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2013年10月

2013/10/31

■効果的な放射性セシウムの除染法

以前、私のホームページに書いたことがありますが、株式会社オクトの社長の田中さんから教えてもらった土壌中の放射性物質の除去方法の話です。

オクトが開発した「パワーパーク」は、硫酸イオンを多く含んだ酸性の土壌改良材です
それが、土壌中の放射性物質の除去にとても効果的なのだそうです。
なぜ除染効果があるかは、学理的に解析されているわけではないのですが、田中さんが実際に試験したところ、明確に効果があったそうです。
その後、独立行政法人産業技術総合研究所で評価してもらったところ、効果ありの評価結果をもらったそうです。
その書類も見せてもらいました。
「パワーパーク」は土壌改良材なので、処理土壌が無害になり、有効に利用できるそうです。

ところが、それを採用してくれるところが見つかりません。
福島にも働きかけていますが、霞が関のお墨付きがもらえないと、助成の対象にならないので、なかなか取り上げてくれる自治体が出てきません。
それが田中さんの悔しさです。
せっかく効果があるとわかっているのに、使ってもらえない。

前にもこんなことがあったなということを思い出しました。
土壌菌がいまほど認知されていなかった20年ほど前に、内水護さんという人に会いました。
実際にそれを使った酪農家も見せてもらいました。
理屈はわかりませんが、その効用を実感しました。
しかし、なぜか内水さんの活動は表に出てきませんでした。
いろんな噂やいささか物騒な話が耳に入ってきました。
内水さんとお会いする時は、スパイ映画のように、身を隠しながら会った記憶があります。
当時は、まだ私も政府や財界がまさか命まではとらないだろうと思っていましたので、大げさだなと思っていました。
しかし、話を聞くにつけ、恐ろしさが伝わってきました。

私は、それ以来、霞が関のお墨付きや、いわゆるエビデンスなるものは、まったく信頼しなくなりました。
本当に効果があるものは、消される運命にあるのだとも思うようになりました。
それこそが、近代のジレンマなのです。
それに気づくと世界はまるで違って見えてきます。
そして、すべての価値観が反転するのです。

そんなことがあったので、田中さんの「パワーパーク」を信ずることにしました。
そして、応援することにしました。
田中さんから頼まれて、「パワーパーク」の効果を実際に体験してもらう場をつくりたいと思っています。
幸いに、私が住んでいる我孫子市はホットスポットと言われるほど汚染された地域です。
我孫子のクリーンセンターには、汚染度の高い汚泥が保管されているそうです。
それで市に協力してもらい、田中さんによる実験を開催することにしました。
11月中旬を予定しています。
関心のある方は、どうぞ一緒に体験してください。
ご連絡いただければ、日程が決まったらご連絡します。

それと、もし福島の農業関係者のグループで、そういう場を持ちたいと言うところがあれば、ご連絡ください。
今友人にお願いして、少しずつ接点を取り始めていますが、どうせならドンとやりたいです。
もし関心を持ってくれる人たちが集まってもらえるようであれば、田中さんと相談して、現地での実験ができるように考えてみます。

私自身、まだこの目で確認したわけではないので、「パワーパーク」が本当に効果があるのかどうかは保証はできません。
しかし、もし可能性があるのであれば、試す価値はあります。
本気で放射性汚染の解決を取り組んでいるのであれば、それくらいのことはすべきでしょう。
であれば、自分でがんばらないといけません。
また時間破産しそうですが、知った以上は動かなければいけません。
だから本当は、新しいことを知りたくはないのですが、どうにも心身が動いてしまいます。
困ったものです。

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2013/10/30

■節子への挽歌2251:元気は天下のまわりもの

節子
今日も秋晴のよい天気です。
意識を変えたせいか、美味しいご飯のせいか、わかりませんが、元気が出てくる方向に流れが少し変わったようです。

私の状況を心配した若い友人が、私にできることがあれば、土日ならかけつけます、とメールをくれました。
感謝の返信をしたら、「私は佐藤さんががんばっていらっしゃるお姿に元気づけられています!」と書いてきてくれました。
なんだかちょっとうれしくなりました。
私は、頑張っている様子よりも、へこたれている様子を書いてきている気がしますが、それでも時にはこうして「元気」を与えていることもあるのです。
そういえば、別の友人からも、以前、大変な時に私との電話のやりとりで元気づけられたと言いうようなメールもいただきました。
「元気」は、お金と同じで、「天下のまわりもの」なのかもしれません。
どこかで誰かに元気を与えておけば、いつか戻ってくるのです。

元気が出てくると、また新しいことをやりたくなります。
その上、こんなメールがくると、ますますがんばりたくなってしまいます。
今日は、案の定、そうなりました。
映画「自殺者1万人を救う戦い」を制作し、精力的に上映会をやっている、レネさんから久しぶりに連絡がありました。
ちょっと相談があるというのです。
そこからまた深みに引き込まれそうな話になりました。
タイミングがよくありませんでした。
1週間前なら、引き込まれずすんだかもしれません。
しかし今日の元気では、レネさんのために一肌脱ごうという気になってしまったのです。
後先を考えずに、約束してしまうのが、私の悪いところです。

レネさんは、この3年半、自殺問題を指摘する映画制作とその上映のために、大変な時間とエネルギーを注いできています。
もうこれ以上は付き合えないと奥さんは怒っているそうです。
そんな話をしていて、そういえば、私も、「仕事ばかりしないで、食事くらいゆっくりしてほしい」と節子によく嘆かれていたことを思いだしました。
それで、何とかレネさんの負担を少なくすることができないかと思いついたわけです。
この話は、改めて時評編で呼びかけたいと思います。

レネさんには、仕事もほどほどにと話しましたが、やはり元気に活動している人と話すと、こちらも元気をもらえます。
元気は出さないといけません。
少しくらいの苦労がなんだと、自分を鼓舞しなければいけません。
それにしても、人に会うとやりたいことが生まれます。
レネさんの前に会った人にも、あやうく約束をしそうでした。
これも実に面白いテーマの話なのです。
元気もほどほどがいいようです。

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■「知る勇気をもて」

博学の無知偽装と隠蔽の社会と書いてくると、やはりカントの警告を思い出さないわけにはいきません。
引用が多くなりますが、書いておきたくなりました。

カントは、「啓蒙とは何か」という小論の中でこう書いています。

啓蒙とは、人間が、みずから招いた未成年の状態から抜けでることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく、他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。だから人間はみずからの責任において、未成年の状態にとどまっていることになる。
偽装と隠蔽の広がりは、無知での安住と裏表です。
隠蔽や偽装は無知によって支えられているからです。
原発に関しては、それが40年も続いてきているのです。
そこに立ち返らない反原発は虚しいスローガンでしかありません。

カントは、自らの身を例にして、わかりやすい説明をしてくれています。

わたしは、自分の理性を働かせる代わりに書物に頼り、良心を働かせる代わりに牧師に頼り、自分で食事を節制する代わりに医者に食餌療法を処方してもらう。そうすれば自分であれこれ考える必要はなくなるというものだ。お金さえ払えば、考える必要などない。考えるという面倒な仕事は、他人がひきうけてくれるからだ。
今の私たちの暮らしは、あまりに多くの外部のものに依存しています。
たとえば、健康のためにサプリメントに依存することへの違和感を持つ人はそう多くはないでしょう。
依存が日常化しているからです。
そして、それこそが「経済成長」に基礎だからです。

カントはまた、こうも書いています。

ほとんどの人間は、自然においてはすでに成年に達していて(自然による成年)、他人の指導を求める年齢ではなくなっているというのに、死ぬまで他人の指示を仰ぎたいと思っているのである。その原因は人間の怠慢と臆病にある。というのも、未成年の状態にとどまっているのは、なんとも楽なことだからだ。
ではどうしたそこから抜け出せるか。
カントは、「知ることに果敢であれ」ということだと言います。
以前も書いたことがありますが、「自分の理性を使う勇気をもて」ということです。
それこそが、人間だからです。
それは決して楽なことではありませんが、自分を生きることこそが人生であると思えば、自ずと生まれてくる勇気です、

カントは「後見人とやらは、飼っている家畜たちを愚かな者にする」と書いていますが、まるで現代の状況を予見しているようにも思えます。
愚か者から抜け出るように、反省しなければいけません。

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2013/10/29

■隠蔽と偽装で覆われた社会

「嘘をつくことをとがめてはいけない文化」が公認されて、広がりだしたのは、小泉政権からだと私は思っています。
それについてはホームページで書いたことがあります。
それから10年以上が経ちましたが、社会の隅々までその文化は広がりました。
そして、いまや隠蔽と偽装が社会を覆いだしています。
阪急阪神阪急ホテルやリッツ・カールトンのメニュー偽装は、そうしたことの一つの現れでしょう。
相変わらず経営者には罪の意識はありませんが、それは「嘘をつくことをとがめてはいけない文化」の中でのビジネスとしては、許される逸脱だと思っているからでしょう。

秘密保護法やTPPも、「隠蔽と偽装」で覆われています。
原発事故や原発再稼動に関する動きも、「隠蔽と偽装」が幾重にも重なっていて、当事者でさえ、どこまでが「隠蔽と偽装」かわからなくなっているはずです。
秘密保護法の議論で明らかになってきたことは、隠蔽が隠滅に向かっていることです。
偽装はめんどうなので、隠蔽したくなるわけですが、隠蔽も面倒になって、すべてを隠滅してしまうと言う動きになっていくわけです。
こうなるともう防ぎようがありません。
社会は歴史によって支えられますが、記録の隠滅は歴史の隠滅につながります。
それは未来の隠滅でもあるわけです。

多くの人は、しかし、真実よりも偽装や隠蔽を好みがちです。
余計なことを考えずに済むからです。
せっかく高いお金を出して味わった料理が偽装だったと知ったら悲しいでしょう。
騙されていたほうが幸せなこともあるわけです。
たとえがメニューなので納得し難いでしょうが、原発事故はどうでしょうか。
どこかで「騙されていたい」という心理は私たちにないでしょうか。
経済成長が自分の生活を豊かにしてくれるということを信じたいと思う人も多いでしょう。
そんなことはまったくないことを、統計は教えてくれていますが、それを調べるよりも、有名なエコノミストの言葉を信ずるのが楽でしょう。
「成長とは99%の国民の賃金・所得が停滞することである」という経済学者の声よりも、経済成長で給与も上がるという甘言を弄する経済学者のほうに期待してしまうのが、多くの人です。
甘言は耳に優しく、真実は耳に痛いのです。

隠蔽や偽装が広がり、日常化した理由の一つは、責任の所在が曖昧になってきたからです。
隠蔽や偽装は、かつては責任を問うことが可能でした。
しかし、いまはその責任を問うのはきわめて難しくなりました。
組織や制度が、個人の主体性に大きな制約を与えるようになってきているからです。
そのおかげで、責任回避することが簡単になってきているのです。
隠蔽や偽装、さらには隠滅の文化は、さらに広がっていくでしょう。
それが、社会を構成する人間、あるいは人間性を隠滅していくことにならなければいいのですが。

せめて私自身は、偽装には惑わされずに、隠蔽の向こうを見据えながら、隠蔽や偽装とは無縁の生き方をしようと思っています。

ところで、こうした流れをつくった小泉元首相は、最近「脱原発」を叫びだしました。
私には、極めて不快です。

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■節子への挽歌2250:温かい美味しいごはん

節子
昨日、届いた嬉しいメールの一つは、折口さんからでした。
ご本人には了解を得ていないのですが、一部を引用させてもらいます。
それが今日の挽歌です。

佐藤さんは、私と「面識が無いのに!」と思われているようですが、きっと前世でも佐藤さんにお世話になっていたのではないかと感じることが多いのです。 お米を発送する際にも、お嬢さんに住所をお尋ねしたところ、「我孫子市白山」 なんと奇遇なことに!私の尺八の師範名が「白山」なのであります。\(~o~)/

さて、お米にまつわる話は色々あるのですが、恥ずかしながら十年前精神的にどん底状態にあった私に、あるお宅で温かい美味しいごはんを頂く機会があり、ぽろぽろとこぼれる涙の塩味ご飯をいただいた経験から、他人がしんどい思いをしているときには、ぜひ美味しいお米を食べさせてあげたいと思いました。(~_~;)

佐藤さんと共に、広島の冤罪で闘っておられる煙石さんにもお米を送らせていただきました。人生のどん底にいたときに、佐藤さんにも煙石さんにも助けていただき、おかげでなんとか立ち直ることができました、感謝・感謝です。(^_-)-☆

最近になり、やっと「なぜどん底を経験したのか?」「なぜ尺八を吹くことになったのか?」が解り始めてきたようにも思います。
また、多くの人との出会いも、輪廻の世界を信じるわけではないのですが、どうやら仕組まれたもののように思えてなりません。

我が奥さんと出会うことがなければ障害をもつ4人の兄弟達とのスリルある人生経験もなかったのでしょうが、どうやら奥さんとの出会いも仕組まれているようで、来世でも捜し求めて再び一緒に山あり谷ありの人生を歩むような気がしてなりません。(ーー;)

佐藤さんと奥様やちび太くんとの出会いもなんだかそんな気がするのです、今は別れていてもすぐに出会うように仕組まれているのではないかと!(^_^)v

寒くなってきましたので、どうかお体を大切にして下さい。お電話をいただき有難うございました。(^_^)/

昨日読んだ時には、ただうれしかっただけですが、今日になって何度か読み返すたびに、なぜか涙が出るようになってしまいました。
それで折口さんには了解も得ずに、挽歌に書いてしまいました。

それにしても、なぜ涙が出るのでしょうか。
折口さんからのお米は、それはそれは「温かい美味しいごはん」でした。

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2013/10/28

■節子への挽歌2249:新しい1日

節子
今日はさわやかな秋晴でした。
最近の生き方の流れを変えるために、少しいつもとは違った1日を過ごしました。

まず仕事部屋を少し片付けました。
仕事部屋の状況は、まさに私の心の状況を示しています。
2つの机の上には書類などが山積みでした。

ついでに、衣替えもしました。
衣服の整理は苦手ですが、これからはきちんとやろうと思います。

午後は畑に行って、先日刈った草を袋詰めし、野菜の添え木などを片付け、草刈りの準備をしてきました。
もっともすぐに疲れてしまい、1時間たらずで引き上げてきましたが。
しかし、今度こそ野菜づくりにきちんと取り組もうと思います。
花畑も復活させましょう。

次にお墓に行きました。
花屋さんの花と庭の花を合わせて供えてきました。
なぜかお墓の前に年老いたかまきりがいましたが、お参り中、動かずにずっと私たちを見ていました。
節子だったのかもしれません。
今回は久しぶりに本堂にもお参りしました。

気乗りのしないことは先延ばしにするのが、最近の私の傾向でしたが、先延ばししてきたことに着手しました。
気が重いですが、きちんとやらなければ、その付けは結局自分にまわってきます。
もっと自分に厳しくならなければいけません。

夕食は久しぶりに私が担当しました。
折口さんからの夢のお米を炊き、ナスのお味噌汁をつくりました。
料理も考えましたが、せっかくのお米の味の邪魔をしないように、お刺身とちょっとしたお惣菜を買ってきてしまいました。
娘には浅漬けを頼みました。
手抜きだと言われそうですが、まあ事実、手抜きでもあります。
最初から無理をすると続きませんので。
手づくり料理のほうは、追々、やっていくことにしました。
美味しいご飯を節子とチビ太にも供えさせてもらいました。
近くの下の娘にもお相伴してもらいました。

炊きあがったご飯は、まぶしいほどの白さでしたが、新しい精米技術で、いわゆる金芽が残っているのです。
かきまぜたら、もち米かと思うほどの粘り気を感じました。
ご飯はとても美味しく、おかずなしでもよかったほどでした。

いつもより早目にお風呂にはいり、机の下に埋もれていた、ネグリの「コモンウェルス」を読み出すことにしました。
今年の初めに読み出したのに、実は投げ出していたのです。
今度はきちんと読みましょう。

というわけで、まあ新しい出発の日になりました。
不思議なもので、私の決意が伝わったのか、悩ましい電話もメールも不思議に皆無でした。
いやそれどころではなく、うれしいメールが2つほど届きました。
心持ちで世界は変わるものです。

明日からは、おろおろせずに、前を向いていけるでしょう。
意識を変えれば、難局も楽しい挑戦になっていくはずです。
もう心配ご無用です。
はい。
それでは、これからネグリを読み出します。
すぐ寝てしまいそうですが。

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■知識のあとからくる博学の無知

昨日の時評編で、「「知る」先にあるのは「望む」「できる」だけではない。では何があるのか」と質問を投げかけました。
読んだ人から、「感謝」ではないかというコメントがありました。
たしかに、知ることで感謝の念が起こることよくあります、
しかし、私が考えている、「知る」の先にあるものは、やはり「知る」なのです。
つまり「知る」は無限に続いていくわけです。

モンテスキューは、その作品「エセー」にこう書いています。

無知には、知識の前にある初歩的な無知と、もうひとつ、知識のあとからくる博学の無知がある。
最近では、東大の安冨さんが同じような発言をされています。
大学教授にも、そういう人が現れたことが実にうれしいです。
大学教授ほど、無知な人はいないのではないかと、私はずっと疑ってきましたから。

何かを知るということは、その先にさらにたくさんの知らないことを知ることです。
知の好奇心は、こうして無限に広がっていきます。
しかも、その広がり方は指数関数的に加速されます。
つまり、知るということは、知らないということに気づくことでもあるのです。
さらにいえば、知ると知らないとは実はコインの裏表でもあるわけです。
博学と無知とは、同義語なのです。

木原武一さんは、「快楽の哲学」のなかで、「私は何を知っているか」ではなく、「私は何を知らないか」という自覚こそ、知的快楽の最大の原動力ではなかろうか、と書いていますが、知的快楽などと言わずとも、「私は何を知らないか」という自覚をもつことこそ、豊かで平安な人生の基礎だろうと思います。
しかし、人は、知ってしまうと、ついつい知識を振り回したくなる。
小賢しい私などにはよくあることですが、知識を振り回した後の自己嫌悪感を何回味わったことでしょう。
そんな時間があれば、さらにその先の無知な世界へと進むのがいいのです。
無知に安住したくなる自分がいやになるわけです。

ところで、知ってどうするのかと問われそうです。
それにも応えておく必要もありそうです。
知ったら、自ずと自分の行動は変わってきます。
「望む」「できる」と他人事で思考せずに、一人称自動詞で動き出しているはずです。
時には、おろおろすることもありますが、知らずにおろおろするのではなく、知った上でのおろおろなのです。

知ることこそ、人が人らしく生きることだろうと思います。
念のために言えば、ここで「知る」とは学問的な知識に限った話ではありません。
むしろ現場における体験の知こそ、最高の知だと思います。
人生は知ることの積み重ねです。
そうした人の生き方を、なぜかいまさえぎるような社会になってきているような不安を感じています。
もしその不安が正しければ、人が人でなくなろうとしているのです。

人が人でなくなったら何になるのか。
さてまた問題が生まれてしまいました。
その応えはあまりにも明白ですので、書くのは控えます。
それにこのブログの時評編では、繰り返し書いてきたつもりですので。

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■節子への挽歌2248:竹粉で育てた庄原里山の夢ファームのお米

節子
広島の折口さんからお米が届きました。
この挽歌を読んで、私がとんでもなく大変な状況に陥っていると心配してくれたのです。
なんでもかんでも赤裸々に書くのは考えものです。
節子がいつも言っていました。
なんでも正直に書けばいいものではない、と。
それに、あなたはいいかもしれないが、家族の立場がない、と。
まあその通りです。はい。

折口さんからは先日電話がかかってきました。
大変そうなのでお米を送ると言ってくださったのです。
その話を娘にしたら、「お気持ちだけでもう十分です」と言うべきでしょう、と節子みたいなことを言われました。
たしかにそうで、折口さんにはお世話になっているばかりですし、それに考えてみるとまだお会いしたこともないのです。
そうだなあと少し反省していたのですが、昨日、とんでもなくおいしそうなお米がドサッと届いてしまいました。

庄原里山の夢ファームのプレミアム米です。
このお米は、平成24年度の「大阪府民のいっちゃんうまい米コンテスト」で日本一に選ばれたお米だそうです。
竹粉の肥料で育てたお米だとも書かれていました。
折口さんには、ほんとうに申し訳ないことをしてしまいました。
電話したら、折口さんから、奥さんとチビ太にもお供えしてくださいといわれました。
またまた恐縮してしまいました。
やはりブログに書きすぎていますね。

それで今日の夕食は、私がこの里山の夢プレミアム米を炊いて、夕食づくりをしようと決意しました。
折口さんのエールに応えるには、そうするしかないでしょう。
美味しいお米は一汁一菜で十分ですが、まあがんばって、もう一品は挑戦してみます。

ところで、挽歌の記事でご心配をかけているかもしれませんが、たいしたことはないのです。
節子との別れに比べれば、どんな問題も瑣末な問題でしかありません。
それに、人生、悩みがなければ退屈です。
しかも、負け戦や解けない問題への挑戦は、私の大好きなことなのです。
いずれにしろ、嘘をつかずに生きていれば、必ず良い方向にいくことを、私は体験的にも確信しているのです。
節子も見守ってくれているでしょうし。

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2013/10/27

■節子への挽歌2247:節子だったらどうしたか

節子
時評編のほうで、昨日と今日、「生き方を問い質す3つの話」を書きました。
ホームページにも掲載しました。
どうも最近、生き方に迷いがあります。
そこにようやく気づきだしました。

昨日からテレビでは、みのもんたさんの去就が話題になっています。
彼の次男が犯罪を起こし、それに関連して、みのさんが親としてどう責任を取るかが注目されています。
昨日、事件発生後2か月を経て、初めてみのさんは記者会見を行いました。
かなり芝居がかっていましたが、真情も感じました。
私が一番心に残ったのは、先立たれた妻だったらどうしただろうかという話でした。
この言葉は、真実ではないかと思います。

人は話しながら考えます。
一人で頭の中だけで考えていると堂々巡りしたあげく、おかしな方向に進みだすことがあります。
節子がいる時には、あまり意識はしませんでしたが、話し相手がいるかどうかは意識や行動に大きな違いをもたらします。

みのさんは自分の間違いに気づくのに2か月かかりました。
おそらくその間、亡き奥様といろいろと話したのでしょう。
長年連れ添っていると、そこにいなくとも、相談はできるのです。

さて私の場合ですが、最近、節子に問うことを忘れていたような気がします。
節子だったらどうしたかは、時に考えることはあるのですが、結局、まあこの問題なら私に賛成するだろうと安直に考えるようになってきています。
要は、ちゃんと相談していないと言うことです。
やはり目の前にいないと、都合よく考えてしまいがちです。

目先の問題は、仕方がないかもしれません、
しかし大切なのは、目先の問題ではありません。
自らの生き方、自らの律し方です。
みのさんの記者会見を聴いていて、それに気づきました。

さて、生き方を問い質す3つの話ですが、節子ならどう思うでしょうか。
それも含めて、もう少し考えたいと思います。
節子と私は、考え方や行動において、少なからず違いがありました。
だからこそ話し合いの意味があった。
そのことを最近少し軽んじていました。
困ったものです。

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■「望む」「できる」「知る」

「生き方」に関わることを2つ書いたので、どうせなら3部作にしようと思います。

バルザックの「人間喜劇」の一編に、『あら皮』という小説があります。
その作品のことを思い出しました。

野心に燃えた若者が、骨董屋の老人から、なんでも望みをかなえてくれるという「あら皮」(なめしていない皮)をもらいます。
その時、その老人はこう話すのです。

ひとつ手短に、人生の大きな秘密というものを教えて進ぜよう。
人間というものは、本能でやらかすふたつの行為によって命の源をからし、身を弱らしてゆくものだ。この死の原因となるふたつのもののさまざまな姿は、みんな「望む」と「できる」というふたつの動詞によって示されている。
この人間の行為の両端のあいだには、賢い人だけがつかむことのできる、もうひとつの言葉がある。このわしも、そのおかげで幸せになれたし、長命もできたというわけだ。
「望む」という気持はわれわれを焼き、「できる」という気持はわれわれを滅ぼす。ところが「知る」というやつがあって、それがわしらの弱い肉体を常住不断にやすらかにしてくれる。
これまた含蓄ある話です。
私たちは、多くの場合、「知る」とついつい「望む」「できる」へと行動を起こしてしまいます。
しかし、「知る」先にあるのは「望む」「できる」だけではないというのです。
では何があるのか。
みなさん、何だと思われますか。

これで「生き方3部作」は終わります。

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■ヘレヘレじいさん

昨日の「祈り」の話のように、ハッとする話です。
今朝のテレビ「こころの時代」で、「幸せの形と向き合う」というのを再放送していました。
長年、ブータンの研究に取り組んでいる宗教人類学者で僧侶の本林靖久さんが、お話の中で、ブータンの民話「ヘレヘレじいさん」を紹介していました。

あるおじいさんが、畑を耕していて、大きなトルコ石を発見しました。
「これを売ればお金持ちだ」と思ったおじいさんは、大喜びで市場に向かいます。
ところが、その途中で次々と村人に出会い、そこで交換を重ねていきます。
まずトルコ石を馬と交換し、その馬を年老いた牛と、つづいて羊、鶏と交換してしまうのです。
次に出会ったのが、楽しそうな歌を歌っている村人です。
そして、その歌を教わったお礼に鶏を渡してしまいます。
しかもそれで終わりません。
おじいさんは、その歌を歌いながら楽しく帰路につくのですが、途中で転んでしまい、その歌を忘れてしまいます。
結局、村に戻ってきた時には何もなかった。
しかし、その後も、貧しくとも楽しく暮らしたというお話です。

みなさんもそうでしょうが、私はすぐに日本の「わらしべ長者」の話を思い出しました。
ところが、それとはまったく反対の話です。
今の私たちの価値観からすると、ヘレヘレじいさんは損をしたことになりますが、そうではないのです。
モノやお金ではなく、他者を喜ばすことこそが喜びであり、人と人とのつながりの中で生きていくことが何よりも幸せであるということを教えてくれているのです。
ヘレヘレじいさんは、豊かで幸せな人生というものを知っていたのです。

昨日のフォワードカフェで、最初にそれぞれが自己紹介しました。
そこでコミーという会社の社長の小宮山さんが、私との出会いの話をしてくれました。
ビジネス関係の集まりで、私が講演をしたのだそうです。
みんな「オレのものを増やそう」と騒いでいるのに、佐藤さんは「みんなのものだ」という話をしたというのです。
どうも私は場違いの話をしてしまったようです。
しかし、そのおかげで小宮山さんと出会えたのです。
小宮山さんの話を聞きながら、最近の私はやはりちょっと私欲が出てきているのではないかと反省しました。
ヘレヘレじいさんのように、豊かな人生を過ごすことを忘れてきているのではないか。

2日間にわたり、自らの生き方を問い質す話を耳にしたことに感謝したいと思います。

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2013/10/26

■貧しくもなく、富めることもなく、ただ平安に

今日はフォワードカフェという集まりをやりました。
面白かったのですが、そこで聞いた話がとても気にいったので、そのことを紹介させてもらいます。

参加者の一人が、今月40万円が必要になって、そのことをクリスチャンの奥さんに話したそうです。
奥さんがどうしても必要なのかと言うので、どうしても必要だと答えると、奥さんはそれでは私も祈るのであなたも祈りなさいと言ったそうです。
そこで彼は「40万円が手に入りますように」と祈りました。
そうしたら奥さんが、そうではなく、「貧しくならないように、富めるようにもならないように、ただ安泰に暮らせるように」と祈りなさいと言ったそうです。
残念ながら、まだ40万円は手に入っていないそうですが、とても共感できる話です。

私の祈り方が、最近、いささか不純だったなと反省しました。
みなさんはいかがでしょうか。

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■節子への挽歌2246:アパティア

節子
先日、エピクロスのことを書きましたが、エピクロスと対照的な哲学者として、よく取り上げられるのが、同時代人のキプロスのゼノンです。
快楽を重視したエピクロスのキーワードは「アタラクシア」(心の平静)ですが、ゼノンのキーワードは「アパティア」でした。
ただし、アタラクシアとアパティアとは、対語ではありません。
いずれも目指したのは、「心の平静」です。

アタラクシアに関しては、以前書いたことがあります。アパティアは、英語のアパシー(無関心、無感動)の語源となったギリシア語で、「感じない」という意味だそうです。
ゼノンは、外部の事柄には無関心、無感覚でいるのがよいとしたのです。
ゼノンの思想は、その後、ストア派として発展し、ストイック(禁欲的)という意味になっていきます。
私自身は、エピクロスの快楽主義も、ゼノンの禁欲主義も、そう違わないように思っています。
いずれも、自らの思うように生きるのがよい、と言っているように感ずるのです。
ちなみに、私は「アパティア」を無関心ではなく、中立的と勝手に解釈しています。
そして私は、自らの思うように生きることに誇りを持てる生き方をしたいと思っています。
そういう考えに至ったのは、仏教の「大きないのち」の考えを知ってからです。

喪失体験をすると、ある意味で人はアパティアを体験します。
あるいは過剰な快楽を求めることもあるかもしれませんが、それは決して、エピクロスの言う快楽ではなく、心の平静とは程遠いものでしょう。
ストア派とエピキュリアンのことは高校時代に学んで知っていましたが、アタラクシアとアパティアの言葉を知ったのは、節子を失ってからです。
そして最近ようやく、私がストア派とエピキュリアンとは同じなのではないかと感じていたことの意味が少しわかりました。

節子との暮らしでは、私は節子にいささかコミットしすぎだったようです。
いや、それこそが「愛」ということなのかもしれません。
特定の人を愛することは、決して心の平静をもたらさないのです。
心を平静にしていくためには、すべてを愛さないといけないのです。
いや、正確に言えば、心が平静であれば、すべてを愛せるのです。

なにやら気恥ずかしいのですが、最近そんな気がしてきています。

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2013/10/25

■節子への挽歌2245:節子が撮った顔写真

節子
フェイスブックの顔写真に使っている写真は、もう10年以上前の写真です。
Osamuphoto2_2

節子がいなくなってから、ずっとこの写真を使っていますが、最近、あまりに古いので、あるところに掲載するのは新しいものに変えてみました。
ところが、その関係者から、やはりフェイスブックの写真を使いたいと言ってきました。

この写真は、節子と一緒に近くのあけぼの公園に行った時に、節子が撮った写真です。
コスモスの時期でした。
すでに節子の病気が判明していたかどうか、はっきりしません。
調べればわかるのでしょうが、いずれにしろ節子が撮った写真であることは間違いありません。

その旨を編集担当者に伝えたら、こんなメールが戻ってきました。

それだからでしょうね!
とても素敵にやさしそうなお顔で撮れているので、
チームのみなさんもFacebookのお写真が好き、とおっしゃっていたのだと思います。

今の写真は良くないのかなどと憎まれ口をたたくのはやめて、すなおに喜ぶことにしました。
節子がいた頃といなくなってからは、私の表情も変わっているのでしょう。

節子がいなくなってから、あけぼの公園を歩いたことはまだありません。
一度だけ、娘と行ったような気もしますが、あまり記憶にありません。
しかし、節子と一緒に、この写真を撮った時のことは、なぜか思い出せます。
それが正しい記憶かどうかはわからないのですが。
最近、自分の記憶に自信がなくなってきています。

この写真はもう使うのはやめようかと思いだしていたのですが、もう少しこの写真をフェイスブックには使うことにしました。
写真の前に、節子が見えるからです。

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■「農業は人々の暮らしの根源的基盤」

昨夜のアグリケアサロンを開催しました。
農業と福祉を重ねて考えようという主旨で昨年立ち上げた集まりです。
今回は、農業と福祉のいずれの分野で、長年、実践と研究を重ねている熊本の宮田喜代志さんが「農業はなぜ根源的基盤と言えるのか」を「水」を切り口に話してくれ、それを材料に話し合いが盛り上がりました。
宮田さんは、私が取り組んでいるコムケア活動に最初から共感してくれた方で、いまもいつも新鮮な刺激を与えてくださいます。

この集まりも、最初は、農水省や農協関係の人や福祉施設に関わる人が多かったのですが、最近はむしろ新しい視点で農業に関わりだした人の参加が多くなってきました。
私が考える「大きな農業」の発想からは、とてもうれしいことですが、問題はそれをどう具体的な活動へとつなげていくかです。

今回は、医療機器関係のお仕事をしているうちに食の安全性の問題に行き当たり、いまは坂戸の自分の畑で栽培したウコンなどを素材にした無添加の健康錠剤ウコッピーをつくっている宮澤聖市さんという方が初めて参加してくれました。
宮澤さんは、医療機器業界に関わりながら、たとえば人工透析の患者が増えてくるとか、アレルギーに悩む人が激増しているという事実を知り、私たちの食のありかたに問題があるのではないかという思いを強めて、結局、みずからで安全な食に関わる活動を始められたのです。
こういう人が、最近は増えています。

宮田さんの話は、実践を踏まえての話なので、いつも説得力があります。
「農法」という言葉も今回、宮田さんから出てきました。
日本の農業の歴史にも詳しい平田さんは、専業農家は最近のものだと話してくれました。
また最近の農業はお金をかけすぎではないかというまた最近の農業はお金をかけすぎではないかという話も出ました。
それに関しては、農業の工業化により、農という文化を金銭の市場にしてしまうことだったのではないかと私も意見を言わせてもらいました。
そうした動きをつくったのは、まさに「産業化志向の教育」の成果だろうと私は思っています。
その意味で、宮田さんのいう「農業は人々の暮らしの根源的基盤」という指摘に共感します。
問題は、その基盤である農を基軸にした社会の組み替えです。
福祉も教育も、今とは多分、まったく違うものになるでしょう。
そうした動きをどう生み出すか。
今各地で起こっている新しい動きを束ねる「理念」や「スローガン」が必要になってきているように思います。

いつもながら、刺激の多いサロンでした。
メーリングリストもあります。
関心のある方は、参加を歓迎します。

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2013/10/24

■組織起点から個人起点へ

今朝の朝日新聞に小さな記事でしたが、こんな記事がありました。

自民党の村上誠一郎・元行政改革担当相が、機密を漏らした公務員らの罰則を強化する特定秘密保護法案を了承した22日の自民党総務会を途中退席した。村上氏は朝日新聞の取材に対し、「基本的人権にかかわる法案であり、いろいろなケースを想定して熟議すべきだ」と述べた。衆院本会議での法案採決への態度は、審議を踏まえて判断する考えも示した。
最近の議員は、党の大きな流れに身を任せるだけで、自分の主張を失っている人ばかりだと思っていましたが、きちんと自分の考えで行動する議員がまだいることはうれしいことです。
昨今の社会を生きる多くの人は、自分の主張などしていては、生き残れないとばかり、魂を売るような生き方をしがちですが、その典型が政治家だろうと思っています。
ですからこういう動きは大歓迎です。
しかし、村上さんにしても、たぶんここまでが限界かもしれません。
村上さんの動きに同調する人が出てくればいいのですが、そういう主体性のある人は議員にはならない時代なのでしょう。
民主党から離党者が続出した時に、少し期待したいのですが、そうはなりませんでした。
やはり組織に寄生しているのが、生きやすいのでしょう。

私は、組織から離脱して25年ほどたちます。
組織から離脱すると「自由」になると思っていましたが、それは半分は正しいですが、半分は間違っています。
組織の中で実行できることと組織を離れて実行できることとは、大きく違うのです。
組織という所属拠点を持たないと、行動はなかなかしにくくなります。
いまの日本の社会は、まだ組織起点で発想されています。
だから、自らの考えとはずれていっても、多くの議員が民主党に残ったのでしょう。
組織に残るか離れるか、どちらがいいかは、一概に評価できません。
わがままな私は、組織を離れる道を選びますが、それが良いとは限りません。
組織に残る決断をした人を責めることはできないでしょう。

しかし、組織で仕事をするか、個人で仕事をするかは、いま大きく環境が変わってきています。
個人でも大きな仕事ができる時代になったわけです。
組織と個人の関係は、特に仕事をする上では大きく変わりつつあるように思います。

ようやく組織起点の社会から個人起点の社会へと変わりだしたような気がします。

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■節子への挽歌2244:故人と共同存在

節子
私たちが自らの存在の不安を感ずるのは、身近に死を体験した時です。
この数十年、私たちは死を見ないような生き方をしてきました。
幸か不幸か、私たちは同居していた両親の死を体験し、最後まで見届け、葬儀も執り行いました。
以前の日本では、こんなことは当たり前だったでしょうが、いまの日本は必ずしもそうではありません。
同居の家族の死を体験したかどうかは、大きな違いを生むように思います。

そして、私は、それに加えて、伴侶である節子の死を体験しました。
両親の死の体験とは、それは全く違うもので、いわば節子と一緒に死を共体験したような気さえします。
この体験をした人は、さらに少ないでしょう。
生活を共にしている人の死は、別れであると同時に、ある意味での絆を生み出すような気がします。

哲学者のハイデッガーは、「死者は、遺族から突然奪いとられてしまうかもしれない。だがふつう私たちは遺族として、葬式などの儀式をとり行い、「故人と共同存在」していると思いこんでいる」と、その著書に書いているそうです。
ハイデッガーが、そんなことを書いているとは思ってもいませんでしたが、これは時間論にもかかわる話でもあります。

私の感覚は、まさにいまなお「節子と共同存在」しているという感じなのです。
普段は、そんなことを意識したことはありません。
理性的には、節子はもう彼岸の人であることを知っているからです。
しかし、例えば、朝起きて、まだ頭がいささかぼーっとしている時、あるいは真夜中に目が覚めた時、さらには精神的に疲れ切って思考力が散漫になっている時、誰かに救いを求めたくなるほど不安にかられた時、ふと、横に節子を感ずることがあります。
節子の位牌のある仏壇は、わが家のリビングにあります。
朝、起きて、まず最初に私がすることはリビングのシャッターを開けることなのですが、暗いリビングに入っていくと、そこに節子の気配を感じ、思わず声をかけます。
節子だけではありません。
つい最近まで、そこにいた、チビ太を感ずることもあります。
節子ばかりひいきにするとチビ太がひがむといけないので、大きな声で「チビ太、元気か」とわけのわからない声をかけることもあります。
共に暮らしていた人は、死者になっても一緒に暮らしているという感じが、私の場合はまだ残っています。

これは私には大きな支えです。
もちろんそれ以上の支えは、私の場合は、娘たちの存在です。
娘たちには感謝していますが、やはり節子との共同生活の感覚がなければ、いまの私の生活はないでしょう。

「故人と共同存在」をするための葬儀。
それが十分にできない被災地でのみなさんの辛さを思うと、心が沈みます。
ましてや、その死者がいまもなお存在している福島や大島から離れなければいけない人たちの辛さに、心が痛みます。
故人との共同存在の支えは、たぶん体験した人でないとわからないでしょう。
私は、もう転居はできないだろうと思っています。

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2013/10/23

■節子への挽歌2243:お金は魔物

節子
最近どうも道に迷っている感じがします。
節子がいなくなってから、やはり道を踏み外したようです。

昨夜、2つの電話をもらいました。
一人は大畑さんです。
大畑さんはつい最近知り合った人ですが、わが家の農園の荒れ放題さを見て、次の休日に草刈りに行きますと申し出てくれたのです。
正直な話、それは話の勢いでのことだと思っていたのですが、昨夜、申し訳なさそうな声で電話してきました。
予定していた日に用事が入ったので、延期させてほしいというのです。
休日もいろいろと活動をしている方ですので、本気にはしてなかったのですが、本気だったのです。
素直に受けることにしました。
その電話のやり取りでとても気持ちが明るくなりました。
私は金銭を通さずに、物々交換や事々交換で生きたいと思っているので、こういう話はもううれしくて仕方がないのです。
問題は、私がその後、大畑さんに何でお返しできるかですが、ペイフォワードの考えによれば、そう難しく考えることもないでしょう。
誰かに役立てばいいのですから。

その後、もう一人の人から電話がありました。
その人の会社の資金繰りが破綻しているので、その支援をしていたのですが、その返済ができないとまた言ってきたのです。
もう何回、約束が反故にされたでしょう。
その人にも事情があるのだからと思ってはいるのですが、やはり約束を反故にされると気分は沈みます。
それに私自身も、いま大変なので、自分の問題にまでつながります。
この世界はまさに「金銭」の世界です。
人の思いや情は、役に立たないばかりか、むしろ悪く作用します。
それをこの1年半、身を持って体験してきていますが、抜けられません。
私に邪念があるからです。
金銭には、そうした魔力があります。

駆け込み寺や支援活動をしていれば、こういう話は決して少なくありません。
これまでは、その世界に関しては私だけで責任が取れる範囲にしていましたが、節子がいなくなって、少し羽目を外してしまったのです。

「金銭」の世界に関わっていると、自分の邪念がまた強まっていくことを感じます。
節子のおかげで、かなりその世界から抜け出たと思っていたのですが、どうもそう簡単ではなさそうです。
最近、貯金がないのが少し不安になりだしました。
今までは考えたこともありませんでした。
中途半端に金銭の世界に関わってしまったからでしょう。
困ったものです。

大畑さんの電話で、かなり元気が出てきていましたが、またエネルギーが吸い取られてしまいました。
お金は魔物です。
今日も元気がありません。

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2013/10/22

■国会幻想

久しぶりに短い時間でしたが、国会の予算委員会の中継を見ました。
ちょうど共産党の笠井さんが福島原発事故の汚染水の問題を取り上げていました。
茂木経産相と安倍首相が応えていましたが、全く質問に答えずに、延々と違う話を繰り返していました。
こういう場面をぜひ多くの人に見てもらいたいですが、安倍政権はともかく事実を語ろうとしません。
そうした体質が現政府の提案する法案に通底しているような不安が拭えません。

国会中継を見るたびに思うのは、政府側の出席者の表情がみんな死んでいることです。
質問者の意見を聞いて、何かを考えるとか、一緒に議論するとかいう様子は皆無です。
義務として、そこに参加し、質問をかわすことにしか関心がないように見えてなりません。
実にもったいない話です。
折角の議論の場であれば、与党野党を問わずに、真剣に問題解決に向けての話し合いをするべきですが、そういう姿勢は政府閣僚にはほとんどないといっていいでしょう。
ですから見ていて虚しくなるわけです。
これは、どこかで大きく間違っているというべきでしょう。

言葉遊びをするのではなく、立場を超えて誠実に話し合う。
それがなければ国会は存在意義がありません。
そろそろ国会幻想は捨てなければいけません。
しかし、国会でなければ、どこで国家の方針は決められているのでしょうか。
政治の枠組みそのものが、組み替えられる時期に来ているように思います。

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■「人と人をつなげる仕組み」としてのNPO

先日、最近、会社を辞めて個人で起業した40代の女性に会いました。
話しているうちに、彼女がシングルであることに話題がいったのですが、彼女が、老後は快適な老人ハウスに入るのが目標です、と言うのに、ドキッとしました。
その資金を貯めたいので起業したというわけです。
その言葉を真に受けていいのかどうかは迷いますが、かなりの真実味を感じました。

実はその数日前に、ある集まりで、やはり同世代の女性から、今は仕事をやっているが、老後の自分の居場所を考えると不安になるという話を聞いた直後でしたので、特に気になりました。
そういえば、このブログの「さみしい社会」でも、同様な話を紹介したことがあります。
共通しているのは、みんな仕事が大好きな女性たちです。

最近お話を聞いた2人の女性は、いずれも仕事の傍ら、NPO活動にも関わったりしています。
そこで気がついたのですが、NPOは「人と人をつなげる仕組み」としても存在しているということです。
言い換えれば、いまや「仕事」は、「人と人をつなげる機会」を生み出してはいないということかもしれません。
さらにいえば、社会そのものが、人のつながりを育てるようにはなっていないのでしょう。
事態は、私が考えているよりもずっと深刻なのです。

「快適な老人ハウスに入る」というのも、実は「雇用経済発想」あるいは「消費経済発想」です。
私は、彼女に、仲間と一緒に快適なシェアハウスを創るのを目標にしてもいいですよね、と話しました。
「雇用経済発想」や「消費経済発想」に呪縛されていると、そうした協同で創造するという発想が出てこなくなりかねないのです。
いうまでもありませんが、モンドラゴンの記事で書いたように、老人ハウスに入居するよりも、仲間と一緒にシェアハウスを創るほうが金銭的なコストはかからないでしょう。

お金が生活を支えるのではなく、人のつながりが生活をさせるのだという発想に変えていけば、みんなもっと住みやすくなるでしょう。
NPOがそういう方向に進んでいくことを期待したいと思います。
それは、現在のNPOの捉え方とはかなり違っているのですが。

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■節子への挽歌2242:霊魂において乱されないこと

古代ギリシアの哲学者エピクロスは、人間の生きる原動力は快楽であり、快楽こそが「目指すべき目的」であると考えました。
快楽という言葉は、現代では享楽的な意味合いが強いですが、エピクロスのいう「快楽」は「肉体において苦しみのないことと霊魂において乱されないこと」という意味で、特に後者に重点が置かれています。

節子は、最後の闘病において、残念ながら「肉体においての苦しみ」からは自由にはなれませんでしたが、「霊魂において乱されないこと」は実現できたかもしれません。
しかるに、いまの私を見ると、「肉体においての苦しみ」はないものの、「霊魂における乱れ」から自由になっていないような気がします。
これは考えなければいけません。

節子との別れが「霊魂における乱れ」を生み出した時期もありますが、それは「乱れ」というよりも「混乱」というのが正しく、混乱がおさまれば、むしろ平安が感じられるものでもあります。
エピクロスがいう「霊魂の乱れ」は、そういうものではないでしょう。
うまく説明できませんが、心の乱れ方には2種類あるような気がします。
時には、心の乱れが、平安や(エピクロス的)快楽につながることさえあるように思います。

娘のジュンが最近、よく「平常心」ということを口にします。
ジュンも、この数年、いろいろなことがあって、苦労してきています。
おそらく責任の大半は私にあるのですが、平常心とは「霊魂において乱されないこと」かもしれません。
私も、平常心を目指さねばいけません。
最近の私は、おそらく「平常心」を失い続けているからです。
もう1人の娘のユカからも、父親はどっしりとしてほしいと言われました。
どうも私は軽すぎるようです。
それはそうでしょう。何しろ宮沢賢治が「雨にも負けず」に書いているような、「おろおろした生き方」にも憧れがあるからです。
考え直さなければいけないかもしれません。

秋になり、空がきれいになりました。
節子と見た千畳敷カールの青空を時々思い出します。
しかし、それを楽しむ気にはまだなれません。
「霊魂」がまだ乱れているからです。
乱れは、悲しみからは生まれません。
乱れを生むのは「邪念」であり、「執着」です。

エピクロスのメッセージにはきちんと耳を傾けなければいけません。
そう思う、秋の日です。


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2013/10/21

■節子への挽歌2241:相談相手

節子
相変わらずいろいろな相談が舞い込んできます。
今は私自身が相談に乗ってほしいような状況ですが、そう言ってもいられません。
だれも、生きていれば、いろんな問題にぶつかります。
気楽に相談できる人がいれば、ほとんどの問題は解決します。
しかし、そう簡単に気楽に相談できる人などいないのです。
それに相談に乗ってもらうと、なんとなく借りの気分も生まれてしまうのです。

夫婦の良さは、問題を共有できるところにあると私は思っていましたが、どうも世間的には必ずしもそうでもないようです。
当然といえば当然ですが、私たち夫婦は、問題をシェアできていたように思います。
それを一度体験してしまうと、実に生きやすくなりますが、それはたぶん一緒に暮らす時間の長さだけではなく、最初のボタンのかけ方に影響されるような気がします。
私たち夫婦は、少なくとも私は、自分の歴史をほとんど捨てることによって、ゼロから同棲を始めたのです。
したがって問題をシェアせざるを得なかったのです。
しかし、そうした私の勝手な思い込みに、当初、節子はかなり苦労したことでしょう。
節子が、それを自分のものにしてくれたのは、私が会社を辞めてからかもしれません。

いずれにしろ、私には節子という強い相談相手がいました。
だからどんな場合も前に進めたのです。
相談に応えるということは、解決策を出すことではありません。
問題をシェアすることだろうと私は思っています。

さて、いろんな人からメールや電話、あるいは湯島にやってきての話を通して、相談があります。
と言っても、何も明確な回答を求める相談とは限りません。
いわばちょっと愚痴をこぼすだけのこともあります。
しかし、その愚痴をシェアすることも、相談に乗るということです。
そう考えると毎日、たくさんの相談を受けていることになります。
今日も数件の相談がありました。
解決策は出さないまでも、アクションを起こさなければいけないことも少なくありません。
今日も4人の人に、メールでお願いごとをしましたが、自分のことでないことでお願いごとをするのは結構難しいのです。
気もつかいます。

しかし、自分の問題を考えているよりも、誰かの問題に関わるアクションを起こしている時のほうが、なぜか幸せです。
みんなが相談してきてくれるのは、私を幸せにしてくれるためかもしれません。
そういえば、節子は以前、そんなことを言っていたような気がします。
誰かの問題を考えているほうが楽しそうね、と。

しかし、もうそう言って私を元気づけてくれる節子はいないのです。
そのせいか、時々、なんで私はこんなことをやっているのだろうと思うことがあります。
節子なら即座に言うでしょう。
あなたが好きでやっているのでしょう、と。
当時はそう思っていましたが、本当にそうなのか。
最近少し疑問に思い出しています。

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■「産業化・近代化のはてに人間の心に宿る暗闇」

台風の被害に目を奪われているなかで、私たちの未来を方向づけるような、さまざまな動きが加速されているような不安を感じます。
テレビに出ている、いわゆるコメンテーターや解説者などの発言を聞いていると、その不安は強まる一方です。

夏に読んだ「ナショナリズムの復権」に出ていた文章を思い出します。
著者の先崎彰容さんは、こう書いています。

全体主義は、産業化・近代化のはてに人間の心に宿る暗闇であって人間精神の本質的な変化のことである。それは精神の空白、とでも呼ぶべきものであった。個人がすべての法的な保護や社会の役割を奪われ、裸の自分、きわめて困難な自由へ放り出されることである。全体主義は、こうした孤独な個人の集合体=大衆が主役の運動である。
なにやら近未来の日本が全体主義化することを予告しているような文章です。
いや、すでにもう、それは始まっているかもしれません。

最近、何回か書いていますが、私たちはかなりの深さで、産業化に順応するように思考を方向づけられています。
そして、政治システムでは権力への従順さを身につけ、経済システムでは金銭への依存に浸りきっています。
言い換えれば、生活を政治と経済にゆだねてしまっているわけです。
いわば、政治と経済のための生活になってしまっているのです。

一昨日、ソーシャル・ガバナンス研究会に呼ばれて、お話をさせてもらってきました。
私が考える「ソーシャル・ガバナンス」は「コモンズの共創」、つまりみんなが支えあって生きる仕組みをつくることです。
ソーシャルをガバナンスするのではなく、ガバナンスこそがソーシャルだと、パラダイム転換するのが私の発想です。
生活を起点で考えると、経済も政治もまったく今とは違ったものになります。
しかし、現実はますます権力と金銭とが生活を統治する条項へと進んでいます。

「産業化・近代化のはてに人間の心に宿る暗闇」「精神の空白」。
いずれも、とても気になる言葉です。
しかし、それは私の周りにも、いや私自身の中にさえ、存在しています。
私たちには、自由など、いまやほとんどないのです。

先の著書で、先崎さんは、それに抗うために、ナショナリズムの復権を提唱しています。
ナショナリズムは、また地域と歴史にこだわることでもあります。
地域と歴史のない生活など、存在し得ないからです。

全体主義が何をもたらすかは、私たちは歴史から学ぶことができます。
しかし多くの人たちは、学ぶことさえ忘れています。
いや、学ぶ余裕がないと言うべきでしょうか。
ニーメラーの嘆きを思い出します。

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2013/10/20

■節子への挽歌2240:愛の本性

節子
昨日の新聞に、国語辞典の「大辞林」のデジタル版に、8つの言葉の解釈を一般公募して、その中からいくつかを収録するという記事がありました。
すでに公募は始まっていて、もう4000件ほど集まっているようです。
応募が一番多かった言葉は「愛」だそうです。
新聞には、その応募例として、「愛」とは「誰もが努力次第で持ち得るもの」というのが掲載されていました。
大いに違和感がある解釈です。
これでは「愛」を遠くに感じてしまいます。

私が感じているのは、「愛とは誰もが本来持っているもの」なのですが、しかしこれは採用はされないでしょう。
面白くありませんから。
辞書による言葉の説明は、多くの場合、私の感覚とは合わないものが少なくありませんが、愛はその典型かもしれません。

人の特性を一つあげるとしたら、私は「愛すること」をあげます。
とっさの時に表われるのが人の本性だとすれば、それはたぶん「愛」でしょう。
ホームから落ちた人や川でおぼれている人を見て、反射的に助けようとして飛び込んでいく話はよく聞きます。
生命への愛は、すべての人が本来持ち合わせているように思います。
というか、それが「生命」ということでしょう。
にもかかわらず、日常的にはそれが素直に出てこない。
努力しなければ、愛せなくなっているとしたら、それはとても悲しいことです。
つまり、愛そのものがすでに打算的なものになってきていると言うことです。
そうした現状を否定するつもりはありませんが、私自身はそうはなりたくないと思っています。

この挽歌を読んだ人は、私が妻だけを溺愛していて、執着していると思うかもしれません。
そうかもしれませんが、私自身はそうは思っていません。
私にとっては、すべての生命が愛の対象です。
誰かに会うと、まず頭に浮かぶのが、この人のために何かできることはないかという思いです。
そこに「大きないのち」でつながっている自分のいのちを感ずるからです。
私の感覚では、それが「愛」です。
他者を愛することは、まさに自らを愛することなのです。

にもかかわらず、私にとって節子は特別の存在です。
それは、そうした私の「愛」が、そこに象徴され具現化していたからです。
そして、節子は、そうした私の思いに、素直に反応してくれました。
素直すぎるほどに反応したため、私には彼我の区別が出来なくなったほどです。
それが、もしかしたら、いまの迷いにつながっているのかもしれません。

話がそれてしまいましたが、愛はすべての人が本来持っているものだと考えると、とても生きやすくなります。
もちろん裏切られることはありますが、それさえ許せるかもしれません。
なんだか「きれいごと」を書いてしまったような気もしますが、これが私の素直に気持ちでもあります。
みんながもっと自らのなかにある「愛の本性」に気づいてほしいです。

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2013/10/19

■節子への挽歌2239:挽歌を読まれることは悪い面もあれば良い面もあります

節子
ある研究会に招かれて、久しぶりにお話をしてきました。
研究会の代表は、私のことをあらかじめ知るために、私のサイトなどを見たそうで、この挽歌もどうやら目に入ったようです。
私の紹介の時に、そのことにも言及してくれました。

私は自らのほぼすべてをネットで公開していますので、仕方がないのですが、時にいささか気恥ずかしかったり、困ったりすることもあります。
以前、ある大企業の研修の講師を間接的に頼まれたことがありますが、引き受けて準備を始めようと思ったら、間に入った人から、実は企業の担当者が佐藤さんのホームページを読んで、こんな宇宙人のような人に話をしてもらうのは心配だと断られてしまいました、と連絡してきたことがあります。
まあ納得できる話です。
それなどはよくある話なのですが、私のすべてを読まれていると思うと、何か偉そうなことを言っても迫力が出ないということもあります。
困ったものです。
少しは見栄を張ればいいのですが、これだけいろいろと自らを公開していると、見栄も嘘もどこかでばれてしまいます。

挽歌に言及してくださった代表の方は、これほどまでに奥さんを愛せるのはある意味で羨ましいとも話してくれました。
その言葉は素直に受け容れさせてもらいました。
しかし、言い方を換えれば、そうとしか言えないというのが実際でしょう。
羨ましいと言うよりも、ちょっとおかしいんじゃないのか、と言われているような気がしないでもありません。
それも含めて、素直に受け入れさせてもらったと言うことです。

しかし、私の最大の欠点は、節子の事が少しでも話題になると、元気が出てきてしまうことなのです。
実は昨日、まためまいがしてダウンしかけたので、心配していたのですが、そのおかげもあって、今日は久しぶりに3時間のスピーチを楽しくつとめさせてもらいました。
節子が守ってくれたのかもしれません。

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2013/10/18

■節子への挽歌2238:死が見えるようになってきた時代

節子
台風が大きな原因になって、伊豆大島では50人近い死者が出てしまいました。
実に痛ましいことですが、最近、気になる事があります。
一昨年の東日本大震災以来、「死」が社会の前面に出てきたことです。
よく言われるように、1945年の日本の敗戦は、日本文化の基層にある哲学を「死」から「生」へと変えました。
武士道に代表される、死を意識した生き方よりも、生を謳歌する生き方へと変わったといってもいいでしょう。
それは同時に、人と人とのつながりを壊し、生命をおろそかにすることにもつながったように思いますが、日常生活から「死」は次第に見えないところへと追いやられていったように思います。

その流れを変えたのが、東日本大震災でした。
その報道の中で、私たちはたくさんの「死」に出会いました。
それに関しては、あえてここで書くこともないでしょう。
それと同時に、「つながり」への動きも回復してきました。
死とつながりは、決して無関係ではありません。

みんなが「死」を意識した生き方に変わったわけではありません。
しかし、「死」を見てしまった人の生き方は変わります。
直接見なくとも、多くの死、しかも理由もなく、普通の生活のなかで突然見舞われた死の報道を浴びせられるように受けているうちに、私たちの生き方は変わってきているはずです。
そのせいか、最近は「死」が前面に出てくる報道がますます増えているように思います。
報道の姿は、時代の実相を反映しているように思います。

東日本大震災よりも一足早く、節子の死を体験することで、死が私の日常の現実の中に入ってきました。
「死」、そして「生」への意識は一変しました。
当然のことですが、「死」は常に日常の隣にいます。
しかし、節子の死を体験するまでは、それは生活から遠いところにありました。
両親の死も体験していますが、それはある意味で、素直な歳のとリ方のなかでの一つの日常の事件でしかありません。
しかし、自分よりも年下の伴侶を失うことは、決して、日常ではないのです。

節子の死は、私には大きな生き方の変化をもたらしました。
同時に、生きることの意味も一変したように思います。
ところが、東日本大震災の後、私だけではなく、社会全体が死を過剰に可視化してきているような気がしてなりません。
死は決して隠すものではありませんが、最近のように、死が克明に、しかも「客観的な事実」賭して語られだすことには、大きな違和感があります。

死は、やはり、個人の思いのなかで、ひっそりと見えるのがいいように思います。
あまりに死がおおっぴらに語られることに、いささかの不快感さえあります。

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■放射線汚染水の流出に思うこと

伊豆大島での台風の大きな被害が報道されている中で、福島原発の汚染水の放出が小さく報じられていますが、こうした毎日のように報道されると、感覚が麻痺してきます。
日常化してしまうと、なんとなく見過ごしてしまうのが人の習性です。
それが良いことなのか悪いことなのか、にわかには判断できませんが、私にはかなり気になります。

汚染水はどんどんたまっています。
それをどうするのかという案は検討されているのか、なかなか見えてきません。
しかし、汚染水のセシウムを粘土に固着させ、体積を減らすとともにコントロールしやすくするという取り組みがなぜ進まないのか、実に不思議です。

柏崎刈羽原発の再稼働に関して、放射性物質の影響を低減させるフィルター付きベント(排気)設備の二重化が話題になりました。
「放射性物質の影響を低減させるフィルター」というのがあるとしたら、汚染水処理にも使えるような気がします。
汚染度の次元が違うとしても、所詮は量的な違いですから、原理的には汚染濃縮はできるはずです。
これは、高度な技術の問題ではなく、生活レベルで考えられる簡単な原理です。

放射線科学というと、高度なように考えがちですが、所詮は簡単な原理の積み重ねのはずです。
そのことは、福島原発が事故を起こした直後の対応を考えれば、よくわかります。
放射線科学の専門家は、小学生が知っているような簡単なことをおろそかにしています。
そして今もそれは続いています。
汚染水の流出は、それこそ小学生でもわかることがやられていないだけの話であって、原子力規制委員会に所属する専門家にも気づかない話なのです。
難しい知識があればよい話ではありません。
専門家は難しい話は知っていても、簡単な話は知らないことが多いのです。
それを忘れてはいけません。

汚染水が毎日何百トンも増えているといわれますが、それ以上の速度で減らすことを考えないといけないと思いますが、なぜそうならないのか。
どこかにボタンに掛け違いがあるのではないか。
台風の被害報道の片隅で報道された、汚染水の放出のニュースを聞きながら、そんなことを考えていました。

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2013/10/17

■節子への挽歌2237:市役所の人がまた3人やってきました

節子
我孫子市役所の人たちが3人、湯島に来てくれました。
私が正式に市役所と接点を持ち始めたきっかけも、3人の職員の訪問からでした。
当時の市長の紹介で、3人の人が来訪し、結局、我孫子の総合計画の委員を引き受けたのが、最初でした。
以後、いろいろとあり、最近は少し足が遠のいていましたが、今回は副市長の青木さんの紹介で縁ができた大畑さんが、広報課と企画課の人たちと一緒に来てくれたのです。
市役所にお伺いして話すのとはまた違った雰囲気でお話ができました。

節子が発病して以来、そして節子が旅立って以来、積極的に市役所や地域活動に関わってはきませんでした。
その気力がなかったからです。
ですから、考えてみると、久しぶりに職員のみなさんときちんとお話ができた気がします。
今日のポイントは、どうしたら我孫子での暮らしの魅力を外の人たちに伝えられるかです。
住民として、私にとっても大切なテーマです。
大畑さんたちと話していて、なんだか最初のころのことを思い出しました。
何ができるかを考えようと思います。

節子の話も出ました。
広報室長の斎藤さんが花かご会ができたころ、都市公園課で花かご会の応援をしてくれたそうです。
これはもうお返ししなければいけません。
最近は、いろんなトラブルに巻き込まれ、気が萎えているのですが、元気が出てきました。
節子がいなくなっても、やはりもっときちんと取り組むべきですね。

午後は、その関係で社長業の時間を取られてしまいました。
その格差の大きさに、やはり私に似つかわしくない「社長業」は早く卒業しなければいけないと思いました。
どこで人生を間違ってしまったのでしょうか。
困ったものです。

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2013/10/16

■雇用経済的な働き方と生業的な働き方

ある事業に取り組まざるを得なくなり、会社の社長になりました。
ということを何人かの人に伝えたら、こんなメールや手紙が来ました。

「報酬はもらえるのですか?」
「どこかのオフィスに常駐するのですか?」

当然と言えば、当然の質問なのですが、私には思ってもいなかった質問です。
その時点で、私がいかに世間的な発想体系から脱落しているかがよくわかりました。
ちなみに、この2人はいずれも私の生き方を良く知っている20年来の友人です。

社長もまた「雇用される存在」と、みんな思っているわけです。
ここでも「雇用経済」が多くの人の常識を形成しています。

中小企業の経営者と付き合っているとよくわかりますが、社長は報酬をもらう側ではなく、報酬を与える側です。
働いて、さらにお金をつぎ込むというのは、どこかおかしい気もしますが、それはたぶん雇用経済発想に陥っているからです。

私も、これまでコンセプトワークショップという会社の社長をやっていますが、報酬をもらったのは、会社を設立してからの5~6年です。
その頃はまだ、私も雇用経済発想だったので、社長は毎月報酬をもらうのが当然だと思っていたのです。
社長は報酬を与えるほうだと気づいたのは、しばらく経ってからです。
そして会社を持続させるには、報酬を与える発想を捨てることだと考えました。
会社の社長の報酬は、仕事ができることなのです。
会社に利益が出れば、社長がやりたいことを行う活動費に充当すれば良いわけです。
生活費はどうするか。
そこは問題ですが、以前は講演料などでカバーしていました。
いまは年金でカバーしています。

雇用経済発想に陥ると、働くとは「雇用されること」と考えたり、仕事とは対価をもらったりという発想に繋がります。
たしかに雇用経済における雇われ社長は高額の報酬をもらっています。
雇用されない創業者の社長で高額な報酬をもらっている人もいますが、彼らは雇用労働の利得を得ているに過ぎません。
そういう生き方から抜け出たくて、会社を辞めたのです。
できれば、生業的な仕事をしたかったのです。

私の娘の連れ合いが、まさに生業的に、イタリアンのお店をやっています。
驚いたことに、青色申告制度では事業主への報酬という概念がないのです。
彼は、雇用している人よりも実収入は少ないのです。
これは私には大いに示唆に富む話です。
私的には、実に良い働き方をしているわけです。

つまりこういうことです。
世間には、雇用経済的な働き方と生業的な働き方がある。
企業の世界と生業の世界。
そのいずれかの世界にいるかで、たぶんものの考え方が反対なのです。
コストが利益になったり、利益がコストになったりするわけです。
現在の経済には、異質な発想体系が混在しているということに、最近漸く気づきました。

さて、私の今度の社長業は、一体どちらなのでしょうか。
悩ましい問題です。

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■節子への挽歌2236:台風一過

節子
台風による大雨で、手賀沼公園が水浸しです。
こんなことは初めてです。
今日は台風を予防して、予定を変えてしまいましたが、台風は意外と早く通り過ぎてしまいました。
しかしかなりの大雨で、水の被害が出ています。

Tega

台風一過という言葉があるように、台風はどんな被害をもたらそうと、通り過ぎると多くの場合、からっとした青空になります。
汚れた空気はなくなり、実にさわやかな気分になれます。
家屋倒壊や水害などの被害にあったところは、それどころではなく、台風が通り過ぎても問題は残ったままですが、全体の天気は、台風が嘘だったように穏やかに明るくなります。

私がいま抱えている難題は、なかなか台風一過といったことにはなりません。
じわじわと責められ続けています。
考え方を変えれば、すぐにでもその状況から抜け出せるのですが、その踏ん切りがつきません。
私の優柔不断振りが、禍を増幅しているわけです。
台風と私の状況の、あまりの違いに、ますます自己嫌悪に陥ります。
せっかく休んだのに、いろんなところから電話とメールがきます。
みんなパニックなのかもしれません。
私の基本姿勢は、嘘をつかないことと相手を信頼することです。
それを貫いてだめであれば、それはそれですっきりとします。
しかし、その途中は結構大変で、節子の代わりに娘たちがいま被害を受けています。

台風は、なぜ起こるのでしょうか。
たぶん状況を変化させるために起こるのでしょう。
だとしたら、昨日からの新しい難問は、もしかしたら台風かもしれません。
台風一過とはならないでしょうが、何が変わるか楽しみです。
まあ、かなりのやせ我慢の見栄ですが。

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2013/10/15

■節子への挽歌2235:愛する人の突然の死は人生を変えます

節子
しばらくあまり挽歌らしからぬ内容が続きました。
私の精神状況がどうしても表れてしまいます。
今日は雨です。精神状況が弱いときには、天気も大きな影響を与えます。

この頃、死を伴う事件のニュースに触れると決まって感ずることがあります。
この事件で、いったい何人の人が人生を変えてしまうのだろうか、と。
そう思うと、自分のことが少し相対化できます。
お経に説かれている、死者を出していない家族はないというキサー・ゴータミの話を思い出します。
悲しみは、いかにも自分中心のものです。

親しい人、とりわけ愛する人の突然の死(別れ)は、人生を変えます。
その変え方は、人それぞれでしょう。
良い悪いではなく、ともかく変えてしまう。
でもみんな、なんとかこれまでの生き方を続けようと努力します。
それができないことを知っていても、です。

人生は続いていますから、大きな断絶を認めるわけにはいきません。
そうしたかったら、出家でもするしかない。
しかし、家族がある以上、なかなかできるものではありません。
それに、人生が断ち切られたなどと思えば、前に進めなくなりかねない。
それで、脳が作動し始めます。
断絶したはずの人生を、取り繕いだすのです。
そして、一見、連続したような形で、人生は続くのです。
しかし、心身は非連続であることをよく知っています。
非連続の人生を生きることは、けっこう辛いことです。

それにしても、たった一人の他者が死ぬことで、これほど変わってしまう人生とはいったい何なのか。
時々不思議に思うことがあります。

前に書いたことがありますが、節子の死を知って、ある人(初対面の人ですが)から「これから自由になれますね」と言われたことがあります。
その時は耳を疑いましたが、冷静に考えれば、たしかに自由になったのです。
そう考えれば、辛さは軽減するでしょうか。
そうならないのが、愛する人との別れです。

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2013/10/14

■節子への挽歌2234:天才に会いました

節子
今日は天才に会いました。
電気はなぜ電線を流れるのかがわからないというのです。
わからないことをわからないと素直にいえる人は、やはり天才でしょう。
水素からヘリウム、リチウムと並ぶ化学元素表を、私は美しいものと感じていました。
しかし、その人は、あれは水素から始まる変化の表だと言うのです。
つまり、宇宙の最初に水素があった。
そこからヘリウム、リチウムと次々と元素が生まれた。
セシウムも、水素から生まれた。
だとしたら、セシウムは水素の戻せるはずだと言うのです。

これだけ聞くと説得力はないでしょうが、私は直感的に、この人は天才だと感じました。
みんなが発想の起点にしている知の体系の向こう側が見える人なのです。

あんまり挽歌には相応しいテーマではありませんが、時評編に書いても相手にされないでしょうから、あえてここに書いておくことにしました。
もし節子がいたら、私は興奮して話していたでしょうから。

その人の発想は、私と非常によく似ていました。
原発事故への対応も、私が思っているのとほぼ同じでした。
小学校の生徒が、たぶん考えつくような対策ですが、なぜか誰も言い出しません。
それを、その人ははっきりと話しました。
つまり子どもの目で見ているのです。
だから私は、その人を信頼できます。
しかし、その深さにおいては、私の比ではありません。
だから私は凡人で、彼は天才だと思ったのです。
私は、多くの場合、与えられた公理的な知を基盤に考えてしまいますが、その人はそれさえ疑います。
疑うと言うよりも、公理の先が見えてしまうのでしょう。
私には、天才としか思えなかったのです。

その人は田中さんといいます。
大宰府の加野さんが、東京にいったら、私に会えというので、明日からの福島出張の前日にやってきて、私と会ったわけです。
加野さんと心が通い合うはずです。

2時間の田中さんとの話は、実に楽しく共感できました。
最近疲れきっていましたが、今日は実に良い出会いでした。
不思議な出会いではありますが。

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■節子への挽歌2233:植物と私の元気の違い

節子
昨日は徹底的にのんびりしました。
流れを変えるためには止まらないといけません。
ぼーっとしていたら、挽歌に書きたいことが頭に浮かびました。
しかし、そのままぼーっとしていて、夕方、パソコンに向かったら、なぜか思い出せなくなってしまいました。
以来、ずっと考えていましたが思い出せません。
それで昨夜は挽歌も書かずに寝てしまいましたが、朝になっても思い出せません。

今朝は良い天気です。
それで久しぶりに畑に行ってみました。
久しぶりですが、とんでもないことになっていました。
セイタカアワダチソウと笹が元気に覆い茂っているのです。
手の施しようもありません。
とりあえずセイタカアワダチソウだけはほとんど抜きましたが、草の茂り具合は半端ではありません。
暑さに手を抜いていたら、まさに「倍返し」どころか「十倍返し」にあったような感じです。
植物の、この元気の良さはいったいなんなのでしょうか。
その元気のおこぼれをもらいたいと、真剣に思いました。

植物と私の元気の違いの理由は明らかです。
植物には邪念がなく、小賢しさもない。
私には、まだまだ邪念が多く、小賢しさもある。
そのうえ、節子への未練さ、まだあるのです。
そこが違いです。

「レナードの朝」という映画の最後に、セイヤ医師が「私たちは一番大切なものをなくしてしまっている、それは純真な気持ちだ」とスピーチしていました。
なぜか、セイタカアワダチソウを抜きながら、その言葉を思い出しました。
そして、なぜ私たちは、植物のように、素直に生きることができないのだろうかと思いました。
邪念なく、素直に生きていたら、春になったらまた生まれてこられるのかもしれません。
邪念なく、現実に誠実に向き合っていたら、春が来るのかもしれません。
たまには畑に行かなければいけません。
自然から教えられることはたくさんありますから。

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2013/10/12

■モンドラゴンもいろいろと変わってきているようです

前の記事でも少し言及しましたが。生活クラブ共済連の伊藤さんが昨年、モンドラゴンに行ってきたということを聞いたので、伊藤さんに頼んで、先週、モンドラゴンについて話し合うサロンを開催しました。
湯島の集まりの特徴として、実に多彩な人たちが集まるので、話は広がり刺激的でした。
モンドラゴンは協同組合や社会的経済などに関心のある人には有名すぎるほど有名ですが、昨夜は名前も初めて聞いたという人もいて、それが議論を深くしたように思います。
伊藤さんの報告はとても示唆に富むもので、モンドラゴンに憧れていた私には、がっかりする話もあったのですが、批判的な視点を得ることができたのはよかったです。
私はほれ込むとすべてが良く見えてしまうタイプですので。

株式会社は資本(金)が主役で労働(人)は道具だが、労働組合は労働(人)が主役で資本(金)が道具ですが、モンドラゴンはそこがまったくぶれていないと伊藤さんは話してくれました。
組合員の雇用を良質両面で守るために、株式会社の手法も貪欲に取り組んでいるのだそうです。
そして、バスク地方はもちろんスペインを超えて、いまや多国籍企業化しているといいます。
モンドラゴンの経営するエロスキ生協は、いまやウォルマートに次ぐ世界第2の規模だといいます。
そういう話を聞くと、「モンドラゴン、おまえもか!」と言いたくなりますが。

特にそう思ったのは、モンドラゴンは反原発運動やバスク独立運動などには中立的なのだそうです。
そういう政治的な問題に関わると、組織そのものが影響を受けるからだそうです。
組織と個人の生活のどちらを基軸にするかは、私の大きな関心事ですが、その意味ではモンドラゴンはもう理念を失っているかもしれません。
言い換えれば、モンドラゴンは生活共同体ではなく経済共同体になっているのかもしれません。
資本と人間の関係では、主客正常化しているとしても、組織と人間との関係では、相変わらず主客転倒しているように思います。

またモンドラゴンは仲間と外部を峻別する、狭い協同組合主義のような側面も感じました。
と言うのは、労賃の安い地域で部品をつくり、それを自国で組み立てて高く売るという、他国籍企業のようなことまでやっているようです。
つまり開かれた社会性ではなく、自分たちだけの社会性というわけです。

これまでのモンドラゴン信仰がかなり崩れました。
改めてまたモンドラゴンをもっと知りたくなりました。
ところで、ブータンやラダックはどうなっているのでしょうか。
とても気になります。

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■節子への挽歌2232:ドラマの山場

節子
ドラマが山場の一つを越えました。
もう戻れません。
昨日、とうとうフランスの化粧品会社と輸入販売契約を締結してしまいました。
久しぶりに、ホテルでビジネスミーティングでした。
といっても極めてカジュアルで、契約書のサインも「おさむ」で行いました。
まあ相手はフランス人なので、みみずが動いた後にしか見えなかったかもしれません。

交渉に入る前に、私のビジネス観を話しました。
ビジネスはお金ではなく約束を守ることと相手を信頼することだということです。
相手も、正直な人と契約したかったと言ってくれたので、交渉成立です。

節子もよく知っている武田さんは、電話で深入りは避けろといつもにない沈痛な声で留守電にメッセージを残していました。
他者のことより自分の生活を大切にしろと言うのです。
しかし、他者の生活と自分の生活は切り離されて存在するわけではありません。
当事者でない人のアドバイスは、的確なのですが、現実的ではありません。

私が契約したことを知ったら、友人たちはさらに心配してしまうでしょう。
会社経営する時間も能力もないと、みんな思っているでしょうし、たぶんそれは事実です。
私が25年間、経営している個人会社コンセプトワークショップは、いまなお1000万円を超える負債を抱えています。
給与はこの10年近くもらったこともありません。
経営能力はありますが、利益を上げる意欲はありません。

私も自分で契約をしたくてしたわけではなく、事の成り行きでこうなってしまったのです。
最後の判断は、「節子は賛成するだろうか」でした。
その結論は「賛成」でした。
無責任な節子は、いつも最後には、私の決断を後押しするタイプでした。
それにフランスの会社と取引するというのは、なにか節子好みのにおいがします。
節子がいたら、そのフランス人をわが家に招待したがったはずです。
節子は、経験した事のない新しい事が好きでした。

問題は私が英語もフランス語も話せないことです。
さてこれからどうするか。
成り行き上、こうなってしまいましたが、これからどうなるのでしょうか。
考えるとまたおかしくなるので、この週末は一切考えないことにしました。

この1年半、実は大変でした。
そしてこの2ヶ月はさらに大変で、この1週間はパニックでした。
そうしたことに決着をつけて覚悟しようというのが、今回の契約劇でした。
いわばドラマの山場です。
相手はフランク・ベネット。
いかにもフランス人といった感じの人物で、創業者の息子です。
契約を終わり握手している写真を撮ろうとカメラを持っていったのに、緊張していたせいか、忘れてしまいました。

さてこれからどうなるか。
先が見えないことは楽しいことです。
未来に不安がない人生など、楽しいわけがありません。
しかし、私の人生が少し変わる可能性はあります。
ドラマの第2部が始まります。
節子はきっとはらはらどきどきして見ているでしょう。
まあ本当は、私のほうがはらはらどきどきしているのですが。

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■洗脳されることの恐ろしさパート2

昨日、洗脳されることの恐ろしさについて書きましたが、私が思っている以上に、事態は深まっているようです。

今朝、NHKテレビの「ニュース深読み」を見ていたら、なんとテーマは「儲ける」でした。
最初に、日本の企業はB to B で収益を伸ばす段階にきたという報告があり、そこからどうしたら「儲かるか」という話ばかりでした。
NHKのアナウンサーが開口一番「みんなが好きな『儲ける』が今日のテーマ」などと明るく話すのを見て、ああこの人はもう完全に洗脳されているなと不快になりました。
と思っていたら、1~2人を除いて、参加者はみんな「儲け愛好者」でした。
社会はすでにかなりの深度で変質しています。

企業からスピンアウトして岩佐琢磨さんという若者が、B to Bは儲かるかもしれないが、汗して働く人の働く場を減らすという主旨の発言をしましたが、司会者は全く無視してしまいました。
いやはや問題の所在にさえ気づいていない。

最後は、消費者も「儲かる頭を持ちましょう」などとわけのわからない結論になっていました。
いささか不快な気分で見ていたので、表現は不正確かもしれません。

前にも書きましたが、働くとは生きること、稼ぐとは家を支えること、儲けるとは余剰を生み出すことです。
農業経済学者の守田志郎さんは、「工業は儲ける業になってしまった。工業が儲けの業だといっても、それは経営者だとか株主だとかいう人の立場についてのことである。そこで働いている人たちはといえば、みな儲けられている方であって、決して儲けている方ではない」と45年前に著書に書いています。
アメリカのA.H.コールは、さらに70年近く前に、「米国においては、最も高い地位を与えられるのは、彼自身の事業活動によって極貧から巨富へ成り上がった人物である。ある意味で皮肉なこうした社会観はなにも米国の発明ではない。〔中略〕しかし、この病気〔金儲け〕に対する米国の感染度はより深刻であり、ビジネスにおける成功で人を凌ごうという欲望がこれほど熾烈であった国はほかにない」と書いています。
この病気〔金儲け〕は長い歴史を持っているのです。

儲けることから稼ぐことへ、さらに働くことへ、と生き方をもどしていければ、社会は大きく変わるでしょう。
そう思いながら、まずは自らの生き方を問い直し続けています。
なかなかうまくはいきませんが。

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2013/10/11

■洗脳されることの恐ろしさ

みなさんは次の問いにどう答えるでしょうか。
「協同組合で働く人の給料と株式会社で働く人の給料とどちらが高いだろうか?」

昨夜、湯島でスペインのバスク地方の「モンドラゴン協同組合」をテーマにした集まりをもちました。
モンドラゴン協同組合は労働者協同組合ですが、労働者主権に基づいたビジネス・モデルに従って運営された仲間的な会社を約250社も展開しています。
社会的な支え合いとビジネス的な手法を両立させた、ソーシャルビジネスのモデルの一つではないかと私は思っていますが、最近はかなり変化もあるようです。
フェイスブックなどでは少し紹介しましたが、とても面白い議論が展開されました。
もっと多くの人たちに聞いてほしい話がたくさんありました。

そのなかで、昨年、モンドラゴンを視察してきた人から、最近はアメリカの大企業の経営トップをハンティングしているという話が紹介されました。
モンドラゴン系の企業は、アメリカの企業とは違い、経営者と従業員の報酬格差は3倍くらいで、多くても6倍だそうです。
そうするとアメリカからハンティングされた人の報酬は大幅に下がることになります。
参加者の中から、それでモンドラゴンに移る人がいるのだろうかと疑問が発せられました。
そして、表には出ていないだけで何か裏でメリットを得ているのではないかというのです。
参加者のみなさんもそれにうなずく始末です。
いやはや困ったものです。
さすがにムッとして、発言をしてしまいました。
どうしてそんなに疑うのか、みなさんはすでに金銭資本主義に洗脳されているのではないですか、と。

こうしたやりとりが1回ならずあり、私も1回ならず、みなさんにいやみを呈したことになります。
そしてみんなにも理解してもらえるように、話題提供者に質問しました。
「モンドラゴンでは協同組合で働く人の給料と株式会社で働く人の給料とどちらが高いんですか?」
もちろん前者です。そして話題提供者もそう答えてくれました。
おそらく多くの人たちは、無意識に協同組合で働く人の給料は株式会社で働く人の給料より低いと思っていたはずです。
それで念のために余計な発言を重ねました。
当然ですよね、だってモンドラゴン協同組合では働かずにピンはねする人たちはほとんどいませんからね、と。
うまく参加者に私のメッセージが伝わっていればいいのですが。

ともかく私たちは洗脳されて今や守銭奴に成り下がっているのです。
そして、雇用労働が良いのだと思いこまされているのです。
雇用を増やすという甘いささやきに、みんな騙されているわけです。

改めて洗脳されることの恐ろしさを実感しました。
モンドラゴンはそのうち立ち行かなくなるだろうという発言もありました。
しかしどう考えても、その前に立ち行かなくなるのは日本やアメリカの金融資本づけの株式会社でしょう。
ただし、洗脳された雇用労働者が、いまのままの「常識」を持ち続ければ、別ですが。
それに雇用される事の居心地の良さは、慣れてしまうともう捨てられなくなるほどの魅力もありますし。

失礼があったらお許しください。
はい。

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■節子への挽歌2231:さらに意識を変えると順風も逆風になる

さて、昨日の続きになりますが、「さらに意識を変えると順風も逆風になる」と言う話です。

最近、かなりパニックだとこの挽歌で書いているために、いろんな人から心配してくれる電話やメールや手紙が届きます。
申し訳なく思いますが、パニック状況なのは事実なので仕方がありません。
でもこの数日、少し気分が変わりだしているのです。

今日は、大きな進展がありました。
私が関わっている事業の取引先の企業のトップが来日して、事の成り行きで、私が契約書にサインしてしまったのです。
そのため、私が名実ともに「社長」になってしまったわけです。
なんともまあ、奇妙な話ですが、これまでの不安定な立場からしっかりした契約に支えられた立場になったわけです。
契約が成立するかどうか、危惧する人も少なくありませんでしたし、私もほんとはなりたくなかったのですが。
これは「順風」でしょうか。
独占輸入権を手に入れたのですから、順風と考えるべきでしょう。

しかし、意識を変えると順風も逆風になるのです。
知人が、兄が急死したためにある大企業の社長になってしまいました。
高収益の良い会社なので、端からみたら羨ましいことかもしれません。
しかし彼は私のところに来るたびに嘆いています。
順風と逆風は、見方一つで変わるのです。

ということは、今の私が置かれている状況は、どうでもいいのかもしれません。
それに降りまわれてしまわないように、やはり「平常心」が不可欠なのです。

それでもまぜか憂鬱な気分は一向に晴れません。
大切なのは順風でも逆風でもなく、無風ですね。

さてさて。

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2013/10/10

■節子への挽歌2230:意識を変えると逆風も順風になる

挽歌を書く余裕がなくなってきたと書きましたが、どうやら逆ですね。
挽歌でも書いていないとさらに状況は悪くなりかねません。

昨日、少し意識を変えました。
難題には抗うことなく、逆風も順風にしてしまうということです。
そう感じたのは、昨日、都立の特別支援学校の高等部の就業技術科にうかがったのがきっかけでした。
障害のある高校生が、実に爽やかに実習作業をしていました。
校内で会うとみんな大きな声であいさつをしてくれます。
それぞれの発表の場面も見学させてもらいました。
考えてみると、この2か月、そうした世界と切り離されて、知人支援のために資金調達やビジネスの交渉などに奔走していました。
25年前に捨てたはずの世界に戻ってしまっていたのです。
あまりに感覚が戻らずに、相手を信頼しすぎて、そこに情や過剰な正直さを持ち込んでしまったために、結果的にはほぼすべて失敗しました。
考えてみると、失敗してよかったと思えるようになりました。
要は、私が今の苦労から逃げたいだけだったのです。

今日は、少し朗報がありました。
意識を変えれば、同じものも悲報にもなれば朗報にもなるのです。

今日は、支え合い共創サロンを湯島で開催します。
数日前まではとても負担でした。
余裕がなかったからです。
そういう時に限って参加者が集まります。
正式申込みだけで15人を超えてしまいました。
この湯島のオフィスに入るでしょうか。
ちょっと心配ですが、まあなるようにしかなりません。

それに約束していた相手の予定が変わって、午後、空白の時間ができました。
3時から湯島でぼーっとメダカを見ていました。
少し前からパソコンにも向かいだしました。
パソコンを開いたら、また一人、サロンに群馬から来るそうです。
ますます心配ですが、きっと私の元気なさが何となく伝わって、みんながやってきてくれるのでしょう。
まあ、そう理解しましょう。

明日が良い日になれば、先が見えてくるかもしれません。

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■節子への挽歌2229:愛することと愛されること

節子
愛の究極的な表現は殺人かもしれません。
それによって相手を独占できるからです。
食べてしまいたいほど可愛い、という言葉は、そうしたことを示しています。

物騒な話から始まりましたが、最近はストーカー事件での殺害が時々報道されます。
なんともやりきれない事件ですが、愛の怖さを感じます。
相手を殺害するのは愛ではないといわれそうですが、一概には決め付けられません。
人の感情は実に不思議なものです。
その状況に自らが陥って初めてわかることもあるでしょう。

私はいま、これまで経験したことのない不思議な状況にあります。
自らを客観的に見る余裕などないはずですが、時々、それが見えてしまいます。
まるで幽体離脱して自分を見ているような気持ちです。
しかも不思議なことに、おろおろしている自分と楽しんでいる自分がいるのです。
もしかしたら、彼岸から現世を見るとこんな情景が見えているのかもしれませんね。
節子は、それを楽しんでいるかもしれません。
それにしては、支援の手を差し伸べてくれないのは不満ですが。

そんな気持ちで、愛が殺害に及ぶ事件をみていると、きっと加害者も不思議な状況に落ち込んでしまったのだろうなと、少し同情してしまいます。
そういう状況では、たぶん、正常な思考回路は働いていないのです。
だから今の私もいささか判断が危ういのです。
節子がいたら、自分の考えを相対化できるのでしょうが、一人で考えていると空回りか無限の突き進むかのいずれかに陥りがちです。
たぶん最終的には後者に向いて、行くところまで行ってしまいます。
歯止めがきかなくなるのです。
まあ、このように自分の状況がわかるうちは、私もまだ大丈夫かもしれません。

しかし、なぜ愛が殺意に変わってしまうのか。
それは、たぶん、多くの人が「愛すること」を愛とは考えずに、「愛されること」を愛と考えているからでしょう。
よく考えてみれば、「愛されること」ほどわずらわしく、迷惑なことはないのですが、なぜか多くの人はそれを好みます。
愛されたら、それに応えなければいけません。
いろいろと制約も受けかねませんから、私のようにわがままに行きたい人間には不要のことです。
しかし、相手を純粋に愛していれば、相手も愛してくれるものです。
相手が愛してくれることと自分が愛されることとは、微妙に違います。
人の愛し方は、人それぞれだからです。

相手が自分を愛しているのはわかっても、だからと言って、自分が相手から愛されていると実感できないことはあるものです。
両者は微妙に違います。

節子と40年、生活を共にして、愛に関してはさまざまな気づきをしました。
お互いにわずらわしくない生き方を30年かけて築きあげたのに、それが途中で終わったのが、ちょっと悔しい気がします。

そして、そうしたことに気づく前に、失敗してしまう若者が多いのが、とても哀しいです。

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2013/10/09

■節子への挽歌2228:朝のない夜

最近、気分的にちょっと暗いので、暗い話です。
もっとも、この挽歌はすべて暗いかもしれませんが。

今朝、ふと「朝の来ない夜はあるなあ」と思ったのです。
ついでにいえば、「春の来ない冬」もあります。
実に暗い話ですね、すみません。
気分はどうしても出てしまうものです。

今、いささか思い気分の状況にありますが、昔は、こうした辛い状況の時には、○○(月日が入ります)になればすべては終わっていると考えて、頑張ることができました。
どんなに大変でも、必ずそれが終わる時期はあるからです。
最近の憂鬱な状況も、実は10月の中旬には解放されると考えて、もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせてきたのですが、それが予想と全く違うことになったのです。
それで、解放どころか、憂鬱さはさらに高まってしまったわけです。
しかも、それに加えて、さらに難題が発生し、良かれと思って動いていたことが、今朝の今朝までほぼ全てが裏目に出てきてしまったのです。
それで、今朝もいささかパニックでした。
そんなわけで、「朝の来ない夜」はないから、もうじき、この状況から抜けられるだろうと改めて自分に言い聞かせたのですが、そこでハッと気づいたのです。
「朝の来ない夜はある」ということに。
節子には、2007年9月3日の朝は来ませんでした。
そして、それで寒々した冬のような状況に陥った私は、もう7年目なのに、春を体験したことがないのです。

やはり暗いですね。すみません。
そう思って、ホームに落ちないようにしようと注意しながら電車に乗って出かけました。

ここで終わると読者の人は心配するかもしれませんが、実はその後、流れが少し反転しそうな気配を感じたのです。
状況が反転したのではありません。
気分が、です。

思いもかけなかった人から電話がありました。
午後にお伺いした特別支援学校で、3か月ぶりに私の本来の活動に触れました。
困ったことを何人かの人にメールしたら、数名から好意的な返信がありました。
まあ、それだけのことです。
客観的な状況は、もしかしたらさらに悪化しているかもしれません。
しかし、改めて思いました。
朝の来ない夜はないし、春の来ない冬もない、と。
9月3日、節子はきっと白い花にかこまれて目覚めたでしょう。
私も、自分では気づいていないけれど、きっとまわりは春なのでしょう。
そんな気がしてきました。

そうしたら少し楽になりました。
明日はホームから落ちる心配をせずに、オフィスに行けそうです。
食欲もきっと回復するでしょう。
この3日間、あまり食欲がなかったのです。
いやはや困ったものです。

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2013/10/08

■節子への挽歌2227:困ったものです

節子
悪いことがまた重なりだしました。
いささかパニックです。
まさに「心失う忙しさ」です。
心身穏やかでなく、そのせいかミスが増えてきました。
そんなわけで、暫くまた挽歌が書けないかもしれません。
困ったものです。

こういう時には、ほんとうに節子にいてほしいです。
一人で難問に立ち向かうのは、心身ともに疲れきります。
渦中にいると見えなくなりがちですが、まあたいした問題ではないのでしょう。
頭ではそうわかっているのですが、なかなか抜け出せません。
実に困ったものです。

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2013/10/06

■節子への挽歌2226:慢性忙しさ病

節子
忙しく生きていると、まわりが見えなくなってきます。
最近の私の生き方は、もしかしたらそうなってきているのかもしれません。

忙しいとは「心を亡くす」と書きます。
必ずしも、時間がないという意味ではないでしょう。
むしろ「何かにこころを奪われて、周りが見えなくなってしまっている」ことが、私にとっての「忙しさ」です。
いささか勝手な解釈ですが、私の場合は、そう考えるととても納得できます。

やるべきことが多くて、10分刻みで動かなければいけない時に、「忙しさ」を感じたことはありません。
その時は、むしろある目標に向かって、心を集中していますから、心を亡くすとは正反対の状況なのです。
時評編で書いたこともありますが、暇の時ほど、むしろ「忙しい」気分に陥りやすいのです。

そういう考えでいえば、最近は、心が何かに集中することがありません。
もしかしたら、最近の充実感のなさは、「慢性忙しさ病」かもしれません。
だから、それを打ち消したくて、「忙しくない」と人に言っているのかもしれません。

この2日間、地元のイベントに便乗して、いろんな人たちに会いました。
今日、来てくださったなかのお2人は、散歩が大好きのようです。
わが家の庭でのサロンが終わった後、おひとりは、近くの手賀沼公園の周りをかなり遠くまで散歩されたそうです。
もうお1人の、初めてお会いした方もよく散歩されているようです。
昔は日本で一番汚れていた手賀沼も。最近はかなりきれいになりました、周辺も整備され、散歩道もできました。
緑もあれば、水もある。
ゆっくりと散歩すれば、いろんな発見もあります。

節子がいた頃は、時々、散歩もしました。
しかし、いまはもうまったく散歩はしていません。
出かける気がしないのです。
心が失われている表れかもしれません。
みんなと話していて、そんなことを感じました。

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2013/10/05

■節子への挽歌2225:銀閣寺のお線香

節子
今日から我孫子の「手づくり散歩市」です。
昨年から名前が「アートな散歩市」になってしまいましたが、ジュンが引き続き参加しているので、私も例年のように珈琲サービスをすることにしていました。
しかし、今日はあいにくの雨で、庭でのカフェはできませんでした。

午後から、久しぶりに杉田夫妻がやってきました。
数年前の散歩市に来てくれたご夫妻です。いつもこの時期はアメリカだったようですが、今年は奥さんのローレンさんが2週間ほど前に帰国されたようです。
お2人は、タイル工房でタイルづくりに挑戦されました。

雨も本格的になってきたので、今日はもう誰も来ないなと思っていたら、思いもしなかった人が来ました。
経済同友会の太田さんです。
久しぶりです。
たまたま先日、ある人と私の話になり、私をネットで調べていて、今日の庭でのカフェを知り、西東京市からわざわざ来てくれたのです。
来るなり、奥さんに線香をあげさせてほしいと言ってくれました。
しかも線香持参です。
京都東山の銀閣寺のお線香でした。

太田さんは、節子がなくなったことを知らず(基本的には私の友人知人には話しませんでしたので)、ネットで私のサイトを見て、知ってくれたのです。
奥さんには湯島でお茶を淹れてもらいましたから、と話してくれました。
私がまだ会社時代、経済同友会に通っていた時期がありますが、その時以来の付き合いです。
いささか型破りの人で、私にはぴったりの人です。

タイルづくりを終えた杉田夫妻も一歩になって、室内でカフェしました。
和紙の専門家、天文学の専門家、そして経済同友会の型破りスタッフと、面白い組み合わせでしたが、話が弾んで6時近くまで話しこんでしまいました。

節子が始めた、手づくり散歩市カフェのおかげで、自宅でもいろんな人との出会いがあります。
明日は誰が来るでしょうか。
雨があがってくれるといいのですが。

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2013/10/04

■節子への挽歌2224:「カケコー」

節子
今年は20年の一度の伊勢神宮の遷宮の年です。
そのクライマックスともいえる遷御の儀は、2日の未明、「カケコー」の声で始まりました。
これは神への呼びかけでしょう。
日本は言霊の国と言われますが、もともと言葉は神のものだったのではないかと思います。
神は、言葉を通じて、人と共にあったように思います。

今のような言語ができたのは3500年ほど前だそうです。
それまでは、神の言葉が人の右脳に響いていたと言います。
人は神と共にあり、彼岸と此岸はつながっていたと言います。
神の言葉を模倣して、人の言葉が生まれました。
その言葉は、もっぱら左脳で使われたと言います。
そして「意識」がうまれたのです。
これは、トール・ノーレットランダーシュの「ユーザーイリュージョン」からの受け売りです。

言語が生まれて、人は神とは別の世界を持つようになったのでしょう。
シュメールでも黄河流域でもおなじ時期だったようです。
聖書のバベルの塔の話では、天まで届く塔を立てようという人間の不遜さを起こって、言語を奪ったと書かれています。
それで塔は完成しませんでした。
神が怒ったのは、塔を建てようとしたことではなく、神の言葉に従わずに自らの言葉を使い出したことへの怒りだったのではないかと思います。

言霊は、言葉そのものに現実を生み出す力があるわけではありません。
最近読んだ中公新書の「言霊とはなにか」によれば、神とのつながりによって、言葉は力を持ったと言います。
しかし、神から見放されれば、言葉は単なる意味を伝える不完全な道具でしかありません。
神の言葉と人の言葉を混同したところから、人の苦労は始まったのかもしれません。

遷御の儀での「カケコー」は意味を伝える言葉ではなく神への呼びかけでしょう。
呼びかけられた神は、応えてくれます。
今回も、一陣の風が吹いたそうです。
神はまだ不遜な人類を見放してはいないわけです。
そんなことを考えながら、遷御の儀の報道を見ていました。

ところで、節子と一緒に、伊勢神宮に行ったはずなのですが、その記憶がまったくありません。
なぜでしょうか。
不思議です。

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2013/10/03

■節子への挽歌2223:またひとり旅立ちました

節子
今年もまた、我孫子の散歩市が近づきました。
ジュンがスペインタイル工房を開いているので、その日はわが家も会場の一部になるのですが、私はいつもそこで勝手なカフェを開いています。
タイルとは関係なく、私に会いに来る人もいます。

今年は最後になるかもしれないので、我孫子の友人知人に少し案内を出すことにしました。
そのおひとりの山内さんの奥さんからメールが来ました。

主人は7月28日に3か月の療養で亡くなりました。
短いメールですが、内容は衝撃的でした。
私自身は2年ほど前に、ご主人とあることでご一緒しただけでしたが、とてもやわらかな魅力的な笑顔の方でした。
農業関係のジャーナリストでしたが、論説などに健筆をふるっていました。
ゆっくりお話ししたことはなかったのですが、昨年のカフェにご夫妻で寄ってくれたのです。
たぶんご自宅からの通り道沿いに、散歩市会場の旗を見つけたのでしょう。
とても仲の良いご夫婦でした。
かなり長居してくれました。

半年前くらいでしょうか、電車の中で本を読んでいたのですが、ふと顔をあげたら斜め前に山内さんが座っていました。
いかにも気持ちよさそうな感じで眠っていたので、声をかけるのはやめました。
私が降りる駅に来てもまだ眠っていました。
それが山内さんを見た最後でした。
そのことはもしかしたら前にブログで書いたかもしれません。

山内さんは、最後までお仕事に取り組んでいたわけです。
おそらく穏やかな3か月だったことでしょう。
お人柄は最後にも表れるのかもしれません。
こうして、だんだん知り合いがいなくなっていくのでしょう。
最近そんなさびしさを少し感じます。

視点を変えれば、彼岸に友人知人が増えているわけです。
私も、そろそろ軸足を移し出す時期かもしれません。

山内さんのご冥福をお祈りいたします。

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■情報麻痺のなかでの「まあ仕方ないか」の生き方

東京電力は、福島第1原発で2日に貯蔵タンクからの漏れが確認された汚染水が海に流出したことを明らかにしました。 
毎日のように、こうした情報が流されます。
その結果、どうなるでしょうか。

消費税増税が決定しました。
1年前を思い出すと、最初は反対していた人たちも、消費税増税が必要だと毎日、マスコミが情報を流すうちに、なぜか「まあ仕方ないか」と思い出して、増税を推進する自民党に投票してしまいました。
何回か聞いているうちに、洗脳されてしまったわけです。
本当に必要かどうかなど、わかるはずもなければ、正しい解があるわけでもありません.

TPPはどうでしょうか。
これも何回も情報に触れているうちに、もう参加するのが当然のようになってきてしまっています。
マスコミによる情報洪水の前には、みんな洗脳されてしまいます。

原発はどうか。
いつの間にか原発再稼動も「まあ仕方ないか」と多くの人が思い出しているようです。
汚染水漏洩の情報にも、だんだん感覚が麻痺してきました。
もちろんそれによって実際に行動を制約される漁業関係者などは、「まあ仕方ないか」などとは思ってはいないでしょう。

情報社会とは、「まあ仕方ないか」の社会かもしれません。
みんなやけに物分りがよくなってしまうからです。
しかし、それでは現場は壊れていくでしょう。
本当の情報は『現場』にしかないからです。
そして、私たちは、実は『現場』に支えられて生きています。
経済成長は財政健全化のために、生きているわけではありません。
私も、現場から考える姿勢をさらに強めたいと思います。

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2013/10/02

■節子への挽歌2222:湯島のローソン

節子
湯島のオフィスの近くのローソンが新装開店しました。
ところがもしかしたら、オーナーが変わったかもしれません。

湯島のオフィスは25年前に開きました。
当時は、節子と一緒に出勤していました。
私たちがオフィスを開くのと、たぶんほぼ同じころにローソンが開店しました。
私は当時、コンビニを利用することはまったくありませんでした。
たぶん節子もそうだったと思いますが、ちょうどオフィスに行く途中だったので、このローソンは利用させてもらいました。
ただそれだけの話なのですが、そのローソンのオーナーが道で会うととても丁寧にあいさつしてくれるのです。
最初は、私自身、その人がだれかわからずに、あいさつされて戸惑ったことがあるのですが、節子からローソンの人だと教わりました。
以来、道で会うと私からも声をかけさせてもらうようになりました。

そのローソンは場所があまり良くなかったのか、10年ほど前に大通りに面した場所に移転しました。
前の店舗は、たぶんオーナー家族の住んでいるビルの1階にあったのですが、そこはどうやら息子さんがカフェを始めました。
大通りに移った新店舗は好調でしたが、すぐ近くにファミリーマートができてしまいました。

数週間前に、突然、そのローソンが閉まって改修工事に入ったのです。
さらにその少し前に、前に会ったところのカフェも閉鎖されました。
オーナーの方はどうしたのだろうとずっと気になっていたのですが、ローソンの跡にまたローソンが開店しました。
よかったとうれしかったのですが、スタッフが全員変わっていました。
もしかしたら、オーナーが変わったのです。

長々書きましたが、この数週間ずっと気になっていたことなのです。
ローソンが転居し、カフェもできた頃、オーナーの奥様に、2つもお店ができて大忙しですねと声をかけたら、での大変なのですよと答えてくれたのが忘れられません。
もしかしたら、ほんとに大変だったのかもしれません。

湯島のオフィスは、もう25年目です。
その間、ほとんど来なかった時期も5年近くありますが、それだけいるといろんなことがあります。
また節子が知っている人が、1人、いなくなってしまったかもしれません。
とてもさびしいです。

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■消費税増税はやりきれない話です

消費税増税が決まりました。
私の友人は、こうフェイスブックに書きました。

歴史的な日です。政府与党が消費税増税を決め、一応?野党の民主党がやむなしとこれに呼応し、日本の政府は中小企業を見殺しにするつもりだと分った日です。が、、、おっとどっこい、そうはいかねェ。とことん生きてやる。そう覚悟を決めた日となりました。
わが社は、従業員13人の零細企業。年間3000万の売り上げのうち、3分の1が人件費、3分の1が借金返済、3分の1がその他の経費です。もうギリギリなのに、消費税が3%上がるだけで、え~~~っと、計算できない。
ひと言でいうと、パート一人の人件費が吹っ飛びますな。
いや~、歴史的な日バンザイ、平成万歳事件ですなこりゃ。
彼の日頃の取り組みを少しはわかっている者として、彼の怒りに心から共感できます。
しかし、「日本の政府は中小企業を見殺し」とありますが、見殺しにしたのは、私たちすべてかもしれません。
そうでないなら、日本の政府は私たちを代表していないことになります。
選挙で消費税増税に賛成したのは、まちがいなく私たちでした。

見殺しにされそうなのは、中小企業だけではありません。
非正規社員や失業者も同じです。
先日、非正規社員の平均年収は、正規社員のそれの1/3だという調査結果が出ました。
アベノミクスで、企業で働く人たちの給与を上げると盛んに言われていますが、おそらくその主な対象は正規社員になるでしょう。
あるいは非正規社員の給与を上げたとしても、正規社員の比率を低くすれば、そう人件費は抑制できます。
そうした構造の変化を無視しての論議が多すぎます。

要は、まじめに汗して働いている人たちが、「見殺し」の危機に直面しているのです。
そういう人は、選挙に行けないほどに労働させられているのかもしれません。
しかし、そういう人も含めて、選挙では消費税増税が支持されたわけです。
それがなんともやり切れません。

もっとやりきれないのは、低所得者層に1万円程度のお金を支給するという話です。
私も低所得なので、それをもらうことになりますが、なんとも嫌な気分です。
前回もこんなことがありましたが、私の友人がそのお金を私にくれたので、私の分を乗せて、ある集まりのために使ってしまいました。
しかしどうもすっきりしません。

マスコミは、今ごろになって、増税の危険性を叫びだしていますが、終わってから言うのは私には不愉快です。
友人のように、「そうはいかねェ。とことん生きてやる。そう覚悟を決めた日」には、私の場合はならずに、「社会からさらに離脱する覚悟を決めた日」になりました。
お金を使わない生活をさらにもう一歩進めます。
そうすれば、消費税はあんまり関係なくなりますから。
さてどうやって、それを進めるかが、問題ですが。

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2013/10/01

■節子への挽歌2221:死をいつ迎えるか

昨日、「だれもが死を迎える」と書きましたが、問題は、「死をいつ迎えるか」かもしれません。

ギリシア語には、「時」を表す言葉が2つがあります。
「カイロス」と 「クロノス」です。
前者は「時刻」を、後者は「時間」を指しています。
クロノスは、過去から未来へと一定速度で流れる連続した時間で、私たちが普段使っている、いわゆる「時計の時間」です。
それに対して、カイロスは、一瞬や個人ごとの主観的な時間を指すのだそうです。
管理された時間がクロノス、管理できない時間がカイロス、と言ってもいいかもしれません。

旧約聖書の「伝道の書」のなかに、「生るるに時があり、死ぬるに時があり」という有名な言葉がありますが、それがまさに「カイロス」だそうです。
つまりカイロスは、人為を超えた神の時なのです。

天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生るるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
・・・・・・
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり、踊るに時があり、
黙るに時があり、語るに時があり、
愛するに 時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
・・・・・・
神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを 初めから終りまで見きわめることはできない。
私はクリスチャンではありませんが、この言葉はとても好きです。
とても仏教的でもありますし。

私は大学時代から腕時計をほとんどしたことがありません。
それに、クロノスに規制された生き方が馴染めませんでした。
「時」には、表情もあれば、意味もある。
そう思っています。
しかし、実際に生き方は、どうもクロノジックに生きているようです。
それに比べて、病気になってからの節子は、カイロスの時間を生きていたように思います。
一瞬一瞬を意味あるものにするために、しっかりと生きていました。

人は、死ぬ時に死ぬ。
そしてそれはまた、「その時にかなって美しい」。
そう思えるように、早くなりたいと思います。

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