみしい社会」から抜け出すためには、家族を取り戻さなければいけません、と書いたこともあって、ちょっと気になったので、私見を書くことにしました。
先日も書きましたが、私が考える「家族」は血縁家族ではありません。
同じ住まい(家)を共にする仲間というような感じです。
現行憲法も、自民党憲法案も、家族の定義はなされていません。
しかし、そこで前提とされているのは、血縁家族です。
そこに私は問題を感ずるのです。
最初に家族があり、そこでは互いに助け合わなければならない」というのは、発想が逆転しているように思います。
むしろ、「互いに助け合う人たちの集まり」を家族と定義したらどうでしょうか。
私は、そうあるべきだと思っています。
もちろん、血縁家族が、そういう意味での「家族」になってもいいでしょう。
大切なのは、「家族」は固定的な閉じられた集団ではないと言うことです。
核家族ではなく、拡家族というのが、35年前からの私の「家族観」です。

いずれにしろ、家族とは何なのかを、きちんと捉えなおすことが大切だと思います。
そして、家族まで憲法で規制されるような事態は絶対に避けねばいけないと思います。

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■節子への挽歌2212:「死者」の誕生

節子
鷲田さんの「〈ひと〉の現象学」は面白かったです。
そのなかに、「ひとは死して、生者から死者への語りかけのなかで、こんどは生者に語りかける死者として生まれなおす」という文章が出てきました。
とても納得できました。
死は「死者」の誕生なのです。

生者と死者は違う世界に生きていますが、お互いに語りかけが出来るのです。
私は、毎朝、節子に語りかけ、挽歌を通しても、節子に語りかけています。
節子もまた、私に語りかけてきています。
他の人には聞えないでしょうが、私には聞えます。
語りかけは、一方的な行為ではなく、関係性の現象だからです。

語りかける生者がいないこともさびしいことでしょうが、語りかける死者がいないこともさびしいことです。
そのことに気づいていない人が多いように思います。
いや、もしかしたら、死者に語りかけることを知らない人も、最近は増えているのかもしれません。

それにしても、「人は死ぬことで死者として生まれる」という発想が新鮮でした。
もし、人が此岸と彼岸を転生しているのであれば、まさに死は生を、そして生は死を意味します。
そして、此岸と彼岸とが語り合える世界であるのであれば、そういう関係での生き方を学ぶのが良さそうです。

明日はお彼岸の中日です。

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2013/09/21

■節子への挽歌2211:すべてのさいわいをかけて、まっすぐにすすむ

節子
今日は、宮沢賢治の命日です。
賢治が旅立ってから80年目です。

30年ほど前に前世で一緒だったという人が私を訪ねてきました。
どうも私は花巻高校に縁があったようです。
となると、私は前世で賢治とすれ違っていたかもしれません。
その人から、ある場所を教えられ、そこに行けば前世を思い出すといわれました。
だいぶ考えたのですが、そこには行きませんでした。
前世を思い出すことは、少し不謹慎な気がしたからです。
しかし、いまはちょっと後悔しています。

賢治の残した「永訣の朝」は、この挽歌でも何回か書きましたが、学生の頃からともかく心に響いた詩でした。
合間にはいる
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
という言葉が、なぜか一度読んで以来、心から消えません。
その響きは、以前、どこかで聞いたような気がします。
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」

雨にもまけずは、実はあんまり好きな詩ではなかったのですが、会社を辞める頃から、私の生き方の信条になりました。
世界のみんなが幸せにならないと自分も幸せにはならないという、賢治のメッセージは、歳を重ねるに連れて、とても実感できるようになりました。
そんなわけで、賢治は私にとっては、とても興味のある人です。

賢治の言葉は、どれも心に響きます。
根底に、大きな愛を感じます。
私も、そんな生き方をしようと思っていた時期がありました。
でも、賢治のようにはなれません。

久しぶりに今日、「永訣の朝」を読みました.
これまであまり気にならなかった2つの文章が心に残りました。

「わたくしもまっすぐすすんでいくから」
「わたくしのすべてにさいわいをかけてねがふ」

それぞれ、真ん中と最後に出てくる1行です。
まだまだ賢治には遠いです。

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2013/09/20

■節子への挽歌2210:節子も聞いていましたか

節子
國分さんが湯島に来ました。
ある問題で、ある人との係争問題を話し合いたいので、私に立ち会ってほしいといってきたからです。
なぜ私が立ち会うのか、よくわからなかったのですが、その相手からも立会いを頼まれたので、不承不承、立ち会いました。
私は単に聞き役でいいのですね、と確認したら、そうですと國分さんが明言しました。

最初に國分さんが話し出しました。
そこに節子のことまで出てきました。
ようやく國分さんの意図がわかりました。

國分さんとの出会いは、もうかなり前です。
アフリカから戻り、アメリカに行く前だったでしょうか。
節子の体調のことも知り、アメリカに発つ前にたしか植物エキスからできた何かをもらったような気がします。
それを使うと元気になるというものでした。
國分さんは、そういう分野に強い興味を持っている方でした。

その後、アメリカにわたり、ニューヨーク州政府認定マッサージ・ セラピストになり、今は日米で活動しています。
節子は病気になってから、渡米前に國分さんからもらった手紙を見つけ、会いたいと言い出したことがあります。
その時には、國分さんは確か帰国していて、会ったような気もしますが、あまり明確に覚えていません。
おそらくこの挽歌のどこかに書いてあるでしょうが、時々、書くように、この10年ほどの私の記憶はとても曖昧になっているのです。
特に節子に関連した記憶は、そうなのです。

國分さんの話は、私たちへの報告のような気がして聞いていました。
意識して國分さんがそうしていたわけではないと思いますが、何となくそう感じたのです。
ちなみに、肝心の話し合いの論点は、話し合うどころか、最後に國分さんが相手の言い分をすべてあっさりと一方的に飲んでしまいました。
だから私など同席する必要がなかったのです。
でもきっと國分さんは、私たちに同席してほしかったのでしょう。
彼女はとても霊性の強い人なのです。
彼女の思いは、たぶん、私は全て受け止められたと思います。
話し合いが終わった後、思わず、國分さんに「変わっていないね」と言ってしまいました。

節子
國分さんはますます元気です。
節子のことを覚えていてくれたのが、私にはとてもうれしかったです。

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2013/09/19

■節子への挽歌2209:パスカルには賛同できません

パスカルは「パンセ」のなかで、こう書いています。

だれかをその美しさのゆえに愛している者は、その人を愛しているのだろうか。いな。なぜなら、その人を殺さずにその美しさを殺すであろう天然痘は、彼がもはやその人を愛さないようにするだろうからである。
〈中略〉
人は、ある人の魂の実体を、そのなかにどんな性質があろうともかまわずに、抽象的に愛するだろうか。そんなことはできないし、また正しくもない。だから人は、決して人そのものを愛するのではなく、その性質だけを愛しているのである。
私は、パスカルのこの主張には全く賛成できません。
たぶんパスカルは、人を愛したことのない、不幸な人だったとしか思えないのです。
人を愛するのは、「美しさ」や「優しさ」などではありません。
愛することには、理由などはありえないのです。
ただ純粋に、愛してしまったということです。
これは定めとしかいいようがありません。
あるいは事故といってもいいかもしれません。
ただそれでは納得できないので、理由をいろいろと考え出すのです。

このことは、愛が冷めた時のことを考えれば納得できるでしょう。
愛が冷めるのもまた、理由などないのです。
それまで好きだったことまでもが嫌いになってしまうことはよくあります。
つまり、それもまた、定めであり事故なのです。

パスカルは、愛を小賢しく分析するべきではありまえんでした。
愛に関する本は、いまもたくさん出ています。
私は読んだことがありませんが、たぶん人を愛したことのない人たちが、そうした本を書くのでしょう。

今日、ある本を読んでいて、引用したパスカルの言葉を知ったのですが、違和感を持ったので、書いてしまいました。
私が節子を愛したのは、定めか事故かのいずれでしょう。
一応、私は定めだと思っていますが、事故だったのかもしれません。
節子が私より早く旅立ったのも、定めか事故だったのでしょう。
それに抗えなかったのが、実に無念です。
変えなければいけない定めや避けなければいけない事故もあるからです。
パスカルのように、小賢しい説明はしたくはありません。

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■さみしい社会

まだお会いしていない方からのメールが、心に深く残ってしまいました。
その方には了解を得ていませんが、一部を紹介させてもらいます。
とても重要な問題提起を含んでいると思うからです。

私は、子どものいない50代のシングルで、仕事中心の、地域社会とは縁遠い日常を送っています。会社をやめたら、どこでだれとどう生きていくかという問題が、まだ少し時間はありますが、ひたひたと迫ってきました。
こうしたリタイア後の課題は、家事も子育ても妻まかせで生きてきたサラリーマンが抱えているものとほぼ同じといっていいでしょう。結婚しない女性、子どものいない女性が増えていますが、これからは女性の課題でもあると思います。
また、介護が必要になったときの不安もあります。財政状況の厳しいなかで、高齢者福祉もだんだんと先細りになっていくのは明らかで、家族がいてもいなくても、公的な介護に頼れないとしたら(現在も、家族あっての介護保険制度ですが)、経済的資源もソーシャル・キャピタルももたない高齢者は耐えて死ぬのを待つしかなくなってしまいます。それはやはり、さみしい社会ですね。
この文章につづいて、この方が、その解決に向けてどうしようとしているかの話が書かれていますが、それは省略します。
私が今回書いておきたいのは、ここに書かれた「さみしい社会」と家族の話です。

現代の社会では、結婚しないと家族からはじき出されかねません。
この方も、シングルですので、仕事がなくなると社会との接点が断ち切られかねないわけです。

鷲田清一さんは、「家族は〈自然〉と〈制度〉の接点であり、交点である」と、「〈ひと〉の現象学」という著書で書いています。
そしてまた、「家族は、民を管理する国家組織の最小単位であると同時に、そうした権力ヘの民の抵抗の拠点ともなりうる場所である」とも書いています。
しかし、家族は今、大きく変質してしまい、おそらく「権力ヘの民の抵抗の拠点」とはなりえないまでに壊されたと思います。
壊したのは言うまでもなく、経済至上主義です。
鷲田さんは、こうも書いています。
「近代という時代は、家事というかたちで家族のメンバー(とくに女性)に負わされてきた家族の機能を、家庭外のサーヴィス機関に委託する傾向を推しすすめた。つまり、メンバーの生命機能にじかにかかわる世話を、金銭をもって外部の専門職に委ねるようになった」。
家事の市場化です。日本では、「女性の社会進出」とも言われました。
こうした動きを多くの人は歓迎しました。
私は1970年代から、このことに大きな危惧を感じていました。
女性の社会進出は、単に女性の経済機関への取り込みでしかなく、社会からの略奪であり、汎市場化の入り口になるだろうと考えていたからです。
会社時代には、そう主張し続けていましたが、だれからも相手にされませんでした。
私が会社を辞めた、たくさんの理由の、それは一つです。
最近では「介護の社会化」などという言葉で、介護の市場化が進められました。
そういえば、「文化産業論」が言われだした時にも、恐ろしさを感じました。

話が外れてしまいましたが、家族や家庭は市場化の流れの中で壊されてしまったのです。
そして、生活の不安があふれ出しました。
不安があればビジネスのチャンスがあります。
それが近代のパラダイムなのです。
だから「さみしい社会」はある意味での近代の到達点かもしれません。

「さみしい社会」から抜け出すためには、家族を取り戻さなければいけません。
それは別に血縁家族である必要はありません。
共時的だけではなく、通時的に、寄り添いながら、支え合いながら、しかも開かれたかたちで変化していく、ゆるやかなつながりの新しい家族を、どうやって創りだすか。
これは私のテーマでもあります。

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2013/09/18

■節子への挽歌2208:また祈りが増えました

節子
2人の友人ががんで手術をします。
お2人とも湯島のサロンによく来ている人です。
知らない人がまだ多いかもしれません。
こういう知らせを受けると、ただ祈るだけしかありません。
毎朝の節子への祈りに合わせて、祈らせてもらっています。

節子の時も、節子のことを知って、毎朝祈ってくれていた人がいます。
それを知ってとてもうれしくなりました。
お見舞いの花よりも、お見舞いの言葉よりも、祈ってもらうことはうれしいことです。

祈ると言っても、私の場合は、ただその人の顔を思い出すだけです。
人の顔が思い浮かべば、当然、祈りが生まれるからです。
過剰な言葉は不要です。
ただ思い出せば、祈りは天に届くでしょう。
しかし、届いたからといって、何かが変わるわけではないかもしれません。
私は、節子との別れで、それを知りました。
あれほど祈ったのに、奇跡は起こらずに、節子は逝ってしまいました。
だからといって、祈りが無駄だったとは思いません。
祈りは、祈ることにこそ、意味がある。
今はそう思えるようになりました。

世の中には、祈ってほしい人は少なくないでしょう。
私だって、祈ってほしいです。
山のように重荷を背負っていますから。
だからそのぶん、他者を思って、祈るのです。
自分が幸せになりますように、などというのは、私の祈りにはありません。
おそらく多くの人もそうでしょう。
みんな他者のために祈るのです。
そのことも、節子が逝ってしまってから、実感できたことです。

周りの人たちが、みんな幸せなほど、自分が幸せなことはありません。
周りに問題を抱えている人がいるほど、辛いことはない。
奈落の底を経験すると、それがよくわかります。

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■自分の属性を訊かれたらどう答えますか

最近あるグループを立ち上げたのですが、その参加者の名簿を作成することにしました。
最近は個人情報に関する意見がさわがしく、簡単には名簿も作れません。
そこで、名前と属性と関心事だけを表記する名簿を作成することにしました。
最近は電子メールとメーリングリストがあるので、連絡先は不要です。
メンバーにお願いして、属性と関心事を連絡してもらいました。

その過程で、いくつかのことに気づきました。
属性として所属組織を書いてきた人がいました。
所属組織ではなく属性をお願いしますと書いていたのですが、やはりそういう人が数名いました。
みんな私とほぼ同世代の人です。
若い世代は、逆に楽しんで自己規定をしてきました。
付き合いがある程度ある人たちは、私が予想してきたとおりの自己規定をしてきました。
もっともちょっとずれた人もいます。
私が「パン職人」と予想していた人は「園芸福祉コーディネーター」と連絡してきました。
「干潟に暮らす哲学工学士」は、私の予想を超えていました。
ところが、大きな組織に属している人は、私自身、考えつかないことに気づきました。
私自身が、組織の一員として付き合っているということです。
私は、これまで常に「個人」として付き合うようにしてきていますが、こうしてみると、それはかなり難しいことなのです。

ちなみに、私は属性を「コンセプトデザイナー」としてしまいました。
名刺に書いてあるタイトルですが、いかにも退屈です。
最初は「迷い人」としようと思ったのですが、社会性がないのでやめました。
属性は、社会の中での位置がわかるようであるのが望ましいと思うからです。
「ソクラテスの弟子」も名乗りたかったのですが、これだとソクラテスを騙る者と非難されそうなのでやめました。

ところで、こういう呼びかけをしたら、ある人が、自分の見直すのが狙いですねと連絡してきました。
実は、そうなのです。
組織に依存した生き方をやめましょうという、私のささやかなメッセージなのです。
名簿を作成しようとしているグループは、最近、ここでも紹介した「支え合い共創ネット」です。
支え合う存在になるためには、まずは組織依存から抜けなければいけません。
客観化された主体性ではなく、自らが環境の中で構成してきている主体性を、私たちはしっかりと認識し、行動していくのがいいと、私は思っているのです。
まずは、自らを見直すこと。
そこからすべては始まります。

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2013/09/17

■節子への挽歌2207:一念三千

節子
テレビの名刹古寺という番組で、大原の三千院を取り上げていました。
私の好きなお寺で、節子とも何回か、行きました。
特に秋に歩いた、京都の三尾は心に残っています。
寂光院の石畳が私たちは好きでした。
神護寺の紅葉もきれいでした。
川沿いで食事をしたような気もします。

三千院では、数年前に「悪魔」に出会ったことがあるのですが、その話を節子にしても信じてはもらえませんでした。
節子だけではなく、誰も信じてくれませんでしたが、広島の折口さんだけは信じてくれました。
そのことを思い出して、私のホームページを調べてみました。
そうしたら、その後、もう一度、三千院に行っていることを思い出しました。

2004年の4月でした。
節子が、元気になってきた頃です。
これが、節子と一緒の、最後の三千院だったのです。
この年は、ともかく節子と一緒に、いろんなところに行きました。
三千院は、節子の姉夫婦と4人で行きました。
なんとなく覚えてはいるのですが、なぜか現実感が戻ってきません。

節子は、その頃、私との思い出をたくさん残そうと私をよく誘いました。
ところが、どうも私にはその思い出があまりきちんと残っていないのです。
節子ががん宣告を受けてから、私は仕事をやめ、活動も大幅に減らしました。
節子との時間はかなりたくさんあったはずですし、節子との一緒の時間を大切にしようと言う気持ちも強かったはずです。
しかし、なぜかその4年半の事は、すべて現実感のない記憶になっています。
とても鮮明に思い出す風景もあるのですが、それがつながらないのと、どこでのことかもあまり思い出せないのです。
せっかくがんばって、思い出を残していってくれた節子には申し訳ありません。
もしかしたら、その4年半は、節子が私たちを先導していたのです。
付いていくだけだと、記憶は残らないものです。
ケアしていたのは、私ではなく、節子だったわけです。

三千院は、「一念三千」という言葉からとったそうです。
一念三千。
天台宗の基本的な教説の一つですが、私たち一人ひとりの日常の一瞬一瞬のかすかな心の動きに,宇宙の一切のすがたが完全にそなわっているということだそうです。
宇宙の一切のすがたが「三千」と表現されています。

この挽歌を書く時、いつも、パソコンに向かって、節子を念じます。
そうするとなぜか書き出せるのですが、時に書いていても、論旨不明の支離滅裂な内容だなと思うことがあります。
それでもアップしてしまうのは、書いたことには何か意味があるのだろうと思うからです。
もちろんチャネラーの手による天からのメッセージではないのですが、まあ、その時々の私の思いですから、そこには私のすべてが入っているわけです。

一念三千。
なんだか好きな言葉になりました。

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■サリン兵器を持つことの意味

シリア関係の報道を見ていて、なんともやりきれないのは、国連のチームによって化学兵器の使用が確認されたにもかかわらず、実際にはなんの動きも出てこないことです。
むやみに武力行使するのはもちろん避けねばいけませんが、武力か交渉かという「二者択一」発想ではなく、何か方策はないものかと思います。

ところで、化学兵器を所有すると使用するとは、違う概念でしょうか。
ちなみに、核兵器に抑止力(と攻撃力)があるということは、核兵器の所有と使用とがつながっていることを意味します。
使用しなくても、兵器としての効果を実現できると言うことです。
同じように、化学兵器もまた、所有することに意味がありそうです。
サリンを持っている人には、手を出せません。
所有するだけで「脅迫効果」があります。
つまり所有すること自体が、暴力の行使に当たるともいえるわけです。
ブッシュのアメリカがイラクを攻撃したのは、その論理からです。
もっとも、イラクの時は、相手は所有さえしていなかったのですが。

サリン兵器を所有する国家は正常な国家とはいえません。
しかし、もしそうなら、核兵器をもつ国家も正常とはいえないでしょう。
さらに論を進めれば、原発を持つ国家も正常ではないように思います。

それはともかく、現在の世界では、犯罪かどうか、つまり正常かどうかは、国家が決められます。
国家が命ずる殺人は犯罪にはなりません。
国家とテログループの違いは、そこにあります。
その非対称性を考えないと、世界で起こっている不幸な戦いは理解できません。
国家は、いいとこ取りができるのです。

世界から殺し合いをなくすためには、国家視点で考える時代は、もう終わったように思います。
テロと言われるような活動も、あるいは内戦も、終わったものかもしれないと、この頃、つくづく思います。

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2013/09/16

■節子への挽歌2206:京都まで水浸しにした台風

節子
昨日と今日、台風が日本列島を縦断しました。
滋賀と福井と京都は大雨で、多くの河川が氾濫しました。
驚いたことに、桂川までが氾濫し、嵐山の渡月橋も一時は橋の上まで水が来ていました。
川岸にも水が溢れ出し、おそらく天龍寺にも水が入り込んだことでしょう。
このあたりは、よく行きました。
節子と行った、最後の京都旅行の時にも天龍寺に立ち寄った気がします。

節子と付き合いだした頃は、西芳寺もまだ予約なしに気軽に行けたので、その帰りにも嵐山によったりしました。
予約制になってからは、西芳寺には行きませんでしたが、代わりに天龍寺には立ち寄るようになりました。
そのせいか、お寺としては私の好みではないのですが、天龍寺にはなにか親近感があります。
その天龍寺に水が入ったかもしれないと思うと、いささか気になって、今日はテレビをよく見ていました。

滋賀の大津の県庁前も水であふれていました。
そのあたりも、節子とはよく歩いたところです。
と思っていたら、小浜までが水であふれたり、山崩れしたりしていました。
小浜は私が好きなところです。
テレビ映像からはよくわかりませんでしたが、私たちが歩いたところもかなり被害を受けていることでしょう。

今回に限りませんが、テレビを見ているといろんなところの風景映像が出てきます。
そこに、節子との思い出があると、目が釘付けになります。
見ている風景の意味が変わってしまうのです。
多くの場合、なぜかあたたかな気持ちにさえなるのです。
不思議と言えば、不思議です。

しかし、そうした風景も、どんどん変わっていきます。
昨年行った奈良の薬師寺にはもう、節子を感ずる風景はありませんでした。

自然の力はすさまじいものです。
渡月橋や天龍寺は、変わってしまうのでしょうか。
変わらないといいのですが。

今回の台風は、我孫子はそうたいしたことはなく、わが家には被害はありませんでした。
被害を受けたみなさんの生活が、早く元に戻りますように祈りたいと思います。

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■第2回箸ピーサロンのお誘い

箸ピーゲームに関しては、これまでも何回か書いてきました。
要するに、箸を使ってピーナツを1分間にどれだけ移動させられるかを競うゲームです。
これまでもいろんなところで行われてきていますが、それを標準化して、みんなでコミュニケーションしあおうと考えたのが小宮山栄さんです。
小宮山さんは、箸の文化の魅力に取り付かれて、数年前に国際箸学会も立ち上げていますが、子どもたちが箸使いを学ぶ場をつくったり、箸の文化を深めていく活動をするなかで、この箸ピーゲームがさまざまな効用を持っていることに気づいたのです。
箸ピーゲームに関しては、国際箸学会のホームページをご覧ください。

小宮山さんにそそのかされて、7月に箸ピーゲームサロンを開催しました。
とても好評で、そこからいろんな動きが始まりだしました。
神戸からわざわざ参加してくれた六甲アイランド高校の吉田さんは、8月に開催されたアジア・ユース・サミットで、アジアから参加された高校生を対象に、箸ピーを使ったリレーゲームをやったそうです。
とても盛り上がり、吉田さんはその様子をビデオ記録してくれました。
11月には、東京でその報告会もやってくれることになっています。
多文化交流にも効果的のようです。

養護施設での活用で効果をあげていることは、小宮山さんが前回のサロンで紹介してくれましたが、福祉施設での展開も少しずつ取り組まれだしています。
また福岡などにも新たに支部ができそうです。

そんなわけで、東京でも定期的に箸ピーサロンを開催することになりました。
ただゲームをやるだけではなく、時には箸の文化や食の文化も話題にできればと思っています。
また箸ピーゲームをこんな形で活用したという方の体験もお聞きできればと思います。
しかし、あんまり難しいサロンではなく、ともかく単純に箸ピーゲームを楽しもうというのが一番の狙いです。
話すのが不得手な方も、箸ピーゲームをやれば、元気が出て、人とのつながりが広がっていくはずです。
話すよりも、まずはゲーム。
そんなスタイルの集まりです。
これまでとはちょっと違ったサロンですので、どうぞ、気楽にご参加ください。
初めての参加の方には、箸ピーゲームセットを贈呈させてもらいます。

周りに興味を持ちそうな方が居たら、ぜひお誘いください。
ともかく気楽なサロンです。
箸ピークラブが立ち上がるかもしれません。
今回は参加できないが、次回は参加したいと言う人もご連絡ください。
また案内を差し上げます。

○日時:2013年9月25日(水曜日)午後6時半~8時半
途中での出入りも自由です。
○場所:湯島コムケアセンター
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○内容:箸ピーゲームの実施のほか、国際箸学会理事長の小宮山さんから、30分ほど、「箸の話」を話してもらう予定です。
○参加費:500円

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2013/09/15

■支え合い共創ネットを立ち上げました

仲間たちと新しいネットワークを立ち上げてしまいました。
これまで2回、協同組合サロンをやってきましたが、そこから生まれたネットワークです。
とりあえずの名称は「支え合い共創ネット」です。
支え合いの文化や仕組みをみんなで一緒に創っていこうという思いを込めました。

これまでの集まりでは、協同組合に焦点を置いてきましたが、ほかにも共済活動や相互支援の市民活動、最近では、地域通貨による新しい動きも広がっています。
また日本には、これまでも「頼母子講」とか「もやい」とかといった仕組みもあります。
フランスから始まった隣人祭りのような動きも広がっています。
そうしたものも視野に入れて、これからの私たちの生活のありかたや社会のあり方を意識しながら、「支え合いの文化と仕組み」を考えていく予定です。

当初は学びあいの場になるかと思いますが、できるだけ早く、何らかの実践にまで持っていければと思います。
メーリングリストをつくり、毎月、東京でミーティングを行う予定です。
その顔合わせも兼ねて、先週、第1回のミーティングをもちました。
最初からかなり具体的な話題が出てきて、議論が盛り上がりすぎてしまいましたが、面白くなりそうです。

メーリングリストにはすでに25人の方が参加してくれました。
若い起業家の方もいれば、お百姓さんやお坊さんもいます。パン職人もいれば編集者もいます。ともかくいろんな人がいますので、だれでも主役になれます。
参加ご希望の方は、登録アドレスを私までご連絡ください。
きわめてカジュアルで、フラットな、誰でも歓迎の、開かれたプラットフォームを目指しています。
当面は私が事務局役です。

次回は10月10日に、モンドラゴン協同組合をテーマにします。
よかったら気楽に参加してください。
ホームページのほうに案内を出す予定です。

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■節子への挽歌2205:老いること

節子
岡山の友澤さんと電話で話しました。
今年で80歳だそうです。
節子の友だちの松尾さんもあまり調子がよくないようで、最長老の友澤さんが一番お元気のようですが、それでも最近は少し耳が遠くなってきたそうです。
みんなそれぞれに老いているわけです。
老いることの面白さを、節子は味わうことがなかったですが、節子だったらたぶん楽しい老い方をしたような気がします。
私はどうも老い方がわからずに、まだこれまでの生き方を大きく変えられずにいます。
節子と一緒だったら、それなりに老いることを楽しめたのでしょうが。

時に、友人からも歳よりも若く見えると言われます。
つまりきちんと老いていないのです。
友人は、たぶん元気づける「ほめ言葉」で言ってくれているのですが、やはりきちんと老いることに失敗していると言うことでもあります。
節子が62歳で老いることをやめてしまったように、私ももしかしたら、その時点で老いる事ができなくなったのかもしれません。
これはとても不幸なことのような気がします。

人は伴侶や家族との関係性のなかで老いていけるのだと思いますが、私にはそのいずれにおいても、老いる条件がないのです。
あまり口には出せませんが、不幸といえば不幸です。
実際に、友人からは不幸だねと言われてしまったこともあります。
まあ面と向かって言われると、結構辛いものですが、事実だから仕方がありません。

いろんな意味で、私の世界では時計は止まったままです。
もしいま節子が彼岸から里帰りして来たら、この6年間、何をやっていたのと笑われそうです。
どうしたら老いに向かえるか、そろそろ考え出さないといけません。

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2013/09/14

■節子への挽歌2204:節子を思い出す夏

節子
岡山の友澤さんからぶどうが届きました。
同封されていた手紙に、「節子様を思い出す夏でした」と書かれていました。
あの年も、今年のように暑かったのです。

今年は天候不順で、友澤さんの地元の北房のぶどうはダメだったそうで、今年は違う産地のぶどうが届きました。
そういえば、あの年もぶどうの成熟が遅れていて、友澤さんの思いもむなしく、節子に食べさせてやれなかったのです。
節子が旅立ってから、ぶどうが届いたのを覚えています。
その意味でも、今年は「あの年」と同じです。

今日もまた暑くなってしまいました。
節子が思い出されたくて、悪さをしているのでしょうか。
困ったものです。

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2013/09/13

■節子への挽歌2203:ちょっと哲学者

節子
今日も湯島でしたが、予定が少し変わって、1時間半、無為の時間がとれました。
予定していた人が来られなくなったおかげです。
で、何もせずに、なんとなくオフィスでぼーっとしていたのですが、お昼を食べるのを忘れていたことに気づきました。
その人と一緒に食事をする予定だったのです。
お昼を忘れるとは、実に困ったことです。
まあこれからのミーティングに備えて、冷蔵庫にあったサプリメントを飲みました。
これで5時までは大丈夫でしょう。

節子がいた頃も、私はよく昼食を食べるのを忘れました。
忘れなくとも、一人で昼食を食べにお店に行くのが不得手でした。
それで、「まあいいか」とお昼を抜くことが多かったので、節子はお弁当をつくってくれるようになりました。
私には、一人で食事をするのが、とにかく嫌いなのです。
いや、そもそも食事をすることもあまり好きではありません。
食事をする必要がなければ、どんなにいいかと思います。

ところで、1時間、何をしていたかと言えば、なんとなくだらだらとネットを見たりもしていましたが、植え木に水をやったり、テーブルの上のメダカを見ていたりしました。
メダカは2匹が元気にしていますが、水草がなかなかうまく定着できずにいます。
メダカの動きをみていると退屈はしません。
実に楽しそうに泳いでいます。
節子がいた頃は、もしかしたら、私たちもこのメダカのようだったのかもしれません。
メダカは、何も考えずに、ただただ楽しんでいるのでしょう。
人間も、メダカのように楽しく生きられるだろうに、どうしてみんな苦労するのでしょうか。
節子がいなくなってから、生きることの意味をいろいろと考えたりもしましたが、メダカの境地にまでも、まだ届けていないようです。

メダカを見ていると、ちょっと哲学者になれそうです。

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2013/09/12

■節子への挽歌2202:自分自身に向かって語るのと同じくらい自由に話せる相手

節子
今日は、たぶんとても仲の良いご夫妻にお会いしました。
ご夫妻で会社をやっています。
ビジネスの話で、しかも初対面だったのですが、とても気持ちのいいご夫妻で、初対面にもかかわらず、昔からの知り合いのような気分になってしまいました。
と同時に、節子と一緒に仕事をしていた時のことを、少し思い出しました。

古代ローマの賢人といわれたキケロは、こう言っているそうです。

「世界で最も強い満足感をもたらす経験とは、地球上のあらゆる題材について、自分自身に向かって語るのと同じくらい自由に話せる相手をもつことである」
ビジネスの話もしながら、お2人に昼食をご馳走になってしまったのですが、その時にふと思い出したのが、このキケロの言葉です。

キケロはたぶん、志を同じくする友というような意味で語っていると思いますが、私にとっては、いうまでもなくそれは節子でした。
節子に対しては、もう一人の自分と話し合うような自由さと素直さを持てました。
あらゆる題材について、私は節子に話しました。
節子にはまったく理解できないような話題も含めてです。
節子は、たとえ理解できなくとも、あるいは興味を持たなくても、きちんと聴いてくれました。
すべて賛成してくれたわけではありません。
きちんと理解してくれたわけでもありません。
しかし、どんなにわからない話でも、また自らに関係のない私の個人的な話でも、話せば聴いてくれたのです。
節子がどう思おうと、私は一切気にせずに話せました。

人は、話しながら考えます。
無意味なことも含めて、節子と話すことで、私は考える世界を広げることができたような気がします。
そして、「話すこと」の大切さと楽しさを学んだのです。

私が、誰かと話すのが好きになったのは、たぶん、気がねなく自由奔放に話せる節子という相手に恵まれたからです。
今日、仲の良いご夫妻と話をしながら、それに気づきました。
そんなこともあって、初対面にもかかわらず、私はいささか冗長になってしまったようです。

キケロがいう幸せが、もう体験できないことが、少し残念ですが、その体験ができたことに、改めて感謝した気がしています。
節子は、ほんとうに最高の話し相手でした。
節子にとって、私が最高の話し相手だったかどうかは、あまり自信がないのですが。

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2013/09/11

■水曜どうでしょう効果

最近、このブログへのアクセスが増えています。
理由は「水曜どうでしょう」の検索ワードでのアクセスのためのようです。
いま北海道で、「水曜どうでしょう祭」が開催されているのですが、その記事が朝日新聞に掲載されて以来、ずっと普段の2~3倍のアクセスが続いているのです。
オリンピックやフクシマなどの記事へのアクセスが増えているのかと最初は思ったのですが、理由は「水曜どうでしょう」だったわけです。
嬉しいような嬉しくないような、そんな気分です。

おそらく「半沢直樹」の記事を書けば、アクセスはまた増えるかもしれません。
自分のブログへのアクセスを増やす方法はいろいろとあるのでしょう。
書きたいことを書くのが目的であって、読まれることが目的ではないですから、そんなことをやったら本末転倒だと、私などは思ってしまいます。
読まれなければ書いても意味がないではないかと言われるとそれまでですが、読まれればいいというわけでもありません。

私はツイッターはやっていませんが、フェイスブックやブログやホームページ、あるいはメーリングリストやSNSはいくつかやっています。
そういう意味では、ソーシャルメディアなるものの恩恵も多少は受けています。
フェイスブックにも一時期、面白みを感じていましたが、最近は少し退屈しています。
私は、メッセージ型や案内型の記事を書くことが多いのですが、どんな記事にも「いいね」を押されると、なにやら違和感を持ってしまいます。
反対!とかいう反応もぜひつくっておいてほしいと思います。
いささか小難しく考えすぎているかもしれませんが、「いいね」の仕組みは、同調化社会を助長するのではないかと心配です。
いや、それがフェイスブックの目的かもしれません。
いずれにしろ、フーコーが指摘していた、本音を隠した相互監視の監獄社会へと向かっているようです。

それでもブログの場合は、心穏やかではないほどの辛らつな批判のメールが届きます。
匿名のメールは無視しますが、それでもやはり心が歪むようなものもあります。
読まなければいいのですが、やはり気になって読んでしまうのです。
大澤真幸さんが、「見られている不安」と「見られていないことの不安」とよく言っていますが、まさに私もそういう感覚になっているのだろうと思います。

ところで、「水曜どうでしょう」の番組ですが、登場する大泉さんや鈴井さんは、視聴者を意識していないというスタイルで、たぶん無意識に意識しています。
ややこしい表現ですが、ともかく2人とも、地の自分を楽しんでいるのです。
それが実に面白いのです。
へんに工夫されたところは、私には全く面白くありません。
過剰すぎるからです。

実は人間はみんな、本来、お2人のように面白い存在なのでしょう。
にもかかわらず、それぞれの役割を果たさなければいけないとばかり、無理をしてしまうので、自らもまわりも面白くなくなるのかもしれません。
この番組を見ていると、要するに素直に生きていれば楽しいのだということに気づかされます。

まだご覧になっていない方がいたら、だまされたと思ってぜひ一度、ご覧ください。
まったく面白くないと思ったら、ともかく見ながら笑ってみてください。
それで面白くなかったら、もう一度だけ、見てください。
それを繰り返していると、多分そのうち、面白くなってきます。
どのくらいかかるかは、保証の限りではありません。
面白くなる前に、腹がたってくる可能性もありますが、その時は、だまされたと思って、あきらめてください。
まあ、人生にはだまされることもよくあることです。


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■節子への挽歌2201:「知識は、不幸にすることもある」

がんの疑いがあって精密検査中の医療関係の友人から、メールが来ました。

夫に言われた言葉があります。
「知識は、不幸にすることもあるんだよ」と。
医療関係者は、病気のことを知っていると思っていますので、先のことを過剰に考えてしまうのかもしれません。
「知識は、不幸にすることもある」ということは、とても共感できます。
これは、病気に限ったことではありませんが、難病やがんなどの場合には、特に当てはまるかもしれません。
罹病した人や家族は、知識を集めようとします。
問題は、どこまで知ろうとするかです。
知れば知るほど、いいということでもないのです。
人によって違うでしょうが、私の場合は、もう少し知ろうとするべきだったという思いが抜けません。
その悔いが、私を時々、追い詰めます。

知ることによって、不幸になることがある。
実は、私にもそんな思いがあり、私は途中で逃げてしまったのです。
だから改めてその言葉に出会うと、共感する一方で、心が痛みます。

実に不思議なのですが、節子は私以上に淡々としていました。
節子は、手術後の数か月は落ち込んでいましたが、そこから抜け出た後は、いつも明るく、その時々をともかく大切に生きていました。
私には、愚痴ひとつこぼしませんでした。
私たちは、あまり先を見ようとしていなかったのです。
それは「逃避」だったのかもしれませんが、私にはそうは思えません。
節子が旅立つまでの数年間は、ある意味では、とても幸せだったかもしれません。

この言葉を読んで、そんなことを思い出しました。

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2013/09/10

■夏ばっぱの生き方は大事なことを教えてくれました

NHKの朝ドラの「あまちゃん」は、第3部に入りました。
東日本大震災後の北三陸に舞台がまた戻りました。
今朝、いつものように見ていたのですが、夏ばっぱの言葉に心から共感しました。
被災者ではない、第三者の視点からの勝手な思い込みかもしれませんが、私がずっと思っていたことです。
いささか不正確かもしれませんが、再現します。

 海が荒れて大騒ぎしたのは今回が初めてではない。
チリ地震のときも、大変な騒ぎだった。
まさか生きているうちに、もう一回、怖い目にあうとは思わなかった。
だからといって、海は怖いと決めつけて、よそで暮らす気にはならない。
だから、みんなに、ここにいたら危ないよ、海から離れて暮らせよって言えるか?
おら、言えない。

文章にしてしまうと、なにか感じが違うような気もしますが、とても心に響きました。
私が、東北被災地の復興に抱いている違和感は、まさにその気分なのです。

いや、これは東北復興だけの話ではありません。
私の生き方の話でもあるのです。
とても大切なことを、夏ばっぱは示唆しているように思います。
私自身の生き方も、問われています。
生きることは逃げることではないのです。

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■節子への挽歌2200:宝くじを買わないと人生を全うできない感じです

節子
昨日は、いささか深刻なビジネスミーティングを2つ行いました。
いずれも、お金が絡んでいます。
私には不得手なミーティングです。
私がお金をもらえる話なら、まあさして深刻でもないのですが、いずれも逆で、私が資金的な支援をするかどうかというミーティングです。
幸か不幸か、私には資金がないのですが、要は私が保証するかどうかというのが、深刻さにつながっているわけです。
友人や娘からは自宅を抵当にしていてはいけないとか、連帯保証人になってはいけないなどと言われていますから、それだけは最近は避けていますが、目の前に困っている人がいたら、何とかしないといけません。
どうも相手はそういう私の性格がわかっているようで、次々と相談をしてくるのです。
そのことを知っている人からは、佐藤さんは甘く見られていると言われていますが、甘く見られていることは別にどうということはありません。
しかし、だまされることが繰り返されると、やはりがっかりします。
人間不信になるからです。
同じ過ちはもうしないぞと思うのですが、相手が変わるとついついまた、相手を信じたくなります。
これは、一種の病気かもしれません。

加えて、昨夜、2人の知人から、係争の話し合いをするので立会いをしてくれないかと、それぞれからメールが来ました。
実は、こういうことも初めてではありません。
これまでも何回かあります。
係争の中身はいつも「金銭問題」です。
私を通して知り合った人同士なので、同席しないわけにもいきません。
しかし、お互いに私の知らないところで、一緒に事業を起こし、失敗して争うと私のところに相談に来る。その神経が私にはよくわかりません。
調停役をやって解決したら、お礼くらい言ってもらっても良いと思うのですが、係争の調停はいずれにも不満を残しますので、いずれからも感謝されることはありません。
そのため、せめて交通費くらい払ってほしいと、卑しい気持ちにさえなりますので、あんまりやりたくはありません。
しかし、頼まれると断れないのが、私の性格なのです。
これは性格と言うよりも、私の生き方かもしれません。
生き方であれば仕方ありません。

そういうことを行って、自己嫌悪に陥っていると、節子はいつも「それが修さんなんだから」といささか諦めながら笑いとばしてくれていました。
その笑顔に救われてきましたが、最近は救いがありません。
娘たちは、死ぬ前に借金をきちんと返しておいてね、とにべもありません。
やはり宝くじを買わないと人生を全うできない感じです。

節子
宝くじが当たるように祈ってくれませんか。

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■オリンピック・消費税・福島事故の三題噺

今日の朝日新聞の1面は、オリンピック招致の話と消費税増税の話と福島事故全員不起訴の3つの大きな見出しになっています。
それぞれ別の話のようで、深くつながっていることを示唆しているような気がしました。
私たちは、そうした想像力をもっと強く持たなければいけないと思っています。

とても違和感があるのは、オリンピック招致が決まった途端に、異議申し立ての発言をしだす人が少なくないことです。
反対だったらもっと早く言ってほしかったです。
いまさら言っても遅いわけで、それを承知で言い出しているのではないかとさえ勘繰りたくなります。
福島の人のコメントも、少しずつテレビにも出てきてホッとしています。
テレビは、もっと早く報道すべきでしょう。
それにしても、もう福島はコントロールされているというような発言をする首相も、それを指示する政府も、驚きの対象でしかありません。

今回のオリンピック招致劇に登場した人たちの顔は、私にはたぶん死ぬまで忘れられないでしょう。
そのエネルギーを福島原発事故の対策に向けてほしかったです。

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2013/09/09

■節子への挽歌2199:退歩

節子
今日はさわやかな秋晴です。
雲の形が実にいいです。
暗雲と言われるような不安を起こす雲もあれば、今日のように、心を和ませ元気づける雲もあります。

昨日、滋賀にいる節子の友人から電話がありました。
花を送ってくれた人たちです。
元気そうでした。
節子は、とても良い友だちだったと、今も言ってくれています。
先に逝ってしまう人が、「良い友だち」のはずはありませんが、まあそこは素直に受け止めましょう。

7回目の命日を超えて、私も少し心身の整理ができてきたのかもしれません。
いや、そう思いたくなってきたというのが正しいでしょう。

先週、テレビの「こころの時代」で、東洋思想研究家の境野勝悟さんの話を聴きました。
そこに、道元の「退歩」という言葉が出てきました。
私の認識とは少し違っていたので、改めて、少しだけ調べてみました。
道元は、「須らく回光返照(えこうへんしょう)の退歩(たいほ)を学すべし。身心(しんじん)自然(じねん)に脱落して本来の面目(めんもく)現前せん」と書いています。
テレビでは、境野さんは、そのことを様々な切り口から説いてくれています。
改めて、納得できました。

ある意味で、節子がいなくなってからの私の姿勢は、退歩と進歩の往復ですが、少なくともこの挽歌を書く時には、「退歩」に心がけています。
退くことによって見えてくるものはたくさんなるからです。

境野さんはまた、学ぶことは自らを忘れることだ、とも言っていました。
あんまり正確な引用ではないのですが、私にはそう聞こえました。
退歩も進歩も、自らを忘れることかもしれません。

今日の気持ちの良い、さわやかな青空は、いろんなことを忘れさせてくれます。
私も、節子も、青空が好きでした。

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2013/09/08

■社会からの落ちこぼれ

私にとっては、まさかのオリンピック東京招致が決まりました。
今日は1日、不愉快でした。
私にはオリンピック招致そのものが冗談としか思えていませんでしたが、テレビでは大喜びしている人たちがほとんどなのえ見て、目を疑います。
被災地の人まで喜んでいるのですから、唖然とします。
さすがに、福島の人で喜んでいる人はテレビでは見ませんでしたが。

やくみつるさんの、かなり控え目でしたが反対姿勢を示すコメントが、せめてもの救いでした。
それ以外のタレントや評論家で、批判している人はいないのでしょうか。
みんなよろこんでいるのでしょうか。
それとも、すでに報道管制がしかれているのでしょうか。
あるいは、フーコーがいうパノプティコン監獄にみんな収容されてしまったのでしょうか。

わが家には、読売新聞が号外を届けに来ました。
これを材料に読売新聞を取ってくれと言うわけです。
もちろん号外も不要だとお断りしました。
すでに金儲けのためにいろんな人が動き出しています。
浅ましい限りです。

オリンピックは、その昔、戦争を行っていても、その期間は休戦し、スポーツと交流を楽しみ、戦いを見なおす契機にしたと学びました。
その精神からすれば、争いの頻発する地域に位置するイスタンブールこそ、開催地としての資格がありました。
猪瀬さんは、45億ドルの基金があるから財政的に大丈夫だと胸を張っていますが、私には呆れた発想です。
それだけの資金があれば、福島対策に供与してこそ、都民の安全は守られます。

テレビを見ていると、私は社会から大きく落ちこぼれているようです。
ますます友だちも減りそうです。

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■節子への挽歌2198:相思花

節子
昨日、彼岸花のことを書きましたが、もう一度、彼岸花の話です。

彼岸花は、まず花が咲き、花が終わると葉が出てきます。
ですから、花と葉が別々なのです。
そのため、彼岸花の花は、自らの葉を見ることがなく、葉は花を見ることがないのです。
こういう花を相思花と言うのだそうです。
「花と葉が同時に出ることはない」というところから「葉見ず花見ず」とも言われるそうです。

節子が旅立った年に公開された映画に「22才の別れ Lycoris葉見ず花見ず物語」という大林宣彦監督の作品があります。
Lycoris(リコリス)というのは、彼岸花の学名です。
ギリシャ神話の女神、海の精の一人の名前からとられたものだそうです。
この映画は、悲恋物語だそうですが、私は観ていません。
しかし、「葉見ず花見ず」からどのような物語かはなんとなく伝わってきます。

彼岸花にとって、花も葉も不可欠な存在です。
冬を越した球根がまず花を咲かせます。
その花が散ると、今度は葉が茂りだします。
その葉は冬になっても枯れることなく光合成して、球根に栄養を蓄えます。
春になると葉が枯れて、秋になると球根が花を咲かせるのです。
お互いを見ることのできない花と葉であるがゆえに、人はそこに「葉は花を思い、花は葉を思う」というような感情移入をしてしまうのです。

私が気になっているのは、花の役割です。
花がタネを生み出して、彼岸花を増やしていくのではないようです。
何のために花はあるのか。
そして見ることのない花のために、葉は冬まで越して働くわけです。
その関係がちょっと気になるわけです。

ちなみに、彼岸花の花言葉は「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」。
「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」。
いずれも、いまの私にどこかでつながっているような気もします。

しかし、彼岸花の花も葉も、それぞれに会うことはありません。
彼岸花は、とても悲しい花なのです。
だから自らの球根に、烈しい毒を蓄えてしまっているかもしれません。

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2013/09/07

■水曜どうでしょう祭が朝日新聞夕刊のトップに

オリンピック招致報道の過熱ぶりに嫌気がさしていましたが、今日の朝日新聞の夕刊のトップ記事には驚きました。
なんと「水曜どうでしょう祭」の記事が大きく取り上げられているのです。

「水曜どうでしょう」は、17年前に始まった北海道テレビ放送の深夜番組で、定期放送はすでに11年前に終わっています。
ところが人気が続き、時々、新企画でまた、同じようなものが放映されています。
それがまたすごい人気らしく、いろんな局でいまなお放映されています。
私がいる千葉県では、現在は2局の再放送が見られます。

内容はといえば、これがまた全く無意味なのです。
画面には、いまや有名になった大泉洋さんと彼の所属事務所の社長の鈴井さんが出ていますが、筋もなければ工夫もない、ただの行き当たりばったりの画面です。
シリーズで多いのは、自動車での旅番組ですが、せっかくヨーロッパまで行っても、映像のほとんどは車内の無意味な会話風景です。
まあ内容は説明しようももないほど内容がないのですが、しかしなぜか私は大ファンなのです。
私の娘が、私以上の大ファンで、もうそれぞれ何回も見ています。
その影響を受けて、私も録画までしてしまい、いまなお毎週観ています。

その番組の藤村ディレクターが大魔神といって、大の甘党で、甘いものを大量に食べ切るゲームなどと言う、これまた馬鹿げたシリーズがあるのですが、半端ではない甘党なのです。
彼はほとんど映像は出ませんが、会話はしょっちゅう出ています。
彼と大泉さんの会話が、この番組の魅力なのです。

さて、その番組人気があまりにもすごいので、今度、北海道で「水曜どうでしょう祭」が開催されることになったのです。
なんとその祭に全国から5万人を超える人が集まるのだそうです。
いったいどうなっているのでしょうか。

それにしても、「水曜どうでしょう」は最高です。
特に、ヨーロッパ21か国完全制覇編に始まる3シリーズは最高です。
よほどお暇の方は、いまチバテレビで放映しているので、ぜひご覧ください。
TOKYO MX でも別のシリーズを放映しています。
これは原付で日本縦断というものです。
こちらは、ある程度の「水曜どうでしょう通」でないと、面白さが分からないでしょうから、ここから入るのは危険です。

半沢さんもいいですが、「水曜どうでしょう」は実に心が豊かになります。
朝日新聞を読んでいて、初めて「でかした!」と思いました。

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■オリンピックとフクシマ問題

一昨年のフクシマ原発事故以来、私の生活はかなり変わりました。
オリンピック招致会見などで、竹田さんや猪瀬さんが、「水や食べ物は安全」「住民は普通に生活している」「東京は全く問題になっていない」などと話していますが、驚きの発言です。
私が住んでいるのは千葉県ですが、わが家の家庭農園はまだ除染されていないために、食用野菜の栽培には今もほぼ使えません。
私の周辺でも、小さな子どもをお持ちの方は、転居されました。
これまでと違って、庭の草木も普通の生活ゴミとは分別して処分しなければいけません。
池の魚が全滅したのが、放射線汚染のせいかどうかはわかりませんが、いろんなことが起こっています。
猪瀬さんや竹田さんは、事故があっても、前と同じように安心して暮らしているかもしれませんが、少なくとも私の生活は変わりました。
オリンピックのことだけしか見ていないので、現実が見えていないのではないかとさえ思いたくもなります。

韓国が日本の東北からの水産物輸入をやめることになりました。
オリンピック招致への嫌がらせなどと言う人もいますが、そもそもこの現状でオリンピック招致を考えていることが正気の沙汰ではないのです。
責められるべきは韓国政府ではなく、ここまで放置している日本政府と日本国民です。
現実を見ようとせずに、必要な対策さえ怠り、外部から批判されて初めて、汚染水対策に動き出す。
オリンピック招致に向けた費用をもっと早くフクシマに向けていたら、汚染水漏れなど起きなかったでしょう。
チェルノブイリの時に、あれほど騒いだのに、いざ自らの国が事故を起こすと隠そうとする、これも驚きです。
原発輸出するために原発事故の現実を隠すというのでは、悪徳商法と言われても仕方がないでしょう。
昨夜の報道ステーションで、猪瀬さんは、事実を示すデータは開示されていると話していましたが、そのデータが信頼されていないのです。
それにしてもお粗末な説明で、巧に相手に迎合する古館さんも呆れているのが感じられました。

フクシマ原発事故の現実は、もっと事実が共有されるべきです。
私も最近、現実を「見たくない」思いが強くなり、報道にだまされたくなってきていますが、それでは事故を起こした私たちはいいとしても、世界や次世代への責任は果たせません。

オリンピック招致での海外記者の質問は、そのことを改めて思い出させてくれました。
しかし、日本のジャーナリストが、誰一人こうした質問をしなかったのは情けない話です。
いまさらテレビで何を言っても、新用はできません。

オリンピック騒ぎも、もう少しで幕引きになるでしょうが、2回にわたり、無駄な税金が使われたことに怒りを感じます。
その騒ぎに借り出されたアスリートたちには、全く同情はしませんが、まともな選手になってほしいです。
もう道化役はやめたらどうでしょうか。

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■節子への挽歌2197:彼岸花が咲き出しました

節子
節子の命日を過ぎたら、急に涼しくなりました。
命日とは無関係でしょうが、ことほど左様に、いろんなものの理由付けをしてしまうのが、人の常です。
そう考えると、なぜか納得できるのです。

庭の曼珠沙華が咲きそうです。
今年は雨が少なかったので、芽が出ないかもと思っていましたが、元気です。
そもそもわが家には曼珠沙華はありませんでした。
根茎が有毒ですので、あまり気楽に庭には植えられません。
にもかかわらず、なぜ庭にあるかといえば、これもまた節子に関わっているのです。
曼珠沙華の鱗茎は、有毒であるとともに、ある薬用性を持っています。
それで節子の闘病中に、漢方の薬局に頼んで手に入れたのです。
しかし、節子には合いませんでした。
それで土に戻したのです。
ですから、節子が旅立った翌年から、わが家の庭に曼珠沙華が咲き出したのです。

曼珠沙華は彼岸花ともいいます。
昔は墓地の周辺によく咲いていました。
それは土葬された死者を守るためだったと思います。
そして、名前も彼岸花と言われるようになったのでしょう。
曼珠沙華を食べたら「彼岸(死)」しかない、ということからの命名という説もあります。
この花の名前は不思議なほど、いろいろと呼び方があるようです。

「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」という花は、法華経などにも「天上の花」として登場しますが、仏教での曼珠沙華は「白くやわらかな花」で、彼岸花とは別のものだそうです。
つまり、いわゆる曼珠沙華と仏教で言う曼珠沙華とは別の花だということになります。
しかし、彼岸につながっているという点では同じです。

曼珠沙華は、日本では、異名の多い花のひとつです。
「死人花(しびとばな)」「地獄花」「幽霊花」などと言う地方もあるようです。
不吉であると忌み嫌われるところもあれば、めでたい兆しとされるところもあるといいます。
とても不思議な花なのです。
たしかに、この花を見ていると、思いは彼岸や天上にまで行きそうな感じがします。

彼岸花が咲きだす季節になりました。
私には、心身が金縛りに合いやすい季節が終わって、少しホッとしています。
9月は、節子も自由になった月なのです。

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2013/09/06

■会社名や商品名が書かれたユニフォームへの違和感

オリンピック話題に関連して、長年持っている違和感を書きます。
スポーツ選手がスポンサーの企業名の入ったユニフォームを着ている姿が、私にはどうしても馴染めません。
宣伝道具のような姿で、恥ずかしくないのかと思うのです。
自分が所属する会社の名前であれば、なんとか理解できますが、ただ資金援助だけしてくれているスポンサー企業の名前が書かれたユニフォームを着ていることに違和感がないとしたら、私とは全く別の世界の人間としか思えません。
私が一番恥ずかしいと思う生き方をしている人たちです。

この「不快感」を話したら、オリンピックに出場するためにはお金がかかるから仕方がないと言われたこともありますが、そういう状況が、そもそもおかしいと私は思います。
まあ書きだすとだんだん過激になるので、この程度にとどめますが、彼ら選手は宣伝道具にされていることに不快感はないのでしょうか。
それがどういう意味を持っているのかを、少しは考えてほしいです。
力のある選手なら、毅然と拒否できるはずです。
それがなぜできないのか。
あるいは、そういう意識が全くないのか。
オリンピックで金メダルをもらうようなヒーローであろうと、私には哀れな存在にしか見えません。

スポーツ選手に自社の名前を書いたユニフォームを着せている会社の経営者たちにも、恥ずかしさはないのでしょうか。
私には、心身売買しているのとさほど変わらないように思うのですが、最近話題のブラック企業とどこが違うのかもわかりません。

私自身がスポーツ好きではないので、これはかなり歪んだ考えかもしれませんが、ずっと抱いている違和感なのです。

それにしても、この数日のオリンピック招致騒動とその報道振りには、辟易しています。
東京には招致できないと思っていますが、もし東京開催などと言うことになったら、私のオリンピック嫌いはさらに高まりそうです。

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■幸せを届ける小さなタクシー会社(2013年9月6日)

遅れていた挽歌を書き込むために時評編はしばらく書けませんでした。
ようやく追いつきましたので、時評編を再開します。

昨夜、テレビで「幸せを届ける小さなタクシー会社」として、長野の中央タクシーの乗務員の仕事振りが紹介されていました。
同社の乗務員は、お客様が困っていることを知ると、仕事を中断してまでも、その解決に取り組むのです。
たとえば財布がないことに気づいたお客様を目的地で降ろした後、財布を捜して届けたり、渋滞で飛行機に間に合いそうもない老夫婦を、タクシーを有料駐車場に止めて電車で空港まで送ったり、という活動が3つ、紹介されていました。
詳しくは次のサイトをご覧ください。
http://www.fujitv.co.jp/unb/contents/130905_2.html
とても良い話だと、番組に出ていたタレントのみなさんは話していました。
とても良い話には間違いありません。
困っていた人がいたら手を貸してやるというのは、一昔前までの私たちの生き方でした。
しかし、昨今の企業社会では、そういう文化は薄れてきました。
そしてほとんどの企業は、そういう活動を「合理化」してきています。
そうした流れに抗う中小企業は決して少なくありません。
長野の中央タクシーもそのひとつです。

いま、「仕事を中断して」と書きましたが、同社の宇都宮会長は、そうしたお客様の問題を解決する活動も「仕事」だと位置づけています。
コストや生産性を度外視して、お客様の問題を解決することこそ、会社の仕事であり、それによって、「小さな損」はするかもしれないが、お客様からの信頼感や好感度を得て、会社を支えてくれる人が増えていく。それこそが会社を存続させ発展させていくことにつながると確信しているのです。
一時期、経営の世界でもよく語られた「啓発された自己利益」(enlightened self-interest)を思い出しますが、残念ながらその議論は一時のブームで終わってしまいました。
しかし、それこそが経営の王道であり、それをしっかりと守っている中小企業は少なくないのです。
同社は、まさに地域に支えられた会社です。
長野オリンピックで、長野県がお金まみれになった年(1998年)を除けば、同者は長野で売上№1のタクシー会社です。
当時も書いたような気がしますが、1998年の長野は、知事を初め腐っていたとしか思えません。
オリンピックは、金銭経済では儲けを生むとしても、生活社会を壊すのです。
まあその話は改めてとして、ともかく中央タクシーも、それを支える長野県民も私には輝くような存在です。

昨年の秋、中央タクシーの宇都宮会長にパネルディスカッションのパネリストをお願いしました。
食事をご一緒させてもらいましたが、ただのおじさんの風格をしっかりと持っていました。
肩肘張らずに、しっかりと生活している。
宇都宮さんの「仕事観」「経営観」に感動しました。

日本の企業も、まだ捨てたものではありません。
宇都宮さんは、最近のオリンピック招致の騒ぎをどう思っているでしょうか。

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■節子への挽歌2196:「ちょっと動揺しています」

節子
友人からまた衝撃的な連絡が届きました。
私たちより一回り若い人ですが、がんの宣告を受けたそうです。
医療分野の人ですが、その報告の最後に、「ちょっと動揺しています」と書かれていました。

最近、こういうメールが時々来ます。
私よりも年上の方からのものだと、なんでもなく読めます。
がんの宣告だとしても、とくに驚くことはありません。
私自身、70歳を超えてからは、がんだと言われても、だからなんだと開き直れる気がします。
だから、同世代より上の世代の人に関しては、だから何なのという気がどこかにあります。
こう書くと冷酷なように思われるかもしれませんが、そうではありません。
がんも含めて、病気を患いながら老いていくのは自然の姿です。
70歳を超えれば、なにがあっても驚くことはないでしょう。
それにもう十分生きてきたのですから。
節子は62歳でしたが、それに比べれば、まあ満足してもいいでしょう。
それに、老いることを嘆くような生き方を、私はしたくありません。
健全な老いにとっては、歳相応な病もまた健全の証なのです。

しかし、私よりも一まわり以上も年下の人ががん宣告を受けるのは、衝撃的です。
そういう連絡をもらうと、なんと返信したらいいかわからなくなるのです。
そこで少し躊躇し、1日、間を置くこともあります。
黒岩比佐子さんの時には、1日どころではありませんでした。
相手が何か反応を待っていることはわかるのですが、言葉にならないのです。
「私もちょっと動揺しています」と言うのが、正直な反応ですが、そうも書けません。
慰めの言葉などは、もちろん思いもできません。
かといって、慰めないわけにもいきません。

節子が、がん宣告を受けた時の私の反応はどうだったでしょうか。
たぶん節子と一緒に動揺していただけでしょう。

最近は、「ちょっと動揺」することが増えています。
自分の病は泰然としていられても、自分よりも若い人の病には、やはり動揺してしまいます。
困ったものです。

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2013/09/05

■節子への挽歌2195:また花が届きました

節子
ユカの友だちが今年もまた花を供えにきてくれました。
うれしいことです。

娘たちの友だちにとって、私たち夫婦は、それなりに印象的な存在だったようです。
子どもの頃、わが家に遊びに来た時に、私も節子も顔を出したからでしょう。
当時、娘たちにとっては、どうも迷惑なことだったようですが。
少し変わった親を持ったという感じが、娘たちには残っているのです。
しかし、その関係もあって、ユカやジュンの友だちも、私たち夫婦を知ってくれています。

今となって考えると、私も節子も親としてはあまり良い親ではありませんでした。
特に私は、親子というよりも友だちという関係を目指していましたので、娘たちにはさぞかし迷惑だったことでしょう。
大人になる前の子どもにとって、親は友だちなどにはなりえません
自分と親の関係を考えれば、それはすぐに分かることですが、当時の私はそれにさえ気づかずにいたのです。
そして、たぶん節子もまた、私のその考えに影響されてしまっていたのです。
いまさら反省しても仕方ありませんが、私にとっての大きな後悔のひとつです。

もう7回目の命日なのに、いくつ花が届いたでしょうか。
友人から、隣人から、娘の友人から、私の友人から。
とても不思議な気がします。
おそらく私の場合には、花などは届かないでしょう。
たぶん命日さえ、覚えていてもらえないでしょう。

節子の誕生日は節分の日です。
だから覚えやすくて、節子の友人からよくお祝いの手紙が届いていました。
節っちゃんの誕生日は節分だから覚えやすい、と言われていたのです。
そのくせ節子は友人の誕生日を忘れてしまうことが多かったような気がします。

人にはそれぞれ定めがあるような気がします。
節子は友人よりも私よりも早く旅立ちました。
それも定めなら、誕生日や命日を覚えてもらえるのも定めかもしれません。
やはり節子は、幸せな人なのです。
唯一の不幸は、もしかしたら私と会ったことかもしれません。
ユカがよく言います。
なんでお母さんはお父さんを選んでしまったのかなあ、と。

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2013/09/04

■節子への挽歌2194:まったりした空間

節子
節子のいない世界での7年目が始まりました。
今日は、少し気を引き締めて湯島に行きました。
田中弥生さんが相談したいことがあるというのですが、その相談事が、ちょっと私の興味を引くテーマだったのです。
一言でいうと、ちょっとおかしいことを体制に抗って「正す」という話です。
これは黙ってはいられません。
どうせ応援する人はそうはいないでしょうから、応援しないわけには行きません。
そう思って出かけました。
それに、負け戦は大好きなのです。

夕方は、さらに難しい問題の話し合いを予定していましたが、その準備は田中さんと話し合った後に準備しようと思っていました。
いずれにしろ、今日は、かなり緊張した1日になる予定でした。

ところがです。
とんでもなく、おかしな1日になってしまいました。
田中さんの相談は面白かったのですが、聞いているうちに、「抗う」よりも「いなす」ほうがいいと思ったのです。
相手が強くなければ、抗う意味はありません。
それで少し力が抜けてしまいました。
そんな話をしていたら、だんだん話が広がってしまい、終わらなくなったのです。

そこに、電話があり、共済研究会の佐々木憲文さんが近くにいるが寄ってもいいかというのです。
良い機会なので、2人を引き合わせることにしたのですが、思った以上に2人の話が弾んでしまい、これまたいつになっても終わりません。
そんなところに、今度は国際箸学会理事長の小宮山さんがやってきました。
先週、九州に箸ピーゲームの普及活動に行ってきた報告をしにきたのです。
折角なので、箸ピーゲームを田中さんにやってもらおうということにしたのですが、予想に反して、田中さんが箸ピーゲームに乗ってしまったのです。

かくして誰も帰らずに、みんなで4時半まで、実に「まったりした」時間を過ごしてしまったのです。
4時半には、ちょっと緊迫した話題の相談だったのですが、その人は、やってきたら、なにやらよくわからない雰囲気になっていたので、たぶん戸惑ったでしょう。
私も、気が抜けたのと、いまさらきついこともいえなくなってしまいました。
まあ、その話は何とかうまく時間内におさまりましたが、私の頭はかなり疲れてしまいました。

田中さんと佐々木さんと小宮山さん。
私のとっても、想定外の組み合わせです。
しかも、あの田中さんが箸ピーゲームをやるとは。
たぶん節子も驚くでしょう。

節子
7男目のスタートは、奇妙な1日になりました。
でも今日はまたそれぞれ4人に4つの約束をしてしまいました。
みんな、もっとのんびりやれと言いながら、なぜか宿題を置いていくのです。
困ったものです。

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2013/09/03

■節子への挽歌2193:7回目の命日

節子が旅立ってから、2193日が経ちました。
今日は、7回目の命日です。
挽歌のナンバーと旅立ってからの日数を合わせるために、この数日、挽歌を毎日複数書き込んで、今日やっと、両者を合わせることができました。
そんなことはどうでもいい話なのですが、私にはそれなりに意味があることなのです。

朝、娘と一緒にお墓参りに行きました。
七回忌の法要は、今年は1週間前に行いましたが、一応、お墓参りだけはしないと気分が落ち着きません。

お昼頃に佐々木さんとヌリさんがわが家に来てくれました。
ヌリさんは、節子の好きなカサブランカの大きな花束を抱えてきてくれました。
佐々木さんは、昨年も来てくれましたが、ヌリさんも今年は一緒に来てくれたのです。
早速、佐々木さんに頼んで、般若心経をあげてもらいました。
実は、佐々木さんの奥さんの実家が臨済宗のお寺なのですが、先日、そこにお邪魔した時、佐々木さんが木魚をたたきながら、般若心経をあげてくれました。
その時の般若心経が、私があげるのと違って、豊かな表情があったのです。
まったく別のお経のようにさえ聞こえたものですから、佐々木さんにお願いして、あげてもらいました。
私のとは違って、やはり美しいです。

ヌリさんは、完全ベジタリアンなので、近くの湖庵にお蕎麦を食べに行きました。
娘のユカとヌリさんが、いずれも食事は左利き、文字は右手で書くと言う事が判明しました。
お蕎麦は、北海道のお蕎麦でしたが、佐々木さんが美味しいと喜んでくれました。

節子の命日にわざわざ来てくださったのに、あまりおもてなしできませんでしたが、いろんなお話ができてよかったです。

滋賀の節子の友人たちからは、今年も胡蝶蘭が届きました。
節子を見送ってから、毎年、送ってきてくれるのです。
節子は喜んでいることでしょう。
先日、送ってもらった阿部さんからのユリを中心とした生花もまだ残っていて、またしばらくは節子の位牌の前は花の香りで満ちています。
特に、カサブランカの匂いが家中に広がりそうです。

いろんな人へ電話もしました。
今年も、それなりに節子を思い出した命日になりました。
ありがとうございました。

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2013/09/02

■節子への挽歌2192:生きた証を残したいという煩悩

節子
昨日、テレビで画家の前田青邨のことが紹介されていました。
彼は、自分のことは忘れられて、作品だけが残ればいい、と言っていたそうです。
しかも、できれば自分の作品をすべて集めて燃やしたいとも言っていたそうです。
ぼやっとテレビを見ていたので、かなりいい加減な記憶なので間違っているかもしれません。
しかし、とても共感できます。

存在したことを忘れられる生き方。
しかし、どこかにその痕跡が残っている生き方。
おそらくほとんどすべての人が、そうやって生きてきています。
しかし、前田さんの場合は、その作品が、すでに「前田青邨の作品」になってしまっていますから、彼自身のことも詮索されながら歴史の中に記録されてしまいます。
だから前田さんは、すべての作品を燃やしたかったのでしょう。
前田さんの場合、作品が残れば、必ず個人の名も残るからです。
名もない人が残した絵や壁画は作品だけが残ります。
前田さんが望んでいたのは、たぶんそういう作品の残り方だったのでしょう。

節子はいくつかの作品を残しています。
家族以外はほとんど見たこともない作品で、いつかは廃棄されるでしょう。
家族がいなくなった後に、もし作品だけが残っても、それは一体誰が書いたものかわからなくなるでしょう。

生きた証を残したいという人が少なくありません。
その感覚が、私にはよくわからないのですが、生きた証は、その時々に関わりのある人の心身にこそ、残されます。
そして、その人とともに消えていく。
私には、それで十分です。
そういう考えからすれば、こんな形で挽歌をネットにアップしていることはおかしな話です。
どこかに私の考えに間違いがあります。
何かに執着している自分がいます。

明日は節子の7回目の命日です。

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■節子への挽歌2191:季節はずれのアジサイとフジ

節子
先週、七回忌の法要をしましたが、その前日、庭の花に水をやっていて、季節はずれの花が咲いているのに気づきました。
ひとつはフジです。
なぜか3つだけ、花が咲いていました。
もう一つは、節子がお気に入りのガクアジサイの「すみだの花火」です。
節子は、ガクアジサイが好きで、これもどこからから買ってきたものです。
今年もたしか春にも咲いていましたが、いままた咲き出したのです。

節子は、時時、花になって戻ってくるといっていましたので、七回忌なので戻ってきたのかもしれません。
今日、思い出して、フジの花を見に行ったら、もう花はなくなっていました。
写真に撮らなかったのが残念です。
せっかくなら、命日までいてほしかったです。
「すみだの花火」はまだ咲いています。
ちょうど隣にあるサルスベリの花が満開ですので、節子は見とれているのかもしれません。
フジは葉っぱが茂っているので、うっとうしかったのかもしれません。

命日を過ぎると、また花の季節です。

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■節子への挽歌2190:阿閦如来

節子
先日の七回忌の時に、みんなそれぞれにお塔婆をあげさせてもらいました。
お塔婆にはいろいろと文字が表記されますが、この世界を構成する5大要素(空・風・火・水・地)が一番上に書かれています。
そして、その次に、その時の法要を導く如来の名前が書かれます。
3回忌の時は、阿弥陀如来でした。
観音から勢至へ、そして阿弥陀へとバトンタッチされてきています。

七回忌にはどの如来かとご住職に質問しませんでしたが、お経の中に「阿閦如来」の名前が出てきていましたので、たぶん阿閦でしょう。
「阿閦如来(あしゅくにょらい)」はあまリなじみのない如来ですが、寺院では時々、そのお姿に触れることがあります。

節子の生家の高月町には「阿閉」という地区があります。
おそらく「阿部氏」につながる地名でしょうが、歴史的にはちょっと気になる名称です。
高月周辺には、そうした歴史的な好奇心を引き起こす地名がいろいろとあります。
いつか節子とゆっくり歩きたいと思っていましたが、かなわぬこととなってしまいました。
実は、節子の母の生家がある唐川という地域も魅惑的です。
その集落に祀られている赤後寺のある山を最初に見た時に、これは古墳だと即座に思いました。

阿閦如来は密教における金剛界五仏のひとつで、金剛界曼荼羅では大日如来の東に居ます。
阿閦は「揺るぎない」という意味だそうですが、金剛界五仏のなかでもその悟りは堅固で、いかなる煩悩にも屈しないとされています。
七回忌を導くのが、阿閦如来であるということは、遺族もそろそろ過去への執着から自由になれということかもしれません。

まあこれは勝手な解釈ですが、七回忌を意識しだした頃から、漸く少しだけ心身の整理ができてきたように思います。
私も少しずつ、悟りだしているのでしょうか。
それとも、疲れ果てて、まあいいかという気になっているのでしょうか。
いずれにしろ、私もこれからは阿閦を見習おうと思います。


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2013/09/01

■節子への挽歌2189:生活のリズム

節子
節子がいた頃は、ホームページの更新とオープンサロンの開催だけは、どんなことがあっても守っていました。
毎月最後の金曜日のサロンは、九州に数日出張していた時にも、サロンにだけ戻って、また九州に行くということもありましたし、毎週日曜日のホームページ更新は夜なべしてでもやっていました。
ところが、最近は、いずれも確実にやってはいません。
3か月ほど前には、オープンサロンを休んだのですが、ホームページに告知したり来そうな人にはメールしたりしたのですが、当日、2人の人が湯島に行ったそうです。
しかもそのうちの一人は北九州の人でした。
わざわざ寄ってくれたのに、申し訳ないことをして、以来、サロンは絶対にやろうと思いなおしました。

ホームページの更新は、最近はかなりルーズになりました。
時間がないこともありますが、忘れてしまうこともあるのです。
要するに生活にリズムがないためでしょう。

節子がいなくなってから、生活のリズムが崩れました。
そして、いつの間にか、リズムのない単調な生活になってしまったような気がします。
リズムがなくとも生活はできるのです。
しかし、リズムがないと、時間がうまく使えません。
暇なのに忙しくなったり、気づかないうちに時間が過ぎていたり、いろいろあります。

今日、2週間ぶりにホームページを更新しました。
と言っても、週間報告だけの追加です。
節子がいなくなってからは、ホームページをきちんと更新した事がありません。
ただただ日記代わりに書き加えているようなものです。
私にとって、ホームページの意味もあまりなくなりました。
ホームページを閉じてもいいのですが、そういう節子がいた時にやっていたことを止めることはあまりしたくはありません。
要するに、何かを決断したくないわけです。
そうして、何となくだらだらと生きつづけるというわけです。
そういう生き方ですから、生活にリズムが生まれようもないのです。

こうした生き方から抜け出せるのでしょうか。
節子の7回目の命日を、私自身の生き方を見直す機会にしようかとも思っていましたが、どうもそうはならないようです。
もう少しだらだら生きていこうという気がしています。

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