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2013年11月

2013/11/29

■節子への挽歌2279:箱根

節子
箱根の小涌園に来ています。
箱根ホテルで恒例の経営道フォーラムの合宿です。
毎年、ここには数回来ていますが、芦ノ湖に上がることはほとんどありません。
箱根をゆっくりと楽しむ気分にはなかなかなれないのです。
それでも最近は節子がいなくなってからの数年とは違って、風景を見る余裕が出てきました。
そういう意味では、時間は心をいやしてくれるのかもしれません。
以前は、時間が癒すなどという言葉に反感さえ感じたものですが。

今日は朝早く家を出たのですが、案内をきちんと読まなかったため、ホテルで2時間も空き時間ができてしまいました。
ロビーで景色を見ながらぼんやりとしています。
寝不足のせいか、眠くなってきます。

それにしても、節子はどうして箱根が好きだったのでしょうか。
よく飽きもせずに、箱根に通いました。
節子がいなくなってから、仕事で私が箱根によく通い出すようになったのは皮肉な話です。

そろそろ私の出番の時間です。
会場に行くことにしましょう。

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2013/11/28

■シリアとタイと日本、どの国が一番、民主的だろうか

最近、テレビを見ていて、思うことがあります。
シリアとタイと日本とで、どの国が一番、民主的と言えるのだろうかということです。
これまでずっと私は日本はとても民主的な国だと思ってきました。
今もかなりそう思ってはいるのですが、タイやシリアで国家政府に対して、果敢に異議申し立てを行っている人たちの様子をみていると、「民主的」とは何だろうかと考えてしまうのです。

日本は民主的な国だから、シリアやタイのような騒ぎを起こさなくてもいいのだとも言えますが、もし民が主権者なのであれば、政府の意向に異論があれば、行動を起こすはずです。
異論があっても政府の決定に従うようであれば、それは「国民主権」とはいえません。
つまり「民主的」ではないのではないか、と思うわけです。

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■節子への挽歌2278:ハンナ・アーレントの愛

節子
先日、「ハンナ・アーレント」の映画を観ました。
ナチのアイヒマン裁判を傍聴したアーレントの記事が大きな騒ぎを起こした話を映画化したものです。
時評編には書いたように、いささか肩すかしの映画でしたが、そこにハイデッガーとアーレントの関係が微妙に埋め込まれていました。
アーレントとハイデッガーは、師弟の関係を超えて、恋愛関係にあったことは有名です。
私にはあまり興味はなく、それと切り離して、アーレントを読んでいましたが、この映画を観て、どうもアーレント理解はハイデッガーとの関係と切り離させないような気がしてきました。
愛は、その人の思想や生き方に深く関わっていることを忘れていました。

この映画にはもう一つ「愛」の話が出てきます。
ユダヤ人の感情を裏切って、アイヒマン裁判を客観的に評価したアーレントに対して、家族のようにアーレントを愛してくれていた友人のユダヤ人から「ユダヤ人を愛していないのか」と問われて、彼女は「一つの民族を愛したことはないわ。私が愛するのは友人よ」と応える場面です。
この発言とハイデッガーとの関係は矛盾して感じますが、アーレントの愛の考え方が伝わってきます。
ハイデッガーとの愛はゾーエの愛、友人に応えた愛はビオスの愛。
そう考えればとても納得できます。

アーレントの処女作は「アウグスティヌスの愛の概念」という博士論文です。
その存在は知っていましたが、まったく興味もなく、読もうなどとは思ってもいませんでした。
この映画を観て、どうもすっきりしないので、なぜか読む気になりました。
書名が示しているように、この本はキリスト教の愛の概念ですから、神への愛がテーマでしょう。
また本書は難解だといわれていますので、私には歯がたたないでしょう。
でも気になった以上は読まないといけません。
それで入手して読み始めました。
ところが最初のページで挫折してしまいました。

愛は本で読むものではありません。
改めてそう思いました。

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2013/11/27

■節子への挽歌2277:家の中の風景の変化

節子
寒くなってきました。
昨年はついにこたつを立てずに、冬を越しましたが、今年はこたつを立てようと思います。
節子がいなくなってからの数年の冬は、和室のこたつに、文字通り引きこもりでした。
何もする気がなく、死んだようにしていた2年間もありました。
昨年の冬は初めて、その和室から抜け出たのですが、もうこたつを立てても大丈夫でしょう。

こたつは、家族を集める働きを持っていると思っていましたが、どうもそうではなくて、節子が家族を集める働きをしていたようです。
一昨年までのこたつは私が独占していました。
あったかな団欒の場所から、寂しい孤独の場所へと、こたつのイメージが変わってしまいました。
一人住まいになると、こたつの意味は変わってしまうようです。

節子がいなくなってからも、家の中の様子はほとんど変わっていません。
しかし、その意味合いは微妙に変化しているように思います。
その典型が、和室であり、食卓です。
わが家の食卓は、節子の強い希望で、円卓なのです。
私には、和室も円卓もどことなくさびしいものになってしまっています。

わが家の短い廊下の側面に、家族のミニギャラリー用の4つの隙間空間があります。
節子やジュンがいた頃は、そこにそれぞれ工夫して何かを飾っていました。
そういうのが好きな節子は、いろいろと季節ごとに工夫していましたが、いまは注意しないとただのもの置き場になってしまい、それもまたさびしさを感じさせます。
節子が、季節ごとに替えていた絵画や額も、今は誰も替えようとはしません。
節子が残していったままに、残しておきたいという、私の無意識な思いを、もしかしたら娘たちも感じているのかもしれません。

室内に飾られているものの記憶は、ほとんどが節子のものです。
そうしたものをつないでいくと、節子の世界が見えてくるのですが、私には背景がわからないものもあります。
物には、その人の歴史や物語があればこそ価値があります。
海に出て行く船の絵がありますが、これは節子が油絵を習っていた時の先生の絵です。
節子には油絵仲間との楽しい思い出が浮かぶでしょうが、私には単なる絵画でしかありません。
和室の床の間には、節子が書いた書が飾られていますが、節子にはその書は仲間や先生との楽しい思い出が詰まっているでしょう。
しかし、私には、さびしい思いしか呼び起こせません。
さびしさの向こうには、たくさんの楽しさがあるはずですが、私にはそこまで届くことができません。
節子の楽しい思い出話を聞くことができないからです。

節子がいれば楽しい時間を実現するものも、節子がいないために寂しさしか呼び起こさないとしたら、同じ風景がまったく違ってしまうわけです。
しかし、それを替える気にはなれません。
だからなかなかさびしさから抜けられないのかもしれません。
困ったものです。

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■だれもかれもニーメラー

これまでも何回か書きましたが、やはりどうしてももう一度、ニーメラーのことを書いておきたいと思います。
ニーメラーの時代と、全く同じ状況が再現されているような気がするからです。

ニーメラーの話はご存知の方も多いと思いますが、ある本からの引用がわかりやすいでしょう。

「ナチスが共産主義者を襲ったとき、自分は少し不安であったが、自分は共産主義者ではなかったので、何も行動に出なかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者ではなかったから何も行動に出なかった。それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人などをどんどん攻撃し、そのたび自分の不安は増したが、なおも行動に出ることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。そこで自分は行動に出たが、そのときはすでに手遅れだった」。(「ルポ戦争協力拒否」184頁)
特定秘密保護法が成立しそうです。
その動きに危惧の念が多くの人から発せられています。
テレビでは、ジャーナリストやコメンテーターなどが、盛んに批判的な意見を繰り返し述べています。
日本ペンクラブの浅田さんも反論を唱えていました。
これほど多くの人が反対しても、法案は着々と成立に向かっています。

しかし、テレビのキャスターやテレビによく出る有名なコメンテーター役の人が、もし本気で危惧しているのであれば、行動を起こすべきでしょう。
そしてテレビを通じて、行動を呼びかけるべきでしょう。
テレビのスタジオで、反論を唱えていてすむだけの危惧だと思っているのでしょうか。
もし本気で、心配なのであれば、行動しなければいけません。
単に言葉で批判するだけであれば、もうやめてほしいです。
「アリバイ工作」のような適度の批判は、動きを加速させる効果も持っているからです。

もちろんそれは私のようなただの市民でも同じことです。
反対ならば、せめてデモには行かなければいけません。
しかし、マスコミを通して世論を呼びかけ、行動を呼びかける立場にある人であれば、立場は全く違います。
オピニオンリーダーは、ただ発言していればいいわけではありません。
ツイッターでつぶやいていればいいわけでもありません。
納得できない動きを止めることが目的であって、動きを批判することが目的ではないでしょう。
もしそうであれば、テレビのなかのぬくぬくした世界から、外に飛び出さなければいけません。
とびだしたらどうなるか。
結果はほぼ見えています。
個人の生活は大きな影響を受け、仕事は続けられなくなるかもしれません。
そこで動けなくなるわけです。
そして「ニーメラー」と同じ後悔の中で死んでいくことになる。

最近のジャーナリストには「覚悟」もなければ、ビジョンもない。
そんな気がしてなりません。
1人くらい行動を起こす、「有名」なジャーナリストがいてほしいと思いますが、「有名」になるとそれが財産になって、みんな守る姿勢になるようです。
「有名」になるのは、その立場を活かして、社会を変えるためなのではないかと思いますが、最近の有名人は、みんな資産家発想になってしまっているようです。

ニーメラーの後悔は、どうも繰り返される運命にあるようです。

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■スリーAゲーム×箸ピーゲームのジョイントサロン

私がささやかに関わっている2つのゲームを組み合わせた、ちょっと長時間のサロンを開催することにしました。
一つは、京都のNPO法人認知症予防ネットが取り組んでいる「スリーA方式認知症予防ゲーム」です。
その効用はいまや関西だけではなく、全国ベースで広がりだしています。
認知症予防が入り口でしたが、私自身はむしろもっと広範囲の効用があると思っています。もう一つの箸ピーゲームは、最近も時々、ここでも紹介しているので、ご存知の方もあるでしょう。

今回は、その2つをつなげてしまうことにしました。
しかもそのつなぎの合間に、それぞれの推進者の高林さんと小宮山さんのミニトークショーをやることにしました。
高林さんからは、先日、紹介した「古代の天皇はなぜ長生きにされたのか」。小宮山さんからは「なぜ、なぜなぜと問い続けないといけないか」が予定の話題です。
詳しい案内は私のホームページに掲載しています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/info1.htm#131217
平日の午後なので、そんな時間にはいけないよと言う人が多いでしょうが、そんな時間だからこその企画です。すみません。

どういう展開になるかは、企画者の私にも確信は持てません。
違うものをつなげることで、何かが生まれてくるという、私の好きな発想に基づく、思いつき企画なのです。
長時間なので、どこかに重点を置いて参加していただければと思います。
ゲームを体験した事のない人も、これを機会にぜひ気楽に遊びに来て下さい。
1回の参加で、これから世界に飛び立とうとしている2つのゲームを体験できます。

○日時:2013年12月17日(火曜日)午後2~6時
    遅れての参加も含めて、途中の出入り自由です。
○場所:湯島コムケアセンター
  http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf○参加費
  500円
○申込先
  comcare@nifty.com

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2013/11/26

■節子への挽歌2276:節子の隣での読書の思い出

節子
最近寝不足が続いています。
夜中に目が覚めてしまうことが多いのです。
眠れないので、本を読み出すこともあります。
寝る前にベッドで読書をするとすぐに眠くなるのですが、真夜中に目覚めた時の読書は眠くなりません。
なぜでしょうか。
それでまあ寝不足が続いているわけです。

そんなこともあるので、最近はベッドの横に書籍が積まれています。
夜中の読書用の本は、いずれも以前読んだ本だけにしています。
昨夜、読んだのは古田武彦さんの「真実の東北王朝」です。
本もおもしろいのですが、最初に読んだ頃のことを思い出せるのも、もう一つの効用です。

東北は、いつか節子とゆっくりと出かけるところでしたが、結局、バスツアー旅行しか行けませんでした。
節子は三陸海岸に行きたいとずっと言っていましたが、私は十三湖が希望でした。
結局、そのいずれにも行かず、秋田の角館とか弘前にしか行けずに終わってしまいました。
悔いが残ります。

「真実の東北王朝」は、真偽が問われている古代史の書「東日流外三郡誌」をテーマにした作品です。
「東日流」は「つがる」と読みます。
そこに十三湖が出てきます。
私にとっては、とても夢のふくらむ本なのです。
しかし、現実派の節子は、そうした古代の夢にはあまり関心を持ちませんでした。
私は「見えない風景」が好きですが、節子は「見える風景」がすきだったのです。
エジプトに行った時も、私には古代エジプトの華やかさが見えましたが、節子からはただ泥の塊じゃないのと言われてしまいました。
まったく困ったものです。

「真実の東北王朝」は、節子がいなくなったせいか、以前読んだ時よりも面白かったです。
読了していませんが、また今夜も夜中に目が覚めたら、読もうと思います。
寝不足はもうしばらく続きそうです。

しかし、書いていて思い出しましたが、節子が元気だった頃も時々、真夜中に本を読んでいたことがありました。
節子に、迷惑ではないかと訊いたら、隣で本を読んでいると安心して眠れると言ってくれました。
寝ている節子の隣で本を読む幸せは、もう体験することはありません。
あれは至福の時間でした。

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■映画『ハンナ・アーレント』を観ました

岩波ホールで上映している映画『ハンナ・アーレント』を観ました。
http://www.cetera.co.jp/h_arendt/日本でも人気のある政治思想家ハンナ・アーレントを題材にした映画です。
満席でした。ホールの人に聞いたら、連日、満席だそうです。
若い人もいましたが、多くは私と同世代の、しかも女性たちでした。

この作品は、私の周辺でも話題になっていますので、少なからず期待していました。
結果は完全な「肩透かし」でした。
もちろん駄作などとは言いませんし、感動しなかったとも言いません。
終わった時に、え!これで終わりはないだろうと思ったのです。
つまり、メッセージが感じられない映画でした。

話は、アーレントがアイヒマン裁判傍聴記を発表した頃に焦点を当てています。
アーレントの記事が、ユダヤ人の反感を買い、彼女は2回目の生活破壊に直面します。
しかし、それに屈することなく、彼女は最後の講義をします。
この講義は迫力があります。
アーレント役のバルバラ・スコヴァの熱演がすばらしい。
涙が出ました。

しかし、その講義を聴いたユダヤ人の友人は、アーレントに共感せずに、去っていきます。
そこで、映画は終わってしまいます。
問題は、そこからだろうと、私は思うのですが。
もっともアーレント自身、実はそこから先にあまり行けていなかったのかもしれません。
私自身の不勉強のせいかもしれませんが、どうもアーレント自身の思索そのものも、知れば知るほどに、「肩すかし」を感じるようになっています。
それはアーレント自身の「思考」に関する論考を私が学んでいないからかもしれません。
この映画では、アーレントに「思考の精神」を与えたハイデッガーが登場します。
ハイデッガーにまつわる2つのエピソードは、私にはノイズに感じ、ますますハイデッガー嫌いになりましたが、もしかしたらこの2つの挿話は深い意味を持っているのかもしれません。
そこまで読み取れなかったために、私は「肩すかし」をくらったのかもしれません。

映画の最後は文字で「根源的な悪」がアーレントのテーマだったと映像に出てきます。
映画の途中で、アーレントは「正義」という言葉も口にしますが、正義と根源的な悪は私には通底する概念ですが、そのあたりをもっと掘り下げてほしかったです。
というような意味では、アーレントの思想はこの映画からはほとんど伝わってきません。
むしろ反ユダヤ的な感じ(アーレントが反ユダヤ的という意味ではなく、映画の意図が反ユダヤ的という意味です)が残ってしまう映画でした。
それはアーレントの意図ではないだろうに、と私は思います。

アーレントは家族のようにしていた友人から、「ユダヤ人を愛していないのか」と問われて、彼女は「一つの民族を愛したことはないわ。私が愛するのは友人よ」と応えます。
この言葉には感動しましたが、映画でのその後のアーレントの行動は、さらに友人を裏切ってしまうのです。
映画のシナリオや構成としては、いかがなものかと思います。

アーレントにとって「愛」とは何か。
それもまた、この映画のテーマの一つかもしれません。
ただこの映画からは、思わせぶりなシーンやセリフはあっても、明確なメッセージは伝わってきません。
アーレントの処女作である「アウグスチヌスにおける愛の概念」を読んでみようと思います。
たぶんまったく面白くはないでしょう。
なぜなら、それを書いたのは、アーレントがまだ1回目の生活破綻、つまり強制収容所を体験していない時だからです。
アーレントは、最初の生活破壊で、思考を実践したのだろうと私は思っています。

これからアーレントの名前を聞くと必ずバルバラ・スコヴァのアーレントが出てきて、私の思考を邪魔するでしょう。
困ったものです。

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■常識を問い直す7:経済成長は生活を豊かにはしない

経済成長と生活の豊かさはどうつながるでしょうか。
多くの人は比例関係にあると考えているように思います。
しかし、そうでしょうか。
たしかに、ある状況においては、それは比例関係にあります。
昭和20年代から50年代にかけての日本はそうだった人が多かったでしょう。
しかし、それがずっと続くとは限りません。

経済成長の恩恵を受ける人もいれば、経済成長の犠牲になる人もいます。
そのどちらに身を置いて考えるかで、関係は大きく変わってきます。
基本的に「経済」は「富の移転」です。
自然から人間へ、あるいはある人からある人へ、という資源配分の組み替えです。
時に、双方向の移転隣、新しい価値が創出されることもありますが、それでも視野を広げて考えれば「移転」でしかないでしょう。

その移転によって、豊かさを得る人もいれば、貧しくなる人もいる。
さらに、その活動によっても、豊かになる人も貧しくなる人もいます。
それも、そうしたことを考える基準(金銭はそのひとつですが、一番大きなのは個人の価値観)によって、豊かさや貧しさは変わってきます。
そこに問題の難しさがあります。

経済成長の基本は、「市場化」によって、金銭が媒介する分野が拡大することです。
それが難しくなると、いわゆる「ゼロサムゲーム」になり、格差の拡大が経済成長を支えることになります。
世界経済は、アフリカという最後のフロンティアを市場化すればもう成長はないと、エコノミストは言っています。
日本では「民営化」「や「社会化」ということばで、市場化が進められていますが、それで私たちの生活が豊かになったとは思えません。

経済には2種類あります。
資本の視座を置く経済と生活に視座を置く経済です。
経済は「経世済民」という言葉から生まれていますが、「経世」に重点を置くか、「済民」に重点を置くかで変わってきます。

サブシステンス経済という考え方は、生活に視座を置いていますし、エコノミーの語源である、古代ギリシアのオイコノミスも生活視点です。
しかし、昨今の経済成長を支える経済は、生活の視点はありません。
成長を支えるのは、ある意味での収奪です。
一時期、よく言われた「勝ち組み・負け組み」という言葉が、それを象徴しています。
そこに気づけば、安直に経済成長を歓迎は出来ません。

私が望むのは、経済成長ではなく、平安な生活です。
みなさんはどちらでしょうか。
もっとも、経済成長と縁を切るのは、それなりに勇気がいります。
私は、それを決意して25年経ちますが、今も未練が断ち切れていません。

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2013/11/25

■節子への挽歌2275:加齢の停止

節子
久しぶりに高須夫妻と食事をしました。
高須さんたちは、私たちが最初に仲人をさせてもらった夫婦です。
最近は高須さんも海外での仕事になったので、なかなか会う機会がありません。

高須さんの上のお嬢さんはもう中学3年生です。
まわりの人たちはどんどん歳をとっています。
もちろん私自身もそうなのですが、伴侶がいないせいか、なかなか自分を相対化できません。
伴侶である節子が歳とっていくのをこの目で見ていれば、自分の歳も実感できますが、それがないせいか、どうも自分が歳をとっているのが実感できないのです。
毎朝、顔を洗う時に鏡に映る自分は見ていますが、不思議なもので鏡に映る自分からは歳を感じません。
写真になるとわかるのですが、写真はこの頃、あまり撮りませんし、撮っても見ません。
ですから私自身の老いは、なかなか実感できないでいます。
「老人」であるという認識はあるのですが、実感はありません。
実に困ったものです。

もし今、節子がいたら、どんな感じになっているでしょうか。
想像も出来ません。
私の世界の中での節子もまた、歳をとるのをやめています。
6年前、私たちは2人とも歳をとるのをやめてしまったわけです。
歳をとらずに生きていくことは、浦島太郎のように、ある時に突如、一挙に歳をとることになるのでしょう。
それもまた困ったものです。

やはり伴侶と一緒に、自然に歳をとりたかったものです。

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■常識を問い直す6:仕事の意味

土曜日の朝日新聞に、見覚えのある人の写真が大きく出ていました。
大阪府豊中市市民協働部の西岡正次さんです。
まちづくり活動の分野から就労支援活動に取り組んでいる人です。
いくつかの活動を見聞させてもらっていますが、その取り組み姿勢には確かさを感じます。

大きなインタビュー記事を読んでいて、次の発言に出会いました。

「生活保護受給者も参加する交流会でのことです。一人が『実は働くことになって』と言うと、みんなが『ええなあ』『税金、払えるやん!』と、すごい反応でした。受給者に『怠けてるんじゃないのか』といったイメージを持つ人はいるかもしれません。でも、福祉サービスを受けていても、自分で働いて収入を得たいと思っている方は多いのです」
よく聞く話ですが、西岡さんの言葉からは現場の生の声を感じます。
そういえば、もう25年近く前になりますが、大分のオムロンの太陽の家の工場を見に行った時、聞いた話があります。
そこは障害を持つ人たちが中心の工場でしたが、税金の源泉控除がかかれた給与明細書を宝のようにして持っている人の話を聞きました。

税金はともかく、この西岡さんの話は「働くこと」の意味を考えさせられます。
先日書いた「ワークライフバランス」の話にも通じますが、もう一度、「働く」ということの意味を問い直したいと思います。

「スモールイズビューティフル」で話題になったシューマッハーは、「人生の中心に据えられているのは仕事である」と書いています。
そして、仕事の目的として、生活に必要な財やサービスを得ることに加えて、他人と協力しながら行動して、自己中心主義から自らを解放することをあげています。
このブログでは何回も書いていますが、仕事はお金をもらう活動ではなく、人と触れ合う活動、あるいは社会の中での自らの役割を確認する活動です。
仕事の最大の意味は、対価をもらえることではなく、人とつながり、社会とつながることにあるのではないかと思います。

そうした視点で、仕事を問い直す必要があります。
A.カミユは、「労働のない人生はすべて腐敗するが、労働に魂が入っていなければ、人生は窒息し、息絶えてしまう」と書いているそうです。
仕事は、人を育てもすれば、壊しもするようです。
仕事を「お金」だけで考えるのは、避けたいと思います。

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■放射線汚染の除染実験の報告その3

放射線汚染の除染実験の報告その3です。

田中さんは、もし土壌改良材「パワーパーク」に土壌から放射線物質を除去する効果があるのであれば、まずは保管されている汚染土壌にパワーパークを浸透させ除染を行い、最終目標として、汚染地域の森林や平地に上空からパワーパーク液を散布し除染を行うことを提案しています。
最初のバッチ処理は短時間で効果が出ますが、空中散布は効果が出るまでは時間がかかります。

この提案に対しては、いろいろと質問や疑問が出ました。
土壌は除染されても汚染液が残ります。それをどうするのか。
空中散布したら、地下水に汚染水が入り込んでしまい、汚染が拡散されるのではないか。

これに対する田中さんの考えは明確です。
汚染液の処理に関しては、別の技術開発を考えればいい。
今回の課題は「土壌の除染」。
土壌の除染が必要なのであれば、まずはその方策を考えて実践すべきではないか。
効果を高めるために加熱を200℃にすれば、沸騰して汚染物質が気化して空中に出るかもしれないが、それもまた柏崎原発で話題になっているようなフィルターで処理する技術に任せればいいと言うのです。
つまり、できない理由を探して拒否するのではなく、パワーパークの効用を活かせるところで活かしていこうと言うのです。
現場の人の実践的な発想です。

地下水の問題は放置しておいても同じことが起こります。
空中散布による広域土壌除染は、あくまでも土壌の除染なのです。
まずは表面土壌から除染し、そこで暮らしていける状況をつくりだす。
それが緊急課題ではないか。
もしそうなら早急にそれを行うべきではないか、というのが田中さんの考えです。

もちろん費用対効果の面で実行できないということはありますが、田中さんはもし実践に進むようであれば、自社の技術は開示すると言っています。
いま必要なのは、汚染土壌の除染ではないか、効果があるものがあれば、それを活用するという発想で取組むべきではないか。
そういう思いで、自費でさまざまな活動をしているのです。

私はこの姿勢に共感しているわけです。

今回の実験に参加してくれたお一人から協力の申し出がありました。
その人も含めて、もう少し先に進もうと思います。
実験の場を持ってよかったです。

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2013/11/24

■節子への挽歌2274:引接結縁の楽

極楽往生に関するガイダンスともいうべき「往生要集」を書いた恵心僧都源信は、生きた人間の生のなかに、地獄や餓鬼を見ていたといわれています。
おそらく、そこに極楽世界をも見ていたのでしょう。

浄土宗につながっていく「往生要集」には、極楽浄土での生活の様子も描かれています。
そのひとつに、「引接結縁の楽」というのがあるそうです。
極楽では、縁のある人々を自在に連れて来られるのだそうです。
現世ではなかなか思うようにならなくても、極楽浄土では、だれでも思いのままになるというわけです。
いささか理屈っぽい言い方をすれば、極楽(彼岸)では時空間がたたみこまれており、すべてが量子力学の世界のように自由自在に存在しているがゆえに、それが可能になるのかもしれません。
問題は、此岸にいる人までも連れて行けるのかどうかです。

昔から、「神に愛でされたものは早世する」といわれますが、これもまた神が連れ出す結果かもしれません。
愛する人に先立たれた人が、後を追うように亡くなることがありますが、それもまたこうしたことの一つかもしれません。
私の場合、いまだ節子には呼び出されていないようですが、時々、彼岸にいるような気がすることがありますので、もしかしたら気づかないうちに彼岸との往来をしているのかもしれません。

とまあ、今日はおかしなことを書き出してしまいましたが、ふと目についた「往生要集」の解説書をぱらぱらと読んでいたのです。
そこに仏の観察法が書かれていました。
実際には仏像のイコノグラフィーのような解説です。
そこに「上品上生」と言う文字が目に入りました。
極楽往生を願う人たちには9種類(上品上生から下品下生まで)存在するとされ、仏たちもまたそのそれぞれに応ずる形で、印を結んでいるようです。
私にはこれがなかなか理解できずに、節子と会った頃、仏像の前でよくこの話をしたことを思い出しました。

最近は仏に会いに行く機会も減りました。
仏を語ることは、もっと減りました。

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■節子への挽歌2273:今の生き方はこれまでの生き方の結果

節子
連日、秋晴日和がつづいています。
青空の下では気分が明るくなります。
時間の合間を見て、畑にも時々行くようになりました。
まだ何も植えていないので収穫はありませんが、
来年は栽培を再開したいと思います。

敦賀から野菜がどっさり届きました。
そういえば、先日は岐阜の佐々木さんが柿をどっさり送ってきてくれました。
昨日は神戸の田中さんが、元気が出る水を送ってきてくれました。
わが家の生活は、こうしてみなさんから支えられているわけです。
経済的に貧しいと、生活は豊かになると、誰かが書いていたような気がしますが、私の場合、いずれも中途半端ではあるものの、いずれからも豊かさを享受させてもらっています。
しかし、豊かさや幸せは、定義が難しいですが、そう思えば良いだけの話かもしれません。

今の生き方は、これまでの生き方の結果であると、つくづく実感します。
今の私の生活を支えているのは、節子と一緒に暮らした40年間が大きな影響を与えているわけです。
そういう意味では、いまもなお、節子と一緒に暮らしているともいえるわけです。
まあ、苦労しているのは私だけですが。

昨日、お墓参りにも行ってきました。
お墓の周りに、節子が植えておいた小菊が満開でした。

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2013/11/23

■放射線汚染の除染実験の報告その2

放射性汚染で野菜を作れなくなっていた、わが家の農園に行ってきました。
山のような枯れ草の整理です。

さて、前項の続きです。
実験結果の評価方法は次の通りです。
「パワーパーク」液を加えて暖め続けた土壌を、液体と土壌に分離します。
本来はきちんと分けるべきですが、今回は単に布で水をこして、分離させました。
それによって、3つのものができます。
「最初の土壌(A)」「処理された土壌(B)」「処理後の液体(C)」です。
この3つの放射能濃度を測定するのです。

田中さんの方法は次のやり方です。
その3つのセットを2つつくります。
そして、一つは実験に協力してくれたところ〈今回は我孫子市役所です〉、もう一つは自分で持ち帰り、正式の検査機関で評価してもらいます。
できれば、国家が定める評価基準で測定していきたいからです。
ちなみに、正式の測定を公的機関に頼むと、1試料2万円以上かかるそうです。

今回は、協力者の我孫子市はクリーンセンターに測定器がありましたので、終了後、それで測定してもらいました。
試料の量が今回は少ないので、正確な評価は難しかったのですが、要は変化するかどうかが、今回のポイントです。

結果はこうなりました。
A:最初の土壌   3500ベクレル/kg
B:処理後の土壌  2750ベクレル
C:処理後の液体  1370ベクレル

今回は実際にはAに関しては、改めて測定しませんでしたので、ちょっと簡便法です。
BとCを合計すると4100ベクレルと言うことになりますので、おそらく最初の土壌の汚染濃度は3500ではなく4100以上だったと思われます。
それはともかく、この結果から言えることは、土壌の放射性物質の30%が液体に溶融したということです。
ちなみに、パワーパーク液は特別の化学物質が入っているわけではありません。
土壌改良材としての安全性が認められている液体です。

この数値では少しインパクトにかけるかもしれません。
私自身、もう少し溶融するだろうと思っていました。
しかし、今回の実験は、温度も100℃以内に収め、時間も短く、まさに手づくり実験でした。
条件を整えて、たとえば、200℃で熱すれば、効果はかなり変わります。
Bの処理後の土壌も、たんに布で絞っただけですから、かなりの液体が含まれたままでした。

判明したことのポイントは、パワーパーク液には放射性物質を溶出させる効果があるということです。
田中さんが、かなり条件をそろえて公的機関で実験した時は、9割の溶出に成功しているそうです。

この結果をどう受け止めたか。
昨日の参加者はそれぞれでしたが、私は納得しました。
問題は、このことをどう活かしていけるかです。
昨日の参加者で前向きに受け止めた人は、私と田中さん以外では石井さんだけだったかもしれません。
みなさんはどう受け止めるでしょうか。

もう一度だけ、今日か明日、報告を続けます。

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■常識を問い直す 番外編2:放射線汚染の除染実験の報告その1

以前ここでもご案内していましたが、我孫子のクリーンセンターで、道路側溝汚泥の放射線除染実験を開催しました。
市役所からも4人の方が参加してくれたほか、私の声掛けに応じて、5人の方が参加してくれました。
それぞれに社会発信力のあるみなさんです。

3500ベクレルほどの放射線量をもつ汚泥が実験材料です。
実験と言っても、極めて簡単なもので、実験者の田中さん(神戸から来てくれました)にいわせれば、中学校の理科実験のレベルで、すべてを田中さんがやってくれました。
除染実験というので、かなりの大掛かりのことを予想していた方もいましたが、あまりに簡単なので気が抜けたかもしれません。

実験はこういう方法です。
まず汚染土壌をビーカーに入れ、そこに田中さんが以前開発した土壌改良材「パワーパーク」液を加え、それを100℃近くのお湯の中で2時間、暖めます。
それだけの話なのです。
すべてをみなさんの前で行い、2時間後に試料の土壌からどれだけの放射線量が低下したかを測定します。
みんなの目の前で、温めながら、田中さんの説明と質疑応答でした。
参加者は、たぶん拍子抜けしただろうと思います。
実は私も拍子抜けてしまいました。
しかし、物事はシンプルであるほど、真実が見えてくるものです。

田中さんは、自分で確かめたことだけをベースに説明しますが、それがなぜそうなったのかは一切説明しません。
別に隠しているわけではなく、わからないからです。
そこが、私のほれ込んだところです。
わかったような気になることほど、物事を見えなくしてしまうことはありません。
田中さんは、「知識」的な理屈には呪縛されないのです。
知識は実際にやってみてしか納得しないのです。

しかし、その底にある信念は明確です。
元素は変化するという信念です。
水素から生まれたセシウムならば水素に還ってもおかしくないという極めて単純な信念です。
仮に戻らないとしても、最初から戻らないと決め付ける必要もない。
机上の余計な知識が、私たちを呪縛していると考えているのです。

そうした田中さんの発想と参加者の発想は極めて対比的です。
田中さんが体験的に発見した、「パワーパーク」液が汚染土壌からセシウムを溶融させるということを前提に、ではどうしたらその発見を活かせるかという発想をする人はほとんどいません。
まずはきちんとした「効果データ」がないとみんな動かないという意見もありましたが、科学が測定する事ができる範囲などたかが知れています。
目の前で効果があると確認できれば、それを信ずれば良いだけの話ですが、誰か権威のお墨付きがなければ認めないというのは、現場で活動していない人の言い訳でしかありません。
それにしても、みんなどうして、そういう、だれかがつくった「エビデンス」に依存するようになってしまったのでしょうか。
自分の心身で生きてほしいものです。

また水に溶かしても、その後、その水をどうするのかという質問が必ず出ますが、それはまた別の問題として考えればいいわけですが、そういう発想もまた多くの人はしません。
まずは拒否する、そして受け容れない理由を探す、という姿勢がこれほどまでに強くなってしまった社会には未来はないでしょう。
一挙に除染問題が解決するはずもなく、まずは素朴な発見を活かせば良いのです。
これはすべてのことに言えることです。

ともかくみんなと田中さんとのやりとりから、私はたくさんのことを気づかせてもらいました。
終わった後、松戸から参加してくれた石井さんが、田中さんとの参加者のやりとりが面白かったといってくれました。
石井さんは田中さんの活動を応援できないかと、考えてくれたようです。
そうでなければいけません。
石井さんは、楽しんだようですが、私は田中さんの世界と参加者の世界をどうつなげるかで、疲れきってしまいました。

さて実験結果はどうだったか。
それは午後に書き込みます。
あまりに天気が良いので、ちょっと畑仕事に行ってきますので、それから戻ってからになりますが。

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■常識を問い直す5:代議制民主主義における「代表」の意味

世論調査によれば、まもなく成立するといわれている特定秘密保護法に関して、半数を超える人が反対しているそうです。
消費税増税も原発再稼動も、多くの世論調査によれば半数以上の人が反対でした。
しかし、国民を「代表」する議員から構成される国会では、賛成者が過半を占め、法案は成立していきます。
こうした現実を踏まえれば、「代表」とは、いったい誰を(何を)代表しているのかを、考え直す必要があります。

カール・シュミットは「代表制の特徴はまさにこの「民主制」のなかに非民主主義的な要素を導き入れる」と言っています。
ネグリとハートも、「コモンウェルス」のなかで、「代表という行為は、アイデンティティの構築において諸々の特異性を侵蝕し、均質化する」ことを指摘しています。
私が20年前に関わっていたリンカーンクラブでは代議制民主主義は民主主義に非ずという考えが根底にありました。
民主主義と民主制政治とは、私にとっては、似て非なるものです。

代表制という仕組みは、異質な多様性を大数的に束ね、特定の存在に代表性を付与する仕組みです。
新たな「代表」が生み出された途端に、「代表されるもの」と「代表するもの」は切り離され、代表の「生きた」関係は消えてしまいますが、その残存効果が「代表されるもの」の意識に作用するとともに、「代表するもの」が「代表されるもの」に能動的に働きかけ、代表のベクトルが逆転します。
つまり、「代表」という仕組みは、異質なものの連続性を「擬装」する手段ともいえます。
あるいは、多様性を縮減するために均質化を促す手段ともいえます。

それが悪いわけではなく、それは一種の「生きていくための知恵」と言っていいでしょう。
しかし、その仕組みによって選ばれた「代表」は、選んだ人を代表しているのではなく、「代表する権限」を与えられたということです、
お互いに、そこをしっかりと認識しておかないといけません。
したがって、代表する人は、代表される人たちへの説明責任を果たすとともに、その意向を常に把握していかねばなりません。
また代表される人は、代表する人の動きをきちんと把握し、自らの思うところと違う方向の場合は異を唱えていかなければいけません。
現代の代議制には、そのいずれの仕組みもつくられておらず、選挙だけが民意を実効的に発動できる機会なのです。
でもなんとなく、自分たちが選んだ議員なのだから仕方がないという思い込みがちです。
つまり、代表制は代表される側の多様な考えを封じ込める作用があるわけです。

ちなみに、昨今、話題になっている「ガバナンス」という発想は、そうした状況を踏まえての議論ですが、それは両刃の剣でもあります。
その視点で考えると、「代表」もまた違って見えてくるように思います。

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2013/11/21

■節子への挽歌2272:彼岸は残された人の心身の中にある

節子
朝起きて、リビングに行くと、そこに節子の気配を感じます。
チビ太の気配を感ずることもあります。
そこには、節子とチビ太がいて、朝になって、私が起きてくるのを待っているのかもしれません。

気配を感ずると声をかける。
声をかけると気配を感ずる。
相手が彼岸にいようと、その関係性には変わりはないようです。
彼岸は、もしかしたら此岸に残された人の心身の中にあるのかもしれません。
その気になれば、人はいつでも、彼岸と交流できるのです。
そう思うと、少し心はなごみます。

一人になると、ふと、節子を思い出します。
思い出すと、そこに節子の気配を感じます。
過剰に思い出すと辛くなるので、適度に思い出すようにしていますが、思い出すと気配が感じられるのは、ある意味での支え合いになります。
そうして、人は先に逝った人たちに支えられているのかもしれません。
彼岸は、自分の中にある。
この頃、そんな気が強くしています。

今日の東京の空はとてもきれいです。

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■常識を問い直す4:知的所有権には納得できません

知的所有権という概念があります。
平たく言えば、表現、アイデア、技術などに関する独占使用権です。
物質に対する所有権は、他者が同時に使用することが難しいので、排他性を持っていますが、アイデアや表現は複数の人が同時に使うことが可能です。
ですから、それに排他性を与えるには制度が必要になります。
特許や著作権、商標権などがその代表です。
以前の中国は、そうしたことを無視して、勝手に類似品を作ってしまうと評判がよくありませんでした。
知的所有権を理解できない私には、何が問題なのかよくわかりませんでした。
しかし、知的所有権という概念は「常識」であって、中国のやり方は非常識な許されない行為なのでしょう。

知的所有権は、歴史的にも、古代からずっと守られてきたようですから、私の常識がおかしいのかもしれません。
しかし、私にはこの概念がどうしても納得できないのです。
知はみんなのものだろうと思うからです。
知の発見者も、できるだけ多くの人に使ってほしいのではないかと思ったりします。
それでこそ、知が活かされるはずだからです。

これは私だけの考えではありません。
アメリカの法学者ヨハイ・ペンクラーは、「われわれが開かれたコモンズとして統御するもっとも重要なリソース(それ抜きには人間という存在を考えることができないもの)は、20世紀より前のすべての知識と文化、20世紀前半の科学的知識の大部分、そして現代の科学と学術研究の大部分である」と書いているそうです。

知的所有権を財産権として認めなければ、新しい技術や作品を生み出すモチベーションが高まらないと、よく言われます。
そうでしょうか。
開発者や創造者は、お金のために取り組んでいるのでしょうか。
お金のためを考えているのは、そうした人たちを使って、利益をあげようとしている人たちなのではないでしょうか。
つまり、知的所有権制度で利益を上げているのは、創作者というよりも、それを独占して、利益を貪る人たちです。

知的成果が独占されるとどうなるか。
以前問題になりましたが、アフリカでの子ども死亡率が高まるようなことが起こるのです。
せっかく、問題を解決する方法があるのに、知的所有権の壁の前で、使えないことが少なくないのです。

ネグリとハートの「コモンウェルス」にはこう書かれています。

情報経済と知識生産の領域では、〈共〉の自由が生産に不可欠であるのは明らかだ。ネットワーク環境での〈共〉へのアクセスは、創造性と成長に欠かせない重要なものである。知的所有権による知識やコードの私有化は〈共〉の自由を破壊し、生産や革新を妨げる。
つまり、知的所有権の制度は、知的創造活動にとっては邪魔な存在だと言うのです。
全く同感です。
最近、産業界ではイノベーションという言葉がまた使われだしていますが、その一方で、技術や知識の囲い込みが進んでいます。
大企業の技術者たちの開かれたプラットフォームを作りたいと思って試みたこともありますが、技術者自体が閉じられた会社装置から出られずにいます。
それではイノベーションなど起こるはずもないでしょう。
イノベーションは、異質な出会いからしか生まれません。

このシリーズを書く気になった「公と共」にも繋がる話なのですが、ネグリたちは、「公」は「共へのアクセスを規制する存在」であると言い切っています。
本来、知識や文化は「共」の世界の財産なのです。
それを独占しようとするのが、近代経済の基本、つまり「市場化」です。
市場化するためには、所有者を特定し、金銭尺度の価値づけをしなくてはいけないのです。
それが、知的所有権制度だろうと思います。
だから私は、知的所有権が納得できません。
知的成果は人類すべてに還元されるべきです。
つまり知的財産は、人類すべてのものなのです。
それはそうでしょう。
知的財産は、個人が創りだしたわけではなく、これまでの人類の歴史の中で培われた、知の集積の上に実現しているのです。

もちろん、知的所有権制度をなくしたら、いろいろと不都合が起こるかもしれません。
でも中国で商標権もないのに、ミッキーマウスが模造されて、誰が困るのでしょうか。
偽ブランド品が横行して、何か不都合があるでしょうか。
幸いに、私には全く不都合がありません。
商標権を持っている会社や人は、利益が損なわれるかもしれません。
でも汗もかかずに、商標権だけで利益をあげることが、ほんとうに幸せなのでしょうか。
最近は何かと「資格」とか「検定」とか言って、知的所有権で不労所得を得ている人が増えていますが、そういう風潮に私は大きな危惧を感じています。

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2013/11/20

■常識を問い直す 番外編:公的年金基金も運用の対象

テレビニュースを見て、驚いたので、番外編を書きます。

お金は運用して利益をあげるもの、と言うのは、昨今の「常識」なのでしょうか。
お金がお金を増やしていく仕組みが、社会を壊している一因ではないかと考えている私としては、その常識はだれかがみんなを洗脳してつくりあげたものではないかと思っています。
「運用」が「無駄にしない」というような意味であれば、問題ありませんが、最近の状況で「運用」といえば、「より高い利回りを目指す」という意味でしょう。
リターンの大きさは、言うまでもなくリスクの大きさに比例します。
自分のお金であれば、リスクをとってもいいでしょう。
しかし、他者のお金となれば、話は違うはずです。

公的年金の改革を議論している政府の有識者会議の最終報告書が発表されました。
なんと、公的年金に対し運用対象を広げることが提案されているそうです。
これには唖然としました。
つい最近も、ハイリターンを追い求めて、大きな損失を出した年金基金が話題になっていましたから、当然、反対方向の提案をイメージしていたからです。
気になって調べたら、委員には金融関係者が多いことが分かりました。
ここでも「お金儲け」が出発点になっているのでしょうか。
おぞましい時代です。

支え合うためのお金が、誰かが儲けるためのお金に転用されるわけです。
お金は高利回りで運用しなければいけない、とか、お金は利子を生むものだ、などという「常識」はそろそろ捨てたほうがいいように思います。
お金にも「減価」という概念を与えたゲゼル経済学というのもあります。
人をつなぎ、生活を支援する地域通貨のほとんども、減価の発想を取り入れています。

少なくとも、公的年金基金をリスクにさらすなど、狂気の沙汰としか言いようがありません。
有識者とは、一体何なのでしょうか。
有識者は「見識のある人」と言う「常識」も捨てましょう。
常識を捨てると、ほんとうにいろんなことが見えてくるものです。

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■節子への挽歌2271:畑でのひと休み

節子
今日は雲ひとつない秋晴です。
午前中に時間が出来たので、畑に行ってきました。
先日、斎藤さんと桜井さんがわざわざやってきてくれて刈ってくださった草が山になっています。
燃すわけにはいかないので、土に穴を掘って埋めることにしました。
ところが、この畑はもともと農地ではない山林だったので、いろんな植物の根が張っていて、なかなか掘れません。
それに一人でやっていると、私の場合、すぐに飽きてしまうのです。
また軽い立ちくらみを感じたので、埋めることは諦め、ゴミで出すことにしてしまいました。
燃やしたらとても良い肥料になるはずですが、残念です。

途中、畑の真ん中に腰をおろして、ひと休みしました。
久しぶりにいい汗をかいた感じです。
地面に腰をおろすと、作業している時とは違った風景が目に入ってきます。
バッタが寒そうに、草の陰に隠れていました。
なぜか季節はずれのモンシロチョウが飛んでいました。
ただ、トンボはまったく見当たりません。
もう季節が終わったのかもしれませんが、今年はトンボが少なかったように思います。

わが家の周辺の自然もこの数年で大きく変わってきています。
10年前には庭の池にゲンゴロウが飛んできたりしていましたが、いまは何も来ません。
私にとって、周辺の風景が変わってきているのは、節子がいなくなったからだけではないようです。
自然そのものも変わってきているのでしょう。

節子が元気だった頃は、私自身も自然と触れ合う時間も多かったですが、最近はあまりありません。
畑に行っても、作業をするだけで、畑との交流はありません。
それでは畑をやる意味がないと節子に言われそうです。
もう少しきちんと生きなければいけないと、ふと思いました。

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■常識を問い直す3:「ボランティア」という言葉に感ずる違和感

私は、「ボランティア」という言葉が好きでしたが、いまはほとんど使わなくなりました。
私の理解では、「ボランティア」は「自発的な志願者」という意味だったはずです。
それがいつの間にか、「お金の対価なしで活動すること」というような意味になってきています。
つまり、金銭的対価を得るか得ないかを区別する言葉になってきてしまっているのです。
本来、金銭報酬とは無縁だったと思うのですが、いつしかこの言葉も、金銭との結びつきを深めてしまったわけです。
言葉には時代の、あるいは社会の文化が色濃く出てきます。

社会活動をしている人が「ボランティアでやっている」と言えば、無料奉仕ですというアピールに聞こえてしまいます。
つまり、私はお金などもらっていませんよと言うわけです。
そうした発想の根底には、活動は基本的に対価を得るものという考えがあるわけです。
だから、お金をもらわないで活動することに、何か価値を感ずるのでしょうか。
なんとなく、そこに「卑しさ」を感じてしまいます。
それで、私は「ボランティア」という言葉が嫌いなのです。

また「ボランティアでやってくれないか」という呼びかけは、無料奉仕してくれないかと言うことでしょう。
ボランティアが自発的なものであるならば、自発性を要求するという、おかしなことになるわけです。
これもやはり発言者の卑しさを感じます。

唯一私が理解できるのは、あの人はボランティアでやっているらしいよ、という表現です。
それは、あの人は頼まれてもいないのに自発的にやってくれているという賞賛の意味が含まれていますので、気持ちよく聞こえます。
また、ボランティアが来てくれたとか、ボランティア活動という表現には違和感はありません。
私が違和感を持つのは、自分のことをボランティアと言い、あるいは、相手にボランティアを要求したりすることだけです。
むしろそういう意味では、大災害の時は別にして、最近は本来的な意味でのボランティアは日常生活の中では減っているかもしれません。
私は、それが気になっています。

昔は(今も使われているかもしれませんが)「有償ボランティア」という言葉がありました。
それはそれで私には馴染めます。
自発的にやっている活動だが、対価をもらっているという意味ですから。
しかし、「有償ならボランティアしてもいいです」とか「有償でボランティアしてくれないか」などという表現になると、私には理解できなくなってしまいます。
それはボランティアではないだろうと思うわけです。

ボランティア活動している人のなかには、私はボランティアでやっているのだからお金をもらうわけにはいきませんと言う人もいます。
これも私には理解し難いのです。
対価と関係なく自発的にやっているのであれば、それに感謝して誰かがお金のお礼をしてくれたら、受け取ることも礼儀だろうと思うからです。
お金を出す行為にも「ボランティア」はあるはずです。
自分のボランティアは主張しながら、相手のボランティアは拒否するのでは、論理が一貫していません。
そういう人は、結局、金銭対価とボランティア活動をつなげて考えているとしか思えません。
それはボランティアとは言うべきではないでしょう。
お金を受け取ることとお金の受け取りを拒否することは、私には同じに思えます。

ボランティアという言葉が、どうも汚されてきているようで、残念です。

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2013/11/19

■節子への挽歌2270:庭のランタナが冬を越せますように

節子
庭に地植えしたランタナが元気です。
しかし、寒さには弱いので、冬には枯れてしまうかもしれません。
カバーをするなり何らかの方策が必要です。

とまあ、これはほんの一例ですが、節子がいなくなってから、新しい仕事が増えました。
もっとも、そのほとんどをさぼっているため、いろいろと問題が発生しているわけですが。
生活環境を維持していくのは、それなりに大変です。
私の快適な生活は、節子によって支えられていたことがよくわかります。
しかし、人には得手不得手がありますから、やはり一人ではなく、何人かで不得手を補い合いながら、得手を活かし合う生き方が望まれます。
ただ、他者との暮らしは、お互いを縛り合うという面もあります。
そこがうまくいかないと、夫婦は破綻し、家族は分解しかねません。
幸いに、私たち夫婦は破綻には向かわずに、活かし合う暮らしができたように思いますが、しかし、本当は節子が負担を少し過多に背負い込んでいたのかもしれません。

花木も、季節によって、それなりに守ってやらなければいけません。
同じように、夫婦もお互いに守り合うことが大切です。
節子がいなくなってから、もう私を守ってくれる存在はいなくなりました。
そんなことを言うと、娘たちや親戚や友人に失礼ですが、やはり伴侶の守る守備範囲は、だれにも肩代わりはできせん。
時に、節子に救いを求めたくなることがありますが、なんとか何回かの冬を乗り越えました。
乗り越えると強くなるものでしょうか。
必ずしもそうとは限りません。

ちょっと気を許すと、大丈夫だと思っていた花木が枯れてしまうこともあります。
この冬はとりわけ寒くなりそうなので、きちんとケアしていこうと思います。
花木や他者へのケアは、実は自らへのケアでもあるのです。
最近、そのことが実感できるようになって来ました。
必ずしも十分に実践しているわけではないのですが。


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■常識を問い直す2:ワークライフバランス

「ワークライフバランス」も違和感のある言葉です。
ワークとライフは同じ次元の言葉ではなく、むしろ「ライフ」から「ワーク」を切り取って、分割してしまったところに、大きな問題があります。
これまでの経済学では、たしかに「労働時間」と「余暇時間」、あるいは「労働時間」と「生活時間」は対比して捉えられていました。
しかし、そういう捉え方は、昨今の経済状況の中ではあまり有効ではありません。
工場での9時~5時労働という働き方は、いまでは決して大勢ではないでしょう、
ワークは、いまや工場からも会社からも飛び出してしまったのです。
ワークとライフは、いまや分割しにくくなっています。
それをネグリとハートは「生政治的労働」と呼んでいます。

私にとって、ライフの中で仕事はとても大きな意味を持っています。
仕事をどう捉えるかによって意味合いが変わってきますが、ディーセントワークという言葉(働きがいのある仕事)が広がりだしているように、昨今では仕事の質が問われだしています。
モンテーニュは、自らの体験から、「仕事なしには、人間は心安らかに日日を送ることはできない」と書いているそうです。
みなさんの周りにも、仕事を引退して、一気に老け込んだ人がいるでしょう。
つまり、仕事は生活の核になっているのです。
クリエーティブなワークをしている人たちは、ワークそのものがライフかもしれませんし。ライフそのものがワークかもしれません。
そして、そうした人が増えていくでしょう。
ライフとワークはバランスをとるようなものではないのです。
それぞれがお互いに支持的に関わりあう概念なのです。

大切なのは、量的バランスではなく、ワークの中身です。
あるいは、「働き方」ではないかと思います。
ワークは嫌なもので、時間が短いほどいいという捉え方があるとしたら、その常識を破らないといけません。
時間を忘れるほど楽しいワークもあるのです。
そして、楽しいワークであればあるほど、ライフは生き生きしてくるのです。
ワークが楽しくなければ、どこかに間違いがあるのです。
そうは言っても、食べていくためには楽しくないワークもしなければいけないと言われるかもしれません。
それを否定するつもりはありませんが、そういう状況が日常化してしまえば、生きることの意味が問われることになりかねません。
これに関しては別途書きたいと思いますが、ここにこそ、問題の本質があるように思います。

ワークライフバランスという言葉が前提にしている状況にこそ、目を向けなければいけません。
あるいは、ワークライフバランスという言葉が、意図している企てに気づかなければいけません。

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■常識を問い直す1:社会貢献という発想の傲慢さ

先日、公共性に関して私見を書きましたが、他にも私の理解し難い言葉がたくさんあります。
たとえば、先日の経営者を対象とした公開フォーラムで盛んに使われていた「社会貢献」という言葉です。
この言葉は、使われだしてから30年近く経ちますが、私はまだ馴染めません。
「社会に貢献する」主体の立ち位置が見えないからです。
ましてや、自分で「社会に貢献する」とか「社会のために」などという人に会うと、ついつい、その目線の高さに違和感を持ってしまいます。
貢献しているかどうかは、相手が決めることです。
「私は良いことをしている」などと言う人がいたら、みなさんはどう思いますか。
私は、それは良かったねと言って、そういう人は敬遠します。
私には、そんな不遜な言葉はとても使えません。

それに「社会」って一体何かがよくわからない。
キリスト教を信奉する白人社会のために、アメリカンネイティブズを殺害し、その社会を壊したような歴史は山のようにあります。
そもそも、近代の戦争はほぼすべて「国家」という社会のために行われています。
会社を倒産させないために社員を解雇するのも、「会社」という社会のための活動です。
解雇されたほうはたまったものではありませんし、社会の捉え方を少し広げれば、「社会のため」が「社会を壊す」ことも少なくないのです。

社会を、自分もそのメンバーの一人である「人のつながり」であると私は考えていますので、自らの活動が、そのつながりをより良いものにするように、常に考えています。
それは「貢献」ではなく、その「社会」を構成しているものとして、当然のことですから。
そして、そのことが、自らの生きやすさや豊かさに繋がってくることを知っているからです。

「社会貢献」という言葉が、こんなに使われる時代には、大きな違和感を持ちます。
企業であれば、「社会貢献活動」などといわずに、「社会活動」でいいでしょう。
そして、その「社会活動」の内容が、その企業が「社会」をどう捉えているかを示唆しているはずです。
ちなみに、CSR(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)には、いうまでもなく「貢献」などという発想は含まれていません。

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■古代天皇の長寿説に関心のある人はいませんか

日本書紀の記載では、古代天皇は極めて長寿だったとされています。
たとえば、初代の神武天皇は、52歳で即位し、在位期間は76年、したがって崩御した時には127歳と言うことになってしまいます。
神武から崇神までの10代まではその実在性も問われていますが、11代以降の天皇もその年齢にはいろいろと疑問があり、以前はよく話題になっていました。
それに関するいろんな解釈や説明もなされていました。
もっとも、最近はそういう話題はあまり聞きませんが。

その問題に果敢に取り組み、2つの仮説で編年を検証した結果、最古代の編年が600年も引き延ばされていることに気づいた人がいます。
いまからもう40年ほど前の話です。
その仮説は、古代史の泰斗である上田正昭さんや三品彰英さんに評価されながらも、ご本人の事情もあって、世に出る機会を失していました。
その方は、今はまったく別のテーマをライフワークにされていて、ご高齢にも関わらず、寝食を犠牲にしてまで、東奔西走されていますが、もう一度、40年前の仮説を誰かに聴いてほしいと思っています。

最近、私はそのことを知りました。
知った以上、見過ごすわけにはいきません。
その人に、話をしてもらう場をつくることにしました。
その人は京都在住ですので、東京に出てきてもらわなければいけません。
となると、私一人でお聞きするのは、申し訳ありません。
それで関心のある方を、少なくとも5人は集めようと考えました。
その研究者とは、現在、認知症予防ネット理事長の高林実結樹さんです。

お話をお聴きしたいという方がいたら、ご連絡ください。
5人の希望者が集まり次第、会を企画します。
よろしくお願いいたします。
連絡先は下記の通りです。
qzy00757@nifty.com

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2013/11/18

■節子への挽歌2269:節子、いろんな人に合いましたね

節子
市川覚峯さんが久しぶりに湯島に来ました。
相変わらずの調子で、活躍しています。

市川さんは、3年間、山で修業してきた人です。
比叡山、高野山、そして吉野の大峰山。
それも半端ではない荒行もこなしてきた人です。
それにもかかわらず、実に軽いところがあります。
それが良いかどうかは、微妙なところです。

高野山の断食行の最後の日に、節子と一緒に僧坊を訪ねたことを時々思い出します。
翌朝、まだ真っ暗な時間にお堂で護摩を焚いてくれました。
あの時の市川さんは、透き通っていました。
あの時ばかりは、節子も市川さんを見直したことでしょう。

節子が亡くなった日、市川さんは奥さんと一緒にわが家にとんできてくれました。
誰が教えてくれたのでしょうか。
今から考えると不思議です。
そして、節子に枕経をあげてくれました。
以来、市川さんの頼みは絶対に断らないようにしています。

節子と高野山に行ってから、もう15年以上経ちます。
あの頃、小学生だった市川さんの息子さんも、今や立派になり、僧籍までとりました。
思えば、節子と一緒だった頃、実にさまざまな人たちとの出会いがありました。
節子にも、たぶん刺激的な出会いも少なくなかったはずです。
もう付き合いがなくなった人も少なくありませんが、節子と一緒に付き合っていた人に会うと、その時に戻るような気がします。
とりわけ湯島で会うと、そこにまだ節子がいるように感ずることもあります。

やはり湯島のオフィスは撤退するわけにはいきそうもありません。

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2013/11/17

■節子への挽歌2268:年賀欠礼のハガキが届きだしました

節子
今日は黒岩比佐子さんの命日です。
昨日、知人が教えてくれました。
もう3年も経ちましたと言うべきか、まだ3年かと言うべきか。

これは私だけのことかもしれませんが、友人たちの死の時点の後先が次第にわからなくなります。
まるで、現世での時間が途切れてしまったように、旅立った日からの時間は誰も彼も同じように感じてしまうのです。
だから、「もう」と思ったり、「まだ」と思ったりしてしまうわけです。
誰かに言われなければ、年数などはわかりません。
若い友人たちも何人か見送りましたが、今となっては、誰が先で誰が後かも曖昧になってきています。
まあそんなものなのでしょう。

今年も年賀欠礼のハガキが届きだしました。
わが家も、そういえば、チビ太がいなくなったので、年賀欠礼です。
チビ太も、家族の一員でしたので。

寒い冬になりそうです。

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■会社は仲間たちの挑戦の場

昨日、「経営に夢と大義を」をテーマにしたフォーラムに参加し、パネルディスカッションのコーディネーター役をしてきました。
そこで3人の経営者に会いました。
未来工業の山田雅裕さん、ダイヤ精機の諏訪貴子さん、日本レーザーの近藤宣之さんです。
いずれも初対面です。
3人とも社長ですが、実に魅力的な人たちでした。
3人に共通するのは、「働く現場」「働いている人たち」としっかりつながっていることです。
昨今の、「言葉」だけの経営者とは違います。
それに会社を「仲間たちの場」と位置づけています。
久しぶりに気持ちの良い経営者と会えて、元気が出ました。

仲間たちが育てる場として、会社を捉えれば、会社は赤字になどはなりません。
近藤さんの会社は、経営者と社員が自発的にお金を出し合って、会社の経営権を獲得しました。
そして1億円以上あった借金もすべて返しています。
近藤さんは、会社の経営権を獲得する際に、ファンドの出資を全て断りました。
もちろん近藤さんは株式上場など考えていません。
会社は社員とお客様のものだからです。
近藤さんは改めて日本的経営を再構築し、それを世界のグローバルスタンダードにしたいと話してくれました。
おそらく50年後にはそうなっているでしょう。

諏訪さんは、職人の技能継承に力をいれ、町工場であることに誇りを持っています。
日本1、世界1の町工場が目標です。
そこに「ものづくり」の原点があるからです。

山田さんは、とても人間的で、魅力的です。
未来工業は最近では有名なのでご存知の方もいるでしょうが、創業者の先代からつい最近、社長を引き継ぎました。
創業者の血が色濃く流れているのを感じました。
なによりも共感できたのは、初対面の私にさえ、弱みを見せたことです。
自信がなければ弱みは見せられません。
それだけ私は、山田さんが好きになりました。

パネルディスカッションはぶっつけ本番だったのですが、とても楽しいものになり、皆さんに喜んでもらいましたが、聴いていたある大企業の社長だった人が、終わった後にやってきてくれました。
自分がこれからやるべきことがわかったというのです。
私自身は、25年前に大企業には見切りをつけていましたが、大企業が変わらなければ社会が変わっていかないのも事実です。
もう企業との付き合いは止めようかと思い出していたのですが、もう少し付き合うことにしました。
企業の業績を上げ、楽しい働きの場になっていくための処方は、社長がその気になれば、簡単です。
どうしてみんなそれをしないのか不思議でなりません。

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2013/11/16

■節子への挽歌2267:この世を流れる流れ星

節子
節子も知っている岡紘一郎さんが、また本を書きました。
「稚き面輪はだれに似たるや」という、彼の叔父さんの記録のようです。
今回は、思い切り個人的な話ですが、岡さんのライフワークだったようです。
彼なら、ほかにもいろいろとライフワークのテーマがあるはずですが、これがライフワークだったことを初めて知りました。

昨日受け取ったばかりで、まだ読んでいないのですが、書き出しに心が反応してしまいました。
それを引用させてもらいます。

 生命体は、どれをとっても、おなじものが二度とあらわれない、この世を流れる流れ星である。流れ、消えていくわずかな時間でさえも、笑い、悲しみ、怒り、喜び、励み、落胆する生の営みがあり、固有の顔や姿があった。
 流星のような人生。太いのか、細いのか。長いのか、短いのか。輝きに違いはあるが、いずれにしも一瞬のできごとにすぎない。
 たとえか細くても、短くても、飛翔する自分の姿をだれが見てほしくないだろうか。だれでも心すれば、この世をよこぎる一筋の小さな輝きを脳裏に焼きつけることはできる。
彼らしい文章です。
これに関しては、よけいなコメントを書くのを控えたいと思います。
とても心に深く響きました。

岡さんは、会社時代の同期です。
彼とは4年間、滋賀で一緒でした。
節子も知っていますし、岡さんも節子を知っています。
特に仕事を一緒にしたわけではありませんが、私たちは2人とも意識の面で、どこか組織から外れていましたので、心が響いたのかもしれません。
私が会社を辞めた後も、東京に出てきた時などに、湯島にも立ち寄ってくれました。

人の生は、一瞬のできごと。
とても心に響きます。
その一瞬が、いかに豊かなものであるかを、岡さんは知っているのでしょう。

伝記は、私の好みのジャンルではないのですが、読んでみようと思います。
彼が、ライフワークとした意味がわかるでしょう。

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2013/11/15

■節子への挽歌2266:オリオン座

節子
昨日は少しダウンしてしまっていましたが、そのひとつの理由は、オリオン座です。
一昨日、帰宅したのは夜の11時頃でしたが、駅から家まで歩いてくる時に、夜空が異様に美しいのを感じました。
最近、これほどまでに美しい夜空を見ていなかったような気がしました。
途中で少し立ち止まって、見上げていました。
オリオン座の三ツ星がちょうどよく見える位置にありましたが、三ツ星がこんなにはっきりと見えるのはめずらしい気がしました。
三ツ星を囲む4つの星もはっきりと見えました。
オリオン座だけではありません。
西空のほうも含めて、全空の星が輝いていました。

それを見ていたら、また、いまの生き方が間違っているような気がしだしてしまったのです。
いや、間違っているのは間違いないのですが、そこから抜け出せずにいる自分がいやになったということです。
そして、またダウンしてしまったわけです。
困ったものです。

昨日、やる気もなく、だらだらしていましたが、何気なく録画していたコズミックフロントを再生してみました。
なんとオリオン大星雲の話でした。
まったく意識していなかったのですが、この番組をなぜ録画していたのかも意識がありません。
少しまた不思議な気がしましたが、番組で見るオリオン大星雲の映像は実に神秘的でした。
そこでは、星が生まれ、星が死んでいく。
そうした宇宙の時間の流れは、私たちが感じている時間などは誤差の範囲でしょう。
私たちが生きている現世の時間の流れは、たぶんたたみ込まれているに違いありません。
時間の後先が入り乱れていることでしょう。
そんな気がしながら、見るでもなく見ないでもなく、テレビの前にいましたが、今日、改めてきちんと見直しました。
実はこれも偶然なのですが、昨夜、コズミックフロントの新しい番組の放映があるのに気づき、それも録画しておいたので、一緒に見たのです。
新しい番組は、ホーキンズが語る宇宙の始まりの話でした。
無から宇宙が発生した。
もしそれが事実なら、宇宙は無でしかありません。

寒いせいか、どうも元気が出てきません。
明日は、元気がでないと困るのですが。

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■公と共

昨日、共済のことについて少し書いたので、改めて、「公」と「共」について書きたくなりました。
「新しい公共」という言葉が一時はやりましたが、私にはわかりにくい言葉でした。
なぜなら、「公」と「共」とはまったく別のものだと考えているからです。
最近の言葉を使えば、「公」はガバナント発想、「共」はガバナンス発想だと思います。

私は我孫子市に住んでいますが、20年ほど前、我孫子駅北口前の開発のために、そこにあった市有地の周りに、誰も入れないように網が張り巡らされました。
どうせあいているなら、自転車置き場にしたらいいのにと、私は思いました。
市有地は市民みんなのものだろうと思っていましたが、市有地とは市民のものではないのだと思い知らされました。

建築家の大学の先生から聞いた話ですが、たしか入谷のある住宅地の真ん中に都の所有地があったそうです。
近くの住民が勝手に野菜や花を植えるので、ある時、やはり周囲に網が張られ、誰も入れなくなってしまいました。
ところが、手入れが十分でなかったために雑草が生い茂り、近所迷惑な存在になったそうです。
周辺の住民が奪還策を考えました。
雑草を刈るためにという口実で、住民が都からカギを借り、草刈りをした後、こっそりカギを複製してしまったのです。
そして、その後は、そのカギでそこに出入りし、みんなできれいな花畑をつくったというのです。
もちろん管理者である都には内緒です。
20年ほど前の話なので、不正確かもしれませんが、大筋は間違っていないはずです。

公有地は勝手には使えない土地です。
つまり私有地と同じ、排他的な空間です。
共有地はみんなが使える土地です。
もちろん、だれでも使えるとは限りませんが、それは「共」をどう考えるかの問題です。
「開かれた共」という概念もあります。

この2つの事例が、「公」と「共」の違いを示しています。
「公」は「大きな家」という意味ですから、「組織を起点」にした概念で、統治概念です。
それに対して、「共」は「仲間同士」という「個人を起点」にした概念で、生活概念と言っていいでしょう。
発想の視点と発想のベクトルが違うのです。
それを一緒にして「公共」と言ってしまうのは、おかしい話です。

もちろん、「公共」という言葉は、昔からありました。
それは「公が統治する共」と言う意味だろうと私は理解しています。
「公共」と言う言葉が、「共」を排除していたわけです。
そのことを、2つの話は教えてくれています。

私が「新しい公共」という言葉が嫌いなのは、そういう理由からです。
そして、「共」という言葉にこだわっているのも、そういう理由からです。

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2013/11/14

■近代的な共済事業と協同組合の終焉

一昨日、長らく共済事業にかかわり、共済事業の研究に取り組んでいる相馬健次さんのお話をお聞きしました。
共済事業の歴史に関して、最近本にまとめられたそうで、それを踏まえてのお話でした。

2005年の保険法改正を契機に、日本の共済事業はその存続が危ぶまれる状況になっています。
そのことを友人知人から教えてもらい、私もそれに異を唱えていた共済研究会に参加させてもらいました。
そこで知り合ったのが相馬さんです。
共済研究会(私は今は退会しています)は、緊急避難的にある一定の成果を挙げましたが、基本的には流れに押されてきています。
その理由は、明確です。
自らの思想性や運動性を大事にせずに、経済事業性を軸にしてしまったからです。
日本の共済事業陣営は、ある人に言わせると、新自由主義経済に傾いてしまったのです。
そのあたりのことは、これまで何回か、書いてきました。

共済事業や協同組合(共済とは協同組合保険であるという捉え方がされていました)は、今こそ、その価値を再発見すべきですが、残念ながらそうはなっていません。
自らの手で自らを葬り去ろうとしているように思えてなりません。

相馬さんは、今春発行された「協同組合研究」に「共済事業とは何か」を寄稿しています。
共済に関心のある方は、ぜひ一読されることをお勧めしますが、そこで対象とされているのは、「近代的な共済事業」です。
私自身は、そもそも共済とか協同組合は近代に馴染まないものと考えています。
その視点から考えると、それらは近代に埋め込まれた「進化の種子」と考えられます。
つまり、近代がある限界に行きついた時に、新しい道を開く起爆剤になりうる要素です。
その意味で、企業は協同組合から、保険事業は共済事業から、まなぶべきことが多いだろうと思っていました。

ところで、近代的な共済事業を類型化する時に、「先駆的共済の残存形態」という表現が出てきます。
相馬さんの類型図にも出てきますが、たぶんここに大きなヒントがあります。
というのは、「先駆的共済の残存形態」というのは、たぶん日本の生活文化の中で育ってきた、頼母子講とか結い、舫い、あるいは講だろうと思いますが、それらの組織原理は水平的なプラットフォームです。
それに対して、近代の組織原理は、階層的な分業構造なのです。
しかし、そもそも「助け合い」とか「支え合い」と言う概念は、階層とは無縁です。
つまり、近代共済事業は所詮は事業主あるいは事業経営者のための制度になっていくのです。
それは協同組合も同じことです。
組合員が主役という建前はともかく、組織原理が違いますから、そこからは「助け合い」「支え合い」の「合い」が抜けてしまうわけです。

そもそも共済や協同組合は、近代性を象徴する「所有財産」をベースにした仕組みではなく、生活をベースにした仕組みだったはずです。
それが見事に、近代化の流れの中で、経済事業へと変質していったわけです。
そして、金銭経済と同じように、規模の利益が追求され、成長発想がでてきたわけです。
生活の装置ではなく、経済の装置に変質したわけです。

こうした事例は、何も協同組合や共済に限ったことではありません。
様々な分野でみられることです。
近代は、さまざまな分野に、近代を超える要素を埋め込んでいるのです。

「先駆的な残存形態」という表現には、「先駆」と「残存」という、いささか矛盾した言葉が混在しているところに、大きな意味を感じます。
最近の共済事業や協同組合の動きを見ていると、近代は終わったと感じますが、その一方で、「先駆的な残存形態」から学んだ、新しい共済事業や協同組合が生まれだしているように思います。
いま、必要なのは、そうした「先駆的な残存形態」をもう一度、しっかりと学ぶことではないかと思います。

私の25年前のビジョンは大企業の終焉でしたが、その先に協同組合をイメージしていました。しかし、その協同組合もまた大企業と同質化してしまい、同じ道を歩み出しているような気がします。
協同組合や共済事業から新しい動きが出てこないものか。
アメリカでは、ケアリング・エコノミクスやシェア・エコノミクスが唱えられだしました。
ネグリとハートは、「もうひとつの近代」を構想しています。
まだ遅くないような気がします。

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■放射性汚染土壌の除染実験のご案内

以前、予告させていただいた放射性汚染土壌の除染実験のご案内です。

放射性汚染土壌の除染に関しては、さまざまな取り組みが行われていますが、株式会社オクトが開発した土壌
改良材「パワーパーク」が、土壌中の放射性物質の除去にとても効果的だそうです。
「パワーパーク」は硫酸イオンを多く含んだ酸性の土壌改良材です
なぜ除染効果があるかは、学理的に解析されているわけではないのですが、オクトの社長で開発者の田中さんが実際に試験したところ、明確に効果があったそうです。
その後、独立行政法人産業技術総合研究所で評価してもらい、効果ありの評価結果をもらっています。
その書類も見せてもらいました。
「パワーパーク」は土壌改良材なので、処理土壌が無害になり、有効に利用できるそうです。

福島にも働きかけていますが、霞が関のお墨付きがもらえていないため、助成の対象にならないので、なかなか取り上げてくれる自治体が出てきません。
それが田中さんの悔しさです。
せっかく効果があるとわかっているのに、使ってもらえない。
そこで、現場での公開実験を広げていこうと言うことになりました。

私自身、まだこの目で確認したわけではないので、「パワーパーク」が本当に効果があるのかどうかは保証はできません。
しかし、もし可能性があるのであれば、試す価値があると思っています。
そこで、田中さんの活動を応援することにしました。
応援する以上、自分の目で確認したいので、私が住んでいる我孫子市でまず実験してもらうことにしました。
我孫子はいわゆるホットスポットで、クリーンセンターには、汚染度の高い汚泥が保管されています。
それで市に協力してもらい、下記の通り、田中さんによる実験を開催することにしました。
関心のある方は、どうぞ一緒に体験してください。
定員の関係もあるので、参加ご希望の方は私にご連絡ください。
よろしくお願いいたします。

定員の関係で、お断りする事があるかもしれませんが、その節はご容赦ください。
○日時:2013年11月22日(金曜日)午後1時半~5時頃(予定)
○場所:千葉県我孫子市クリーンセンター会議室
http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/18,33,13,123,html
○参加申込先:佐藤修までメールでご連絡ください。

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■節子への挽歌2265:死の迎え方

節子
昨日の湯島のサロンに、若い僧侶の中下大樹さんが参加してくれました。
お寺に生まれたわけではないのですが、思うことあって、僧籍を得て、さまざまな活動に取り組んでいる人です。
今年の春に、自殺のない社会づくりネットワークで開催した集まりで知り合いました。
若いにもかかわらず、500人ほどの最期を看取った体験をお持ちです。

昨日の集まりで、ある人が、孤独死の何が問題なのかと問題提起したのをきっかけに、話がいろいろと飛び交ったのですが、最後に中下さんが人の最期について語ってくれました。
ほとんど人は、やはりさびしがるそうです。
しかし、なかには泰然と死に向かう人もいるそうです。
人の最後に、その人の人生が凝縮して現れてくるのかもしれません。

節子の最期は、どうだったでしょうか。
少なくとも右往左往はせずに、さびしがることもなく、家族に囲まれて、自然に、眠るように、旅立ちました。
右往左往したのは、家族でした。
死は、本人の問題ではなく、周りの人たちの問題だという思いがします。

孤独死が問題なのは、孤独死そのものではなく、孤独死を迎えてしまう「生き方」です。
死は、本人にとっては、体験もできないことですから。

死は、周りの人たちへの大きなメッセージです。
そのメッセージをどう受け止めるかは、人それぞれでしょうが、とりわけ身近な人の場合は、そのメッセージをうまく受け止められないような気がします。
メッセージをうまく受け止められないと、立ち直ることも難しい。
私の場合は、5年ほどかかりました。
しかし、そのメッセージを解読するには至っていません。
ただ、そのメッセージが、私の生きる力になっているような気がしています。

節子との突然の別れ。
それに右往左往した自分が腹立たしくもあります。
人の死は、周りの人にも、その生き方や価値観を露呈させる働きがありそうです。
私は泰然と死を受け容れて、自然に旅立てるか、ちょっと不安があります。
節子がいたら、そうできる確信はあったのですが。

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2013/11/13

■節子への挽歌2264:ふだんのくらしをしあわせに

節子
先日、「福祉」教育を話題にしたサロンを開きました。
それに関しては時評編に少しだけ紹介しました。
フェイスブックにも書いたのですが、ある人が「福祉」とは「ふだんのくらしをしあわせにすること」だと書いてきてくれました。
「ふだん」「くらし」「しあわせ」の頭文字をつなげると「ふくし」になります。
なるほどと納得しました。

これを書いてくれたのは、坂戸の須田さんです。
覚えてくるかどうかはわかりませんが、須田さんには節子も一度だけ会っています。
それは、節子が参加していたコーラスグループの発表会でした。
節子は、かなり病状が悪くなっていましたので、歌うのは無理でしたが、発表会にはぜひ行きたいというので、2人で出かけました。
それが、節子が外出した最後かもしれません。

須田さんは坂戸でコーラスグループに入っていましたが、その先生が、節子たちのグループと同じ人だったのです。
その関係で、坂戸からわざわざ我孫子まで須田さんは聴きに来てくれたのです。
節子と会ったのは、それが最初で最後でした。
節子は、その発表会ではたくさんの人たちに会いましたので、須田さんのことは覚えていないかもしれません

その須田さんが「福祉」とは「ふだんのくらしをしあわせにすること」と教えてくれたのです。
須田さんは、それを実践している人です。

私たちの「ふだんのくらし」は「しあわせ」だったでしょうか。
私は少なくとも「しあわせ」でしたが、節子はどうだったでしょうか。
私にとっての幸せの源泉は「節子」でしたから、節子がいない今は、幸せとは言えないかもしれません。
でもまあ、いまのふだんのくらしも、いろいろとありますが、幸せというべきでしょう。
人生は、不幸の中にも必ずどこかに何がしかの幸せはあるものですから。

今日、新たにジョイワークスという会社を創った人たちが湯島に来てくれました。
働く喜びを取り戻したいという思いからの起業です。
一人はロゴセラピーを勉強していた友人です。
フランクルを読んで、生き方を変えたと言います。
私のところに報告に来てくれたのが、とてもうれしいです。

「幸せ」とはなにか。
最近思うのは、人は人であることで、すでに幸せなのだということです。
ふだんの暮らしをおくれることが、幸せだということです。
節子がいない幸せもあるのだと思わなければいけません。

今日はこれから「支え合い共創サロン」です。
ふだんのくらしが幸せになるような、仕組みを考える第1回目です。
どういう話になるでしょうか。
節子がいないのが、とても残念です。

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2013/11/12

■「福祉」という言葉のイメージ

先週、箸ピーサロンで、六甲アイランド高校で教科「福祉」の先生である吉田高子さんが話題提供してくださいました。
それに関しては、私のホームページなどでも少しだけ紹介していますが、そこで話題になったことの一つを、書いておきたいと思います。

現在、高校で、「福祉」という教科があることをご存知の方はどのくらいいるでしょうか。
私は今年のはじめに、吉田さんからお話を聞くまで、知りませんでした。
おそらく多くの人は知らないでしょう。

1999年に、文部科学省は、「福祉」という教科を新設しました。
その目的は3つありました。
「国民的教養としての福祉教育」「進路選択の一つとしての福祉教育」「福祉人材の養成としての福祉教育」です。
おそらく、後者の2つが真の狙いだったと思われます。
ところが、六甲アイランド高校では、最初の目的に正面から取り組んでいるのです。
同校の目指す福祉教育は、「すべての科目に底通する理念としての、「自由」「平等」「参加」「和平」を基本に置いて、生徒たちが、「普通に暮らすしあわせ」とは何かを探求し、その実現を志向すること、さらに、すべての人の「人間としてのしあわせ」の実現を目指すことなのだそうです。
吉田さんは「福祉」を広義に捉え、「幸せづくり」と考えています。

サロンでは、こうしたことと「福祉」という言葉が多くの人にはつながらなかったようです。
つまり、「福祉」という言葉がイメージするのは、介護であり、子育てであり、障害者支援でありということなのです。
同時に、吉田さんたちが目指すことの大切さには、みんなとても共感しました。
そして、吉田さんたちのような「福祉」の学習が、多くの学校に広がってほしいというのが大方のご意見だったように思います。
それがなぜ広がらないのか。
その理由の一つは、「福祉」という言葉がよくないのではないかということになりました。
何か「適切な言葉」はないでしょうか。

吉田さんたちの教科を選んだ生徒たちは、卒業後もとても豊かな生き方をしているようです。
もちろん「経済的な」という意味ではありません。
そして、卒業後も、なにかあれば、学校に立ち寄ってくれているようです。

教育とは何か、学校とは何か、を考えさせられるとても大きな問題提起があったような気がします。
吉田さんたちの活動をもっと多くの人たちに知ってもらいたいと思います。
だれか力を貸してくれませんか。

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■節子への挽歌2263:愛は〈共〉を構成するカ能

節子
少し小難しいことを書きます。
昨日も書きましたが、「コモンウェルス」と言う本を読みました。
とても示唆に富む本でした。

ところで、私が25年間勤務した会社を辞めて、コンセプトワークショップという会社を節子と一緒に創設して、活動を始めた時に、ぼんやりと考えていたビジョンがあります。
そのビジョンは、次第に見えてきましたが、それは会社の名前につながっています。
「コンセプトワークショップ」を略して、私たちはCWSと読んでいました。
そして、CWSは、もう一つの言葉の略称でもありました。
それが、「コモンウェルス・ソサイティ」です。
ネグリとハートの3冊目の書名が、まさか「コモンウェルス」になるとは思ってもいませんでしたが、ある意味では当然の結果だという思いもあります。
少しうれしい気がしますが、節子とその嬉しさを分かち合えないのが残念です。

その「コモンウェルス」という本の最後は、「愛」というキーワードに収斂しています。
彼らの次の作品では、「愛」が前面に出てくるだろうと思います。
それもまた当然の結果ですから。

ところで、同書に「愛は〈共〉を構成するカ能でもある」という文章が出てきます。
そしてさらに、いささか難しい表現が続いています。

愛の構成的なカ能と愛による〈共〉の創造は、存在の生産、現実性の生産に含まれている、存在論的なカと呼ぶことのできるものを示唆している。

本書を読んでいない人にとっては、いささかわかりにくい表現でしょうが、なんとなく意味は伝わるのではないかと思います。
私には、節子と一緒に生きてきた40年のすべてが、この言葉で納得できるような気がします。
節子の病が発見されてから、私はなぜかネグリに出会い、それにはまってしまいました。
そして、節子を見送って6年経たいま、この文章に出会いました。
いまは、この言葉の意味がとてもよくわかるような気がします。
「愛は〈共〉を構成するカ能」。
私のテーマである「コモンズの共創」には、不可欠な要素です。
愛を呼び戻さなければいけません。

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2013/11/11

■節子への挽歌2262:家族になぐさめられる歳になりました

節子
今日はいろんなことをすべて「横に置いて」、ジュン夫婦と紅葉を見に行きました。
紅葉狩りは、節子がいなくなってから初めてでしょうか。
むかし、家族みんなで行ったことのある茨城の龍神大吊橋です。
これができた時に、節子と娘たちと一緒に行ったのですが、それ以来久しく行っていませんでした。
最近、私がいささか不安定な状況にいるのを見かねて、誘ってくれたのです。

あいにく秋晴とは言えず、雨模様の日になってしまいましたが、ついで近くの花貫渓谷にも足をのばしました。
紅葉は、まだちょっと早かったですが、気分転換にはなりました。

帰宅後、ユカも一緒に、お寿司屋さんに行きました。
そんなわけで、今日は家族になぐさめられる日になりました。

最近つくづく思うのは、なんとまあわがままに生きてきたことかと言うことです。
この歳になって気づくのは、もうどうしようもなく遅いのですが、自分は良いとして、家族には大きな迷惑をかけてきたのだと思い知らされることが多いです。
たまたまつい先日、政治哲学者のネグリとハートの「コモンウェルス」という本を読みましたが、そこに「家族という〈共〉(コモン)は腐敗しやすい」と書かれていました。
ネグリとハートの考えは、私の生き方にとても深く通じていて、共感することが多いのですが、家族が腐りやすい制度だという指摘にはドキッとしました。
私のテーマも「コモンズの共創」で、ネグリたちよりも早く、そういう生き方をしてきていると自負しているのですが、私の家族観には甘えがあったような気がします。
私は、どうも家族に甘えすぎているようです。
おそらく、節子にも甘えすぎて、依存しすぎていたのでしょう。

ほんとは、娘たちになぐさめられるのは、いまに始まったことではないのです。
ずっとなぐさめられてきたのでしょう。
節子にも、ずっとなぐさめられてきたわけです。

そういえば、春にもユカから、同じようなことをしてもらった気がします。
改めて今日、紅葉狩りに誘われて、そのことに気づきました。
人は、まわりからなぐさめられているからこそ、生きつづけられるのかもしれません。
たくさんの人たちからなぐさめられていることに気づかないといけない、と改めて思いなおしました。

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2013/11/10

■節子への挽歌2261:毒素

節子
昨日、紹介した鈴木さんの手紙によると、「ロング・マルシュ」を読んだこともあって、近くの井の頭公園を久しぶりに歩いてきたそうです。
鈴木さんの手紙からの引用です。

 池が見えるベンチでボーっとしていると体から毒素が少し抜けたような気がします。

我が家の近くにも手賀沼公園という小さな公園があります。
池が見えるベンチもあります。
節子が闘病中は、早朝に良く2人で散歩に行きました。
しかし、節子がいなくなってからは一人で散歩にいったことはありません。
どうしても足が向きません。

鈴木さんではありませんが、私も最近は毒素が心身に充満しています。
最近は、毒素で成り立っているのではないかと思うほど、毒素を感じます。
それで自己嫌悪に陥ってしまうと、なぜかさらに毒気が集まってきます。
気分を変えて、かなり流れは変わりましたが、心身の毒素はなかなか出て行ってくれません。
私もベンチでボーっとしてみないといけません。
手賀沼の湖畔からは、運がよければ、遠くに富士山が見えることもあります。
さらに運がよければ、毒素が浄化されるかもしれません
しかし、今日はあいにく寒くて出かける気にはなりません。

昨日は湯島で、箸ピーサロンを開催しました、
湯島のサロンは、いずれもとてもカジュアルなのですが、私の紹介の仕方が悪いのか、敷居が高いと思っている人もいます。
でも一度来てくれると、そんなことはないと実感してくれるはずですが。
しかし、まあ、そんなわけで、箸ピーサロンなら敷居も低いだろうと、やってきてくれる人もいます。
昨日は、初対面の人も5人も来てくれました。
箸ピーゲームを楽しめば毒素が抜けるはずなのですが、逆に毒素のおかげ、昨日の私の成績は散々でした。
心身の調子はちゃんと成果に出るものです。

さてどうもこのままだとせっかく流れを変えたのに、また反転しそうです。
明日は予定を変えて、娘夫婦と一緒に紅葉でも見に行こうかと思います。
紅葉狩りは、節子がいなくなって、はじめてのことです。

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2013/11/09

■節子への挽歌2260:歩くことの治癒力

節子
鈴木さんが「ロング・マルシュ 長く歩く」という本を教えてくれました。
フランス人の元ジャーナリストが、サンチャゴ巡礼で生きる意欲を取り戻し、そのあとに挑んだシルクロード徒歩旅行の記録です。
ある雑誌に載っていた、著者の短い文章も送ってきてくれました。

10年前の妻の死で開いた傷が、ふさがらないままだった。仕事に打ち込むことでしのいでいたが、いま、その仕事までが私を見捨てようとしていた(退職が近づいていたという意味)。
そして、彼はサンチャゴ巡礼路を歩くことにしました。
そこで歩くことの治癒力を発見。
歩き続けねばならないと決心。

機械文明のため、われわれは歩く人類というものを忘れてしまった。
歩いて辿る小道は生命の道だ。

この本を紹介してくれた鈴木さんもサンチャゴ巡礼路を歩いていますが、また行きたくなっているようです。
四国のお遍路さんも計画しているようです。

節子がいたら、私たちも四国に行っていたでしょう。
節子の姉夫婦は何回も歩いています。
そろそろ私たちも行こうかと話をしはじめた時に、節子のがんが発見されました。
サンチャゴ巡礼も、節子は少し関心を持っていました。
サンチャゴ巡礼の映画づくりの取り組んでいた黛まどかさんを囲むサロンを湯島で開き、節子も参加し、黛さんの本も読んでいました。
しかし、結局、節子も私も、巡礼路を歩くことはありませんでした。

しかし、考えようなのですが、私はいま、節子と2人で巡礼路を歩いているような気もします。
この挽歌は、私にとっての「巡礼の記録」なのかもしれません。
そう考えると、もう6年以上、歩いていることになります。
苦難も多ければ、お接待も多く、疲れたり癒されたりしています。

人生は旅そのものだ、などと月並みなことは言いたくありませんが、旅だと思えば、いろいろと納得できることが多いです。
しかし、本当の旅は、彼岸への旅かもしれません。
此岸はすべて巡礼路かもしれません。
そう思わないと、最近は身が持ちません。
お天道様は、時に苦難を与えてくれます。

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2013/11/08

■すべてが経済成長支援を向いている

昨日、日本子どもNPOセンターの代表理事の小木さんと久しぶりにお話しました。
日本子どもNPOセンターは、全国の子育て支援関係のNPOをつないでいく発想でつくられたNPO法人です。
一時はかなりの助成金が支給されて、有給スタッフもいれて活動も華やかでしたが、助成金が減少するとともに、財政難になり、資金的に立ち行かなくなったため、暫定的に私の湯島のオフィスを事務局に提供しているのです。

小木さんと2人だけでゆっくりお話しするのはこれがはじめてです。
いろいろとの話をした後、現在の子育ち環境に関する話になりました。
一番共感し合えたのは、昨今の子ども政策に子どもの視点がないと言うことです。
要するに、子どもではなく、働く両親の支援に偏っているのではないかということです。
働く両親を支援すれば、子どものためになるだろうと思いがちですが、私はまったくそうは思っていません。
うれしいことに、小木さんも同じお考えのようです。

経済成長支援のための子育て支援発想では、子どもたちは幸せにはなりません。
政府の施策だけではありません。
私が感ずるのは、NPO関係までもが同じような方向を向いているように思います。
子どもの視点で考えない子育て支援は、子どもを幸せにはしないでしょう。
これは、何も子育て分野に限りません。
最近の社会福祉政策は、どうも経済成長支援発想に陥っているのがとても気になります。
まさに、いまや経済成長市場主義です。
経済成長の意味をもう少し生活者の立場できちんと考えなければいけません。

介護保険も、介護の社会化といいながら、実際は介護の市場化を進めました。
子育て分野は、どうでしょうか。
子育ても社会化すべき分野ですが、たぶん市場化がどんどん進みそうです。
むかし、学生たちと一緒に取り組んだ、ソーシャル・フォスターリズムに基づく、保育園システムのことを思い出しました。

子どもの問題は、最近縁がなくなっていますが、やはり考えて見なければいけないと思いました。
12月15日に、日本子どもNPOセンターでは全国交流会を開催します。
また案内を書かせてもらいます。

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■節子への挽歌2259:「現実に一人になると生きていけるものですね」

節子
もう一度だけ、山陰太郎さんの話です。

メールにこんな文章がありました。

妻も自分が逝ってしまうことなど考えてもおらなかったと思っています。
その理由は、私が一人では生活など出来ない人間だと言っていましたから
そのことは間違ってはおりませんが、現実に一人になると生きていけるものですね
私の話のような気がしながら読んでしまいました。
そして、「現実に一人になると生きていけるものですね」というところにうなずいてしまいました。
ほんとにそうです。
生きていけるのです。

私自身、6年半も生きつづけられるとは、思ってもいませんでした。
生きる気力がなかったからです。
しかし、生きていると生きてしまうのです。
生きることが現実となってくるのです。

山陰太郎さんは、奥様を見送ってから、まだ2年半ほどだそうです。
その頃は実にあやういです。
生きているかどうか、実は自分でもよくわからない。
私の場合はそんな状況でした。
山陰太郎さんは、奥さんからの電話もあって、新しいことを始められました。
私もちょうどその頃、知人の一声で、新しいことを始めました。
その私の体験からいえば、山陰太郎さんもあやうさから抜け出せるでしょう。
それがいいかどうかは、なんともいえませんが。

しかし、実際には、生きていけるのは「一人になっていない」からかもしれません。
愛する人と出会えれば、もう永遠に一人にはならないのです。
山陰太郎さんが生きているのは、間違いなく、奥様の支えのおかげです。
自分に身を置いてみて、そう思います。

にもかかわらず、私も時に思います。
「現実に一人になると生きていけるものだな」と。
そして、
「節子は、そのことを喜んでいるだろうか」と。

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2013/11/07

■節子への挽歌2258:一筋の金色の細い糸

節子
今日も、山陰太郎さんの話です。
月下美人を描いてくださった山陰太郎さんです。
いただいたメールにこんな文章がありました。

私はまだ、真っ暗闇の中を彷徨っている状態ですが、一カ月半ほど前から暗闇の中に一筋の金色の細い糸を見つけました。
直径1ミリメートルにも満たない細い真っ直ぐな糸ですが、暗闇の見果てぬ何処からか私の胸に延びてきています。
想像では、その糸の先には妻がいるような感覚がしています。
昔、紙コップで作った糸電話のように、時々妻に話しかけたりアドバイスを貰ったりしています。
糸電話で彼岸と話ができる。
実にうらやましい。
素直にそう思います。

山陰太郎さんは、「他人様からは笑い話にされること間違いないと思い、だれにも話してはおりません」と書いていますが、私には素直に信じられます。
暗闇を彷徨っていると、いつもは見えないものが見えてくるものです。
見えてきたら、それを信じなければいけません。
信ずればそれが現実になるからです。
これは、大宰府の加野さんから教えてもらったことです。
偶然ですが、今日、その加野さんから電話をもらいました。
まあ関係ない話ですが、加野さんは霊能者ですから、関係あるかもしれません。
加野さんも、彼岸と交流している人です。

私にも、節子から糸電話がかかってこないものでしょうか。
今とても節子のアドバイスがほしい時なのですが。
山陰太郎さんが、とてもうらやましいです。
はい。

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2013/11/06

■ATMから出てきて、並んでいる人がいたら声をかけますか

今日、ATMでお金を下ろしてきました。
終わって、出てきたら、何人かの人が並んでいました。
それで、当然ながら、私は待っている人に、「お待たせしました」と声をかけました。
その人は軽く会釈してくれました。

私もATMの前で並ぶことがあります。
しかし、残念ながら、前の人から「お待たせしました」とか「お先に」とかいう言葉をかけられることはほとんどありません。
それにとても違和感を持っています。
みなさんはどうでしょうか。

こうした、ちょっとした「声かけ」のことを、文化人類学者のマリノフスキーは「スモールトーク」と名付けました。
そして、そうしたスモールトークの「声かけ」が頻繁に行き交う社会ほど、人のつながりは深く、安定していると報告しています。
これに関しては、以前、挽歌編で書いたことがあります

いまの社会でかけているのは、スモールトークではないかと私は思っていますが、過剰なほどにスモールトークが行き交っている世界もあります。
ネットの世界です。
アップルが普及した理由の一つとして、パソコン操作にスモールトークを持ち込んだことがあげられます。
そして、ネットの世界では、いろんな形でスモールトークが盛んです。
それが若者たちのネット依存症にも無関係ではないでしょう。

とくにフェイスブックでは、「いいね」というスモールトークが重要な役割を果たしています。
私は、「いいね」がとても嫌いです。
私のフェイスブックの記事は長い文章が多いのですが、たぶん読まずに「いいね」をしてしまう人が少なくないのです。
とても違和感があります。
「いいね」は、軽いスモールトークであり、「見ているよ」くらいの意味だとは理解していますが、どうしても過剰な反応は無反応と同じだと石頭的に考えてしまうのです。

ネットではスモールトークが広がっているのに、どうして実際の生の現場でのスモールトークは消えだしているのでしょうか。
そこに大きな不安を感じています。

フェイスブックで「いいね」を押すくらいの軽さで、生で人と触れ合うリアルな世界でも、気楽にスモールトークを増やしていければ、社会はもっと住みやすくなるでしょう。
もし共感してもらえるようであれば、まずはATMからスモールトークをはじめてもらえるとうれしいです。

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■第3回箸ピーサロンでは「福祉」教育のつながりもテーマです

第3回箸ピーサロンのご案内です。

○日時:11月9日(土曜日)1時半から3時半(遅くも4時には終了)
○場所:湯島コムケアセンター
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf○参加費:500円
○ゲスト:吉田高子さん(六甲アイランド高校福祉科主任)
○申し込み先:comcare@nifty.com
今回は、六甲アイランド高校で「福祉」を担当されている吉田さんが、また神戸から参加してくださいます。
吉田さんは、第1回目の箸ピーサロンに参加され、箸ピーゲームの効用を実感されました。
そして、それを夏に開催されたアジアユースサミットで実際に参加者にやってもらったところ、大好評で、吉田さんもその効用をさらに実感されたようです。

それで当日の記録を携えて、その報告をしていただけることになりました。
当日は、アジアユースサミットでの盛り上がりの様子をDVDで見せてもらえることになりました。
あわせて、吉田さんが六甲アイランド高校で取り組んでいる、「福祉」教育のお話もしていただきます。

その理念と箸ピーゲームがどうつながるかも興味がありますが、高校生の福祉に対する考え方などもお聞きできると思います。
箸ピーという、具体的な実践から「福祉のあり方」を考える、とても興味深いサロンになるのではないかと楽しみにしています。
さまざまな活動をされている、いろんな方たちのご参加をぜひお願いしたいと思います。
気楽な会なので、気楽にご参加ください。
お会いできるのを楽しみにしています。

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■節子への挽歌2257:月下美人

節子
節子にステキなプレゼントをもらいました。
エクセルで描いた「月下美人」です。
先日、挽歌で書いた山陰太郎さんが、ご自身のサイトにアップしてくれました、

Photo
山陰さんのサイトには、他にもたくさんの作品が掲載されています。

月下美人の作品には、こう書き添えられています。

「月下美人」
実際に見たことはない花ですが、つい先日繋がったネットの世界、ある方の天国の奥様へ贈りたいと思います。
花言葉は「儚い美」。仄かな香を放ちながら白い大輪の花を一晩だけ咲かせるという、伝説めいたお花のようです。

「ある方の天国の奥様」とは、節子のことです。
この挽歌を読んでくれて、魂をこめて描いてくれたのが、この作品です。
月下美人は、夜に咲くそうです。
そして、一夜にして枯れるのだそうです。
まさに「儚い夢」です。

しかし、月下美人にとっては、それは決して儚い夢ではないのでしょう。
時を得て、思い切り大きく咲く。
それもだれにも見られることなく、真夜中に。
その潔さはうらやましい。

この絵をよく見ると、山が見えます。
この風景は、節子と一緒にいった千畳敷カールで見た風景にとてもよく似ています。
最近、時々、なぜかその時の風景を思い出していたのですが、まさか月下美人の後ろに、それを感ずるとは思ってもいませんでした。

山陰太郎さんの奥さんも、お名前が節子で、年齢も私の妻の節子と同い年です。
違うのは旅立った年。
私はまだ山陰太郎さんとはメールだけのお付き合いですが、どこかに似たものを感じます。
山陰太郎さんも、そう感じているそうです。
だとしたら、たぶん、それぞれの伴侶だった2人の節子たちも、どこか似たところがあるのでしょう。
彼岸で会っているかもしれません。

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2013/11/05

■「小さな満足、大きな不満」

今朝の朝日新聞の朝刊に、「クール便、現場は悲鳴 「時間指定」も負担大に」という大きな見出し記事が出ていました。
そういえば、最近、ヤマト運輸のクール便の保管方法が問題になっていました。
ヤマト運輸は、とても素晴らしい会社で、私も知人が多いのですが、この事件はある意味では予想されたものでした。
私の友人が、昨年だったと思いますが、同社の「ベース」という運送品の集積場所でアルバイトした話を聞かせてもらいました。
それによるとどうも管理システムが整備されていないようでした。
その話を、お付き合いのある同社の人に話したことがありますが、私自身はいつか問題が起きなければいいなと思っていました。
会社の事件の予兆は、必ずあるものです。
もちろん予兆に気づいて解決される場合が多いのですが。

そんなことがあったので、問題が発覚した時には、とても残念な気がしました。
あの時に、もっと強く言っておけばよかったとも思いました。
しかし、多くの場合、そうしたことは後知恵なのです。

ヤマト運輸は、顧客重視のとても誠実な会社だと思っています。
しかし、今朝の朝日の記事を読んで、20年前に書いた小論を思い出しました。
消費者としての「小さな満足」から生活者としての「大きな満足」に私たちの生き方を変えなければいけないのではないかという話です。

ヤマトの宅急便システムは、とてもありがたい、便利な仕組みです。
しかし、急いで翌日に届けるために、どれだけの負担がドライバーにかかっているのか、と思うと、宅急便を使っていいのだろうかと思うこともあります。
たしかに、早く着くことで、生鮮食品の鮮度は維持できるでしょう。
でもどこかに疑問が残ります。

ヤマト運輸を非難しているのではありません。
自分自身を含めて、私たちの生き方が、ヤマト運輸をそうさせているのですから。
私たちは、あまりにも過重なことをヤマト運輸に期待しているのではないか。
そんなことを思います。

これはなにも宅急便だけの話ででは、ありません。
食材の偽装も含めて、問題の源泉は、私たちの生き方にあるような気がしてなりません。

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■節子への挽歌2256:畑がきれいになりました

節子
昨日、斎藤さんと桜井さんがやってきて、わが家の家庭菜園の草刈りをしてくれました。
世の中には親切な人もいるものです。
斎藤さんは、大畑さんの紹介で、つい1か月ほど前に知り合った人です。
その大畑さんも、最近知り合った人です。
先月、おふたりは湯島に来てくれ、ほんの少しだけの相談に乗ったのです。
ただそれだけのことなのですが、わが家の畑が草ぼうぼうのことを知っていた大畑さんが、草刈りに行くといってくれたのです。
おふたりとも休日もボランティアで超多忙な人たちですので、冗談だと思っていたのですが、本気だったのです。
大畑さんは今日は来られなかったので、斎藤さんが桜井さんを誘ってくれたようです。
しかし不思議です。
知り合ったのはつい最近、しかも桜井さんは面識もない人です。
その人たちが、小雨のなか、わが家の畑の草刈りをしているのです。
どう考えても、不思議ではないですか。

しかしお話していたら、少しだけ接点があるのです。
3人とも実は我孫子市役所の人なのですが、それぞれにささやか接点がありそうです。
特に斎藤さんは、節子たちが立ち上げた駅前の花壇整備に取り組む花かご会を応援してくださっていたおひとりです。
そのお話を聞いただけで、私は斎藤さんを年来の友のように感じてしまったわけです。
人のつながりは、ほんとに不思議で、知り合ってからの時間の長さとは関係ありません。

草がすごくて、もう手の出しようもなかった畑が見事にきれいになりました。
これからはきちんと手入れしなければいけません。
そうでないと斎藤さんや大畑さんに合わす顔がありません。

それにしても、どうしてこんなに気持ちの良い人が最近、私の前に次々と現れるのでしょうか。
私が元気をなくしていたのを心配して、節子がお天道様にお願いしてくれたのでしょうか。
節子に感謝したいと思います。
いや、お天道様に感謝すべきかもしれません。
まあ、それ以上に、斎藤さんと桜井さんと大畑さんに感謝です。
良い人と時間を共有すると、元気が出てきます。
ありがとうございました。

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2013/11/04

■節子への挽歌2255:妻のお陰さん

節子
偶然に、この挽歌を見つけてくださった山陰太郎さんから、昨日、投稿がありました。
2年半前に奥様を見送ったそうですが、奥様の名前と年齢が節子と同じようです。
昨日が誕生日だったそうです。

はじめまして
今日は妻の68回目の誕生日を祝いました。
娘夫婦と息子の四人でイチゴケーキと紅茶の簡素なお祝いです。
ただ、妻はこの世にはおりません。2年半前に病に持って行かれてしまいました。
これを読んで、節子ももう68歳なんだと気づきました。
元気だったらどんな感じでしょうか。
節子がいたら、私も自分の年齢を実感できるかもしれませんが、節子がいなくなってから、私の年齢意識はそこで止まってしまっている気がします。

山陰さんは、こう続けています。

尽くすことが当然のような妻のお陰さんで
多くの厳しい荒波を乗り切ることが出来ました。
まだまだ妻の優しい呪縛からは、解き放たれることが出来ない日々をなんとか過ごして
おりますが、何時気持ちが萎れてしまうかもしれません・・・
自分のことのように、心身に響きます。
私がわがままに生きてこられたのは、節子のおかげでした。
節子がいなくなってから、それがだんだんわかってきました。
しかし、もし立場が逆だったとしたら、たぶん節子も同じように感じたかもしれません。
尽くすことは、尽くされることに通ずるからです。
伴侶に先立たれるということは、そうしたことに気づかされることかもしれません。
先立つことも後に残ることも、悲しさや辛さは同じなのかもしれません。
節子も、彼岸で寂しい思いをしているかもしれません。

山陰さんは、パソコンを使ったエクセル絵画と言うのをやっています。
山陰さんのホームページで見せてもらいました。/
どうしてエクセルでこんな作品が出来るのか、驚きです。
節子がいたら、やってみたいというような気がしました。
節子は、新しいことが好きでした。

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2013/11/03

■国家の再登場ー権威や権力になぜ依存したがるのか

■権威や権力になぜ依存したがるのか(2013年11月3日)
「ナショナリズムの復権」の著者、先崎彰容さんはこう書いています。

震災以前、多くの人は、原則的に戦後という舞台を動きまわり戦後的価値観とでも呼ぶべきものを肯定していたのではなかったか。にもかかわらず、震災と原発事故が起こるや否や、一転して自分の所属していた空間を忘れ去り、今度は戦後そのものを批判し、国家に問題解決を行うべきだと迫り、国家の再登場を促しているのではないか。
とりわけ原発事故への対応に関しては、東電では対応できない、国家が中心になって解決に取り組むべきだという声が強くなっています。
私もそういう意見に傾いていましたが、この文章を読んで、ハッとしました。
私もまた、無責任な時流迎合主義者だったわけです。
国家の再登場の誘いに、あまりに無防備でした。

福島に皇太子夫妻が行かれました。
夫妻に会った人たちは間違いなく感動したでしょう。
テレビでそうした映像を見るたびに、いつも不思議な感覚に襲われます。
そして、もし私が被災してそこにいたらどうだろうか、と考えます。
やはり感激して、すべてを水に流すでしょうか。
そうならない自信はありません。
水俣を訪問した天皇夫妻に、石牟礼道子さんも感激したそうです。
複雑な気持ちで、その報道を聞きました。

園遊会で天皇に手紙を渡した山本太郎議員が話題になっています。
どうも評判がよくないようです。
私も彼の行動は支持しませんが、どうでもいい瑣末な話のように思います。

ただ、残念なのは、彼もまた、国家や権威、権力に依存する人だったと知ったことです。
彼には、新しい人間像を期待していましたので、がっかりしてしまいました。
天皇に何を期待していたのか。
お上依存では、新しい社会はつくれません。
せいぜいが、サブシステムでしかありません。

いまネグリの「コモンウェルス」を読んでいます。
ネグリのマルチチュード発想は、上下構造を前提としたものではなく、多彩な活動の横の連携からこそ、新しい動きが起こるとしています。
彼らは、新しいパラダイムにもとづく「別の近代性」という言葉を使っていますが、それに関して、こう書いています。

私たちは「別の近代性」という語を、近代性とそれを規定する権力関係からの決定的な切断を指し示すために用いている。というのも、私たちが考える別の近代性は、反近代性の伝統から出てくるものであると同時に、対立と抵抗を超えた拡がりをもつという点で、反近代性の通常の経路からはずれるものでもあるからだ。
新しい風は、お上に依存している人たちからは生まれません。
山本さんには、ネグリをきちんと読んでほしいものです。
時代の大きな動きをしらなければ、新しい価値は生み出せません。
知っているだけでも、生み出せませんが。

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■節子への挽歌2254:笑顔が戻るのもさみしい

節子
今日も空一面が灰色で、心身ともに寒々とした朝になりました。
今朝のNHKテレビ「おはよう日本」で、東日本大震災の時に、最後まで防災無線で住民に避難を呼びかけて津波の犠牲になった、南三陸町の遠藤未希さんのお母さんの日記が紹介されていました。
日記を通して、悲しみを乗り越えるため一歩一歩前へ進もうとする母親の思いが伝わってきました。

その中に、こんな文章が出てきます。
「お母さんは少しずつ笑って過ごせるようになっています。それも何かさみしい。少しずつあなたの顔がぼやけてみえます。」
大震災から1年半経った頃の日記です。

笑えることは本当に幸せなことです。
しかし、その幸せなはずの笑えることに「さみしさ」を感ずることの辛さは、なかなかわかってはもらえないことかもしれません。
しかし、遠藤さんの気持ちは、愛する人を失った人の多くが体験しているのではないかと思います。
笑いの中にさみしさがある。
でも、そのさみしさは自分だけのもの。
他の人には気づかれたくない。
いや、自分はほんとうに笑っているのだろうか、
とても複雑な気持ちなのです。

にもかかわらず、笑わないと生きてはいけません。
笑うことで、さみしさを忘れないといけない。
意識しようが意識しまいが、生きるということは、そういうことなのでしょう。
さみしいのに笑える自分がいることが、時に不思議でもあります。
そして、同時に、そうやって笑っている自分を冷やかな目で見ている、もう1人の自分がいて、さらに、その2人を見ている自分もいる。

人とは本当に不思議な存在です。
たくさんの「いのち」の集合体なのかもしれません。

今日は青空は期待できません。
なにか気の萎えてしまう1日になりそうです。
せっかく元気が出てきたのに、困ったものです。
元気になりすぎて、また走り出そうとしている私を、思いとどまらせようとしているのかもしれません。

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2013/11/02

■節子への挽歌2253:病床の横で読んでいた「マルチチュード」

節子
また冬のような日になりました。
今日はこたつがほしいほどです。

今日は「コモンウェルス」という本を読んでいました。
これは、政治哲学社会のネグリとハートの書いた、新しい民主主義への革命の書「帝国」3部作と言われている本の3冊目の本です。
昨年末に買ったのですが、読めずにいました。
読めなかった理由は、節子と関係があります。

実は3部作の2冊目の「マルチチュード」は、節子の闘病中に読んでいました。
実に刺激的な本で、入院中の節子の病床の横で読んでいたような気がします。
普通の本はどんなに厚い本でも、2~3日もあれば読了するのですが、「マルチチュード」の本は上下2巻でしたが、かなり長い時間かかった気がします。
内容が難解で密度が高かったことも理由ですが、今から思うと、おそらくもう一つ理由がありました。
「現実逃避」です。
普段と同じ状況をつくりたかったのです。
そして、節子にも安心させたかったのです。
だから読んでいても、読んでいないことが多く、何回も同じところを読み直していた気がします。
しかし、節子がいなくなった後、なんで病床の横で本など読んでいたんだろうと悔やみました。
節子はどう思っていたでしょうか。

ちなみに、節子の病床の横で読んでいた本は、「マルチチュード」だけです。
もしそうであれば、「マルチチュード」の読了には数か月かかっています。
それが事実なのか、私の記憶の世界の中でのことなのか、わかりません。
しかし、なぜか「マルチチュード」の本と病床で寝ている節子の姿が、いつも一緒に思い出されてしまうのです。
同じ著者の「コモンウェルス」を読み出すと、そのイメージが浮かんできてしまうのです。
だから読めなかったのです。

この本を久しぶりに手に取りました。
不思議なのですが、なぜかすらすらと読めるのです。
それも節子を常に思い出しながら、です。
ネグリの本が、こんなに読みやすいとは思ってもいないほど、すらすら読めます。
もしかしたら、「マルチチュード」は、私は読んでいなかったのかもしれません。
私の印象では難解でしたが、それは目で文字を追っていただけだったからかもしれません。

「マルチチュード」は、私には特別の本になっています。
節子と重なってしまっている本なのです。

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■砂上の上の経済

以前も書きましたが、最近の大企業の業績の動き方は異常です。
大赤字の会社が一転して過去最高の黒字になるとかいうことがよくあります。
パナソニックが6800億円の赤字から過去最高の1700億円の黒字になったという報道がつい一昨日ありましたが、どう考えてもおかしな話です。
東電の黒字も理解し難いですが。

わが家の収入が、そんなに「乱高下」したら、家庭はめちゃくちゃになるでしょう。
もっとも、個人の家で、大幅な収入増があるとしたら、その理由は、宝くじが当たるか、ギャンブルで勝つか、巨額な遺産が入るか、あるいは銀行強盗するか、くらいしか理由は考えられませんが、いずれにしろ家庭はおかしくなりかねません。

最近のように、利益が乱高下する大企業は、なぜ乱高下するのでしょうか。
例えば、今回のパナソニックはリストラ効果が大きいようです。
だとしたら、誰かの犠牲の上に、公収益は実現したわけです。
そういえば、JTは業績改善のために2000人のリストラをすると報道されていました。
どこかおかしくないでしょうか。

企業の利益が乱高下するのはまじめに仕事をすることで利益をあげていない仕組みになっているからだろうと思います。
まさか銀行強盗はしていないでしょうが、もしかしたら同じようなことをしているのかもしれません。

それはそれとして、企業収益の報道をみていると、どうも最近の企業の収益構造は砂上の楼閣ではないかという気がしてなりません。
さらに言えば、最近の経済そのものが、砂上の楼閣になってきているのかもしれません。

お金に振り回される生活から早く抜け出さないといけません。

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■所有財産の共和制

アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの「コモンウェルス」をようやく読み出しましたが、彼らの思考がかなり具体的になってきているのが読み取れます。
その出発点にあるのが、次の考えです。

三大ブルジョア革命から今日にいたるまで、あらゆる共和制は所有財産の共和制である。
同時に、所有財産は「貧者のマルチチュード」の存在に支えられていることを明確にしています。
本書の副題は、「〈帝国〉を超える革命論」ですが、その革命の主体はまさに所有財産の共和制(言い換えれば〈近代〉あるいは〈帝国〉)の中に潜んでいるわけです。
これは刺激的なメッセージです。

それはともかく、最近のアベノミクスにまつわる報道は、まさにこのことをわかりやすく示しています。
たとえば、企業を税制面で優遇し従業員のベアをしてもらい、給与が上がった従業員が消費を増やし、企業の売上を高めて、企業の収益が上がるという「好循環」が盛んに言われていますが、それは「所有財産の共和制」の世界の話です。
大企業の正規社員だけで社会が構成されていれば、その循環は成り立ちますが、社会の多くの人は、その循環の枠外にいます。
その昔、自動車会社のフォードは、従業員の日当を倍にし、従業員でも自動車を買えるようにし、一挙に自動車市場を拡大したといわれます。
これは、枠外にいた人を「所有財産の共和制」の「所有者」にした話です。
一方、サブプライムローンによって住宅購買者を増やしたのは、「所有財産の共和制」を維持するために枠外の人を利用しただけの話です。
アベノミクスの思想は、後者に近いでしょう。
にもかかわらず、テレビの解説は「所有財産の共和制」の内部の話を、さも社会全体の話のように報じています。

経済成長によって生活が豊かになるのは、一部の人です。
逆に経済成長によって生活を貧しくさせられる人たちがいることを忘れてはなりません。
資本主義経済の成立と発展は、近代奴隷制の存在を重要な要素にしていたとネグリは書いていますが、「所有財産の共和制」もまた経済成長の犠牲となる人たちによって支えられています。
その構造を変えなければ、世界は豊かにならないとネグリたちは考えています。

ちなみに、雇用労働こそが「所有財産の共和制」を支える仕組みです。
そして、「所有財産の共和制」には見事なほどに見えにくい「階層構造」が形成されています。
アベノミクスの報道を注意深く見ていると、その階層構造が垣間見えてくるように思います。

アベノミクス報道のおかげで、「コモンウェルス」がとても理解しやすくなりました。

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2013/11/01

■節子への挽歌2252:不幸や苦境もまた、生きる原動力

節子
古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスは、「人間にとっては、欲することがすべてかなうのは、さほどよいことではない」と言っています。
たしかに、すべてのものが手に入ってしまえば、人生は退屈なものになりかねません。

最近の子どもたちがもしおかしくなっているとしたら、それはあまりに「物質的に満ち足りているから」かもしれません。
有名人の子どもたちが起こす不祥事に触れると、いつもそう思います。
一時期話題になったホリエモンは、「お金で買えないものはない」というようなことを言っていましたが、言い方を変えれば、お金で買えるものでしか構成されていない世界で育ち、生きているということでしょう。
余計なお世話でしょうが、同情を禁じえません。

不満や不足こそ、生きる原動力だと言われます。
もちろんそうではない生き方もあるのでしょうが、生きるとは不満や不足を補う楽しみの連続だとも言えます。
言い方を変えれば、生きるということは、不足や不満と付き合うということです。
その不満や不足が、あまり大きくないほうがいいかもしれませんが、それを決めるのは人それぞれです。
野心を抱き、大業をなす人にとっては、不満や不足は大きければ大きいほどいいかもしれません。

こう考えてくると、不満や不安だけではなく、不幸や苦境もまた、生きる原動力につながっていくことがわかります。
節子を失うことによって、私は生きる気力を失いかけていましたが、それを生きる原動力に反転させることもできたのです。
残念ながら、私自身まだそういう考えをきちんとは受け入れられずにいますが、いつかその意味を知ることができるでしょう。

節子が元気だったら、こんなことは考えもしなかったかもしれません。
少なくとも、知識としてしか、考えなかったでしょう。
しかし最近は違います。
いつも「一人称自動詞」で、自分の生き方につなげて考える習慣が身についてきました。
節子との別れが、私を少しだけ成長させたことの一つです。
節子は今もなお、私にとってはいい先生です。


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