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2013/12/24

■節子への挽歌2303:誰のための挽歌か

節子
この挽歌も2300回を越えました。
言い換えれば、節子が旅立ってから2300日以上が経過したと言うことです。

挽歌は、本来、鎮魂歌です。
旅立った魂が迷いなく彼岸に辿りつくために願いの歌です。
2300日以上経っても、まだ挽歌を書き続けているということは、鎮魂に成功していないと言うことかもしれません。
つまり、そこで主客が逆転します。
実は、挽歌とは旅立った魂のものではなく、遺された魂を鎮めるものなのです。
そして、実は私に葉、それができていないということなのです。
おそらく、節子はすでに彼岸にあり。仏教でいう「中有」の状態にあるのは、私なのです。

万葉集にはたくさんの鎮魂歌が出てきます。
そもそも鎮魂歌が生まれたのは、古代の殯(葬送儀礼)の場だったでしょう。
そこでは、死者生前の事跡を朗々と詠ずる慰霊儀礼だったのです。
そこで重要なことは、みんなの前で、朗誦されたと言うことです。
声が、彼岸と此岸をつないだのです。

ちなみに、文字を音読せずに黙読するようになったのは、さほど古いことではないようです。
文字は声に出してこそ、力を持つというのが、長い歴史の文化でした。
つまり、この挽歌のように、ただただ書かれるだけの挽歌は、あんまり力がないのです。

しかし、だからこそ、鎮魂歌、あるいは挽歌には意味があるともいえます。
鎮魂の効果がない鎮魂歌、挽歌を書き続けることで、「一件落着」することを先延ばししているという効果です。
魂を鎮めずに、魂の気を引き寄せ続ける。
同時に、自らをもまた、そこに閉じ込めることで、別れの現実を先延ばししているというわけです。
であればこそ、この挽歌は2300回も続いている。
そして、まだ続けたいと思っているわけです。

節子はもう愛想を尽かしているかもしれません。
そういえば、昨夜、夢に節子のお母さんが出てきましたが、なぜか節子は出てきませんでした。

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