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2013/09/27

■節子への挽歌2217:自らの「いのち」でないいのちを生きること

節子
映画「天地明察」では、主人公の夫婦が、それぞれに違う場面で、相手にお願い事をするシーンがあります。
そのお願い事とは、「自分より先に死なないでほしい」ということです。
その気持ちはよくわかります。

人生を一緒に過ごすことに決めても、ほとんどの場合、一緒に死ぬことはありません。
2人の願い事は両立し難いのですが、そう思うことも当然です。
長生きは、決して自らのためなのではないのです。
最近、そのことがよくわかってきました。
同時に、人の「いのち」は自らのものではないということも実感できるようになりました。

自らの「いのち」でないいのちを生きることを自覚すると生き方は変わるはずですが、それが必ずしもそうはなりません。
どこかでまだ、自分の人生だからという思いがあります。
私自身、これまでも、そして今もなお、「自分の人生をしっかり生きないといけない」などという話をしています。
あまりにも、自分を抑えて、与えられた人生や組織に依存した生き方をしている人が多いように感ずるからです。
そこの矛盾が、まだうまく埋められずにいますが、自分の信ずるもののために生きることが、大きないのちを生きることになるような生き方に近づきたいと思っています。
その「大きないのち」ですが、節子がいる時には、それが何となく見えていたのですが、今はそれを失っているのかもしれません。
「大きないのち」は、たぶん、一人では生き抜けないのです。
最近少し弱気になっているせいか、そんな気がしています。

ところで、映画「天地明察」ですが、主人公夫婦は、同じ日に亡くなったそうです。
これは実話に基づいた小説の映画ですが、もしそうだとすれば、実に幸せな夫婦です。

今日は秋晴の良い天気です。
めげずに前に進めそうな気がするような、「気」が充満しているような朝です。
気弱になると、こうした自然に大きく支えられているのがわかります。

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