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2013/10/21

■節子への挽歌2241:相談相手

節子
相変わらずいろいろな相談が舞い込んできます。
今は私自身が相談に乗ってほしいような状況ですが、そう言ってもいられません。
だれも、生きていれば、いろんな問題にぶつかります。
気楽に相談できる人がいれば、ほとんどの問題は解決します。
しかし、そう簡単に気楽に相談できる人などいないのです。
それに相談に乗ってもらうと、なんとなく借りの気分も生まれてしまうのです。

夫婦の良さは、問題を共有できるところにあると私は思っていましたが、どうも世間的には必ずしもそうでもないようです。
当然といえば当然ですが、私たち夫婦は、問題をシェアできていたように思います。
それを一度体験してしまうと、実に生きやすくなりますが、それはたぶん一緒に暮らす時間の長さだけではなく、最初のボタンのかけ方に影響されるような気がします。
私たち夫婦は、少なくとも私は、自分の歴史をほとんど捨てることによって、ゼロから同棲を始めたのです。
したがって問題をシェアせざるを得なかったのです。
しかし、そうした私の勝手な思い込みに、当初、節子はかなり苦労したことでしょう。
節子が、それを自分のものにしてくれたのは、私が会社を辞めてからかもしれません。

いずれにしろ、私には節子という強い相談相手がいました。
だからどんな場合も前に進めたのです。
相談に応えるということは、解決策を出すことではありません。
問題をシェアすることだろうと私は思っています。

さて、いろんな人からメールや電話、あるいは湯島にやってきての話を通して、相談があります。
と言っても、何も明確な回答を求める相談とは限りません。
いわばちょっと愚痴をこぼすだけのこともあります。
しかし、その愚痴をシェアすることも、相談に乗るということです。
そう考えると毎日、たくさんの相談を受けていることになります。
今日も数件の相談がありました。
解決策は出さないまでも、アクションを起こさなければいけないことも少なくありません。
今日も4人の人に、メールでお願いごとをしましたが、自分のことでないことでお願いごとをするのは結構難しいのです。
気もつかいます。

しかし、自分の問題を考えているよりも、誰かの問題に関わるアクションを起こしている時のほうが、なぜか幸せです。
みんなが相談してきてくれるのは、私を幸せにしてくれるためかもしれません。
そういえば、節子は以前、そんなことを言っていたような気がします。
誰かの問題を考えているほうが楽しそうね、と。

しかし、もうそう言って私を元気づけてくれる節子はいないのです。
そのせいか、時々、なんで私はこんなことをやっているのだろうと思うことがあります。
節子なら即座に言うでしょう。
あなたが好きでやっているのでしょう、と。
当時はそう思っていましたが、本当にそうなのか。
最近少し疑問に思い出しています。

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