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2013/12/10

■節子への挽歌2290:アーレントの哀しい物語

節子
3日ほど挽歌を書かなかったので、もうひとつ書きます。

この3日間、あまり体調がよくなく、ほとんど自宅にいましたが、めずらしくほとんど本を読んでいました。
アーレントの「人間の条件」です。
先日、アーレントの映画を観たこともあって、読み直してみる気になったのです。

前回読んだのは、もう20年ほど前だったと思いますが、今回はまったく違う読み方ができました。
アーレントの私生活と重ねて読んだからです。
アーレントがほとんど語ることのなかった強制収容所での体験が行間ににじみ出ているような気がしました。
生きるか死ぬかの瀬戸際で奈落も体験したかもしれないと思わせるようなところもありました。
あるいは、ハイデッガーとの悲恋の体験も、文章の後ろに感ずるところもありました。
そんなわけで、今回は小難しい「人間の条件」を読むというよりも、アーレントの哀しい自伝物語を読んでいる感じです。

アーレントに関しては特に調べたこともなく、さほどの知識もありませんので、行間に感ずる、そうした思いは私の勝手な想像力の創造物というべきでしょう。
アーレントも、この本で書いているように、人の思いを書いた文字の物語は、読む人によって蘇ってくるわけですが、書き手の物語と読み手の物語が、同じであるわけではありません。
私が感ずる物語は、私の体験によって、さらに編集されているわけです。
しかし、そうしたことのおかげで、今回はかなりきちんと読むことができたように思います。
もっとも大部の本なので、まだ半分しか読み終えていませんが。

こうした読み方は、かなりおかしな読み方でしょうが、まさにアーレントのゾーエとビオスを感ずるおかげで、難解なアーレントの文章も、時に親しみを感ずることができます。
アーレントは、十分に女性であり、十分に俗物であり、十分に弱者なのです。
それに、先日観た映画の映像が時々浮かんできて、その語り口さえ、聞えてくるようなところもあります。
とりわけマルクスへの言及部分は、滑稽ささえ感じます。

どんなに論理的な論文にも、書き手の感情は出てくるものだと、改めて感じました。
もしかしたら、アーレントの作品は、すべて挽歌かもしれないと、思ったりしました。
まだ200頁以上残っていますが、この勢いで読み終えようと思います。

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