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2013/10/01

■節子への挽歌2221:死をいつ迎えるか

昨日、「だれもが死を迎える」と書きましたが、問題は、「死をいつ迎えるか」かもしれません。

ギリシア語には、「時」を表す言葉が2つがあります。
「カイロス」と 「クロノス」です。
前者は「時刻」を、後者は「時間」を指しています。
クロノスは、過去から未来へと一定速度で流れる連続した時間で、私たちが普段使っている、いわゆる「時計の時間」です。
それに対して、カイロスは、一瞬や個人ごとの主観的な時間を指すのだそうです。
管理された時間がクロノス、管理できない時間がカイロス、と言ってもいいかもしれません。

旧約聖書の「伝道の書」のなかに、「生るるに時があり、死ぬるに時があり」という有名な言葉がありますが、それがまさに「カイロス」だそうです。
つまりカイロスは、人為を超えた神の時なのです。

天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生るるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
・・・・・・
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり、踊るに時があり、
黙るに時があり、語るに時があり、
愛するに 時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
・・・・・・
神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを 初めから終りまで見きわめることはできない。
私はクリスチャンではありませんが、この言葉はとても好きです。
とても仏教的でもありますし。

私は大学時代から腕時計をほとんどしたことがありません。
それに、クロノスに規制された生き方が馴染めませんでした。
「時」には、表情もあれば、意味もある。
そう思っています。
しかし、実際に生き方は、どうもクロノジックに生きているようです。
それに比べて、病気になってからの節子は、カイロスの時間を生きていたように思います。
一瞬一瞬を意味あるものにするために、しっかりと生きていました。

人は、死ぬ時に死ぬ。
そしてそれはまた、「その時にかなって美しい」。
そう思えるように、早くなりたいと思います。

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