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2013/09/13

■節子への挽歌2203:ちょっと哲学者

節子
今日も湯島でしたが、予定が少し変わって、1時間半、無為の時間がとれました。
予定していた人が来られなくなったおかげです。
で、何もせずに、なんとなくオフィスでぼーっとしていたのですが、お昼を食べるのを忘れていたことに気づきました。
その人と一緒に食事をする予定だったのです。
お昼を忘れるとは、実に困ったことです。
まあこれからのミーティングに備えて、冷蔵庫にあったサプリメントを飲みました。
これで5時までは大丈夫でしょう。

節子がいた頃も、私はよく昼食を食べるのを忘れました。
忘れなくとも、一人で昼食を食べにお店に行くのが不得手でした。
それで、「まあいいか」とお昼を抜くことが多かったので、節子はお弁当をつくってくれるようになりました。
私には、一人で食事をするのが、とにかく嫌いなのです。
いや、そもそも食事をすることもあまり好きではありません。
食事をする必要がなければ、どんなにいいかと思います。

ところで、1時間、何をしていたかと言えば、なんとなくだらだらとネットを見たりもしていましたが、植え木に水をやったり、テーブルの上のメダカを見ていたりしました。
メダカは2匹が元気にしていますが、水草がなかなかうまく定着できずにいます。
メダカの動きをみていると退屈はしません。
実に楽しそうに泳いでいます。
節子がいた頃は、もしかしたら、私たちもこのメダカのようだったのかもしれません。
メダカは、何も考えずに、ただただ楽しんでいるのでしょう。
人間も、メダカのように楽しく生きられるだろうに、どうしてみんな苦労するのでしょうか。
節子がいなくなってから、生きることの意味をいろいろと考えたりもしましたが、メダカの境地にまでも、まだ届けていないようです。

メダカを見ていると、ちょっと哲学者になれそうです。

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