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2013年12月

2013/12/31

■節子への挽歌2312:7回目の年越しです

節子
節子を見送ってから7年目も今日で終わります。
夏には7回忌も済ませたのに、気持ちはまだまだ整理できません。

アルベール・カミユ。
年末になって、なぜかカミユを思い出して、昨日から大掃除の合間に、彼の遺稿をまとめた「反抗の論理」をぱらぱらと読むでもなく、頁を繰っていたら、こんな文章が目に付きました。

そのものの価値を知ったいま、それは失われている。

まさに、この7年間の私の思いです。
だが、7年間、失われたものへの悲しみだけではなく、失うことによって、得たものへの気づきも生まれてきています。

年末なので、ホームページに書いた、今年の年始の言葉を読み直しました。
そこに、宮沢賢治の言葉が引用されていました。

 ああ いとしくおもうものが
 そのままどこへ行ってしまったかわからないことが
 なんといういいことだろう
失ったものの価値を超えて、もはや失うことのない価値に気づいたといってもいいかもしれません。
おそらく宮沢賢治も、そうだったのでしょう。
銀河鉄道の夜を読むとそれが伝わってきます。

私がカミユの作品に出会ったのは1960年。
節子に出会ったのは1964年。
節子と出会い、一緒に暮らしだした頃は、私はカミユにあこがれていました。
節子には大きな戸惑いがあったはずです。
しかし、節子は、それにとても素直に馴染み、逆に私を変えてしまったのです。
そんな気がします。

カミユは「反抗の人」でした。
年が明けたら、50年ぶりに、「ペスト」を読んでみようかと思います。
節子と付き合いだした頃の気分に戻れるかもしれません。
そこから出直せば、もう少し気持ちが整理できるかもしれません。

明日は、とても穏やかな年明けになりそうです。
私も、穏やかな気持ちで新年を迎えられそうな気がします。
来年は、少し前に進められるかもしれません。

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2013/12/30

■節子への挽歌2311:茂さんのお餅

節子
今年もまた、東尋坊の茂さんが、みんなでついたお餅を送ってきてくれました。
茂さんは、10年前から、福井の東尋坊で、自殺防止のための見回り活動をしています。
前にも書きましたが、闘病中の節子と最後に出かけた遠出の旅行は芦原温泉でした。
そのついでに立ち寄った東尋坊で、自動車を降りた途端に出会ったのが、茂さんでした。
その前からささやかな交流があったので、もしかしたら会えるかもしれないとは思っていましたが、まさか自動車を降りた途端にそこで会うとは思ってもいませんでした。
その時にも、茂さんがやっているお店で、お餅をいただきました。
とてもとても美味しかったです。

節子が逝ってしまってからしばらくして、茂さんからメールをもらいました。
そこに茂さんの夢が書かれていました。
それが縁になって立ち上げたのが、「自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあい」です。
2~3年は事務局役を果たすとお約束して立ち上げたのですが、なかなか抜けられずに、いまもささやかに関わらせてもらっています。
その関係で、茂さんはお餅を毎年送ってきてくださるのです。
早速、節子にも供えさせてもらいました。
茂さんとの縁は、私にはどうしても節子がつないでくれたような気がしているのです。

そういえば、その茂さんとの縁でつながったのが、一昨日書いたKさんです。
Kさんの運転で、2人で東京から東尋坊まで自動車で行ったこともあります。
人の縁は、不思議です。
いろんな形でつながりがつながりを生んでいきます。
そうしたことを体験していると、人間はすべてつながっていることがよくわかります。
一時期、「無縁社会」などという言葉が流行りましたが、社会も人間も、縁で成り立っているのです。
そこに気づけば、みんなもっと生きやすくなるのでしょうが。

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2013/12/29

■節子への挽歌2310:花と音楽

節子
今日は花かご会の山田さんと我孫子の音楽ソムリエの宮内さんをお引き合わせしました。
節子の位牌壇のあるわが家のリビングでのお引き合わせだったので、節子も聞いていたかもしれません。

花かご会もメンバーの高齢化が進み、作業もだんだん厳しくなってきているようですが、会としては節子がいた頃と同じく、いまもまったりとしたとてもいいグループのようです。
しかし、いまのままだと次第に動きにくくなるので、少しずつ若い世代を入れたり、ほかのグループとの交流があったほうがいいと思います。
たまたま宮内さんも最近、花に関心を持ってきているようなので、お引き合わせしたのです。
どう展開していくかわかりませんが、宮内さんの柔らかな発想と乗りのいいメディエーター役で、きっとなにか面白い動きがうまれていくでしょう。
しかし、山田さんは少し戸惑ったかもしれません。
話が少し広がりすぎたかもしれません。

花かご会ももう10年だそうです。
花かご会のみなさんには、節子もとてもお世話になりました。
節子の病床には、花かご会のみなさん一人ひとりからのメッセージをボードに貼って置いていました。
それが、節子には大きな励ましになっていたことでしょう。
みんなとても良い人で、節子がいなくなってからも、何回も来てくださいました。
そのお礼をしなければいけないのですが、なかなか私のできることが見つかりません。
花の植え替えの忙しい時に、応援に行くことも考えましたが、かえって足手まといになるでしょう。
作業日に差し入れを届けるのも、なかなか良いタイミングを得られずにいます。
そんなわけで、気になりながら、今年は一度もみなさんへの挨拶もできていません。
困ったものです。
でもまあ、今回のお引き合わせが、少しでもお役に立てればと思っています。
節子が喜んでくれているとうれしいのですが。

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2013/12/28

■節子への挽歌2309:「男前の生き方」「女前の生き方」

節子
年末に来るのは、訃報のはがきだけではありません。
いろんな人たちから今年の報告なども兼ねて、いろんなメールが届きます。
もっとも最近は、義理堅くていねいに報告してくれる人は少なくなってきましたが、これはもしかしたら、私の付き合い方が粗雑になってきているからかもしれません。
反省しなければいけません。
しかし、人数は減ってきたとはいえ、そういう年末の挨拶はうれしいものです。

報告ではありませんが、昨日のサロン用にとわざわざ珈琲を送ってきてくれたKさんにお礼の電話をしたら、めずらしく、ちょっと元気がないのが気になりました。
そういえば、Kさんとは今年は一度も会っていないような気がします。
いつでも存在感があるので、節子と同じで会わなくても隣にいるような存在なので、あんまり会いに行くことも考えないのですが、ちょっと気になりました。
それで少しだけ、まじめな話をしました。
お互いの近況を少しだけ話題にしたのです。

少しだけ話は聞いていたのですが、相変わらず「任侠の世界」の生き方を続けているようです。
誤解があるといけませんが、「任侠の世界」とは「筋を通す生き方」あるいは「男前の生き方」です。
私が目指す生き方でもありますが、私にはなかなか実行できない生き方です。
そうした「筋を通す」ために、最近はかなりハードな状況にあるようです。
如何に頑強とはいえ、歳も歳ですので、無理をしなければいいのですが。
電話で話をしているうちに、ますます心配になってきました。
電話では、実はKさんのほうが私のことを心配してくれていたのですが、他者のことを心配するのは、自らが弱くなっているからともいえます。
それもこの数年、私自身が体験したことです。
年が明けたら、一度、会いに行こうと思います。

Kさんは、節子が逝ってしまってからの知り合いですが、節子もよく知っているTさんからはメールが来ました。
Tさんの生き方も、ドラマがあります。
「女前の生き方」という言葉があればそういいたいところです。
最近は要職にもあり、かなり多用のようですが、自分をしっかりと持とうとしているところが好きです。
それに強ぶっていますが、実は結構弱いのです。
これはKさんも同じかもしれません。
彼女との付き合いは、もう20年を超えるでしょうが、不器用ながら、筋を通して誠実に生きているのもKさんと同じです。
年が明けたら、Tさんにも会いたくなりました。

来年は、また動き出そうと思います。
身体が持てばですが。

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■バングラディシュのブロッケイド

昨日は湯島で今年最後のオープンサロンだったのですが、鷹取さんが来てくれました。
鷹取さんは不思議な人で、多くの時間を海外で過ごしているようなのですが、年に1回くらい、突然飄々とやってきて、そのつど、刺激的な話題を提供して場を盛りあげ、さらにとてもいいタイミングで退席されるのです。
そのスマートさは、感動的でさえあるのです。

つい最近まで、バングラディシュに仕事だったそうですが、首相選挙の関係で内戦状況に陥り、仕事もできないので帰国されたようです。
私はまったく知らなかったのですが、いまバングラでは、反政府グループによって、各地の交通封鎖や暴力的なデモが行なわれ、連日10人前後の死者が出ているのだそうです。
現地の新聞も持ってきてくれましたが、そこには交通事故死を報告するように、デモなどによる死者数が掲載されていました。Bg


タイでの内戦状況のニュースは日本のテレビでも盛んに報道されていますが、そのすぐ近くのバングラでのこうした状況は気づきませんでした。
今日は気を付けて、BSの海外ニュースを見たのですが、そこではたしかに報道されていました。
死者もすでに200人を超えたと報道されていました。

タイと日本の関係は深いですが、バングラと日本も近い関係にあります。
鷹取さんが教えてくれましたが、今でもバングラのある世代の人たちは、この国の独立を最初に認めてくれた国として日本には感謝しているそうです。
私も、バングラがパキスタンから独立する時に、ささやかに応援しました。
その関係で、定期的に情報をもらっていましたが、その後、シャプラニールが生まれました。
いまは会員も止めていますので、まったく無縁なのですが、バングラがそんな状況とはとても残念です。

しかし、マスコミで報道されている世界の動きは、ほんの一部なのだと、改めて思いました。
そんなことは当然のことなのですが、ついつい報道で知ったことだけで構築した世界像がすべてだと思い込みがちなのです。

昨日のサロンでは、ヘイトスピーチの話も出ました。
しかし、ヘイトスピーチの広がりはどうなのでしょうか。
機能もかなり議論になりましたが、ヘイトスピーチの報道が逆に事実を増幅する効果もあります。
私の周りには、ヘイトスピーチなどしている人はいませんので、実感が持てないのですが、たとえば中国の過激な反日デモも、現実のほんの一面でしかありません。
小さな出来事にこそ本質が現れるとも言われますが、それはそうだとしても、世界を知るためにはやはりもっと広い視野を持たなければいけません。

昨日はいろいろな話が出ましたが、改めて私自身は、視野を広く持つことの大切さを感じました。

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2013/12/27

■節子への挽歌2308:今年最後のオープンサロン

今年最後のオープンサロンは、4時から8時の開催にしました。
オープンサロンだけは、相変わらず節子も知っている懐かしい常連の人たちが多いです。

武田さんは、このサロンだけの常連ですが、相変わらず私とは論敵関係です。
今回も危うくまた議論別れになる寸前でした。
幸か不幸か、間をとりなす人が2人もいましたので、事なきを得ましたが、こうした緊張感が生まれる唯一のサロンが、このオープンサロンです。

そういえば、節子がいなくなってから変化したことがあります。
それは、サロン終了後、ほとんどの場合、だれかが後片付けをしだして、使用したカップを洗ってくれるのです。
実に不思議です、
別に女性とは限りません。
大企業の部長だったり、まさかこの人が、と思うような人が、食器を洗い出すこともあるのです。
とうていご自宅でやっているとは思えないのですが。
なにやらとても不思議な光景です。

昨夜は、しかし、なんとなく話をしながら、カップを洗うところまでいかずに、私も含めて帰るような流れになってしまいました。
ところが、大島要さんが、気づいて、私が洗いますと残ってくれたのです。
まあそれだけの話なのですが、湯島の場がこうやってみんなで創っている場になってきていることが、何かとても幸せな気持ちがしたのです。

節子とはじめたサロンも25年続いているわけですが、今年も無事、終わりました。
来年もオープンサロンは続けようと思います。

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2013/12/26

■節子への挽歌12307:相互身勝手関係

節子
凍えるような寒さです。
彼岸にも季節はあるのでしょうか。

季節は生活に節目をつけてくれます。
それはそれでいいのですが、寒ければ寒いと不平をいい、暑ければ暑いと文句を言う。
人間はまことにもって、身勝手です。
しかし、その身勝手さが人生を豊かにしてきているのかもしれません。

豊かさとは少し違いますが、夫婦の良さはお互いに身勝手になれることです。
すべての夫婦がそうではないでしょうが、お互いに身勝手にならないと長年連れ添い続けることは苦痛になりかねません。
身勝手に成り損なうとむしろお互いに拘束しあう関係にもなりかねません。
そういう意味では、私たちは、かなり早い時期に身勝手文化を身に付けたように思います。
それは実に簡単なことで、自分の身勝手さと相手の身勝手さは、セットのものだという、簡単なことに気づけばいいだけの話です。
それさえわかれば、身勝手に振舞われることもまた、むしろ快適にさえ感じられるのです。
つまり、身勝手さは相互関係においてこそ、価値を持ち出すように思います。
言い換えれば、気持ちよく安心して身勝手になれるのは、誰に対してでも、ではなく、特定の人にだけなのです。
言い換えれば、そういう人こそ、愛する人なのかもしれません。
そうした人がいることの幸せは、いなくなってから気づくことです。

もちろん、伴侶や親子でなくとも、身勝手をぶつけてくる人はいます。
身勝手は、相互関係であればこそ受け容れられますが、そうではない友人や知人の身勝手さは、伴侶のそれと違って、素直には受容できません。
どこかで拒否感や不快感が生まれます。
だからと言って、そうした相手に自らの身勝手さをぶつける気にはなれません。
夫婦の場合は、お互いに身勝手であることが、その関係を深めますが、そうでない相手の場合は、身勝手さは関係を壊しかねません。

しかし、すべて物事には裏表があります。
身勝手関係を作りあげた生活に慣れてしまうと、その相手がいなくなってしまうと、途端におかしくなってしまうのです。
自らの身勝手を引き受けてくれる人がいなくなってしまうからです。
あるいは、快適な身勝手さをぶつけてくる人もいなくなるからです。
それは、実にさびしいことです。

身勝手さを発揮できないと、人生は少し疲れますね。


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■驚くことの多い年の瀬です

昨日テレビで、沖縄の仲井真知事が安倍首相に話している言葉を聞いて驚きました。
話し合っているのを見て驚きました。
「格別のご高配を賜りましたことに深く感謝申し上げます」
私は耳を疑いましたが、他のチャンネルのニュースでも(当然ですが)、同じでした。

知人が早速、知事宛に「戦後初めて基地を受け入れた沖縄県知事とならないように」とメッセージを出しました。
それに関連して、メーリングリストで次のようなことを流してきてくれました。

球新報東京支社報道部長の島洋子氏は12月21日の都内での集会で、「沖縄県が普天間飛行場の名護市辺野古への移設を受け入れてしまえば、沖縄県が戦後初めて基地を受け入れてしまうという、歴史の岐路に立たされています」と語っています。

まさかのまさかです。
仲井真知事のこれまでの言動には、拍手を送っていたのですが、最後の最後でこれまたどんでん返しです。

と思っていたら、今日のテレビは「安倍首相、靖国参拝」でもちきりです。
これも驚きました。

支持率が低下し、しばらくは言動に留意するだろうと思っていましたから、このニュースにも驚きました。
まあしかし、安倍首相としては当然の行動というべきかも知れません。

そういえば、つい最近の韓国への弾薬の提供も驚きました。
いろんなことが、どんどんなし崩し的に既成事実化していることに、気持ちの悪さを感じますが、それが加速化されているようで不安です。

今年は、いろんなことがありましたので、政治の動きには驚かなくなってきましたが、驚かなくなることが一番危険なのでしょう。
驚かなければいけないと、改めて思います。

驚くことの多い年の瀬です。

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2013/12/25

■節子への挽歌2306:「夢よりも深い覚醒」

節子
「夢よりも深い覚醒へ」という本で、大澤真幸さんは、3.11を体験した私たちに必要なのは、「夢から現実へと退避する覚醒ではなく、夢に内在し、それを突き抜ける覚醒、夢よりもさらに深い覚醒である」と書いています。
普通は、あまりに受け容れがたい現実に直面して、夢に逃避しがちな生き方への警告をするのですが、大澤さんは逆に「3・11の(悪)夢を突き抜けるような仕方で、覚醒しなくてはならない」と書いているのです。
大澤さんのメッセージは、いつも難解なので、このメッセージも私自身、消化できてはいないのですが、「夢よりも深い覚醒」という言葉には強く惹かれるものがあります。

大澤さんのこの言葉は、挽歌には無縁なのですが、この言葉がずっと心に引っかかっています。
普通に考えれば、節子がいなくなってからの私は、現実感覚をかなり失っていますので、現実への退避はしていませんが、同時に、夢への逃避もしていません。
現実も夢もない、いわば宇宙の隙間である「亜空間」に陥ったような浮遊感の中で、過ごしているというような感覚なのです。

亜空間での生活は、しかし、悪いことばかりではありません。
以前とはまったく違った視点で物事を考え、世界が見えるようになったとともに、この数年間、考える時間がたくさんあったのです。
考えるだけではなく、これまで体験しなかった体験もしました。
頭で考えていたことを心身で受け止めることもありました。
大仰に言えば、世界がそれなりに見えてきたのです。
もちろん、私なりの世界です。
さらに、これまでの私自身の生き方も、少しだけですが、相対化できたようにも思います。

しかし、そろそろその世界から抜け出ようと思います。
「亜空間」での浮遊状態も、それなりに辛くなってきたからです。
それに、このあたりで目覚めないと、目覚めないまま消滅しかねません。
少しだけ垣間見えてきた私の世界で、もう少し意識的に目覚めるのも意味があるかもしれません。
現実を目指さない目覚めとは難しそうですが、それにしても「夢よりも深い覚醒」とは魅力的な言葉です。

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■節子への挽歌2305:なぜか知人がワインを持ってきてくれました

今日はクリスマスです。
世間はみんなクリスマスを楽しんでいるでしょうが、私にはまったく無縁で、今日もまたいくつかの悩ましい問題に関わらざるを得ず、機嫌の悪い1日でした。

ところが、夕方、なぜかまったく理由がわからないのですが、知人がワインを持ってきてくれました。
親しい知人ではなく、滅多にお会いしない人ですが、寒い中を大きなワインをわざわざ歩いて持ってきてくれたのです。
しかも、近くの人ではありません。
わが家からだと歩くとたぶん30分ほどかかるところにお住まいだと思います。

あまりにも意表を突かれたせいで、対応ができませんでした。
彼女は、ワインがお好きそうなので、何となく持ってきてしまいました、と言いながら、大きなワインを私に渡すと、「メリークリスマス」といって、帰っていきました。
機嫌が悪く、気も萎えていたこともあって、「良いお年を」としか返せませんでした。
さてさて、どう対応すべきだったでしょうか。

ところで、実は私はアルコールには弱いのです。
とりわけワインは得手ではありません。
彼女の言い方が、あまりに確信を持った言い方だったので、そのことを打ち明けることができませんでした。
もっとも、いただいたワインはカリフォルニアワインの白なので、私にも飲めるかもしれません。

不思議なことでしたが、この人のおかげで、今日はクリスマスなのだと改めて思いました。
いや、この挽歌を読んでいて、私を元気づけるためにワインを下さったのでしょうか。
そうだとしたら、この記事も読まれそうですね。
もし読まれていたら、ありがとうございました。
正月に来客と一緒に、味わわせていただきます。

年が明けたら、またお会いしましょう。

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■12月27日、よかったら湯島にお立ち寄りください

今年もいろんなサロンを開催しましたが、12月27日が今年最後のサロンです。
最後の金曜日は、毎月、テーマなしのオープンサロンですが、
今回は時間を繰り上げて、午後4時から8時まで、カフェを開店します。
いつも通りの気楽なサロンです。
まだお会いしたことのない人も大歓迎です。
もし時間があったら、可能な時間に、珈琲を飲みにお立ち寄りください。
珈琲は、友人の神崎さんが、大好きな宮本珈琲の美味しい珈琲を提供してくれるそうです。

開店時間は、4時から8時ですが、私はずっといます。
お会いできるのを楽しみにしています。

○日時:2013年12月27日(金曜日)
○開店時間:午後4時~8時
○スタイル:好きな時に来て好きな時に帰る
○珈琲:500円
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf

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2013/12/24

■節子への挽歌2304:宇宙の子

節子
佐久間庸和さん(ペンネーム一条真也)から、新著「慈を求めて」が送られてきました。
早速、読ませてもらいました。
一条さんと節子は会う機会はありませんでしたが、一条さんは闘病中の節子のために韓国の灌燭寺でお守りを手に入れてきてくれました
節子は、それをいつも枕元においていました。

佐久間さんが昔から提唱しているのが、月への送魂です。
本書から引用します。

古代人たちは「魂のエコロジー」とともに生き、死後への幸福なロマンを持っていました。
その象徴が月です。
彼らは、月を死後の魂のおもむくところと考えました。
月は、魂の再生の中継点と考えられてきたのです。
佐久間さんは、地球のどこからでも見ることができる月に魂を送ろうと構想しているのです。
その大構想に、私はとても共感しています。

佐久間さんは、最後にこう書いています。

わたしたちの肉体とは星々のかけらの仮の宿です。
入ってきた物質は役目を終えていずれ外に出てゆく、いや、宇宙に還っていくのです。
宇宙から来て宇宙に還る私たちは、宇宙の子なのです。
そして、夜空にくつきりと浮かび上がる月は、あたかも輪廻転生の中継基地そのものと言えます。
人間も動植物も、すべて星のかけらからできている。
その意味で、月は生きとし生けるものすべてのもとは同じという「万類同根」のシンボルでもあります。
宮沢賢治を思い出します。

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■都知事選挙50億円

猪瀬さんの辞職で、年明けに都知事選が行われることになりました。
そのための費用が50億円もかかるそうです。
その金額の大きさに驚きますが、この50億円は「無駄な出費」でしょうか。
ここが悩ましい問題です。

税金を納めた都民にとっては、やはり無駄に思えるでしょう。
知事選がなければ、その50億円が生活の利便性を高める用途に使われることが期待されるからです。
しかし、この50億円は、予期されていなかった「新しい仕事」を生み出します。
つまり、多くの人が大好きな「雇用の場」を生み出すのです。
選挙のために機材も消費されるでしょうが、それは市場を拡大すると言うことでもあります。

つまり、経済計算の世界では「無駄」などはないのです。
それどころか、「無駄な消費」の発生は、経済成長を押し上げるのです。
経済成長という概念が、いかに生活経済と無縁なことかは、この一事をもってしても明確です。

このブログでは、時々、書いていますが、同じことも見る側によって大きく変わってきます。
何を「無駄」と考えるか、何を「利益」と考えるか。

もう一度、猪瀬さん辞職による都知事選挙について考えてみましょう。
お金が動くので、経済成長にはプラスです。
金銭以外の面ではどうでしょうか。
大きなプラスがあります。
都民が、都政とは何か、知事を選ぶとは何かを考える機会が得られることです。

政治をきちんと考えようとしている人には、選挙の機会は多ければ多いほどいいでしょう。
それは「学習の機会」だからです。
愚民政策を取りたい人たちには、好ましいことではないでしょうが、そういう人たちにとっても、先の選挙で損をした人たちは、挽回のチャンスになるかもしれませんから、喜ぶでしょう。
すでに先の選挙で落選した立候補者たちは、動き出しています。

都民だけではありません。
多分今回の都知事選挙は、暴走しはじめた安倍政権の動きにも影響を与えるでしょう。
国政選挙はしばらくありそうもない状況の中で、都知事選挙は大きな意味を持っています。
安倍政権も、その結果に無関係ではいられないでしょうから、今回の選挙は国政へのメッセージも生み出せるのです。

マスコミにとっては、うれしいかぎりでしょう。
話題が増えれば、それだけ仕事もやりやすくなるでしょう。
地道な仕事などしなくても、一緒になって騒いでいればいいですから。

他にもいろいろとありますが、ともかくこれは経済的には「特需」効果があり、政治的には「修正」効果があり、文化的には「学習」効果があるといえるでしょう。
都知事選挙、万々歳です。

いささか茶化し気味に書いたので、また誤解されるといけませんが、
もちろん私は、50億円の選挙費用は全くの無駄で、都民はもしかしたら「学ぶ」どころかまずます「投げやり」になっていくのではないかと、心配しているのです。
「オリンピックの顔になる人」などという言葉に惑わされなければいいのですが。

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■節子への挽歌2303:誰のための挽歌か

節子
この挽歌も2300回を越えました。
言い換えれば、節子が旅立ってから2300日以上が経過したと言うことです。

挽歌は、本来、鎮魂歌です。
旅立った魂が迷いなく彼岸に辿りつくために願いの歌です。
2300日以上経っても、まだ挽歌を書き続けているということは、鎮魂に成功していないと言うことかもしれません。
つまり、そこで主客が逆転します。
実は、挽歌とは旅立った魂のものではなく、遺された魂を鎮めるものなのです。
そして、実は私に葉、それができていないということなのです。
おそらく、節子はすでに彼岸にあり。仏教でいう「中有」の状態にあるのは、私なのです。

万葉集にはたくさんの鎮魂歌が出てきます。
そもそも鎮魂歌が生まれたのは、古代の殯(葬送儀礼)の場だったでしょう。
そこでは、死者生前の事跡を朗々と詠ずる慰霊儀礼だったのです。
そこで重要なことは、みんなの前で、朗誦されたと言うことです。
声が、彼岸と此岸をつないだのです。

ちなみに、文字を音読せずに黙読するようになったのは、さほど古いことではないようです。
文字は声に出してこそ、力を持つというのが、長い歴史の文化でした。
つまり、この挽歌のように、ただただ書かれるだけの挽歌は、あんまり力がないのです。

しかし、だからこそ、鎮魂歌、あるいは挽歌には意味があるともいえます。
鎮魂の効果がない鎮魂歌、挽歌を書き続けることで、「一件落着」することを先延ばししているという効果です。
魂を鎮めずに、魂の気を引き寄せ続ける。
同時に、自らをもまた、そこに閉じ込めることで、別れの現実を先延ばししているというわけです。
であればこそ、この挽歌は2300回も続いている。
そして、まだ続けたいと思っているわけです。

節子はもう愛想を尽かしているかもしれません。
そういえば、昨夜、夢に節子のお母さんが出てきましたが、なぜか節子は出てきませんでした。

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2013/12/23

■汚れを正す仕組み

今日は天皇の80歳の誕生日です。
今日に限っては、私自身の意見は書かずに、上山春平が四半世紀ほど前に、朝日新聞主催の座談会で述べていた言葉を紹介します。
日本という国が守ってきた巧みな仕組みに就いての言及ですが、四半世紀も経った今も、現代の政治構造や社会状況を考える上で、とても示唆に富んでいると思います。
しかし、自民党の憲法改正案を読むと、自民党の人たちは、この仕組みでは満足できないようです。

今の日本は国家組織の中枢に近い人々がけがれた印象を与えている。その中から選ばれた人が国の中心にいたのでは、やりきれない思いになる。しかし幸い、われわれはそういう汚さから無縁で真っ白な方を中心におくことができる。これは国の姿として実にありがたいことだ。(朝日新聞1989/1/16)
また、翌年、上山さんは雑誌「思想」で、こう書いています。
天皇制は、国制の頂点に聖域を設け、権力競争に汚れやすい政治家たちをシャット・アウトする。その聖域から権力とのかかわりを最大限に排除したのが、今日の天皇制である。非権力という点では、世界の君主制のなかで最も徹底したケースといえるかもしれない。

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■節子への挽歌2302:食卓のガラスがなくなりました

節子
またひとつ、節子の思いのこもったものがわが家から消えました。
食卓のガラスです。
ひびが入ってしまったので、廃棄することにしました。

わが家の食卓は円形テーブルです。
食卓を円形にするかどうかは、家族でだいぶもめたのですが、節子の強い要望で、円形のテーブルになりました。
さらに節子の要望で、テーブルに合わせてガラスを上に置くことにしました。
これはわざわざガラス屋さんに頼んで加工してもらったものです。
節子には、思いのこだわりの深いものでした。

そのガラスが、今年の初めにひびが入ってしまったのです。
しばらくはガムテープで補修して使用していましたが、ひびがどんどん広がってしまったので、廃棄することにしました。
ところが、ごみに出すために、それを小さく割ろうとしたのですが、強化ガラスなので、金槌で叩いてもなかなか割れないのです。
そんな丈夫なガラスなのに、なぜひびが入ったのでしょうか。

ガラスをはずしたら、まっさらな食卓の木面が出てきました。
傷が全くありません。
娘のユカは、ガラスを置くことに強く反対していましたが、それは生活の記憶が刻まれないからと言う理由でした。
たしかに、その通りです。
あまりに無傷なので、ここで節子と一緒に食事をしてきた痕跡が見当たりません。
いささかさびしい気はします。

形あるものは、傷がつき壊れていきます。
それを止めようと思うのは、やはりやめたほうがいい。
改めて、そう思いました。

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2013/12/22

■節子への挽歌2301:元気が出てこない年末

節子
節子がいなくなってから、私の生活は極めてストイックになりました。
節子がいた頃から、かなり慎ましやかな生き方だったと思いますが、それがさらに強まった気がします。
もっとも、自分で「ストイックだ」などという人は、あんまり信用できません。
私の場合も、そうかもしれません。

しかし、華やかな場に出かけることは極力控えていますし、世間的な「祝祭」にもほとんど無縁です。
クリスマスだからといって、ケーキを食べるわけではなく、お正月だからといって、立派な御節を用意するわけではありません。
節子がいた頃は、世間的な「祝祭」日には、わが家もささやかには華やぎましたが、今はほとんどそんなことはありません。

もっとも、華やかさがないと、人生はあまり明るくなりません。
ハレとケという、メリハリが人生には必要だということはよくわかります。
しかし、どうも「ハレ」気分を味わう気にはなれないのです。

節子がいなくなってから7回目の年越しです。
7年も経てば、気持ちも戻ってもおかしくないと思うのですが、ハレ気分への拒否感はむしろ年々強まってきています。
未練がましいのか、気弱なのか、わかりませんが、ともかくだめなのです。

どうして年末になると、気分が沈んでくるのでしょうか。
もしかしたら、年末は、いつも節子と一緒にいろいろとやっていたからかもしれません。
家族総出の大掃除、そして買出し。
その真ん中に、いつも節子がいました。

年末はどうも元気が出てきません。
困ったものです。

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■節子への挽歌2300:節子の実家

節子
いま気づいたのですが、和室の床の間に節子が作った木目込み人形が置かれています。
一時期、節子は木目込み人形づくりにはまっていて、いろいろと作っていましたが、人形は魂を持ち出すので、私はあまり好きではありません。
娘のジュンも、そうなのですが、そのせいもあって、わが家では人形はあまり見えるところには置かれていないのです。
多分、これが唯一の例外でしょう。

それは、床の間の真中にどんと置かれています。
節子が元気だった頃は、床の間に物を置くことはありませんでしたから、節子がいなくなってから、私か娘の誰かが置いたのでしょう。
なぜでしょうか。
しかもその横に、なんだかよくわからない人形が3人並んでいます。
まあ、それらは魂を持ちそうもない人形たちですが。

人形ではありませんが、わが家には今も、節子の手によるものが、いくつかあります。
そうしたものが、まだ節子の雰囲気を発信しているわけです。

家は、そこに住んでいた人の心を宿しています。
その意味で、家族をつなげていく大事な役割を持っています。
結婚した頃、節子と一緒に節子の生家に戻った時に驚いたことがあります。
いつもの節子ではない節子を感じたのです。
正直のところ、最初はとても違和感を持ちました。
私たちの家にいる時の節子と、生家にいる時の節子は、明らかに違うのです。
私は「実家」という言葉が嫌いでしたが、その時に、なぜ「実家」と言うかがわかったような気がしました。
だからこそ、その後は、ますます「実家」という言葉は私にはタブーになりました。
私たちがいま住んでいる家こそが「実家」でなければならないと思ったからです。

ところが、滋賀の節子の生家が建て直されてから、状況は変わってしまいました。
節子は気づいていなかったと思いますが、そこでの節子はいつもの節子だったのです。

わが家は10数年前に転居しました。
節子が土地を探し、家族みんなで設計し、新築した家です。
節子にとっては、暮らした期間から言えば、決して長くはありません。
転居前の家のほうが長かったでしょう。
しかし、この家には節子は愛着もあり、思いも深かったと思います。
節子は、もっとこの家で暮らしたかったのです。
私に、そう言ったこともあります。
だから節子の魂も、この家に今なお強く宿っているはずです。
思い当たることはたくさんあります。
いまもきっと、節子はこの家に住んでいるのでしょう。
ここが、節子の実家になったわけです。

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■社会の実相と幻想

組織のトップが拳銃で殺害されるという事件が京都と北九州と立て続けに発生しました。
特に、餃子の王将の社長の事件は、今もって、動機につながるような話は出てこないようです。
そこに私は、時代の不穏さを感じます。
事件は、社会の実相を反映しています。

社会契約論の考え方では、「社会秩序は人々の自覚的で意図的な営為の産物」です。
社会を構成するメンバーが、その言動によって創りあげているのが、社会と言えるでしょう。
その社会で、不可解な、そして悲惨な事件が起こるとしたら、それは社会そのものを作り上げている私たちの言動が、その原因です。
もちろん、関係者の特殊性によって発生する事件もありますが、それにしても社会の風潮と無縁であるものは、たぶんないといっていいでしょう。
そう考えるのが、社会の一員である者の出発点でなければいけないと私は思っています。

ところで、時代の不穏さですが、陰湿さと言い換えてもいいかもしれません。
たとえば、今回の猪瀬事件です。
一時期流行した「陰謀論」をどうしても思い出してしまいます。
猪瀬さんのような、不器用で無害な人間が狙われるとは思いにくいのですが、〈個人〉ではなく〈立場〉が狙われたと思えば、納得できる話でもあります。
餃子の王将の大東社長も、そうかもしれません。

宮台真司は、病理的症状を強めている今の日本社会を「社会の底が抜けた」状態と呼んでいますが、底が抜けた社会はどうなるのでしょうか。
私たちが生活の拠り所とする安定した社会(アレントはそれを「社会」とは呼ばずに「世界」と呼んでいます)はどんどん壊れてきているということでしょうか。
もしそうであれば、壊れた社会で暗躍する人が出てきてもおかしくありません。
言い換えれば、そうした人の暗躍を許しているのもまた、私たちだとも言えるわけです。

いじめ問題にしろ、自殺の多発にしろ、生活保護対象者の増加にしろ、振込み詐欺の横行にしろ、深刻な問題はたくさんあります。
その一方で、忘年会の単価が上昇したとか、高価なおせちが増えたとか、浮かれた報道も増えてきました。
報道は、相変わらず「幻想」ベースです。
社会は「実相」よりも、そうした「幻想」が支配する場でもあります。
「幻想」はバブルを生み、勘違いした人たちによって実相が作りだされます。
そして、壊れていくわけです。

ハーバーマスは、生活世界はどんどん「植民地化」されると警告をならしていました。
私は、そうした動きに抗して「脱植民地化」していこうとしていますが、どちらが幸せかはわかりません。

何を書こうとしていたのか。
時代の不穏さは、私たちがつくっているのだということを書こうと思っていましたが、ちょっと話が違う方向になってしまいました。

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2013/12/21

■節子への挽歌2299:恒例の花かご会のカレンダーを供えました

節子
花かご会の山田さんが、花かご会カレンダーをつくったからと持ってきてくれました。
節子の位牌檀に毎年飾っています。
節子はカレンダーの好きな人でしたから。

最近は花かご会のみなさんにお会いしていませんが、我孫子駅前の花壇を見るたびに思い出しています。
花かご会も高齢化が進んでいるようですが、今度、若い人を紹介することになっています。
もうだいぶ前から言われていたのですが、ついつい忘れてしまっていました。
一昨日、ある人と話していたら、我孫子を花でいっぱいにしたいと考えている人がいることを知ったので、まずはその人と私の共通の知人をお引き合わせしようと思います。

我孫子を花でいっぱいにするというのは、節子が花かご会を立ち上げる時に2人でよく話していたことです。
花の持っている、人と人をつなげていく力はとても大きいのです。
当時は、私もいくつかのまちづくり活動に関わっていたこともあり、節子に提案したのですが、実は却下されてしまいました。
そんな大きな構想を最初から打ち出したら、みんな負担を感ずる、それよりもまずは気楽に花を楽しむことから入りたいというのが、節子の言い分でした。
それはそうでしょう。
私の発想は、自分では汗をかかない外部者の理屈であり、節子のは実際にやっている人の素直な感覚なのです。
これはひとつの例ですが、理屈に偏りがちな私の生き方の危うさを、節子はいつも気づかせてくれました。
節子はもういませんが、長年節子と暮らしてきたおかげで、最近は私も少しは賢くなりました。
と言っても、やはり理屈で行動することも少なくありません。
それで失敗することも多いのです。
今年もたくさんの失敗がありました。

節子がいなくなってからのわが家の変化のひとつは、カレンダーがなくなってきたことです。
以前のようにカレンダーをもらうことがなくなってきたこともありますが、カレンダーが不要になってきたということもあります。
節子は、それに不満かもしれませんが、位牌檀にはきちんとカレンダーを置いていますので、いいでしょう。

今年も余すところ、もう10日ほどです。
時の立つのが速いのか遅いのか、よくわかりませんが、最近は年末の実感もあまりわかないのはなぜでしょうか。
寒さだけはわかりますが。

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■内政干渉の呪縛を解いて、もっと高次元で考えるべき問題

北朝鮮は残忍でひどい国だ。
今なおこんな国家があるとは驚きだ。
テレビの中でも(つまり公言として)こういうことを言う人が増えてきました。
今回の政治的処刑の動きは、それほど衝撃的なのでしょう。
私には、無辜の人を他国から拉致することのほうが、よほど衝撃的ですが。

そういう発言を、社会的にも発言力のある人たちがするのを聞いていて、それではなぜ、そういう国家を放置しているのかと思ってしまいます。
そこで出てくるのが、たぶん「内政干渉」という言葉でしょう。
他国の内政問題だから、口を出せないと言うわけです。
しかし、これはおかしい論理です。

近くの家で、家庭内暴力(DV)が行なわれていても、それは他の家のことだと見過ごしていていいでしょうか。
この数十年、日本ではむしろ人権よりもプライバシー保護というわけのわからない論理で、放置される風潮が広がりましたが、最近、漸くその考えが見直されだして、昔に戻りだしているように思います。
他家の話には口を出さないと言うのは、人間よりも家(システム)を優先する発想です。
もっと言えば、システムの支配者、家で言えば「家長」が、そのシステムの所有者と考えることです。
もし、人間の尊厳性を基軸にするのであれば、虐待されている個人がいれば、たとえそれが隣の家であろうと助け出すのが当然です。
もちろん虐待の度合いを評価するのは難しいので、度を越したという条件の吟味は必要ですが。

それと同じことが、国家でも言えるはずです。
シリアやスーダンで起こっていることはあまりよく見えてきませんが、日本の隣国である北朝鮮の場合は、かなり見えていて、その度合いも度を越しているばかりか、日本に住む人にも被害(拉致問題)が及んでいます。
にもかかわらず、放置していいていいものなのかどうか。
ただ「残忍だ」「非常識だ」というだけでいいのか。
そんなはずはありません。
即時処刑はおかしいと正式に抗議するべきだと、私は思います。
内政干渉だと言われたら、それは内政の問題ではなく、人間の尊厳の問題だと言えばいい。
北朝鮮の立場で行なわれたことを、世界全体、人類全体で行なえばいい話です。

そこでアレントの「イェルサレムのアイヒマン」を思い出します。
アイヒマンは凡庸な人間で、ただシステムに従っただけ、裁かれるべきはシステムであるというのが、アイヒマン裁判を傍聴したアレントの結論でした。
アイヒマンも被害者だとも言えるわけです。
つまり金正恩もまた、被害者なのかもしれません。

そこをどう正すか。
そこに問題の本質があるように思いますが、まずは北朝鮮の内政に干渉することから、世界は動くべきではないかと思います。
「内政」は、実はいつか外部にもつながってくることを、ニーメラーは教えてくれています。
ハリウッド映画であれば、いとも簡単に問題は解決するはずですが、それはともかく、それぞれの場で、できることは少なくないはずです。
感想を述べるだけでなく、動かなければいけません。
テレビで情報発信できる立場の人には、ひどい、非常識だと思ったら、感想ではなく、もう一歩、言動を進めてほしいです。

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2013/12/20

■政治の方向を決めているのは誰か

都知事が変わることになりました。
もし私が都知事になったら、最初にやりたいことは、オリンピック開催権の返却です。
さて、それは実現可能でしょうか。

今回、誰が立候補するかわかりませんが、オリンピック開催に反対の人はどうするでしょうか。
立候補しないでしょうか。
オリンピック開催に尽力しなければいけないのなら、都知事はやりたくないという人はいないものでしょうか。
笑い話のような話かもしれませんが、とても大事な話のような気がします。

原発は首相が反対したら、やめられると小泉さんは話しています。
本当でしょうか。
トルコに売ろうとしている原発はどうするのでしょうか。

つまり問題は、政治の決断は、ロングタームで考えなければいけないと言うことです。
アメリカのネイティブズには、大切な掟があります。
何かを決定する時には、7代先の人たちの視点で考えると言うことです。
私は、それを「7代先の掟」と称しています。
これはアメリカのネイティブズには限りません。
たぶん日本人の文化の中にも長らくあった文化です。
しかし、この50年、私たちは7代先はおろか、次世代のことも考えずに、ノー・ロングタームの姿勢で、目先のことだけを考えてきています。
その結果、先行き不安な社会になってきてしまいました。

人間社会は連続的ですから、現在の決断は必ず未来世代に影響を与えます。
ですから、政治が未来を制約していくのは当然です。
問題は、その決断の時に、どの程度、7代先の視野を持てるかです。
それと同時に、どのくらい、決定内容に可塑性を持たせられるかです。

ところで、7代先の掟は実は、政治化の常套句でもあります。
消費増税やTPPなど、多くの国民の反対を政府が押し切る時の決まり文句が、「次の世代のことを考えて」とか、「今は苦しいが長い目で見たら必要」です。
一見7代先の掟のような感じです。
でも本当でしょうか。
言葉とは裏腹に、それがごまかしの言葉であることも少なくありません。
そうでなければ、いま現在、こんな状況にはなっていないでしょう。

さて、オリンピックですが、オリンピックは7年くらい前から場所を決めておかないと間に合わないようになってしまったのでしょう。
私は、そのこと自体が問題だと思いますが、それはともかく、やはり気になるのは、政権交代によっても大きく事態を変えられない政治構造になっていることは、先の民主党政権でよくわかったわけです。
では、東京都の場合はどうでしょうか。
安倍首相は、昨日のテレビでオリンピックをうまくできる人を知事にしたいというようなことを言っていました。
本末転倒でしょう。

都知事が変わって、何が変わるのでしょうか。
熊本県の知事の名前は知りませんが、くまもんは私も知っています。
知事って、本当に大きな力を持っているのでしょうか。
同じことは首相にも言えます。
北朝鮮の第一書記にも言えることです。
歴史の方向を決めているのは、いった誰なのでしょうか。

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■節子への挽歌2298:ドラマの主人公としての人生

節子
最近、自分を相対化して考えることがだいぶできるようになってきました。

テレビでは、毎日、さまざまな事件が報じられています。
たとえば、交通事故の死亡事故に触れても、以前は、可哀相にと思うくらいでした。
しかし、今はそうではありません。
その一人の死の周辺で、さまざまなドラマが起こっているだろうなと思うわけです。
死んだ人はそこで終わったとしても、そこから始まるたくさんの物語があるはずです。
報道では過去の事件や事故として報じられますが、実は本当の物語は、そこから始まります。
しかも、一つではなく、たくさんの物語が、です。
そうしたことへの想像力が、最近は働くようになってきました。
報道されていることは、実は氷山の一角のことでしかないのです。

テレビのドラマもいろいろとありますが、そこではさまざまな事件や事故が起こります。
波乱万丈であればあるほど、ドラマとしての面白さは高まります。
仮にあたたかなホームドラマだとしても、山あり谷あり、悲劇あり喜劇ありでしょう。
ドラマの観客としては、スリルに富む場面があればこそ、主人公に自らを同化できるとも言えるでしょう。
主人公に降りかかってくるさまざまな不幸や難局も、ドラマの魅力を高めるはずです。

ところが自分の場合は、どうでしょうか。
そうしたドラマは歓迎できるでしょうか。
それよりも、何も起こらない人生のほうがいいでしょうか。
幸せなことだけ起こってほしいと言うのは、たぶん不可能でしょう。
なぜなら「幸せ」は相対的なものだからです。
それに、毎日が単調な繰り返しであれば、退屈してしまうでしょう。
そして、とても幸せだと思えないでしょう。

もしドラマの主人公に、山あり谷ありを望むのであれば、自らの人生も、山あり谷ありのほうがいいのではないか。
テレビドラマの場合は、結局、最後には主人公は幸せになるのだから、途中の不幸や難局は、むしろ最後の幸せの増幅剤として受け容れられるのでしょうか。
そういう面はあるかもしれませんが、それだけではないでしょう。
私たちは、途中の波乱万丈な展開そのものを楽しんでいるように思います。
たしかに、最後に主人公が不幸のまま終わった場合は、何か気分がすっきりしないかもしれませんが、なにが不幸かは人それぞれですし、大きな視点で考えれば、一見不幸なようでそうではないこともありえます。

自分の人生を見ている自分の立場から言えば、山あり谷ありの人生のほうが楽しいのではないか。
そんな気が、私は以前からしているのですが、最近、それがかなり実感できるようになってきました。
それが、冒頭の、自分を相対化して考えることができるようになってきたという意味です。

こう考えると、自分の人生も違ったように見えてきます。
テレビの主人公は、自分で勝手に物語を変えることはできません。
シナリオ作家が書いているとおりにしか、ドラマの人生は進みません。
では実際の自分の人生はどうでしょうか。
主人公の私が、勝手に生き方を変えられるのでしょうか。
これは、かなり難問です。
つい最近までは、自分の人生は自分で決めなければいけないと思っていましたが、どうも必ずしもそうではありません。
それもまた、自分を相対化して考えることができるようになってきたということの、もう一つの意味です。

波乱万丈とはいえませんが、苦楽半々の私の人生のシナリオを書いているのは誰なのでしょうか。
もう少し上手な書き手に書いてほしかったような気もしますが、まあそれなりに良い人生なのでしょう。
節子の人生も、そうだったに違いない。
それもまた相対化できるようになったこその考えです。

さて、幽体離脱まで、あと一歩です、とも言えないこともありません。

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2013/12/19

■日本の防空識別圏って広すぎませんか

前にアップしたつもりが、アップできていないのに気づきました。
タイミングが悪いですが、少し修文してアップします。

中国が勝手に自国の防空識別圏を変更したことが問題になっていました。
そのころ、盛んに日中韓の防空識別圏の地図がテレビや新聞で報道されていました。
それを見ていて、いつも感じたのは、日本の防空識別圏がなんでこんなに広いのだろうということでした。
こんなことを言うと非国民だと怒られそうですが。
みなさっもぜひ地図を見てください。
https://www.google.co.jp/maps/ms?msid=218294890998368837964.0004ec165dd6ee5eb5245&msa=0

いかがでしょうか。
それに尖閣諸島って、こんなに中国に近いのです。
中国に寄付したらいいのではないかと思うのは不謹慎でしょうか。
第一、だれも住んでいないのですし、漁業権や資源の問題はあるでしょうが、それは解決できるような気がします。

領土を寄付するなどというのはとんでもないと思うかもしれません。
しかし、ソ連で北方4島を日本に寄付しようという議論があったことをご存知でしょうか。
あの有名な佐藤優さんの「国家の罪と罰」の冒頭に出てくる話です。

 2011年3月19日付東京新開夕刊が興味深い記事を伝えた。 ロシア大衆紙「モスコフスキー・コムソモーレツ」は18日、東日本大震災を受け、人道的見地から「北方4島を日本へ引き渡さなければならない」とするコラムを掲載した。北方領土問題でロシアメディアが日本への返還を主張するのは極めて異例。執筆したのはロシアジャーナリスト連盟の「黄金のペン」賞を受賞したこともある著名女性記者のユリヤ・カリニナ氏。日本の領土返還要求の主張は認めていないが、日本の悲しみをやわらげるため「今すぐ無条件で渡そう」と提案。/福島第一原発の事故で人が住めない土地が増え「日本の小さな領土がさらに小さくなる」などとしたうえ、「(ロシアが)わずかな国土を慈善目的で寄付することは不可能だろうか」と訴えた。返還により、ロシアは奪い合いではない新時代の外交をアピールできるとメリットも説いている。 「モスコフスキー・コムソモーレツ」(MK)紙は、大衆紙であるが、政局にも影響を与える重要な新聞だ。また気骨のある記者が多い。

これを読んだ時、私は驚くと同時に、とてもあったかな気持ちになりました。
返還はいやだが、寄付ならいいのではないか。
とても納得できる話です。
つまり損得や駆け引きではなく、人間的な気持ちの次元で考えようという姿勢です。
私は、それこそが「政治の本質」だと考えていますので、とてもうれしかったのです。

日本もそろそろ損得や駆け引きの政治から、人間の政治へと変えられないものでしょうか。

それにしても、日本の防空識別圏って広すぎませんか。
尖閣諸島の国有化って、間違っていると思いませんか。
私の考えがやはり脱落しているのでしょうか。

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■政治の本質

ハンナ・アレントの「人間の条件」文庫版の解説で、政治学者の故阿部齊さんは、「万人に見られ聞かれながら、言論によって自己を公示することに、政治の本質があるといえよう」と書いています。
阿部さんは数度しかお目にかかっていませんが、私が最初に「民主主義」について学んだ人の一人です。

猪瀬都知事が辞職を決めたようです。
徳洲会との関係疑惑が表面化してからの猪瀬さんの言動から、いろいろなことを学ばせてもらいました。
そして、思い出したのが、冒頭の阿部さんの言葉です。
「万人に見られ聞かれながら、言論によって自己を公示する」場で、人の本性は現れます。
そして同時に、人の本性は磨かれます。
磨かれる可能性があるというべきかも知れませんが。
そうした場で育っていくのが、そして広がっていくのが、「健全な常識」だろうと私は思っています。

アレントが「人間の条件」で危惧していたのは、そうした人の本性の「現れの場」としての公的な場が、消滅していくことでした。
人の現れの場がなくなれば、隠れた人の行動が社会を支配しだします。
そして、開かれた場でも、自分を開示せずに、取り繕い、装う人が増えました。
それでは、「現れの場」にはならず、世界全体が「私的な場」になっていく恐れがあります。
「社会」と言う概念は、時に〈公的〉であり、時に〈私的〉です。
アレントは、「社会」という言葉にあまり肯定的ではありません。
それは定義次第で意味が変化する言葉ですから、言葉を吟味しながら独自に使い込むアレントには好ましい言葉ではなかったはずです。
私も、その点に共感しています。

猪瀬さんの著作は好評のようです。
しかし、文字に書く行為は私的な行為です。
そしてそれを読んで解釈する行為もまた私的です。
ただ書き手と読み手を媒介する著作物は、極めて社会的な存在であり、公的な場への影響も大きいです。
今回の猪瀬騒動が教えてくれたのは編集された著作物とライブな言論とは別物だと言うことです。
万人に見られ聞かれながら、ライブに展開される言論によって公示される自己と、編集された著作物によって自己を公示される自己とは、似て非なるものだということです。
そして、政治とは、前者が軸になるべきだと言うことです。
書物では、主体的には政治は変えられません。

国会での審議の状況を、私はよくテレビで見ます。
退屈なことが多いのですが、そこに人の本性が垣間見られます。
高名な政治家や評判のいい政治家も、本性が見えてくるとイメージが変わることがあります。
国会での議論が、茶番劇ではなく、「万人に見られ聞かれながら、言論によって自己を公示する」場になれば、日本の政治も変わるでしょう。

醜態を見せる政治家と醜態を隠しおおせる政治家とでは、私は前者を好みます。
醜態とは無縁な、健全な政治家を育てていく場は、今の日本には欠落しているように思います。

最近、ある高齢者から、私の考えは「健全だ」とほめられました。
このブログの読者には共感できないでしょうが、私はそれを真に受けることにしました。
その理由を考えていたのですが、それはもしかしたら、「万人に見られ聞かれながら、言論によって自己を公示」しているからではないかと思いつきました。
「万人に見られ聞かれながら、言論によって自己を公示」していると、行動も健全になれるように思います。
猪瀬さんが、健全に戻れそうなので、よかったです。
私には、猪瀬さんと同じ種族のように見える安倍さんは、いつ健全に戻れるでしょうか。
場違いの世界にいることは決していいことではありません。


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2013/12/18

■節子への挽歌2297:ホモ・サケル的な生の幸せ

節子
ホモ・サケルに言及しましたが、それにつながる議論として、人の動物化という議論があります。
きわめて大雑把に言えば、最近、自分では何も考えずに与えられた環境を受動的に生きている人が増えてきていることが、動物化の意味です。
収容所型ホモ・サケルに対して、テーマパーク型ホモ・サケルと言ってもいいでしょう。
実は、このブログの時評編では、このことが基本テーマの一つでもあります。

自分が伴侶を失って、一時、まさに収容所型ホモ・サケルに陥ってから、そうしたことが改めてよく見えてきたこともありますが、それは私の学生の頃からの生き方とも言えます。
私が節子と結婚したこと自体も、その現れですし、会社を辞めたのもその現れです。
ともかく用意されて先が見えている軌道は走りたくはなかったのです。

自分をしっかりと生きることとホモ・サケル的生き方は、正反対なのかもしれません。
アガンベンのホモ・サケル論を最初に知った時には、そう思いました。
しかし、その後、どうもそうではなくて、社会に合わせて生きるビオス的な生はむしろ無主体的な生き方であって、社会から逸脱して生きるゾーエ的な生こそが、主体的に生きていることだと思い始めています。
まだ消化不足で、自分でも考えが整理できずに、混乱していますが、この挽歌を書き続けながら、なんだかそんな気がしてきているわけです。

自分に素直に生きるということは、いったいどんな生き方なのか、実はわかったようでよくわかりません。
まあそんな小難しいことはどうでもいいのですが、このことは「幸せ」という問題につながっていきます。
主体的に生きることが幸せなのか、社会の流れに乗って(強い者には巻かれて)、自己にこだわらずに生きることが幸せなのか。
それは一概には決められません。
しかし、節子がいなくなってからは、テーマパークさえもが楽しめなくなっています。
つまり世間的な喜びへの感受性がなくなっているのです。
たぶん宝くじの7億円が当たっても、それほどうれしくはないでしょう。
「幸せ」をもはや手に出来なくなったことが、実に不幸せなことなのですが、そもそも「幸せ」という概念そのものが、ビオス的な概念なのでしょう。
猫には幸せはあるかもしれませんが、水槽の中のめだかにはたぶん「幸せ」などという考えはないでしょう.
言い換えれば、いつも「幸せ」なのです。
「幸せ」はそれを失って初めて気がつく概念なのです。
だとしたら、ホモ・サケル的な生もまた、幸せなのかもしれません。
そもそも「幸せ」とは無縁な生だからです。

幸せと不幸せは、まさにコインの表裏です。
今の私は、幸せなのでしょうか。

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■節子への挽歌2296:湯島に集まる人たちも変わりだしました

節子
雪が降りそうな寒さです。

昨日は湯島に16人の人が集まり、ゲームをテーマにした長時間のサロンをやりました。
認知症予防ゲームから始まり、箸ピーゲーム、道具を使わないコミュニケーションゲーム、そして最後はラフターヨガでした。
実は明日もサロンですが、今月は毎月バラバラにやっているサロンを横につなげながらのサロンをやっています。
節子がいなくなったので、こうしたサロンの開催も大変なのですが、最近は私が何も言わないのに、参加者みんなで終了後、後片付けを手分けしてやってくれます。
その上、お菓子まで持ってきてくれる人もいます。
昨日はうっかりして、もらったお菓子を出すのを忘れてしまいましたが。
珈琲を淹れたり、お菓子の準備をしてくれるのも、参加者が自発的に動いてくれます。
私は最初の口火を切るのと最後の締めをするだけで、後は寝ていても大丈夫そうです。

唯一、節子がいた時との違いは、花がないことです。
玄関の花は、いまもなお造花です。
それも節子が来られなくなるのでと言って、セットしたバラの造花です。
一度、私の留守に部屋を使った人が花瓶を割ってしまったそうなので、節子がセットした時とは花瓶の色が変わっていますが。

昨日のゲームに共通するのは「人のつながりを育てる」と言うことです。
ゲームは目的でなく、そのための手段です。
節子がいない今も、湯島は人をつなげる場になっています。
うれしいことです。

ゲームをしながら、しかし少し寂しさはあります。
ここに節子がいたらどうだろうかと、時にふと思ってしまうのです。

そういえば、ラフターヨガをやってくれた人は、湯河原からわざわざ参加してくれました。
節子がいたら、もしかしたら、よい友だちになったかもしれません。
考えてみたら、昨日のサロンに参加してくれた人たちで、節子が知っている人は、小宮山さんと小林さんだけになりました。
時間の流れを改めて感じます。
Joint1_2


Joint2_2

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2013/12/17

■節子への挽歌2295:ホモ・サケル的生き方

節子
また少し挽歌を書かずにいました。
体調が悪かったのでも、時間がなかったのでもありません。
ただ書けずにいたのです。
まあそういう時があってもいいでしょう。

この2日間、対照的な時間の使い方をしていました。
ひとつは極めて現実的な問題に煩わされていました。
これはなんとか短期的には解決しました。
もうひとつは頭が痛くなるような本を読んでいました。
アレントの「人間の条件」を読んで以来、ふたたび「公共性」という問題が気になりだしたのです。
とりわけ、人間なのかと思われるほどの主体性をなくした「ホモ・サケル」的な生き方への関心です。
ホモ・サケルとは、社会的・政治的生活を奪われて、法的保護の対象外とされ、生きようが死のうがかまわないと見なされた人々のことです。
イタリアの哲学者ジョルジュ・アガンベンによって有名になった言葉です。
このブログの文脈でいえば、ビオス(社会的・政治的な生)を奪われて、ゾーエ(生物的な生)しか持たない存在のことです。
アレントの「人間の条件」は途中までは面白かったのですが、最後のほうはいささか疲れてしまい、いつものように粗雑な読み方になってっしまったのですが、どこか気になるところがあり、また同じようなテーマの本を読み出してしまったのです。
その本がまた、実に読みにくい本で、しかしどこかに惹かれるところがあり、読了までに2日間もかかってしまったわけです。
頭が疲れて、挽歌を書くところまでいきませんでした。

ところで、ホモ・サケルです。
アガンベンは、ドイツの強制収容所での話を題材に、ホモ・サケルを語っているのですが、現代の社会は、その全体が「収容所型」になっているのではないかとも言われています。
アレントも、そう考えていたと思いますが、今回読んだ稲葉振一郎さんの『「公共性」論』では、ホモ・サケル的生き方で何が悪いのかという根源的な問いを出してきています。
私は消化不良ですが、その問いにはとても納得しました。
根源的な問いこそが、私の関心のある問いなのです。
節子は、最初はそういう私の問いかけに呆れていましたが、次第に共感するか腹を立てるかのどちらかになってきていました。
これもまた、節子との思い出の一つです。

ホモ・サケル的生き方が良いか悪いかはともかくとして、最近の私の生き方は、どうもホモ・サケル的になってきているのではないかと言う気がふとしました。
たしかに、さまざまな社会問題に関わって生きてきてはいますが、どこかに能動的・主体的になりきれないところがあるのです。
稲葉さんの本を読んでいて、そんなことを考えてしまいました。

出かける時間になってしまいました。
中途半端ですが、とりあえずアップしておきます。
今日は湯島でロングランのサロンをやります。
中心は認知症予防ゲームと箸ピーゲームです。
2時からサロンは始まり、6時過ぎまで続きます。
誰でも歓迎ですので、私のように元気がなくなってしまった人はぜひ遊びに来てください。
元気になることは請け合いです。
誰でも歓迎ですので、気楽にどうぞ。

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2013/12/14

■節子への挽歌2294:小春日和の和室には今も節子がいるようです

節子
だいぶ元気が出てきました。
もっとも世間では、相変わらずおぞましい状況が続いています。
まあしかし、それもまた面白いと思えば、厭世気分はやわらぎます。

ところで、ブログやフェイスブックに「厭世観」と書いたら、3人の人からメールやコメントが届きました。
厭世観が人をつなげると言うのも、おかしな話ですが、世間には厭世観が広がっているのかもしれません。
しかし、メールを下さった人たちに共通するのは、みんな「大切な人」との別れを体験していることです。
大切な人を失うと厭世的になってしまう。
つまり大切な人がいればこそ、世間は輝いていたのに、いなくなってしまった途端に、世間はその輝きを失い、魅力のないものになってしまうのです。
実は、成仏できないでいるのは、遺されたものの魂なのかもしれません。

私の場合、節子が会いなくなってから、ある種の「引きこもり」になっています。
家に引きこもっていると言うわけではないのです、いつもどこかに引きこもっている感じがするのです。
だから世間がどんどん狭くなる。
狭い世界からは魅力はどんどんなくなっていく。
厭世観の強まりは、私自身の意識のせいであることは間違いないでしょう。
決して世間のせいではない。

しかし、引きこもると良いこともあります。
世間の実相の見え方が変わってくるのです。
自らの世界の狭さもよくわかってきます。
厭世気分は、実は自己嫌悪と同じことなのかもしれないと気づくと、寛容にもなれます。

今日は和室のコタツで、この挽歌を書いています。
和室は冬しか使いませんが、節子がいた頃は、冬はいつも和室でした。
今もなお、和室には節子の気が漂っている気がします。
節子が愛用していた帽子もまだ床の間に残っています。

今日は、節子がいたら、とても幸せな時間を過ごせる小春日和です。
コタツに入っていると、節子がいた頃に戻ったような気がします。
しかし、帽子をかぶる節子はもういないのです。
どうしていないのか、まだきちんと理解できていない自分に気づくと、やはり自己嫌悪に引き込まれそうです。
さて、畑にでも行ってみましょうか。
立ち止まると、また連れ戻らされそうです。
困ったものです。

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2013/12/13

■節子への挽歌2293:なぜ私が再婚しないかの理由

節子
今日は大きな元気をもらいました。
某社の社長だった人が湯島に来てくれたのですが、1時間の予定が2時間以上、話し込んでしまいました。
内容は書くのは差し控えますが、これから取り組む活動に関して、決意のほどをお聞きしたのです。
会話が実にかみ合ってしまいましたが、佐藤さんと私は発想が同じなのですね、と言われてしまいました。
たしかに発想は同じですが、その方の行動力は私の数倍です。
大企業の社長を経験されただけあって、そのお話にはリアリティもあります。
感激しました。
そして元気をもらったわけです。

その方は、私よりもかなり若いのですが、やはり奥様を亡くされました。
そして最近再婚されました。
再婚されたのが「元気の素」かもしれません。
いや、元気だったから再婚されたのかもしれません。
まあ、どちらでもいいことですが。

さて、私が再婚をしないのは、元気だからでしょうか。
それとも元気でないからでしょうか。
まあこれもどうでもいい話ですが、そのいずれでもないのです。
節子がいなくなったので、再婚の相手が見つからないのです。
私が再婚するとしたら、また節子にしようと決めているからです。
たぶん節子もそうだったでしょう。

さて、そろそろ元気を出さないと、節子に怒られそうです。
体調はだいぶ戻ってきました。

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■猪瀬都知事は「いい人」ではないでしょうか

猪瀬都知事は「いい人」ではないかという思いがしてきました。
何を持って「いい人」というかは難しいですが、私には「悪い人」とは思えなくなってきています。
もちろん徳洲会がらみの報道を通してです。

私は、つい最近まで猪瀬さんがどうも好きにはなれませんでした。
いつも暗い顔をして、あまり相手の目を見ない感じで、ぼそぼそと話すのが好きになれなかったためです。
私の若い友人が、作家時代の猪瀬さんの信奉者で、会社が終わると猪瀬さんのオフィスによく応援で通っていました。
彼から、猪瀬さんの「すごさ」は何回も聞かされていました。
彼は若くして急逝したため、いまの猪瀬さんの事件をどう思っているか聞けませんが、彼ならきっと猪瀬さんを弁護するでしょう。
いまなら、私の猪瀬さんのすごさを素直に聞けたかもしれません。
当時は、私は猪瀬さんには全く興味がなかったため、一方的に聞き流すだけでしたので、
彼と猪瀬さんについて話したことはありませんでした。
いまなら話せそうです。

先日、猪瀬さんが都議会議員から2日にわたって問いただされているのをテレビで見ました。
耳から汗が背広に滴り落ちるのを見ていて、なぜか、猪瀬さんへの親しみの念がわきました。
そして、この人は「無邪気ないい人」だと勝手に思ったのです。

正直に事実を話せば、なんということはない事件だったと私は思っています。
選挙資金がほしかっただけでしょう。
結果的にはそれは不要だっただけの話です。
もらっておけばよかったのに、返してしまった。
だから「いい人」なのです。
私なら、少しだけくすねて、どこかにそっくり寄付しますが、それもやらなかった。
ちなみに、寄付は決して「善行」とは限りません。
事実、猪瀬さんは徳田さんからの「寄付」で、すべてを棒に振ったのですから。

事件の発覚で、来年の知事報酬を辞退するというのも、いかにも「いい人」らしい発想です。
私には、そういう発想は思いつきませんが、猪瀬さんは自分の価値観や人生観を、隠すことなく公開したわけです。
そこまで素直に自分を公開できる人は、そうはいません。
無邪気でいい人にしかできないでしょう。

ある人がテレビで言っていましたが、都議会議員に応えてる猪瀬さんを見ていたら、早く知事を辞めて、精神医に行ったほうがいいと勧めたくなります。
このままだと、猪瀬さんは精神的におかしくなり、東京オリンピックは病室で見ることになるでしょう。
その病室にテレビがあるといいのですが。

猪瀬さんが知事を辞めても、オリンピックは開催されるでしょう。
それが、むしろ私には残念です。

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■死刑はやはりショックです

日本において2人の死刑執行がなされ、ショックを受けていたのですが、今朝、北朝鮮では金正恩の叔父の張成沢が反逆罪で死刑判決を受け、即時に死刑が執行されたというニュースが報じられました。
なんだか中世に戻ったような気分です。

これは、しかし、時代に逆行した特殊な事件ではないのかもしれません。
日本でも特定秘密保護法の成立に続き、共謀罪が議論されだし、北朝鮮の後を追いかけるような動きが続いています。
このブログでも以前、日本と北朝鮮とどこが違うのかと書いたことがありますが、その類似性を最近改めて強く感じます。

秘密保護法が成立し、共謀罪を成立させようとしている政府にとっては、死刑制度は不可欠な存在でしょう。
この時期に、死刑が執行されたのは、実に象徴的なことです。
あの温厚な谷垣法相が、高市さんと同じような顔に見えてしまいました。
つまり、魂を抜かれた表情です。

それにしても、人によって人の生命が奪われることが、「国家」によって行なわれることの不気味さは、隣国の事件にしても、実際に起こってみると身震いするほどです。
死刑に関しては、以前、シリーズで書いたことがあります。
私自身は、ある時から死刑を受け容れる考えになっていましたが、そのシリーズを書いている中で、また以前のように死刑制度反対に戻りました。
今は、死刑に強く強く反対です。
なぜなら、国民主権の政府が死刑を執行するということは、私自身が人の殺害(死刑)に加担するということですから。

生物学的な意味での死刑と並んで、社会的な生命や人格的な生命を奪うような仕組みも広がっています。
かつては、生命の安泰を守るための司法制度も、生命の安全を脅かすような存在になってきています。
こうした動きに抗おうと異議申し立てをする勇気は、なかなか持てないようになっていくでしょう。
そうした勇気を押さえ込む「見せつけ」的な事件も、増えていくことが予想されます。

しかし、これは現在の体制の最後のあがきと考えることもできます。
歴史には必ず「大きな流れ」と「小さな流れ」があって、結局は大きな流れに移っていくように思います。
小さな流れの反対が、大きな流れだと考えてもいいでしょう。
今は、大きな流れ(近代)が変わろうとしている最後の段階で、近代の悪しき部分が最後のあがきをしているように思います。

北朝鮮の動きは、そうした小さな時代の流れに沿った動きだと思いますが、あまりにも粗雑にやってしまいました。
そのために、おそらく金正恩政権は、来年には崩壊するでしょう。
日本はどうでしょうか。
安倍政権はもう少し続きそうです。
金正恩政権と安倍政権を並べて書くことには、共感はしてもらえないでしょうが、私にはどうしても同じ「臭い」を感じてしまいます。
北朝鮮の今回の政変は、特殊なようで、特殊ではないような気がしてなりません。

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2013/12/12

■節子への挽歌2292:アテネのような暮らし

ハンナ・アーレントの「人間の条件」を読み終えましたが、20年ほど前に読んだ時には、ほとんど理解していなかったことがわかりました。
今回、理解できたともいえないのですが。

読んでいて、また節子を思い出してしまいました。

アーレントは古代ギリシアのポリスの生活にとても好意的です。
そこでは、人間の活動は、生命維持のための労働と生活の基盤づくりのための仕事と公的領域を豊かにする活動とが明確に分かれていました。
家庭は労働の場であり、家族は主人が公的世界で自由に言論と活動が行えるように労働に従事したのです。
アテネの民主主義は、こうして労働から自由になった市民たちが言論と活動をふんだんに行えたというだけの話です。
アーレントによれば、いまの社会は、公的領域はなくなり、労働に覆いつくされた労働者社会だといいます。
挽歌編なので、許してもらえるでしょう。
まあ一つだけ追加しておけば、アーレントはこう書いています。

人間がダーウィソ以来、自分たちの祖先だと想像しているような動物種に自ら進んで退化しようとし、そして実際にそうなりかかっている。
実に辛らつですが、私の今の気分にはぴったりと合います。
それは、私が一番危惧し、そこから自由になりたいと思っていた生き方ですから、

ところで、私が本書を読んで感じたのは、私が会社を辞めてから自由に生きてこられたのは、節子がアーレントの言う「労働」を一切引き受けてくれていたのではないかということです。
だからといって、節子が惨めな生活をしていたわけではありません。
節子は節子で、それを楽しんでいたはずです。

誰かの世話をすることと誰かの世話になることと、どちらが幸せでしょうか。
これは一概には決められない問題ですが、たとえば介護などの場合で言えば、答えは明確です。
介護することは大変だという人もいるでしょうし、事実、大変なのですが、それでも介護される側の人はもっと大変なのです。
大変さだけではなく、どちらが幸せかといえば、介護するほうでしょう。
もちろんこれも、人それぞれですから、人によっては異論もあるでしょう。

アーレントの議論と世話の議論は違う話ですが、私は節子に世話されてきたわけです。
私が世話できたのは、闘病生活の4年だけでした。

話がそれてしまっていますが、アーレントの難しい本を読みながらも、節子とのことが頭に浮かんできてしまいます。
そして、アテネの貧しい平凡な家族のような暮らしをさせてもらったことに、改めて感謝しています。
私が40代から、賃仕事などせずに、自由に生きてこれたのは、節子の支えがあればこそでした。
それがなくなった今、生きづらいのは当然のことなのです。
少しは、生きるために必要な「労働」をしなければいけません、

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2013/12/11

■節子への挽歌2291:もう少し体調不良のままでいましょう

節子
今日は新潟から金田さんが来てくれたので、湯島に出かけたのですが、私がまだあんまり元気が出ず、金田さんには悪いことをしてしまいました。
金田さんも、いろいろとあって、ともかく元気をもらいに私に会いに来てくれたのですが、今回は元気をあげられなかったと思います。
来てくれた人に、元気をあげられなくなったら、湯島を開いている意味がありません。
そろそろ湯島駆け込み寺も店じまいの潮時かもしれません。

それに、どうも共通の知人の話になると、ますます元気が出ない話になりがちです。
昔一緒にやっていた古代ギリシアの会のメンバーも数名の方が鬼籍に入られていました。
そうした話を聞くと、時間がたっていることに気づきます。
ふと、浦島太郎を思い出しました。
老いに気づかないのは、自分だけかもしれません。
伴侶という鏡がなくなってしまってからは、ますますその恐れがあります。

同世代の人ではなく、若い人と会わないと元気はもらえないです。
そういえば、最近はあまり若い人たちに会っていないことに気づきました。
若い人にとって、湯島が魅力ない場になってきているのでしょう。
少し呼び込みをしなければいけません。
誰か私に元気を与えに来てくれませんか、

しかし、私もそれなりにがんばっています。
先日はなんとパイリアをつくりました。
まあ相変わらずの思いつきですが、スーパーのチラシを見ていたらパイリアという文字が目に入ったので、つくろうと思ったのです。
まあパイリアセットというのを買ってきて、そこに少しだけ好みの具材を追加し、お米は先日、折口さんが送ってくださった無洗米を入れて、調理しただけですが。
美味しかったですが、いささかつくりすぎて、翌日もパイリアでした。
こんな感じで、少しずつですが、料理も始めています。
明日の夕食も挑戦しようと思います。

アーレントの「人間の条件」は、もうじき読了です。
最初は昨日も書いたように、アーレントの感情を覗き見するという不謹慎な読み方でしたが、次第に内容が面白くなってきました。
依然として、あんまり理解はできていないのですが、メッセージは伝わってきます。
風邪が治らないと読書の時間が取れるのがメリットです。

体調は、その気になれば、たぶんすぐにでも治るでしょう。
いまはただ、あんまり治りたくない気分なのです。
その理由は、世間の風潮です。
じつはかなり厭世観が高まっています。
どう考えても、元気が出てくる状況ではありません。
テレビのニュースを見るたびに、元気がなくなってしまいます。
なんともすっきりしない時代です。

次は、ダン・ブラウンの最新作でも読むことにしましょうか。

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2013/12/10

■節子への挽歌2290:アーレントの哀しい物語

節子
3日ほど挽歌を書かなかったので、もうひとつ書きます。

この3日間、あまり体調がよくなく、ほとんど自宅にいましたが、めずらしくほとんど本を読んでいました。
アーレントの「人間の条件」です。
先日、アーレントの映画を観たこともあって、読み直してみる気になったのです。

前回読んだのは、もう20年ほど前だったと思いますが、今回はまったく違う読み方ができました。
アーレントの私生活と重ねて読んだからです。
アーレントがほとんど語ることのなかった強制収容所での体験が行間ににじみ出ているような気がしました。
生きるか死ぬかの瀬戸際で奈落も体験したかもしれないと思わせるようなところもありました。
あるいは、ハイデッガーとの悲恋の体験も、文章の後ろに感ずるところもありました。
そんなわけで、今回は小難しい「人間の条件」を読むというよりも、アーレントの哀しい自伝物語を読んでいる感じです。

アーレントに関しては特に調べたこともなく、さほどの知識もありませんので、行間に感ずる、そうした思いは私の勝手な想像力の創造物というべきでしょう。
アーレントも、この本で書いているように、人の思いを書いた文字の物語は、読む人によって蘇ってくるわけですが、書き手の物語と読み手の物語が、同じであるわけではありません。
私が感ずる物語は、私の体験によって、さらに編集されているわけです。
しかし、そうしたことのおかげで、今回はかなりきちんと読むことができたように思います。
もっとも大部の本なので、まだ半分しか読み終えていませんが。

こうした読み方は、かなりおかしな読み方でしょうが、まさにアーレントのゾーエとビオスを感ずるおかげで、難解なアーレントの文章も、時に親しみを感ずることができます。
アーレントは、十分に女性であり、十分に俗物であり、十分に弱者なのです。
それに、先日観た映画の映像が時々浮かんできて、その語り口さえ、聞えてくるようなところもあります。
とりわけマルクスへの言及部分は、滑稽ささえ感じます。

どんなに論理的な論文にも、書き手の感情は出てくるものだと、改めて感じました。
もしかしたら、アーレントの作品は、すべて挽歌かもしれないと、思ったりしました。
まだ200頁以上残っていますが、この勢いで読み終えようと思います。

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■節子への挽歌2289:思いの先

節子
最近どうも元気が出ないのは、生きていく方向に混乱があるからだと気づきました。
以前は、いつも前を向いて生きていました。
昔話は好きではなく、そうした話が多くなる集まりへの参加は気がすすみませんでした。
いつも、新しい世界との出会いから元気をもらっていました。
いまもそれは変わりませんが、どうも私の目線が最近は前を向いていないようです。
それが、年齢のせいなのか、節子がいないからなのか、わかりませんが、前を見ようという気が失われてきていることはたしかです。

だからと言って、後ろを向いているわけではありません。
節子が教えてくれたように、いま、この時間をていねいに大切に生きているわけでもありません。
むしろ、過去はあまり思い出したくなく、いま現在の時間も、あまり身が入っていないのが現実です。

ではどこを向いているのか。
そう考えてみると、どこも向いていないような気がしてきました。
これでは気が萎えてしまうのは当然です。

新しい世界との出会いは、今も時々、その入り口に出会います。
自分では何も努力していないのですが、いろんな人が湯島にそういう話を持ってきてくれるのです。
しかし、以前と違って、その入り口から入っていこうという元気が出てきません。
これは間違いなく、節子がいないからです。
新しい世界を共有できる人がいないことの意味は大きいです。
節子がいたら、世界の広がりは楽しい人生をもたらすでしょう。
しかし、一人になった今は、どうしてもそう考えることができません。
これは論理的ではないのですが、なぜかそう思うのです。

とんでもなく面白そうな話もないわけではありません。
やってみようかと思うこともないわけではありません。
しかし、どこかで足腰に重りがついてしまったように、結局、途中で尻込みしてしまうのです。

最近、気が萎えているのは、気を萎えさせる意識が、私自身の中にあるからでしょう。
このジレンマから抜け出すにはどうしたらいいか。
まだどうも知恵が浮かびません。

なかなか元気が出てくる挽歌が書けずにいます。
困ったものです。

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■「農業から考える支え合いの文化と仕組み」をテーマにしたサロン

「農業から考える支え合いの文化と仕組み」をテーマにしたサロンを開催します。

農業の「支え合い」には、人と人の支え合いもありますが、同時に人と自然との支え合いという意味もあります。
そんなことも踏まえて、支え合いの文化や仕組みを考えるとともに、農業の持つ効用への理解をさらに広げられればと思います。

問題提起は、アグリケア フェラインの事務局をやってくださっている、サンバッカス農場の遠藤さんです。
遠藤さんの体験的なお話をお聞きして、参加者で自由な話し合いができればと思います。
年末の迫った時期ではありますが、よかったらご参加ください。
誰でも歓迎の気楽なサロンです。

○日時:2013年12月19日(木曜日)午後7~9時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:農業から考える支え合いの文化と仕組み
○会費:500円
○申込先:comcare@nifty.com

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2013/12/09

■節子への挽歌2288:寒さに気が萎えています

節子
相変わらず心身ともに萎えています。
気候も寒いですが、時代も寒いです。
こう寒くなるとやはり心身をあたためあう伴侶がほしくなります。
自分の小さな世界に逃げ込みたくなるわけです。
私には居心地のよい場所はなくなりそうです。
どこにいても寒い気がします。

この1年程、交流が途絶えていた知人から、あるコンテストで入賞した短いエッセーが送られてきました。
同居していた母を亡くした直後の体験を書いたものでした。
その人らしさがあふれ出た文書でした。
そこに、独り言が増えたと書いてありました。
寒い時代を独りで生き抜くのは気力が必要です。
せめて独り言できる相手がいないとめげてしまいます。

この数日、パソコンに向かう気がせずに、メールチェックしかしないでいました。
パソコンに向かわないと、ついつい挽歌も書けなくなってしまっていました。
私の独り言は、この挽歌ですので、やはり挽歌は毎日書かないといけません。
明日からまた、パソコンに向かいだそうと思います。

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2013/12/07

■無知はカである

特定秘密法が昨日、成立しました。
私は風邪で、デモにも参加できませんでした。
未来よりも現在を選んでしまったわけです。

50年前、岸政権は国民の反対を振り切って日米安保条約を更新しました。
最近のテレビで、何人かの方が、それでも今は、その決断で良かったと思っている国民が多いと話していました。
この判断そのものに「現状主義」の落し穴がありますが、それは別としても、こういう発言は強引な政治を認めることになります。
政治評論家は、基本的には体制の道化役だなとつくづく思います。

この日を忘れないようにしようと言う人も多いです。
覚えていてどういう意味があるのか、私にはよくわかりませんが、その日に何もしなかった自己反省として、忘れないようにしようと言うことでしょうか。
それならよくわかります。
でも、たぶん、みんなすぐに忘れてしまうだろうと思います。
もちろん私もです。
そして、自分が、何かのトラブルに巻き込まれた時に、ようやく思い出すでしょう。

全体主義体制によって支配される世界を描いたオーウェルの「1984年」の舞台であるオセアニア国のスローガンは次の3つです。
戦争は平和である。
自由は屈従である。
無知はカである。

シュバイツァーの警告も思い出します。
シュバイツァーは、産業社会になってから「多くの人は人間としてではなく、働くものとしてのみ生きてきた」ために、人間的実質は発育不良となり、このような発育不良の親によって子供が育てられるために、子供の人間的発達に必要な本質的要因が欠けることになってしまったといいます。
それを避けるために、シュバイツァーは仕事を減らすことを提唱し、過剰消費とぜいたくを戒めていますが、同時に、私たちは新しい信条と態度によって自己革新をしなければならないとも警告しています。
そして、「もし私たちが考える人間となる決心をすれば、この革命が起こる」とシュバイツァーは言っています。

しかし、「考える人間」には、ますます生きにくい時代になりそうです。
マルチチュードが革命の主体になるのは、いつでしょうか。

風邪は一向に治る気配がありません。
ほんとうに風邪でしょうか。

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2013/12/06

■この問題をどう考えますか

先日、放射性汚染土壌の除染実験を行ったことはこのブログでも書きました。
その結果報告もかなり詳しく書きましたが、実験をしてくれた田中さんが大阪の環境総合テクノスというところで、正式にセシウム量を測定してもらった結果が届きました。

前の記事を読んでいない人のために、簡単に説明しますと、汚染土壌(A)にパワーパークという土壌改良材の液体を入れ、2時間、100度弱の温度で温め続け、2時間後、土壌(B)と液体(C)を分離させ、それぞれのセシウム量を測定しました。
常識的に考えれば、Aのセシウム量がBとCに分かれるわけですが、もしかなりの割合がCに移行すれば、土壌の除染効果があると考えていいでしょう。
今回、国家が決める方法で測定してもらった結果、次のようになりました。

A 4600ベクレル/kg
B 1700ベクレル/kg
C  910ベクレル/kg

いずれもセシウム134と137の合計です。
問題は、この実験の結果、セシウムの総量が大幅に減ってしまったことです。
BとCを合計すると2610ベクレルですので、元の土壌の比べ、2000ベクレルほどのセシウムが無くなってしまっていることになります。
考えられる理由は2つです。
一つは、実験の過程で2000ベクレルのセシウムがどこかに散逸したということです。温めている間に空気中に気化されて逃げたか、温めた後、土壌と液体を分ける過程での器材(たとえば漉し布)に移ったか、です。
もうひとつは、セシウムが別の元素に変換し、セシウムとしてはなくなってしまったということです。放射性物質ではなくなったとも考えられます。

私は、化学的な知識はありませんので、理解できないでいますが、田中さんによれば、これまでの実験でも総量が減るが、実験途中で他のものにセシウムが移ることは考えにくいというのです。
とすれば、セシウムが脱放射性化するという後者の理由しかありません。

この話を理系の人にするとみんなそんな馬鹿なことはない、実験が不完全なのだと一笑に付されます。
私自身は、その実験を目の前で見ていますし、測定も立ち会っています。
理屈と現実が違えば、私は現実を基準に考える人間ですので、セシウムが消えてしまったという説明を一笑にはできません。

そんなわけで、いまちょっと困っています。
どなたかアドバイスしてくれませんか。
実験をもっと密閉空間でやることも可能ですが、施設や費用がありません。
どなたか支援してくれる人はいないでしょうか。

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■流行語大賞に思うこと4:「じぇじぇじぇ」

最後は「じぇじぇじぇ」です。
あまちゃんの朝ドラは私も観ていました。
「じぇじぇじぇ」は楽しい言葉で、抵抗なく、はいってきました。
無理のない、生活の場で育っている自然の言葉だからです。
つまり、「創られた言葉」ではなく「使われている言葉」です。
しかも、たくさんの人たちの心をつないできた言葉です。

これはいわゆるスモールトークの一種でしょう。
頭脳の言葉と言うよりも、身体の言葉でしょう。
生理的な感情用語と言ってもいいかもしれません。
驚きが素直に表現されるわけです。

「じぇじぇじぇ」と言っている人を見ると心が和みます。
「じぇじぇじぇ」という言葉が飛び交っている場の雰囲気も伝わってきます。
間違いなく、みんなが気持ちよく生きている場だろうなと勝手に思ってしまいます。
そこに「文化」や「しあわせ」を感じます。
ともかく気持ちの良い言葉です。

流行語になってしまったと言っても、さほど広がることもないでしょう。
なぜなら、この言葉は生活や文化と深くつながっているからです。
私が「じぇじぇじぇ」と言っても、場違いもはなはだしい。
他の3つとは違って、私には使えない言葉です。
そういう意味では、ほかの3つの流行語対象の言葉とは違います。
でも、「じぇじぇじぇ」の精神は私にも育てられます。

こう考えていくと、言葉は生活や社会のあり様と深くつながっているのがよくわかります。
言葉は、その人の生き方を象徴し、社会の流行語は社会の実相を象徴しています。
言葉は意識を育て、意識が言葉を育てます。
「じぇじぇじぇ」が頻繁に発せられている社会では、感動や感激や好奇心が満ちていることでしょう。
人のつながりも深いはずです。

たかが流行語ではありますが、流行語には大きな意味があるように思います。
「じぇじぇじぇ」のような言葉をもっと育てていく生き方をしたいと思います。
東北の人たちが「じぇじぇじぇ」(違う表現のほうが多いようですが)と言う場面で、みなさんは何といいますか?
私は「えっ!」「ほんと!」くらいしか浮かびません。
語彙の貧しさに、改めて反省しました。

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■節子への挽歌2287:暇なので風邪が治りません

今日こそ風邪を治そうと思い、午前中は休んでいたのですが、やはり午後になると退屈になってしまい、市役所に行くことにしました。
特に急ぎの用事はなかったのですが、最近、いろんな人にお世話になっているので、お礼を言いに行きたくなったのです。
先日、市役所の皆さんに協力してもらって行った放射性除染実験の報告書も届けたかったのも、一つの理由です。

あったかいので、のんびりと自転車で行くことにしました。
自転車で10分くらいのところです。
まず副市長の青木さんのところに行きましたが、案の定、お留守でした。
青木さんは超多忙な人ですから、居ても邪魔をしないほうが良いので、むしろホッとしました。
市役所に来たついでに、いろんなところに顔を出してみましたが、5人ほどの人に会えました。
一番会いたかったのは、先日、わが家の家庭農場の草刈りにわざわざ来てくださったお2人でしたが、幸いなことにお2人とも在室でした。
来年は見事な収穫を期待しておいてくださいと見栄を切ってきました。
まあ誰も信じていないようでしたが。
しかし、市役所の職員の方にとっては、暇な住民がやってくるのが一番迷惑でしょうね。
でも私の顔を見ると笑顔でやってきてくれるので、ついうれしくなってしまいます。

帰りものんびりと自転車で来たのですが、やはり疲れます。
帰宅して急いで栄養ドリンクを飲みました。
そういえば、風邪薬も降圧剤も飲むのを忘れていたことに気づきました。
株式会社オクトの水素イオンウォーターで飲むと薬の効果は高まるといわれていたことを思い出して、薬を飲みました。

さてこれから何をするべきでしょうか。
少し休んで、近くの病院に入院している人のお見舞いにでも行きましょう。
風邪で休んでも、それなりに忙しいのです。
いや暇だから、忙しいのでしょうね。
節子が居たら、ちゃんと眠っていなさいといわれるのですが、幸か不幸か、今日は誰もおらず私一人なのです。
困ったものです。

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■流行語大賞に思うこと3:「倍返し」

「倍返し」を流行らせたテレビドラマ「半沢直樹」は私も楽しく観ていました。
最終回の最後の場面を除けば、面白いドラマでした。
半沢直樹シリーズは、現代を舞台にした痛快時代劇と言われていましたが、そう思ってみていれば、納得できる話です。

ただ「倍返し」という言葉も、まあドラマと思えば、痛快かもしれませんが、ドラマをよく観ていれば、何がいったい「倍返し」なのだろうかと思えなくもありません。
ドラマでは「十倍返し」などという言葉も出てきましたが、要は、不満が溜まっているだろう視聴者には耳障りの良い言葉だったのでしょう。
自分では何もできない哀しい者たち同士(制作者と視聴者)の鬱憤晴らしと考えるのは、いささかひねくれているかもしれませんが、あまり気分の良い言葉ではありません。

慶事のお返しは「倍返し」と言われます。
慶びを分かち合うことで、さらに慶びが増していくわけです。
凶事のお返しは「半返し」です。
悲しみを分かち合うことが含意されています。
こういう意味での「倍返し」は、はやってほしい言葉ですが、今回の流行語大賞の「倍返し」はそれとは似て非なる言葉です。

ところで、「仕返し」の相場と言うのはあるのでしょうか。
そこで思い出すのは、東西冷戦時代の抑止力議論です。
一方に核兵器増強につながるエスカレーション理論、一方に軍縮を目指すオスグッド理論がありました。結果的には、後者が歴史の主流になりました。
相手への「返し方」を、報復ではなく、支援へと変えたのです。
しかし、その教訓はなかなか定着はしません。

9.11に始まるアメリカ政府の報復は、倍返しだったかもしれません。
「負の倍返し」は、根深い欧米の文化かもしれません。
人権解放の象徴とされるフランス革命はジェノサイドだったと渡辺京二さんは「近代の呪い」で書いています。
そこにも「負の倍返し」を見ることができます。
日本の仇討ちには、それをどこかで終焉させるルールがあったように思います。
決して、倍返しなどしなかったでしょう。

話がそれだしていますが、半沢さんのような「負の倍返し」は社会を荒廃させるだけでしょう。
社会だけではありません。
自らをも壊していくでしょう。

喜びを倍返ししあう社会には住みたいですが、恨みや災難を倍返しするような人が喝采を浴びる社会には住みたくないものです。
この言葉が流行語になること自体に、さびしさを感じます。

たかが流行語大賞。小難しく考えすぎているのではないかと笑われそうですが、いじめや自殺問題にもつながっている風潮でもあるので、生真面目に書いてしまいました。

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■流行語大賞に思うこと2:「今でしょ」

今回は「今でしょ」です。
この言葉を聞いた時には、私自身は思考停止のメッセージと感じました。

アウシュビッツを経験した精神心理学者のフランクルの著書「それでも人生にイエスと言う」には、次のような文章があります。

人生が一回きりでひとりひとりの人間が唯一であること、しかもあるものにとつて唯一であること、つまり他者にとって、共同体にとって唯一であることを一つの公式にまとめてみましょう。それは、人間の「おそろしくもすばらしい」責任、人生の「重大さ」に私たちの注意を促すような公式です。
そうすると、タルムードの創始者のひとりであるヒレルがおよそ2000年前にモットーにした言葉を引き合いに出すことができると思います。その格言というのはこうです。
「もし私がそれをしなければ、だれがするだろうか。
 しかし、もし私が自分のためにだけそれをするなら、私は何であろうか。
 そして、もし私がいましなければ、いつするのだろうか。」
「いましなければ」というところに、その時々の状況が一度きりだということが合意されているとフランクルは書いています。
流行語としての「今でしょ」は、決断を促すスタイルをとっています。
難しく考えずに、ともかくやってみたらとそそのかしているわけです。
つまり、思考停止、即ち決断放棄を促しているメッセージです。
情報過多の中で、自分では何も決められなくなってきている現代人の生き方に対して、考えて迷うのではなく、言う通りに行動を起こせといっているのです。
その言葉の先にあるのは、消費の誘導、あるいは権威や権力、大勢への盲従でしかありません。
さらにいえば、「オレオレ詐欺」を仕掛けてくる人たちとも、どこか似ているような気がします。

大切なことは、「今しなければいけないことは何なのか」ということです。
そして、それはするとしたら、「今」しかない。
だから、まさに、「今までしょ」なのです。
大切なのは、「思考」と「選択」を前提にした「行動」なのです。
いささか理屈っぽいのですが、「今でしょ」は思考剥奪のおまじないに聞こえて仕方がありません。

何をするべきかが考えられ、決断できたら、それこそ「今でしょ」というメッセージは生きてきます。
それに対して、思考しない人々にとっての「今でしょ」ブームは恐ろしい気がします。

今日、特定秘密法案が強行採決されるようです。
政府はまさに「今でしょ」とばかり強行採決行為を繰り返しています。
そこに、「今でしょ」のメッセージが含意するものが見えてくるような気がします。
「今でしょ」を流行語にする愚かさを危惧します。

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2013/12/05

■節子への挽歌2286:強欲な人生から抜けられません

節子
風邪がなかなか抜けません。
にもかかわらず、湯島にまた来ています。
来客があるためですが、出かける時に暖かだったので、うっかりと薄着で出かけてきてしまいました。
こうして風邪をこじらせていく習癖は一向に治りません。
もっと自分を大事にしなければいけません。

年末のご挨拶が届くので、私も電話をする機会が増えました。
昨日は野路さんのご主人と電話しました。
奥さんが節子と仲良しだった人です。
奥さんは数年前に階段から転落し、それが原因で記憶喪失になってしまいました。
しかし最近少しずつ記憶を取り戻しているようです。
しかし、それはそれでまた、ご主人にはストレスなのだそうです。
人間は欲が深いから、よくなりだすと逆に期待が膨れるのかもしれません。

人には、それぞれ事情があります。
ようやくそれがわかってきました。
何をいまさらと思われそうですが、頭ではわかっても心身ではわかったとは言えないことも多いのです。
少なくとも、誰かをうらやんだり非難する気持ちがあるならば、わかったとは言えないでしょう。
私は今でも、時にうらやんだり批判したりする気持ちが浮かびますので、十分とは言えませんが、ねたみや非難からは自由になってきました。
しかし、様々な人たちと触れ合っていますので、あまりに語られていることが違うことに出会うと、時にむなしくなることはあります。
お金がほしくなることもあります。
まだまだ人間は未熟です。
最後まで未熟のままでしょうが、少しは向上したいものです。

それにしても、人の強欲さをこの頃、改めて思います。
もちろん自分のことです。
この歳になってもなお、やりたいことが出てきてしまいます。
誰かが会おうと言えば、ついつい出かけてきてしまいます。
さびしいからでしょうか。

節子がいたら、おそらくこんな生活にはなっていないと思います。
2002年に活動を一回リセットし、生き方を変えるつもりが、どうもそれ以前の延長で、しかも中途半端にしか生きていません。
当時、節子と引き換えならば、すべてのものを捨てる覚悟があったのですが、それが逆転してしまいました。
節子がいないことが、私の強欲さの理由かもしれません。
困ったものです。

湯島も寒くなってきました。
来客がそろそろやってくる時間です。
たぶん刺激的な話を持ち込んでくるでしょう。
困ったものです。

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■流行語大賞に思うこと1:「おもてなし」

今年の流行語大賞は4つになりました。
それに関して、少し思いを書こうと思います。
今回は「おもてなし」です。

昨日、フランスのジャーナリストが書いた「ロング・マルシュ」と言う本を読みました。
ロング・マルシュとは「長き歩き」という意味だそうです。
著者は4年かけてシルクロードを歩いたのですが、これはイスタンブールからイランに入るまでの1年目の記録です。
そこにトルコ人のおもてなしに関わる記述が出てきます。
トルコではおもてなしを意味する「ミサーフィル」という言葉があるそうです。
とても示唆に富んでいますので、長いですが、引用します。

私は世界のあちこちを回ったけれども、自分の家に他人を迎えるさいのこれはどの熱烈さ、これはどの飾り気のなさにはトルコ以外ではお目にかかった覚えがない。村では、接待する人の誇りがはかの住民たちにも共有されることに、いつもながら驚かされた。われわれのような「文明化した」国々では、もてなしという観念がしだいに忘れられたり、歪められたりしてきた。
われわれは親戚や友人という狭い範囲の人々をもてなす。その他の人については、それ専用の家、すなわち世界共通で個性のないホテルというものがある。
自分の家でもてなす人々は、ごく親しい人たちでなければ、たいていは「礼儀の応酬」(私はきみにもてなし一回分の「借り」がある)の枠内でか、「週末はうちに来てくださいよ、例の件をまた話しましょう」というような計算ずくの利益のためである。見返りや利益を期待せず、無条件にドアを開け放つことは、繁栄以前の時代の、いまではまれな遺習にすぎない。発見、交流、会話の喜びのために開かれたテーブルは、われわれのもとでもまだ可能だろうか?
いうまでもなく、日本でもミサーフィル的なおもてなしの文化はありました。
四国のお遍路さんや伊勢参りは、そうした文化で支えられていました。
今も残っているところはあるでしょう。
しかし、この本の著者がいうように、「「文明化した」国々では、もてなしという観念がしだいに忘れられたり、歪められたりしてきた」という点においては、日本も例外ではありません。

ところで、この言葉が流行語になったことを喜ぶべきかどうかは迷うところです。
オリンピック招致の時の滝川クリステルさんのプレゼンテーションには大きな違和感がありましたが、改めて「おもてなしの文化」が意識されるのであれば、いいことだと思っていました。
しかし、それが流行語大賞になってしまうと、どうしてもまたかと思わざるを得ません。
「おもてなし」の文化が「文明化」され、「商業化」されていくのは間違いないでしょう。
そもそも「おもてなし」は自らがいうべき言葉ではありません。
そこにオリンピック招致のプレゼンテーションを演出した人の「卑しさ」を感じますが、それをこともあろう「流行語」にしてしまうとは、「文明化」の恐ろしさを痛感しないわけにはいきません。

おもてなしの文化は、難しい話ではありません。
出会った人に笑顔で挨拶し、困っている人には親身になって相談に乗るということです。
それは「生き方」の問題であり、自らを豊かにする知恵の一つです。
「ホスピタリティ産業」という言葉もありますが、おもてなしは「産業化」してほしくはないものです。
おもてなしは与えるものであって、受けるものでもはありません。
徳洲会からのおもてなしを受けるようなことは、決して人を豊かにはしませんから。

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■節子への挽歌2285:「私が神様をお助けしなくてはいけない」

挽歌2583で、神との帰属関係に関して。そうした挿話をフランクルの本で読んだような気がすると書きました。
それが気になって、昨夜、もう少し調べてみました。
フランクルの本ではありませんでした。
ウルリッヒ・ベックの「〈私〉だけの神」でした。
しかも、その話をこの挽歌でも紹介していました。
挽歌1856「慣れることができないこと」です。
読み直してみると、その時の私は帰属関係とは無縁な捉え方をしています。

改めて、エティ・ヒレスムのことを考えてみました。
エティは、神に救われるのではなく、神を救おうとしています。
アウシュビッツ収容所に収監され、死を意識しだした時期に、エティは日記にこう書いています。
長いですが、引用させてもらいます。

神様が私をこれ以上助けられないなら、私が神様をお助けしなくてはいけない。次第に地表全体がたった一つの収容所と化しつつあり、そこから逃れられるのはごく一握りの人でしかない。

神様、大切なことはただ一つ、私たち自身の中に住まうあなたのひとかけらを救い出すことなのです。もしかすると私たちは、さいなまれた他の人々の心の中で、あなたを復活させるお手伝いができるかもしれません。確かに神様、あなたでもこの状況はあまり大きく変えることはできないように見えます。それはもう、この人生の一部になってしまっています。私はあなたに釈明を求めてはいません。むしろあなたのほうが、いつの日か私たちに釈明を求められることでしょう。そしてほとんど心臓が鼓動するたびに、私にはますますはっきりとしてくるのです。あなたは私たちを助けることができないのだということが。むしろ私たちこそがあなたをお助けしなければならず、私たちの内なるあなたの住まいを最後の最後まで守りぬかねばならないのだということが。

神様、私はこうしてあなたと対話をすると、次第にまた心がおだやかになってきます。これからはあなたともっとたくさんの対話を交わすつもりです。そしてこのやり方で、あなたが私のもとを立ち去れないようにするつもりです。

俗な言い方を許してもらえれば、神を活かすか殺すかは、私の問題なのです。
「神」の代わりに、ほかの言葉を入れても、このことは成り立ちそうです。

ちなみに、風邪はまた悪化しました。
「風邪を治すか悪化させるかは、私の問題」ともいえますね。
今日は、治しましょう。

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2013/12/04

■節子への挽歌2284:ピュシスの乗り物

昨日、魂の話を書きました。
一昨日は、その魂の元になるピュシスに言及しました。
そこで書いた通り、ピュシスについて少しだけ調べてみました。

手元の本で記載を見つけたのは、岩波哲学・思想事典です。
久しぶりにこの事典を開きました。
かなりていねいな説明がありました。

それによると、「万物がそこから生成し、そこへと消滅する万物の根源」とあります。
同時に、それは生命の元であり、それ自身が生きたものとも書いてあります。
古代ギリシア人は、すべての存在はピュシスから生まれピュシスへと没すると考えていたようです。
アリストテレスは、「自己自身のうちに運動と静止の原理を持つもの」を自然的存在者と規定しましたが、自然的存在者に内在する、そうした力の源泉こそがピュシスなのです。

わかったようでわかりにくい説明ですが、ネットで調べたら、「人間の主観を離れて独立に存在し、変化する現象の根底をなす永遠に真なるもの」という説明に出会いました。
このほうがわかりやすいかもしれません。
要は、人智を超えた絶対的なもの、それがピュシスです。
しかし、この説明では、自分の固有性を支えるものは、自分の主観を離れていることになります。
つまり、魂とは自分とは別のものと言うことになりかねません。
となれば、自分とは「魂の乗り物」ということになります。
「生物個体は遺伝子が自らのコピーを残すために一時的に作り出した「乗り物」に過ぎない」と主張する、利己的な遺伝子論を思い出します。
ピュシスと遺伝子がつながってきます。

ところで、アリストテレスは、人にはそれぞれ固有のピュシスがあると言っていますから、私のピュシスは私だけのものと言うことでしょう。
ここで疑問が生じます。
ピュシスとは生命の数だけ存在するものなのか、仏教でいう「大きないのち」のように一つのものなのかという疑問です。
そして、没したピュシスはどうなるのか。
またどこかに再現してくるのでしょうか。
もしそうであれば、輪廻転生ということになります。
しかし、生命の数が増えているとしたら、ピュシスもまた分裂増殖していることになります。分裂するのであれば、統合することもあるでしょう。
だとしたら、固有と言っても、その時々においての固有ということになります。
つまり、没したピュシスは一度、固有性を失い、大きなピュシスに統合されていくと考えたほうがいいでしょう。
生命の元である「大きなピュシス」から、「小さなピュシス」が生まれ、さまざまなプシュケー、魂を一時的に生み出すというのであれば、わかります。
これだと、仏教でいう「大きないのち」とつながっていきます。

結局、古代ギリシアであれ、仏教であれ、最新の科学技術であれ、行きつく先は同じなのかもしれません。
そしてそれは、個人の実感とも繋がっているのかもしれません。

しかし、自分が、自らの主観(意識)とは別の存在(ピュシス)に動かされているというのは、どう受け止めるべきでしょうか。
納得できるようで、納得できない話です。
でもまあ、せっかく乗り込んでくれたのですから、私のピュシスと仲良くやっていくしかありません。

風邪はだいぶよくなりました。
今日は出かけなければいけませんが、大事にしていれば、明日は治るでしょう。


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■節子への挽歌2583:愛は創発をもたらす

昨日の続きです。
「アウグスティヌスの愛の概念」のなかに、「愛は帰属性を与える」というアウグスティヌスの言葉が出てきます。
キリスト教徒にとっては、最高の愛は神への愛でしょうから、神に帰依し、自らを任せることで永遠の至福を得ることができるというのは納得できます。
アウグスティヌスは、愛を2つに分けています。
同書から引用します。

一つは、その追求を絶えず欺く、誤った対象に向けられる愛である。それは消えゆくものとしての現世に固執する誤った「愛」としての「欲望」であり、いま一つは、神と永遠を追求する正しい「愛」としての「愛」である。

消えゆくものへの愛を「誤った愛」といわれるのは、いささかムッとします。
しかし、「愛は帰属性を与える」ということには共感がもてます。
ただし、私の実感では、その帰属性は相互関係にあります。
自らを相手に帰属させるということは、同時に相手のすべてを引き受けるということだろうと思うからです。
そうでなければ、単に相手への依存であり、寄生であり、時には拘束されることにもなります。
神への愛も、おそらく同じではないかと思います。
つまり、神に帰依することは、神のすべてを引き受けることを意味するのだろうと思います。
私はキリスト教徒ではないので、勝手な解釈なのですが。

フランクルが、その著作の中で、収容所で体験した、そうした話を紹介していたように記憶しているのですが、少し調べてみましたが、見つかりません。
またまた私の記憶違いかもしれません。
しかし、神に帰属するということは神を引き受けることでもあるでしょう。
帰属とは一体化ということですから。

しかし、帰属と相互帰属とは違います。
帰属は相手に一体化することですが、相互帰属は相互に帰属しあう中から新しいものを創出することだからです。
その意味で、私は「愛は創発をもたらす」と感じています。
「創発」とは、異質なもののふれあいの中から、その異質のものとは全く別の新しいものが生まれることです。
愛によって、お互いが変化する。
そして、新たに創発されたものにいずれもが帰属していく。
それは、私の体験でもあります。
「今のままの君がいい」などという愛の言葉は、私には考えられません。
愛は変化をもたらす、極めてダイナミックな関係だと思います。
キリスト教における神への帰属は、私には静態的に感じられます。
そもそも「永遠の至福」に、何の価値があるのか。
むしろ刹那の至福にこそ価値があると私は思います。
永遠を生きる神と刹那を生きる人間とは、世界が違うのです。
これも、その時々を大切にしていた、節子から学んだことです。

実はこの記事は、昨夜書き上げて、今朝、見直そうと思っていたのですが、パソコンの操作ミスで朝起きたら、記録されていませんでした。
それで最初からリライトしたのですが、書き上げてみたら、昨夜書いたものと論旨がかなり違うものになってしまいました。
これもまた、その時々を生きている人間の移り気のせいかもしれません。

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2013/12/03

■節子への挽歌2282:どうも記憶喪失傾向があるようです

風邪がなかなか治りません。
免疫力が低下しているのかもしれません。
あるいは治りたくないという気持ちがどこかにあるのかもしれません。
病気も元気も、いずれも「気」の問題ですから、本来は自分でかなりの部分はコントロールできるはずです。
時には病に伏せることもいいでしょう。

そんなわけで、今日もまた、本を読んでしまいました。
先日、読み出したアーレントの「アウグスティヌスの愛の概念」です。
先日は最初の3ページでダウンしましたが、今日は、わからないままなんとかわかるところだけを拾って、読み終えました。
この本はアーレントの懺悔録かもしれないというのが、感想です。
ところが、読んでいるうちに、前に読んだような気がしてきました。
まさかと思いながら、私のパソコンに残している文献記録を調べてみました。
私は、気になった本はかなり克明にメモを取ってていねいに読みます。
そして、気になった文章を残しています。
まあ残しても読み直すことはまずないのですが、調べ物などで検索することがあった時代の習慣が残っているのです。

それで調べてみたら、やはり要旨を抜粋した記録が残っていました。
しかも、この挽歌でも2回も取り上げていることに気づきました。
2012年の3月です。
先日の挽歌で、読んだことがないと書きましたが、間違っていました。
しかも、アーレントとハイデッガーの関係にまで言及しています。
その記憶をまったくなくしてしまっていました。
いや、ハイデッガーとアーレントの関係も、先日映画を見るまでは、あまり理解していなかったのです。
私の理解力や記憶力は、かなり問題が多いようです。
歳をとると同じことを繰り返し話すといいますが、もしかしたら私もそうなっているのかもしれません。

前回読んだ時の私の残したメモを読むと、今回よりもどうも理解は深いようです。
書籍は、読み手の心身の状況によって、違い世界を見せてくれるのかもしれません。
1年半前に読んだ時には、自らの問題と重ねながら読んだのかもしれません。
当時はまだ、私の魂は彷徨っていたかもしれません。
今回はどうでしょうか。
やはり、自分と重ねながら読んでいますが、心に響いたところは微妙に違うような気がします。
今回気になったメッセージを次の書くことにします。

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2013/12/02

■節子への挽歌2281:ピュシス

昨日の挽歌に山陰さんからコメントをもらいました。

佐藤さんがおっしゃる
>今の私の生き方は、いかにも「投げやり」の生き方です。
まったくそんなことはないと思います
投げやりというのは、言い換えれば「自然流」ではないのでしょうか
山陰さんのフォローはうれしいのですが、最近の私の生き方は、正直、少し、いやかなり、「投げやり」なのです。
でも、それはそれとして、「自然流」もまた、私が大切にしている生き方です。
それで、今日仕入れた、知識をひけらかしたくなりました。
アリストテレスによれば、人間には、それぞれ、固有の「ピュシス(自然)」があるという。ピュシスとは、魂(プシュケー)の元となる素材である。そのピュシスにしたがって、私たちが「魂の最もすぐれた機能」を満たすならば、それがすなわち「幸福」であり、また「善」といわれる。
これは、たまたま今日、読んでいた「ロスト近代」という本に出てきた言葉です。
今日は、風邪なので何もやることがなく、机の上に積んでいた、この本を読んでいました。風邪の時は、もっと軽い本を読みたかったのですが、適当な本がなかったのです。
風邪のせいで、かなりとばして読んでしまいましたが、最後のほうに出てきた、この部分だけはなぜかすんなりと頭に入ってきました。
プシュケーは知っていましたが、その元になる固有の「ピュシス(自然)」が、人にはそれぞれあるということを初めて知りました。
そして、そのピュシスを活かして生きることが「善き生」であるとアリストテレスは言っているのです。
私には、実に好都合な考えです。

ピュシスについては、もう少しきちんと調べてから、書くべきなのですが、今日は風邪なので、まあ調べるのはまたにしましょう。
ともかく、自然に生きるのは決して悪いことでもないのです。
ところで、私に固有なピュシスとは何でしょうか。
もしかしたら、「投げやりに生きる」のが私のピュシスかもしれません。
家族からは、「思い付きで生きている」と言われていますし、私も実際に「思いつき」を大事にしています。
「思い付きで生きている」「投げやりに生きる」「自然に生きる」。
さて、どう違うのでしょうか。

やはりアリストテレスのピュシスを調べる必要がありますね。
風邪のせいか、支離滅裂なものになってしまいました。
風邪を引いたら、本など読まずに、きちんと休んでいないといけませんね。
それが出来ない性格なのです。
困ったものです。はい。

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2013/12/01

■節子への挽歌2280:これからの人生に必要ない物

節子
風邪を引いてしまいました。
箱根の合宿で、ちょっと調子がおかしいと思ったのですが、案の定、風邪のようで、合宿からの帰路の予定を変えて帰宅しましたが、ダウンしてしまいました。

会社勤務時代に私のアシスタントだった女性から手紙が来ました。
今年、ご主人も定年で会社を辞め、人生の見直しに入っているようです。
もうそんな歳になったのかと感慨深いです。

彼女の手紙に、「これからの人生に必要ない物の処分にとりかかっている」と書いてありました。
しかし、それがなかなか進まないようです。
持ち物を処分するということは、ある意味では過去を捨てるということであり、同時に未来も捨てるということです。
もうこの資料や記録はいらないということは、これからの人生にはもう縁がないということだからです。
それはかなり思い切った決断が必要です。
私も、何回か、身辺整理に取り組んでいますが、いつも失敗しています。

ところで、「これからの人生に必要ない物」という表現がとても気になりました。
私がうまく身辺整理できないのは、これからの人生が展望されていないからだと気づいたのです。
逆に言えば、身辺整理とは、これからの人生を考えることなのでしょう。
その自覚が不足していました。

節子がいなくなってから、私の場合は時間が止まってしまった気がします。
それは、これからの人生を封じ込めたということかもしれません。
だとしたら、身辺整理などできるはずもないわけです。
たしかにそう考えると、今の私の生き方は、いかにも「投げやり」の生き方です。
少し自分自身のこれからの生き方を考えなければいけないのかもしれません。
私には、とても不得手なことなのですが。

「新しい人生のスタートと思って、今まで溜め込んできた物を少しずつ減らしながら生活していきたいと思います」と最後に書いてありました。
私はどうも、新しいスタートをきりそこなったのかもしれません。

風邪のせいか、どうも気分が軽くなりません。

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