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2013/12/05

■節子への挽歌2285:「私が神様をお助けしなくてはいけない」

挽歌2583で、神との帰属関係に関して。そうした挿話をフランクルの本で読んだような気がすると書きました。
それが気になって、昨夜、もう少し調べてみました。
フランクルの本ではありませんでした。
ウルリッヒ・ベックの「〈私〉だけの神」でした。
しかも、その話をこの挽歌でも紹介していました。
挽歌1856「慣れることができないこと」です。
読み直してみると、その時の私は帰属関係とは無縁な捉え方をしています。

改めて、エティ・ヒレスムのことを考えてみました。
エティは、神に救われるのではなく、神を救おうとしています。
アウシュビッツ収容所に収監され、死を意識しだした時期に、エティは日記にこう書いています。
長いですが、引用させてもらいます。

神様が私をこれ以上助けられないなら、私が神様をお助けしなくてはいけない。次第に地表全体がたった一つの収容所と化しつつあり、そこから逃れられるのはごく一握りの人でしかない。

神様、大切なことはただ一つ、私たち自身の中に住まうあなたのひとかけらを救い出すことなのです。もしかすると私たちは、さいなまれた他の人々の心の中で、あなたを復活させるお手伝いができるかもしれません。確かに神様、あなたでもこの状況はあまり大きく変えることはできないように見えます。それはもう、この人生の一部になってしまっています。私はあなたに釈明を求めてはいません。むしろあなたのほうが、いつの日か私たちに釈明を求められることでしょう。そしてほとんど心臓が鼓動するたびに、私にはますますはっきりとしてくるのです。あなたは私たちを助けることができないのだということが。むしろ私たちこそがあなたをお助けしなければならず、私たちの内なるあなたの住まいを最後の最後まで守りぬかねばならないのだということが。

神様、私はこうしてあなたと対話をすると、次第にまた心がおだやかになってきます。これからはあなたともっとたくさんの対話を交わすつもりです。そしてこのやり方で、あなたが私のもとを立ち去れないようにするつもりです。

俗な言い方を許してもらえれば、神を活かすか殺すかは、私の問題なのです。
「神」の代わりに、ほかの言葉を入れても、このことは成り立ちそうです。

ちなみに、風邪はまた悪化しました。
「風邪を治すか悪化させるかは、私の問題」ともいえますね。
今日は、治しましょう。

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