■節子への挽歌2195:また花が届きました
節子
ユカの友だちが今年もまた花を供えにきてくれました。
うれしいことです。
娘たちの友だちにとって、私たち夫婦は、それなりに印象的な存在だったようです。
子どもの頃、わが家に遊びに来た時に、私も節子も顔を出したからでしょう。
当時、娘たちにとっては、どうも迷惑なことだったようですが。
少し変わった親を持ったという感じが、娘たちには残っているのです。
しかし、その関係もあって、ユカやジュンの友だちも、私たち夫婦を知ってくれています。
今となって考えると、私も節子も親としてはあまり良い親ではありませんでした。
特に私は、親子というよりも友だちという関係を目指していましたので、娘たちにはさぞかし迷惑だったことでしょう。
大人になる前の子どもにとって、親は友だちなどにはなりえません
自分と親の関係を考えれば、それはすぐに分かることですが、当時の私はそれにさえ気づかずにいたのです。
そして、たぶん節子もまた、私のその考えに影響されてしまっていたのです。
いまさら反省しても仕方ありませんが、私にとっての大きな後悔のひとつです。
もう7回目の命日なのに、いくつ花が届いたでしょうか。
友人から、隣人から、娘の友人から、私の友人から。
とても不思議な気がします。
おそらく私の場合には、花などは届かないでしょう。
たぶん命日さえ、覚えていてもらえないでしょう。
節子の誕生日は節分の日です。
だから覚えやすくて、節子の友人からよくお祝いの手紙が届いていました。
節っちゃんの誕生日は節分だから覚えやすい、と言われていたのです。
そのくせ節子は友人の誕生日を忘れてしまうことが多かったような気がします。
人にはそれぞれ定めがあるような気がします。
節子は友人よりも私よりも早く旅立ちました。
それも定めなら、誕生日や命日を覚えてもらえるのも定めかもしれません。
やはり節子は、幸せな人なのです。
唯一の不幸は、もしかしたら私と会ったことかもしれません。
ユカがよく言います。
なんでお母さんはお父さんを選んでしまったのかなあ、と。
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