■死刑はやはりショックです
日本において2人の死刑執行がなされ、ショックを受けていたのですが、今朝、北朝鮮では金正恩の叔父の張成沢が反逆罪で死刑判決を受け、即時に死刑が執行されたというニュースが報じられました。
なんだか中世に戻ったような気分です。
これは、しかし、時代に逆行した特殊な事件ではないのかもしれません。
日本でも特定秘密保護法の成立に続き、共謀罪が議論されだし、北朝鮮の後を追いかけるような動きが続いています。
このブログでも以前、日本と北朝鮮とどこが違うのかと書いたことがありますが、その類似性を最近改めて強く感じます。
秘密保護法が成立し、共謀罪を成立させようとしている政府にとっては、死刑制度は不可欠な存在でしょう。
この時期に、死刑が執行されたのは、実に象徴的なことです。
あの温厚な谷垣法相が、高市さんと同じような顔に見えてしまいました。
つまり、魂を抜かれた表情です。
それにしても、人によって人の生命が奪われることが、「国家」によって行なわれることの不気味さは、隣国の事件にしても、実際に起こってみると身震いするほどです。
死刑に関しては、以前、シリーズで書いたことがあります。
私自身は、ある時から死刑を受け容れる考えになっていましたが、そのシリーズを書いている中で、また以前のように死刑制度反対に戻りました。
今は、死刑に強く強く反対です。
なぜなら、国民主権の政府が死刑を執行するということは、私自身が人の殺害(死刑)に加担するということですから。
生物学的な意味での死刑と並んで、社会的な生命や人格的な生命を奪うような仕組みも広がっています。
かつては、生命の安泰を守るための司法制度も、生命の安全を脅かすような存在になってきています。
こうした動きに抗おうと異議申し立てをする勇気は、なかなか持てないようになっていくでしょう。
そうした勇気を押さえ込む「見せつけ」的な事件も、増えていくことが予想されます。
しかし、これは現在の体制の最後のあがきと考えることもできます。
歴史には必ず「大きな流れ」と「小さな流れ」があって、結局は大きな流れに移っていくように思います。
小さな流れの反対が、大きな流れだと考えてもいいでしょう。
今は、大きな流れ(近代)が変わろうとしている最後の段階で、近代の悪しき部分が最後のあがきをしているように思います。
北朝鮮の動きは、そうした小さな時代の流れに沿った動きだと思いますが、あまりにも粗雑にやってしまいました。
そのために、おそらく金正恩政権は、来年には崩壊するでしょう。
日本はどうでしょうか。
安倍政権はもう少し続きそうです。
金正恩政権と安倍政権を並べて書くことには、共感はしてもらえないでしょうが、私にはどうしても同じ「臭い」を感じてしまいます。
北朝鮮の今回の政変は、特殊なようで、特殊ではないような気がしてなりません。
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