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2014年1月

2014/01/31

■節子への挽歌2342:白いブーケ

節子
昨日、湯島で開催した古代史サロンに久しぶりに小学校の同級生の升田さんが来てくれました。
そして、節子さんにと白い花のブーケを持ってきてくれました。
早速、昨夜、供えさせてもらいました。
ちょうど供花がさびしくなってきたところでした。

いまも時々、花を持ってきてくれる人がいますが、うれしいことです。
というよりも、不思議な話です。
花好きだった節子は、どうも花を呼び込む何かを持っているのかもしれません。
もっとも、そのおかげで実は困ったことが起こったこともあるのですが、まあそれは書くのはやめましょう。

升田さんは数年前まで大学で国文学を教えていました。
その大学には私の知人も何人かいましたが、彼女はやはりかなり変わった教授だったようです。
専門は万葉集で、前に何回か論文を送ってもらいましたが、読みこなせませんでした。
今なら少しは読めるかもしれません。

ところで、最近、精神的な余裕がなく節子への供花が手抜きになりがちです。

今日は湯島で恒例のオープンサロンですが、一人で待っているのは退屈です。
今日は誰が来るでしょうか。

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■知は人を無知にする

昨日、古代史をテーマにしたサロンを開催しました。
そこで、弥生時代には大きな船はあったかなかったかという話になりました。
縄文時代には、それこそ南米までも行きつく船があったようですが、弥生時代の遺構からは大型の船は発見されていないのだそうです。
大型の船がないと成りたたないことを話題にしていた時の話です。
私は、「そのうちきっと発見される」と発言して、叱られてしまいました。
発見されてから、それをベースに話をしないと議論ができないと言われました。
これには残念ながら反論できませんでした。

物事の存在を認めるかどうかには、ふたつの姿勢があります。
「存在が証明されたこと」のみを存在するものとして考えるか、「存在しないことが証明されないかぎり」存在することを受け入れるかです。
科学万能、学問万能主義者、あるいは支配権力者は、当然前者ですが、生活者や庶民の多くは、後者でしょう。
いうまでもなく、私は後者です。
知を支配する権力側には立ちたくないからです。

ところで、知の世界は、確立した知から逸脱する知は排除するのが基本です。
ところがそれが否定された途端に、手を返したように態度はひっくり返ります。
いま話題のSTAP細胞も、その例の一つです。
これはとてもうまく認知されましたが、多くの場合は、そうはなりません。
知の権力から押しつぶされた知は、おそらく山のようにあるでしょう。

昨日はスリーA認知症予防ゲームのワークショップを認知症予防ネットの高林さんに来てもらって開催しました。
高林さんは早くから「認知症は予防できる」という思いで、このゲームの普及に取り組んできました。
当初は、厚労省から呼ばれて、痴呆(当時は認知症とはまだ言われていませんでした)は予防できないものだと叱れたそうです。
それもあって、なかなか理解されずに広がりませんでしたが、現場での実際の効果から、今は広がりだしています。
それよりも、認知症予防学会までできているのです。

20数年前に、土壌菌による水の浄化に取り組む内水護さんに会いました。
利権関係者からの邪魔立てでやはり普及せずに、嫌がらせも多かったようで、私に会うのも目立たないところでこっそり会うことを指定してきました。
まるで映画のようでしたが、どうやら内水さんの過剰防衛ではなかったようです。

最近、放射性物質の除染に取り組む人から協力要請がありました。
このブログでも書きましたが、多くの人ははなから相手にしてくれません。
放射線量が減少することなどないというのです。
しかし、放射性セシウムが非放射性化することがあるという実験報告は、現にあるのです。
この研究会は、友人と2人でスタートさせますが、放射線科学に詳しい人ほど否定的です。
つまり、知は人を無知にするのです。

私のように、組織や社会の枠組みから外れた生き方をしていると、こういう話はたくさんやってきます。
私は法学部の出身ですが、裁判では「疑わしきは罰せず」です。
それをもじって言えば、「疑わしきは信ずる」が、私の生き方の基本です。
だから私の世界には、宇宙人もいれば、UFOもあの世もあります。
科学的ではないと言われそうですが、私は現代が到達した小さな科学ではない、もっと大きな科学の信奉者なのです。
少し図に乗ってしまいました。
すみません。

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■精神のエントロピー

先日、挽歌でエントロピーに言及したのですが、それを読んだ読者から自分も同じような状況だというようなメールをもらいました。
エントロピーは言うまでもなく、熱力学の第2原則で、エネルギーや物質にまつわる話ですが、精神のエントロピーという捉え方もあります。
私の記憶では、最初に言い出したのは経済人類学者の栗本慎一郎さんです。
エントロピーとは簡単にいえば、「無秩序度」ですが、そもそも「秩序」という概念が多義的ですので、いささかの混乱が生まれやすいです。
私は、無構造化ということだと理解しています。
すべてが単一化し、構造が消えてしまうということです。
わかりやい例で言えば、水にインクを落とすと、最初はインクと水が模様を形成しますが、次第にインクがすべての水と融和し、インク色がかった一様の水になってしまいます。
完全に融和した段階がエントロピーの極大化状況で、そこからは何も動きは起こらなくなります。
熱力学で言う「熱死」状態です。

この話は、確かに社会を考える時に、比喩的に使えます。
多様な文化や考えを持つ社会は、その違いのぶつかり合いの中から、新しいものが生まれてきます。
しかし、考え方や価値観が、さらには成員の言動が画一化されてしまえば、議論も生まれなければ、思考も育ちません。
逸脱した言動は、社会が寄ってたかって押さえ込み排除していきます。
今朝のNHKの朝ドラで、戦時中の話の中で、「おかしいことをおかしいといわなければ、ますますおかしくなる」と主人公の娘が言っていましたが、まさにその通りです。
しかし、「おかしいことをおかしいという」ことは、そう簡単ではありません。

生命体や組織には、現在の秩序を維持しようとするホメオスタシスという均衡機能が発生します。
しかし、その一方で、成長を目指すカオスを求めるダイナミズムも組み込まれています。
多様性を持ちながら動的な安定性を保つのが、ホメオカオティックな秩序です。
それに対して、画一化されて逸脱行為を排除し、静的な安定を求めるのが、ホメオスタティックな秩序です。

「秩序」には前者のような「生きた秩序」と後者のような「死んだ秩序」があるのです。
しかも、それらは社会一様にあるわけではなく、社会の階層や地域によって、それらが巧妙に組み合わされています。
だから社会の一部だけを見て、どちらが支配的かを断定するのは危険です。
ホメオスタティックな秩序社会も、必ずどこかに、ホメオスタティックな秩序を管理していることが多いですし、逆もまたあります。

最近の日本はどうでしょうか。
私には、多くの人は、画一化された死んだ秩序を求めているように思えてなりません。
ある意味では、それは幸せなことかもしれません。

NPOと付き合っているとよくわかるのですが、ホメオスタティックな秩序に陥って、袋小路に入ってしまうところが少なくありません。
もしかした、人はみんな結局はホメオスタティックな秩序、つまり「死んだ秩序」を目指すのかもしれません。
そのために、組織や社会も、同じように、死を目指すのかもしれません。

そういえば、それを打破するのが、蕩尽行為だと、栗本さんは言っていました。
日本人はかなり蕩尽していると思いますが、エントロピーを低下させられないでいるのは、なぜなのでしょうか。
精神の蕩尽ではなく、経済物質的な蕩尽に留まっているからでしょうか。
あるいは、秩序の組み合わせに失敗しているからでしょうか。

まもなく日本でも、「反乱の時代」が来るかもしれません。
そうした予兆は、注意して見ると少しずつ見え出しています。

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■最近のマスコミ報道に思うこと

特定秘密保護法が問題になっていますが、それとは別に、社会の動きが最近、見えにくくなってきているのが気になっています。
このブログの時評も10年以上続けていますが、マスコミ報道の内容が大きく変わってきていることを感じます。
ひとつのテーマに関する情報量が増える一方、新聞に掲載される情報の「種類」が大幅に減少しています。
また解説的な記事が増えていますが、事実の報道は減少しています。
簡単にいえば、新聞がどんどん週刊誌化しているわけです。
解説も事実の解説であればいいのですが、むしろ解釈の解説が増えてきています。
そうした解説はある意味での世論誘導につながりますし、読者の思考を怠惰にさせていきますので、これも注意しなければいけません。
「わかりやすい○○○」というような池上彰さんの解説番組が人気のようですが、あれほど怖い番組はないと私は思っています。

大きな事件や動きには、必ず前兆があります。
それは、最初はそれと気づかないものですが、たくさんの数の事例に触れていると、大きな流れが見えてきて、その先にあるものにも気づくことは少なくありません。
しかし、最近はそうした動きがまるで見えなくなってきています。
そしてある時に、わっと大きな事件として眼前に現れてくるのです。

NHK会長の発言が話題になっていますが、そこで明確に語られているように、NHKの報道はすでに権力支援型になってきています。
ニュースを見ているとよくわかりますが、NHKと民法の報道姿勢は違います。
特集報道番組に関しては、NHKは民法よりも事実に基づく問題提起的なものが多いですが、新会長の下では変わっていきかねません。
今日の朝日新聞によれば、すでに原発関連の報道に圧力がかかっているようです。

テレビと新聞を比べれば、新聞の方が主体的に報道に接しられます。
その新聞を読まなくなった人が増えていることにも危惧を感じます。
まだ朝日新聞を読んでいるのですかと、以前、読者から罵倒されたことが何回かあります。
「朝日新聞を読む自信がないほど自分がないのですか」と答えたかったのですが、そんなことをやればとんでもなく炎上しかねないのでやめましたが、報道は家畜の餌ではありません。
食べる必要はないのです。
その餌の中にも、しっかりした栄養素が見つかるかもしれません。
しかし、餌を毎日与えられていると、いつの間にか飼いならされてしまいます。
そこにマスコミ報道の怖さがあります。

大きな事件や問題が発生した時の新聞の片隅に掲載される小さな記事が、だんだんなくなってきたことがとても残念です。
新聞の作り手たちが、大きく変質してきているのがよくわかります。

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2014/01/29

■フェイスブックはどこか落ち着かなさを感じます

最近フェイスブックに違和感を持ち始めています。
ある意味では面白いし、便利なのですが、なにかどこかに「落ち着かなさ」を感ずるのです。
私自身もやったことがあるのですが、食事の写真を出すことにどういう意味があるのでしょうか。
自分の生活実態をさらけ出すことで、世界とのつながりを感じたり、コミュニケーションを深めたりできるのでしょうか。
できるかもしれませんが、何か少し落ち着かなさを感じます。

自分をさらけ出すことで、自らを鼓舞するという意味もあるかもしれません。
あるいは、自らの活動への共感者や理解者を増やすことが期待できるかもしれません。
私自身、集まりを企画した場合、フェイスブックで誘うことによって、参加者を得ることも少なくありません。

自分が共感したことをフェイスブックでシェアし、自分の立場を表明したり、情報の拡散に寄与したりすることもできます。
その効用は小さくはありません。
しかし、フェイスブックはあまりに簡単にシェアできるので、自らが思考したり行動したりする姿勢がなくなってしまう恐れもあります。

書き手の生活ぶりが見えすぎてしまうのも、少し抵抗があります。
覗き見るような気がして、落ち着きません。
自分と比べて、羨望の念を持ったりすることだってあります。
無意識のうちに、人間関係に影響を与えることもあるような気もします。

まあいろいろとありますが、最近一番気になっているのは、なんだか社会が平板になっていくような気がしてならないことです。
要するに画一化の深化です。
それに、自分もまた、ネット世界の住民になっていくようで、少し不気味なのです。

そういいながらも、私自身、ネットやフェイスブックでの付き合いが増えてきています。
これからどうなっていくのか、どうも落ち着きません。

フェイスブックとどう付き合えばいいか。
これもまた悩ましい問題です。

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■過剰なものを生産する社会

極めて個人的な事情からなのですが、今年になってから、あまり社会と関わらずに、少しひっそりと時を過ごす時間が増えました。
ほぼ1か月、そういう生活を過ごしていますが、動いていると見えないものがよく見えてきます。
これまでの自分の生き方への疑問も出てきます。
昨日、挽歌では「生きがい」を話題にしましたが、生きがいが話題になるような社会はやはりどこかおかしいのだろうと、改めて思います。

湯島のサロンで、時々、私は、石器時代の人のほうが、私たち現代人よりも豊かな暮らしだったのではないかと発言して、ひんしゅくを買っています。
しかし、これは私の考えたことではなく、経済人類学者マーシャル・サーリンズの本で学んだことです。
湯島のサロンでは、誰も相手にしてくれませんが、サーリンズの言葉を受け入れると、社会の見え方は変わってきます。
しかし、誰も石器時代人よりも今の私たちのほうが幸せだと思いこんでいます。
こうした思い込みは、ほかにもいろいろとあります。

ジョルジュ・バタイユの指摘は、もっと刺激的です。
生命体は、地表で、自らの生命の維持に要する以上のエネルギーを受け取っている、というのです。
この1世紀、私たちのエネルギー消費量は飛躍的に増大しましたが、それでもなお、地表には使われていないエネルギーが満ち満ちている。
別に原発など開発する必要などまったくなかったということになります。
バタイユは、経済とは過剰なエネルギー処理の仕組みだというのです。
その議論においては、消費や遊びも労働と同値になっていきます。
人口爆発が資源や食料の不足を惹き起こすといわれますが、バタイユが正しければ、そんなことはありえないでしょう。
そして、バタイユはたぶん正しい。

こんな話もあります。
生存のために費やす労働時間は石器時代人よりも現代人のほうが長い。
このことに異論を唱える人は、そう多くはないでしょう。
私の子ども時代は、今よりも物質的には豊かでなかったと思いますが、働く時間は少なかったように思います。
いまもたぶん第一次産業に従事する人たちのほうが、時間に余裕があるでしょう。

何のために私たちは、労働時間を増やしてまでも、過剰なものを生産する生き方を受け入れてしまったのでしょうか。
過剰なものを生産してしまえば、その過剰分を消費する労働まで引き受けなくてはなりません。
立ち止まって社会を見ていると、何でみんな忙しく動き回っているのだろうという気がしてきます。
もしかしたら、私たちは、貧しくなるために働いているのかもしれません。

まあ社会と距離を置いて、一人で考えていると、こんなことを考えてしまうわけです。
おかしいのは社会か私か。
悩ましい問題です。

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2014/01/28

■節子への挽歌2341:生活の「生きがい」と人生の「生きがい」

節子
早々とお風呂に入って「生きがい」について考えてみました。
久しぶりに長湯をしましたが、あんまり考えは深まりませんでした。
そもそも「生きがい」などを考えること自体が、私の趣味には合わないという、身も蓋もない思いが強まっただけです。
健全な人生を送っていれば、思いもしない言葉かもしれません。

ただ、節子がいる時にも、「生きがい」ではありませんが、「生きる意味」という言葉は使っていました。
それも「私の生きる意味は節子だ」ということでした。
このことは、告別式の挨拶でも話させてもらいました。
挽歌にも、最初の頃は頻繁に「生きる意味」を書いた記憶があります。
お風呂から上がって、調べてみたら、「生命を支える生きがい」などということも書いていました。

「生きがい」といえば、飯田史彦さんが「生きがいの創造」を何冊も書いていたなと思い出しました。
彼から何冊か送られてきていますが、節子がいなくなってからは、飯田さんと会っていません。
節子を見送ってから少しして、飯田さんに会いたくなって、連絡したのですが、なぜか今は会えないと言われてしまいました。
彼とは不思議な縁なのですが、そろそろもう会える時期に来ているかもしれません。
連絡をとってみようかと思います。
でも、たぶん「生きがい」に関しては、飯田さんとの話にはならないでしょう。

昨日のお風呂での結論はこうです。
生活の「生きがい」と人生の「生きがい」は異質のものである。
相変わらずわかったようでわからない話ですみません。
でもこう考えれば、何とか私でも帳尻を合わせられます。
人生の「生きがい」は失っても、日々の生活の「生きがい」はもてる、と。
つまり、節子がいなくても、「生きがい」はもてるのです。
少し小賢しいですかね。

時間がたっぷりあったので、明日の挽歌を書いてしまいました。

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■節子への挽歌2340:自宅での時間を持て余し気味です

節子
今日は3月中旬並みの暖かさだったそうです。
三寒四温どころか、一寒一温、いや半寒半温、つまり日中は暖かいのに夕方から冷え込んでしまう日が続いています。
昨日はうっかり薄着をして外出し、夜遅くなったために寒さに震えながら帰宅しました。
今日はそれで早目に帰宅しました。

節子がいた頃は、なぜか自宅でも山のように仕事がありました。
もちろん「家事」ではなく、私の「仕事」です。
それで、節子からはよく「あなたの趣味は仕事ね」と言われていました。
当時は、気にはしていませんでしたが、いまにして思えば、少しは生き方を変えたらというメッセージだったのかもしれません。

それにしても、最近はどうしてこんなに時間があるのでしょうか。
自宅にいる時は、実にたっぷりと時間があるのです。
平たくいえば、やることがないのです。
といっても、実は「やらなければいけないこと」はそれなりに山のようにあります。
もちろん「家事」ではなく、「仕事」というか「活動」の関係です。
しかし、それをやろうという気になかなかなれません。
つまり、「やることはある」のに、実際には「やることがない」。
実に困ったものですが、どうもモチベーションが高まりません。
高まるのは、精神的な負担感だけ。

夜の付き合いを基本的にやめたのも、自宅での時間が増えた理由です。
節子がいなくなってからのほうが、なぜか急いで自宅に帰りたくなっているのです。
これは、われながら不思議なのですが、節子を見送ってからずっとそうです。
帰宅しても、そこには節子がいないのですが、なぜか早く帰りたくなっています。
帰宅してから、何をやるというわけでもありません。
たぶん節子がいた頃に比べると、テレビを見る時間もパソコンに向かう時間も減っています。
増えたのは、「やるべきこと」があるのに、なにも「やること」のない時間。
その結果、就寝時間は早まりましたが、いまも真夜中に目が覚めるので、睡眠時間は増えてはいません。
要するに、充実感がないわけです。

今日は隣町の取手市の市役所に行ってきました。
友人からの依頼で講演を引き受けてしまいましたが、主旨をきちんと聞いたら、テーマが「生きがい」でした。
最近の私の状況では、適役ではありません。
でももう引くに引けない状況です。
いやはや困ったものです。
講演日までに、今の状況を抜け出さないといけません。
しかし、「生きがい」ってなんでしょうか。
たっぷり時間があるので、今日はゆっくりお風呂に入って、考えてみようと思います。
そろそろお風呂が沸く頃です。

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2014/01/27

■節子への挽歌2339:コートがない!

節子
来月、東北に行こうと誘われました。
寒いだろうから動きやすいコートを着ていかなくてはと思って、近くのユニクロに行ってみました。
ところがもう春物に変わっていて、防寒性のあるコートはありませんでした、
そこで、いまあるのを着ていこうとクローゼットを探してみました。
ところが、そこにあるはずのコート類が1枚もないのです。
そんなはずはないと家中調べ、娘にも処分していないか確認しましたが、心当たりがないと言います。
少なくとも3枚はあったはずですが、そういえば、ここ数年、着た記憶がありません。
いつも使用しているコートが1枚あるのですが、最近はそればかり着ています。
しかし、たしかに3枚はクローゼットにしまっていたはずなのです。
キツネに騙されたような気分です。

いろいろと考えた結果、昨年、身のまわりの整理をした時に、すべて処分したような気がしてきました。
なぜ処分したのか、よくわかりませんが、ともかく処分してしまったようです。
さてさて、東北には何を着ていけばいいでしょうか。
困ったものです。

節子がいなくなってから、買い物が苦手の私としては、ほとんど衣服などを買っていないのですが、まさか処分までしてしまっていたとは思ってもいませんでした。
もちろん処分したのは私です。
娘が嘆くように、どうも配慮に欠けているようです。

先日は、ボロボロの靴をはいていて、娘にしかられました。
捨てるはずの靴と使っている靴を間違っていたのです。
どうも歩きにくいなと思ったら、底が欠けていました。
困ったものです。
節子がいなくなってから、実はこうしたことが時々起こります。

娘は、そこまで面倒は見られないというのですが、あまりに節子に依存して生きてきてしまったようです。
いまはまだどうにかなっていますが、この先、いささか心配ですね。

しかし当面の問題は、東北に何を着ていくかです。
そういえば、昔、井上陽水に、そんな歌がありました。
さて、今でも冬物を売っているところを探さないといけません。
人生には雑事が多すぎます。

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2014/01/26

■節子への挽歌2338:エントロピーが高まっている気分

節子
今年になってから、どうも生活のリズムがとれません。
とともに、どこか気が抜けた状態から抜け出せません。
難しい表現をすれば、エントロピーが高まってしまい、動きが出てこないような感じなのです。
エントロピーが極大化するとはこういうことなのか、と最近は奇妙に納得しだしています。
意識がやけに平板になり、生活のメリハリやリズムをつけられなくなっているのです。

生命体は、環境とエネルギーや物質の交換を続けることで、自らの動的秩序を自分で組織化していくという、いわゆる「散逸構造」体です。
環境にエントロピーを排出し、自らの生命体を持続しているといってもいいでしょう。
しかし、最近、痛感するのは、環境との交換は、単にエネルギーや物質だけではなく、生命そのものをやりとりしているのではないかということです。
実際、清浄な自然の中にひたると、生命力が満ちてくることは実感できます。

他者との意識や感情の交換も重要です。
人と会うと元気になったり、疲れたりするのは、そこで何らかの生命力のやりとりが行なわれているからでしょう。

意識や感情の交換という点では、夫婦関係はかなり特殊なような気がします。
そこでかなり飛躍してしまうのですが、夫婦とは意識や感情の散逸機能増幅体といえるような気がします。
うっせきしたエントロピーを一挙に排出し、低エントロピーを取り込む仕組みといってもいいでしょう。
必ずしもうまくいくとは限らず、どちらかが過剰な負担を背負い込むことも多いでしょうが、うまくいけば、実に安定した生命力を動的に維持することができる。
節子がいた頃、私はほとんどストレスとは無縁だったのは、そのせいかもしれません。

節子がいなくなって6年以上経つと、どうやらエントロピーもかなりたまってきているようです。
妻に先立たれた3年後が危険というのは、もしかしたら、散逸構造が機能障害を起こすからかもしれません。

節子と結婚した当時、私はちょうどエントロピー概念を学んだところでした。
節子にも話しましたが、節子が理解した保証はありません。
しかし、結婚した頃は、こんな話をよくしていたものです。
2人とも好奇心だけは大きかった。
エントロピーが、とても低かったのです。
あの頃は、どんな話題も輝いていました。
私たちにとって、一番楽しかった時だったかもしれません。
最近は、その反対の極地にいる感じです。

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■「迷わないこと」と「確かなこと」

今朝の朝日新聞の読書欄に、売れている本として、櫻井よしこさんの「迷わない」という文春新書がとり上げられていました。
著者が櫻井さんということで、私には全く読む気が起きなかったのですが、精神科医の斎藤環さんの紹介記事を読んで、興味を感じました。
斎藤さんの紹介記事の書き出しはこうです。

櫻井よしこは、私が知る限り、もっともたたずまいが美しいニュースキャスターだった。その上品でもの柔らかな口調で語られると、つまらないニュースも貴重なものに思えたものだ。
しかし論客としての彼女は、時に過激なまでのウルトラ右派である。
まったくその通りだと思って、ついつい紹介記事をすべて読んでしまいました。
本書は、そうした彼女のエッセー風半生記だそうです。
それを読んだ斎藤さんはこう言います。
彼女の生活には、私たちがイメージする理想の「日本女性」のエートスが集約されている。うらおもてなく凛然として、背筋のまっすぐな、それでいてうるおいのある暮らし。彼女に憧れるファンの気持ちはよくわかる。
しかし、と人の悪い評者は考える。「迷わない」彼女の楽観主義は、ひとたび保守と融合すると、内省を欠いた歴史修正主義に結びつきはしないか。親孝行から愛国心までを地続きで考えるタイプの保守主義は、個人主義の抑圧と弱者の排除を繰り返してしまわないか。
どうも私も、評者と同じく「人が悪い」ようで、ここも同感です。

同じ読書欄に、「白洲正子」(挟本佳代著)の紹介が出ています。
白洲さんは、1964年の東京オリンピックの年に、かくれ里や観音仏を求めて、全国行脚に旅立った人です。
「ひたすら確かなものを見たいと」という思いが彼女を突き動かしたと言います。
そして、土地に沁み込んだ言葉や文化を書き残していきます。
当時、私はオリンピックには全く興味はありませんでしたが、白洲正子の観音巡礼の連載記事は毎月、興味深く愛読していました。
私が十一面観音仏ファンになったのは、白州さんの本のせいです。

保守主義とはなんでしょうか。
あるいは、「迷わない」とはなんなのか。
ニーバーがいうように、「変えてはならないもの」をしっかりと見極める英知が、いま求められているように思います。
いま私たちが次世代に引き継ぐべきものは何なのか、あるいは引き継いではいけないものは何なのか。
それを見極める重要な時期に、私たちは生きているような気がします。

迷わないためには、大いに迷わなくてはいけません。
迷いを知っている人だけが、迷わないといえるはずです。
やはり、櫻井さんの本ではなく、「白洲正子」のほうを読もうと思います。
いま私たちに必要なのは、迷わないことではなく、私たちの生活に沁みこんでいる「確かなもの」を知ることだろうと思います。

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2014/01/25

■宇都宮さんの正義感が脱原発の流れを妨げる皮肉さ

都知事選の行方は予測が難しいですが、おそらくその結果は、都民のみならず、都民ではない私にも大きな影響を与えることになるでしょう。
ですから、気が気ではありません。
もちろん私の場合、細川さんが当選するかどうかに関心があります。
都市防災も子育て支援も、社会保障も、私には「脱原発」があればこそ、です。
もちろん経済成長も、です。
そう思わない人がどうして多いのか、私には理解不能です。

細川さんを支援する小泉さんは、日本をここまでひどくした張本人の一人だと思っていますので、その小泉前首相の影がちらつくことに不快感がぬぐえません。
小泉前首相への私の不快感はきわめて大きく、私のホームページやブログで、思わず口汚くののしっていることも少なくありません。
一時は、写真を見るだけで気分がおかしくなったほどです。
雨宮さんのブログの記事を教えてもらいましたが、私も「絶対に忘れてはいけない」と思っています。

にもかかわらず、今回は小泉前首相の言動に救われる思いです。
彼の言動がなければ、今の状況を変えることはできなかったでしょう。
残念ながら宇都宮さんには問題が多すぎますし、共産党の結びつきが強すぎます。
日本共産党は、前にも書きましたが、選挙においては、これまでほとんど自分たち(党勢拡大)のためにしか動いていません。

決して多数派ではない脱原発グループが占拠で勝つには、候補の一本化が効果的です。
しかし選挙において立候補者を一本化するほど難しいことはないようです。
いかに「大事」とはいえ、なかなか「無私」にはなれないようです。
数年前に、沖縄で糸数さんが当選した時くらいしか、私の記憶にはありません。
小選挙区制では、与党に対等に戦うには、立候補者の一本化が不可欠です。
しかし、それはそう簡単なことではないでしょう。
誠実な人ほど、妥協しようとはしないでしょう。
何が大切なのかを考えてほしいと思いますが、だからといって、批判することはできません。
しかし、その結果、流れを変えられないとすれば、やはり悲しいことです。
宇都宮さんは、細川さんと違って、まだ自分を捨てられないのでしょう。

宇都宮さんの正義感が、脱原発の流れを妨げることほど、不幸なことはありません。
しかし、どうも事態はその方向に向かっています。
誠実であればあるほど、権力に加担することになるのは、実に皮肉な話です。
善意や誠実さの上に、不幸は積み重ねられていくものです。
私の思いが外れるといいのですが。

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■節子への挽歌2337:愛とは単純で軽やかで明らかなもの

予告どおり、昨日のつづきを書きます。
山陰さんはコメントで、「愛とは奥深く重厚で神秘なもの」と書いてくれていますが、むしろ、愛とは単純で軽やかで明らかなものではないかと、天邪鬼の私は思います。
山陰さん、すみません。

昨日の挽歌には、「愛とは、実はとても悲しくさびしく辛いもの」と書いているのに矛盾しないかと言われそうです。
私の意識のなかでは、矛盾はしません。
悲しさもさびしさも辛さも、みんな「単純で軽やかで明らかなもの」だと思うからです。
「軽やか」というのはちょっと違和感を持たれるかもしれませんが、愛に伴う「悲しさもさびしさも辛さ」には、軽やかさがあるように感じます。
いずれも、小賢しい「脳」を経由せずに、心身が反応するからです。
思ってもいないようなかたちで、それはやってきます。
突然涙が出てしまう。
意識もないのに胃腸がキュルキュル言い出す。
頭でどう対処しようとしても、対処できません。
とても素直な生命的現象です。

愛するとは、要するに「好き」だとか「いいな」とか感ずることです。
人を愛するとは、一緒にいると楽しいということだろうと思います。
でも、ただ「好き」というのでは何か言い足りない時に、「愛」という言葉が出てくるのかもしれません。
「愛している」といわれるのと「好きだ」といわれるのと、どちらがうれしいでしょうか。
私はやはり「好きだ」がいいですね。
「愛する」よりも「好き」のほうに、素直な気持ちを感ずるからです。

身も蓋もないようなことを書いてしまいましたが、愛とは生きる証なのかもしれません。
とても素直な生命現象なのです。
誰かや、何かを、愛せなくなったら、生きてはいけないでしょう。
愛とは、生きるために生命に埋め込まれた生命の種かもしれません。

とこう書いてくると、やはり「愛とは奥深く重厚で神秘なもの」ではないかと、山陰さんに言われそうですね。
そうかもしれません。
そもそも「生きる」ということが、奥深く重厚で神秘なものなのですから。

なにやら堂々巡りの自己否定の内容になってしまいました。

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2014/01/24

■節子への挽歌2336:愛する人を失ってこそ愛がわかる

最近、毎日のように挽歌へのコメントを下さる山陰さんのコメントの一部です。

愛とは?
しかし、6年以上を越えて書き綴られた「節子への挽歌」を持ってしても、その答えは語り尽くすことは難しい。
「愛とは?」奥深く重厚で神秘なものなんですね。
理論や数字では答えられない「愛」、まして最愛の妻への愛を、言葉や文章で表すことは至難の業かもしれません。
そういわれてやっと気づいたのですが、この挽歌は、「愛」を語っているのですね。
そういう自覚は、あまりなかったのです。
悲しみや寂しさや、怒りや後悔や、そうした、むしろ後ろ向きの気分が多いように認識していました。
もちろんそれは間違いではありません。
それに、いつまで書いているのというのが、大方の人の感想でしょう。
まるでストーカーのようではないかと言われたら、返す言葉もありません。

山陰さんのコメントを読んで、この挽歌で「愛」という言葉がどのくらい使われているかを確認してみました。
挽歌の総集編を、私のホームページに再掲していますので、パソコンで簡単に調べられます。
結果は、予想以上に「愛」という文字が使われていました。

愛という文字は、多様な意味を持っています。
人類愛といった博愛から特定の個人を対象とした性愛までさまざまです。
「経営とは愛と慈しみ」と捉えている私の場合、企業経営においても「愛」がキーワードになりますから、挽歌でなくとも「愛」という文字を多用しているかもしれません。
しかし、思った以上に、挽歌でも「愛」が語られていました。
挽歌や鎮魂歌とは、やはり「愛の賛歌」なのだと改めて思いました。
生きるとは愛することなのです。
そして、愛とは、実はとても悲しくさびしく辛いものなのです。
だからそこに喜びがある。

愛を話題にした最新の挽歌は「ハンナ・アーレントの愛」です。
アーレントの著作の根底には、愛があります。
それも、実に悲しくさびしく辛い愛です。
不幸せがあればこそ、幸せがあるように、成就しない愛こそが、愛の意味を教えてくれるのかもしれません。

愛する人を失ってこそ、愛がわかる。
愛とは実に意地の悪いものなのかもしれません。

ところで、「愛とは奥深く重厚で神秘なもの」でしょうか。
これに関しては、明日、書いてみます。
もし気分が変わらなければですが。

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■日本古代史をテーマにしたサロンのお誘い

今回は少し風変わりなサロンのお誘いです。
テーマは日本古代史、それも日本書記編年考です。

現在、スリーA認知症予防ゲームの普及に取り組んでいる認知症予防ネット理事長の高林さんは、以前(40年ほど前です)、古代史の研究者でした。
それが認知症予防の活動に入ったため、研究は止められたのですが、当時、書かれたいくつかの論文には鋭い指摘が含まれています。
「日本書記編年考」もそのひとつですが、なぜ日本書紀の記載では天皇が長寿になっているのかという疑問を解く仮説を提案したものです。
その仮説は、当時、古代史の泰斗である上田正昭さんや三品彰英さんに評価されながらも、ご本人の事情(研究を中断しなければいけなかったため)もあって、世に出る機会を失していました。
最近は、そもそも編年に対する関心がなくなってしまったので、話題にはならなくなっていますが、なぜ高林さんがその問題に関心を持ち、仮説を構築していったかも私には示唆に富む話だと思っています。

専門的になりすぎると話し合いも難しくなりますが、
今回は、高林さんから40年前の話をお聞きしながら、それを材料にして、話を広げていきたいと思っています。
日本の古代史に関心のある方は、持論を披瀝していただくのも歓迎です。
参加した人にも、古代史に関する話題提供や思いなどを、気楽に出してもらい、滅多に話し合うこともないような、ちょっと夢のある古代史サロンにしたいと思っています。

どうぞ気楽にご参加下さい。

○日時:2014年1月30日(木曜日)午後5~7時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
○会費:500円
○参加申込先:qzy00757@nifty.com

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■閑話休題:挽歌と時評のクロス現象

吉本隆明の芸術言語論によれば、言語には、コミュニケーションのための指示表出と、沈黙が溢れ出る自己表出とがあるそうです。
極めて粗雑に、しかも独断的にいえば、ゾーエの独り言とビオスのメッセージと言ってもいい。
しかし、いずれにしろ表出(表現)することにより、世界は動き出します。
吉本隆明は数年前の最後の講演で、「表現とは自然や他者との交通路」と言い、「表現すると自然も他者も自らも変化する」と語っていました。
独り言のような自己表出もまた、自らを変化させると言うことです。
そして、その話を聴いた時、表出は自らを変化させるための仕組みなのだと思ったのです。

このブログは、挽歌と時評によって構成されています。
吉本の言葉を借りれば、挽歌は自己表出、時評は指示表出です。
ゾーエの独り言とビオスのメッセージと言ってもいいでしょう。
数年間、書き続けてきて思うのは、実はそのふたつは深く深く重なっていると言うことです。
書き手としては、時々、どちらがどちらなのか迷うこともあるのです。

挽歌は、6年以上続けていますが、最初の頃と最近とでは、内容も書き方も大きく変化していると思います。
情緒的にいえば、最近は書いていてとても「渇き」を感じます。
言い方を変えれば、「生気」が希薄になっているのを感じています。
挽歌を書こうとしている自分を見ている自分が、書いていると感ずる時さえあります。

時評は、書く時の気分で大きく変わります。
「生気」が希薄な時には、書くことが思いつきませんが、生気が満ちていると書きたいことがどんどん見えてくる。
思いがふくれてくると、ついつい感情をぶつけたくなる。
そして、自己嫌悪に辿り着くこともあるのです。

つまり、ゾーエとビオスの逆転が起こっている。
しかし、指示表出の挽歌や自己表出の時評は、読者には意味がないでしょう。
挽歌でコミュニケーションしたくなったり、時評でうっぷんを晴らすのは、どこかが屈折しています。

まさに、こうしたことに、吉本のいう、「表現すると自然も他者も自らも変化する」ということがあるのかもしれません。
書き続けていると、変わってしまう。

しかし、挽歌や時評を書き続けることが、何とか私の生きる拠り所を落ち着かせてくれています。
身体が反応して、思わず嘔吐してしまったり、病気になったりしてしまったりすることと、同じなのです。
挽歌的に言えば、以前は節子がその役を引き受けてくれていましたし、時評的に言えば仕事がその役を引き受けてくれていた。
いまは、節子もいないし、仕事もやっていない。
私のメッセージを引き受けてくれる仕事は、残念ながら見つかっていません。

いずれにしろ、挽歌と時評が重なってきていると言うことも、それなりに確信できた。
いや、重なり合わせて生きることが可能だということが確信できました。
ですから、このブログを続けようかどうか、最近少し迷いが出てきています。
挽歌を書くとしても、なにも公開のブログで書くこともないですし、時評を書くよりも仕事をした方が良いのかもしれません。
しかし、もう少し書き続けたい気持ちの方が、今は少し強いですが。

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2014/01/23

■ケネディ駐日大使にも「小さな村の国際紛争」を見てほしいです

昨日、私のブログのある記事へのアクセスが急増しました。
「なんと罪深いことをしてしまったことか」という2年前の記事です。
なぜかわからなかったのですが、今朝、理由がわかりました。
アメリカのケネディ駐日大使が日本の太地町のイルカの追い込み漁に対して、「なんと罪深いことか」とツイートしたことの影響でした。
私の記事は、福島の原発事故に関連したものですので、内容的には全く関係がないのですが、今日は太地町のイルカ漁の話を書こうと思います。

太地町のイルカ漁が問題になったのは、今回が初めてではありません。
2009年にも大きな問題になりました。
ご覧になった方もいると思いますが、反捕鯨活動をしているシーシェパードが「ザ・コーヴ」という大地町非難の映画を制作し、ネットやDVDで広げたのです。
「ザ・コーヴ」の映画は、実に悲しい事件を起こします。
太地町とオーストラリアのブルーム市の間に波風を立ててしまったのです。

大地町は、日本捕鯨の発祥の地と言われています。
オーストラリアのブルーム市は、日本の捕鯨によって育った都市でした。
いまも日系の住民が少なくありません。
そして、太地町とブルーム市は姉妹都市でした。

この映画が契機になって、ブルーム市と太地町の姉妹都市関係は中断され、それまで続いていた子どもたちの相互ホームステイもうまくいかなくなりました。
そればかりでなく、なんとブルーム市の日本人のお墓が破壊され、墓石が廃棄されるという事件が起こったのです。
さすがに、そうした行為には批判が起こり、日系のブルーム市民たちが動き出したのです。

その騒動をNHKが「小さな村の国際紛争」という記録番組にまとめました。
オーストラリアで環境問題に取り組んでいた知人からその番組を教えてもらい、DVDに残していたので、今朝、改めてそれを観ました。
とてもいい記録番組です。
NHKのアーカイブスで観られると思います。
ぜひ多くの人に観てほしいです。
今回もNHKが再放送してくれるといいのです。

ちなみに、その番組によれば、ブルーム市と太地町の関係は回復し、住民たちの交流が再開されています。
ブルーム市のキャンベル市長が太地中学校に来て、子どもたちに話します。

みなさんの心を傷つけたことを謝りたい。
太地町とブルーム市が歴史的文化的に深いつながりの中にあるということを忘れないでほしい。
ケネディ駐日大使にはぜひ太地町を訪ねてほしいと思います。
「罪深いこと」とは何なのか。
私たちは、まず自らの「罪深さ」に気づく賢さを身に付けたいものです。
キャンベル市長のスピーチには、未来を感じます。

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■節子への挽歌2335:「いいことだけ日記」の反省

節子
先日、「いいことだけ日記」について書いたのですが、このことを以前、この挽歌にもきちんと書いたと思っていましたが、どうも書いていないようです。
文中に出てくることはありますが、見出しにはなっていませんでした。
改めて書いておこうと思います。
6年の間に、私の考えも少し変わってきていますので。

節子は子どもの頃からずっと日記を書いていました。
その節子が、胃がんになり、手術をしてから、あまり日記を書かなくなっていました。
とくに再発してからは、書けなくなっていました。
それで、私が、自分を元気づけるためにも、ともかく「いいこと」を見つけ出して、それを書くような日記にしたらと提案したのです。
そして、3年日記を購入してきました。
その提案に、節子は喜んでくれましたし、新聞に投稿までしてくれました。
新聞を読んだ人からも、良い考えだという手紙もきました。
友人の一人は、その投稿が私の妻のものであるとは気づかずに、切り取って残していてくれました(妻が亡くなった後で気づいたそうです)。
うまくいけば、そこに、たくさんの「いいこと」が記録されていたはずです。
しかし、そうはならなかったのです。

その日記帳は、いまも節子の使っていた書棚に残っていますが、開く気にはなれません。
そこから、節子の厳しい闘病生活が見えてくるからです。

節子は、「いいことだけ日記」で元気づけられたでしょうか。
たしかに最初はそうでした。
しかし、いまから考えると、それは残酷なことだったのかもしれません。

昨年、私はある問題を抱えこみ、気の重い状況を続けていました。
そんな時に、「いいことだけ日記」を書いたらといわれても、書けなかったでしょう。
生活の基本が「悩ましい状況」にある時に、「いいことだけ」を見ようとすることなど、できることではないのです。
でも周りの人を心配させないために、「いいことだけ」を意識しながら生きようとする。
もしかしたら、そういうことを、私は節子に求めていたのかもしれません。

おそらく多くの人は、考えすぎだというでしょう。
しかし、こうしたことは、そうした状況に陥った当事者でなければわからないことです。
それに、世の中は「いいこと」だけで成り立ってはいないのです。
そして、もっと大切なのは、何が「いいこと」で、何が「いいことではない」のかです。
大切なのは、どんなことにも「いいこと」の要素があると気づくことでしょう。
昨日書いた、篠崎さんは、それを教えてくれています。
そして、節子がいなくなったいま、ようやく、そのことに気づきだしています。
「いいこと」と「いいことではないこと」とは、コインの裏表です。
「わるいこと」も含めてみんな「いいこと」だと思えるようになれれば、と思います。
もしかしたら、これが〈悟り〉なのかもしれません。
世界がすべて清々しく、あたたかに見えてくる。
そんな心境になれればうれしいですね。
まだもう少し「思索」と「体験」が必要のようです。

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2014/01/22

■コミュニケーションの不在

昨日の朝日新聞夕刊の「時事小言」に国際政治学者の藤原帰一さんが、歴史問題を巡る最近の日韓、日中の対立に関して、こう書いています。

これらの議論は、変わるべきなのは相手のほうだ、自分の側は毅然として立場を堅持すればよいだけだと考える点で共通している。逆に言えば、自分のほうが変わる必要があるとは思っていない。問題の責任が相手にあるとお互いに考え、どちらも自分の立場を変えようとしないのだから、紛争の長期化は避けられない。

同感です。
コミュニケーションとは自らが変わることという捉え方をしている私としては、実に納得できる話です。
対話や交渉、さらに広く外交というもののポイントは、自らがどれだけ変わるかにかかっているように思います。
藤原さんの論考には、いつも共感することが多いのですが、こうした視点をもっと多くの人が共有するようになれば、未来は開けてくるように思います。

沖縄の基地問題も、あるいは都知事選での脱原発候補者の一本化の問題も、残念なのは、いずれにも「コミュニケーションの不在」があることです。

コミュニケーションを問題にする人は多いですが、話していると、コミュニケーションができていないのは、ご自分であると思うことが少なくありません。
コミュニケーションは相手を変えることであって、自らは変わらないということを当然のように前提にして、コミュニケーションを語っているのです。
企業にも、行政にも、住民にも、NPOにも、そうした人は多いように思います。

藤原さんの指摘は、歴史問題や領土問題に限ったことではありません。
私たちの日常の暮らしの中でも、とても大切な視点です。

自らが変わるためのコミュニケーション、という視点に立てば、間違いなくコミュニケーションは楽しくなります。
何しろ新しい考えへと世界を広げることなのですから。

ぜひそうした姿勢で、今日は周りの人と「コミュニケーション」してみてください。
私の体験では、とてもわくわくするような会話が生まれだします。
ただし、自らを守ろうなどと思っていると、うまくいきませんが。

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■節子への挽歌2334:とても良い人生

節子
節子がいなくなってから知り合った友人の一人が、アーティストの篠崎さんです。
私よりも少しだけ年下ですが、とても個性的な生き方をしています。
とてもスピリチュアルな生き方というべきでしょうか。
あるいはとても純真無垢というべきでしょうか。
いずれにしろ、とても魅力的な人です。
その篠崎さんが、愛する人を亡くしたのは、もうかなり前のことです。
その後、いろいろとありました。
いや、あっただろうと思います。
それもあって、最近少し引きこもりがちになっているようです。
この1年、お会いしていません。
私以上に、長い長い思索の期間を過ごされていたはずです。

その篠崎さんから昨年、メールが来ました。
それをなぜか今日、思い出しました。
こう書いてあったのです。

歳を重ねて、良いこと、悪いことを含めて、とても良い人生だった、と振り返ることができるようになりました。
ここに込められた篠崎さんの思いの深さは、私には慮(おもんばか)りようもありませんが、少しだけ篠崎さんの心情を知っている私の心には、突き刺さってくるような言葉でした。
ですからずっと心に残っていたのです。

良いことも悪いこともあってこそ、とても良い人生なのです。
そういうことが、私もようやく実感できるようになってきました。
そう思えることが、まさに良い人生なのでしょう。

篠崎さんは、こうも書いています。

結果の如何に関わらず、何かに挑戦することは死の間際まで続けるつもりです。
同時に、ぼんやりと静かに過ごす自分の時間も大切にしています。
篠崎さんらしさを感じます。
篠崎さんは、絵本作家でもあります。
いまちょうど大きな仕事をされているのだろうと思います。
大作の絵本はアメリカで出版されるとお聞きしていますが、その一部を以前、見せてもらったことがあります。
魅力的な構想も聞かせてもらいましたし、私の感想にもアクティブに反応してくださいました。
どんな作品に仕上がるのか、とても楽しみです。
ゆとりができましたら、ぜひ、湯島を訪ねたいと思っています。
湯島で篠崎さんと久しぶりにお会いできるのも、そう遠くはないでしょう。
湯島には、いろんな人が来てくれます。
節子と一緒に湯島のサロンをやってきて、よかったです。

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2014/01/21

■正解があれば解けない問題はない

入試センター試験にことを書きましたが、娘からいま話題になっているパズル(1158→10)のことを教えてもらいました。
ご存知の方も多いと思いますが、1,1,5,8の4つの数字を計算記号の、+,-,×,÷の4つで算式化し、その答が10になるようにするという問題です。
簡単そうなパズルなので、センター試験に続いて取り組んでみました。
ところが10分考えても解けないのです。
難しい問題ではないので、10分も考えて解けないのであれば、正解はないのではないかと疑いたくなります。
それで諦めてしまいました。

ところが、昨日、帰宅したら、娘が間違いなく正解はあるというのです。
それで再考することにしました。
正解があるのであれば、解けないはずはありません。
そして、今度はそう時間をとられずに正解に辿り着きました。
ちょっとしたことに気づけば、簡単に解ける問題でした。
私の思考を狭めていたのは、絶対に正解があるということを確信していなかった思いです。

そこで思い出したのが、光通信の話です。
今でこそ光ファイバーによる大量高速通信は一般化していますが、光ファイバーが通信用に実用化されるまでにはかなりの時間がかかりました。
しかし、その実用化が加速化されたのは、理論的な可能性が実証されたからだそうです。
あまり正確に記憶していないのですが、40年近く前に光ファイバーの研究者の講演でその話をお聞きしました。
可能性が確信された途端に、実現への速度が加速されるのが技術の世界です。
科学の世界では、理論が先行し、その理論は、必ずいつか実証されるのです。

これを少し広義に受け止めてみましょう。
たとえば、原発問題ですが、原発がなくてもエネルギー供給は大丈夫だと確信して取り組むかどうか、自然エネルギーで将来のエネルギー需要をまかなえると確信してその開発に取り組むかどうかで、技術開発の展開は異なっていくということです。
「原発ゼロ」と決めて、スタートする意味がここにあるように思います。
原発ゼロという起点が大切なのであって、それをどう実現するかは、二の次の話なのです。

技術の世界だけではありません。
沖縄の米軍基地に関しても、「国外移転」に確信を持つ人が多かったなら、鳩山さんの思いももう少し前に進んだように思います。
あの時、多くの人は疑心暗鬼でした。
鳩山さんの思いに信頼を寄せる人が、あまりに少なかったように思います。
そして、鳩山政権の内部から、そのビジョンや目標は瓦解しました。

都知事選の原発ゼロ。
稲嶺さんの辺野古移設拒否。
大切なのは、それがどれほど、時代の大きな意識になっていくかだろうと思います。

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■節子への挽歌2333:いいこと探し

節子
ようやく今年も活動を始めました。
これまでも何もしていなかったわけではありませんが、まだ気が入っていませんでした。
明日から湯島に行こうと決めた途端に、友人から電話がありました。
ある人を引き合わせたいというのです。
昨日、湯島でその人に会いました。
冠地情という人でした。
発達障害を持つ人のコミュニケーション支援に関わっている人です。
「イイトコサガシ」というワークショップも展開しているそうです。

冠地さんと話していて、心通ずるところがたくさんありました。
共通の知人も少なからずいるようです。
今年最初の出会いは、まさに前に進む契機になる出会いになりました。

ところで、冠地さんが取り組む「イイトコサガシ」ですが、
節子の「いいことだけ日記」を思い出しました。
残念ながら、節子の「いいことだけ日記」帳は、十分に埋められる間もなく終わってしまいましたが、手術の日にその投稿記事が新聞に載ったときの節子のうれしそうな顔が思い出されます。
節子は、そのうれしさで、過酷な手術にも耐えました。

ところで、よりによって、この時期に「イイトコサガシ」に取り組む冠地さんに出会うとは、これも何かの啓示でしょう。
節子に勧めるだけでなく、私自身が「いいこと探し」にもっと気を向けろということかもしれません。

昨日も冠地さんに話したのですが、コミュニケーションにとって重要なのは、自らの弱みをさらけ出すことと相手の良いところを見つけることなのです。
それは、生きやすくなるためのポイントかもしれません。
最近、どうも、そうした生き方から逸脱しだしていたようです。
節子に合わせる顔がありません。

さて今日から「いいとこ探し」をまた始めたいと思います。

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■ヘイト・スピーチで一番不幸なのは誰なのか

ヘイト・スピーチに関して、以前、一度書きましたが、それを読んだ人から、ヘイト・スピーチ関係の情報がよく送られてくるようになりました。
現場は、どうもますます醜くなってきているようです。
私はまだ深刻な場面には直面していませんが、送ってもらった動画情報を見ていると、実に悲しくなります。

今日、送ってくれたブログ記事にもありますが、どう対応していけばいいか、実に悩ましい問題です。
http://ameblo.jp/tyoo-o/entry-11754016092.htmlみなさんは、どう考えますか。

人は、なぜ人を悪く言うのか。
今朝、解いた入試センター試験の「現代社会」の問題にも、こうしたことが話題になっていました。
正解は、「代償行為」だそうです。
まあ、それほど問題は簡単ではないでしょうが、ヘイト・スピーチの矛先は、実は発している本人なのでしょう。
幸せな人は他者を悪し様には言いません。
また自らよりも不幸な人にも、人は悪口をなげつけません。
ヘイト・スピーチの当事者は、実にさびしく悲しく、不安におののき、明日への展望など持てない人なのでしょう。
だから他者を巻き込みたい。
でも、巻き込みようもないし、自分たちのみじめさに理解を示してくれる人はいない。
秋葉原無差別殺傷事件の加害者もそうでしたが、もうヘイト・スピーチするしかないのかもしれません。
もしそうなら、そういう人をさらに追い込むのは避けるべきかもしれません。
ヘイト・スピーチする人たちの、痛みもまた思いやることも大切かもしれません。

しかし、どうしてそこまで彼らは追い込まれているのでしょうか。
どこか、今の社会がゆがんでいるのです。
その社会を作り出している、私たちの生き方にも一因があるはずです。
だとしたら、ヘイト・スピーチの火種は、私の中にもあるのかもしれません。
もしかしたら、私自身、このブログでも「ヘイト・スピーチ」しているのかもしれません。
そういえば、時々、私も品格を欠く表現を意図的にすることがあります。
人のなり見て、わがなり直せ。
まずは、自分自身を問い質そうと、改めて思います。

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2014/01/20

■節子への挽歌2332:長い長い思索の時間

節子
今年になってから、長い長い「思索の時間」をもちました。
といっても、思索と言えば、聞こえが良いですが、実態は、気力がなく怠惰に過ごした時間というべきかもしれません。
しかし、怠惰に過ごすことと思索とは、たぶん切り離せないでしょう。
「忙しい」という言葉が「心を亡くす」ということを象徴しているのでれば、怠惰は「心を耕す」ことなのかもしれません。

昨年は、かなりの自己嫌悪に陥り、人への不信感を強め、厭世気分も高まってきていたのですが、それと同時に、秋くらいから、「不安感」が生まれてきていました。
根っからの楽観主義者ですので、「不安感」とはほとんど無縁に過ごしてきたのですが。
それも、私のこれまでの生き方に深く関わっているものなのです。
まあ笑われそうですが、正直に言えば、貯金がないことへの不安です。

私は、お金がなくとも幸せに生きられると言い続けてきました。
そして、実際に、そういう生き方をしてきたつもりです。
そのことは、節子が一番よく知っています。
節子がいたら、それだけで、ほかには何もいらなかったからです。
お金など、何の役にも立たないと思っていました。
病気になっても、節子が何とかしてくれるだろうと確信していました。
しかし、今はもう、その節子がいません。

昨年、あることに関わったために、少しまとまったお金が必要になりました。
お金を工面し、そのやりくりを考えるという、生まれて初めての体験をしました。
実に意外だったのですが、そういうことをやっていると、お金への執着が生まれてきてしまうのです。
お金を工面してやった人は、絶対に返済してくれるだろうと思っていたのに、必ずしもそうならないのです。
そうなると、何とか取り戻そうなどという考えが浮かんできてしまう。
まさに、お金の魔力に取りつかれて、おかしくなっていくのです。
そして自己嫌悪におちいってしまったわけです。
自己を嫌悪するほど、不幸なことはありません。

お金があることよりも、お金がないことのほうが、幸せに近づけるという、私の確信はやはり事実だったようです。
しかし、その一方で、節子がいなくなった今、お金がなくても大丈夫だと言い切れるかという不安が生まれてきたのです。
それで、年末に宝くじを買いましたが、見事に外れてしまいました。

まあ、そんなこんなで、年明けは自己嫌悪と無気力に陥ってしまっていたわけです。
しかし、負け惜しみ的に言えば、私にはとても意義深い体験でした。
世界が広がり、視野が深まり、お金にこだわる人の思いもわかるようになりました。

そして、長い長い思索の時間。
自分をかなり見つめ直すことができました。
厭世気分も他者への不信感も、すべては私に原因があることもよくわかりました。
嫌な自分も含めて、自分を素直に受け入れられそうです。
不安感も迷いも、払しょくできました。

お金がなくても、娘たちがいますので、大丈夫でしょう。
もちろん経済的に依存するという意味ではありません。
愛する人(この場合は節子ではなく娘たちです)がいれば、人は安心して生きられるものです。

節子
もう大丈夫だろうと思います。
節子がいなかったせいで、2年ほど、道に迷ってしまいました。
節子がいたら、「これもまた人生」と笑いあえたでしょうが。

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■流れは変わるでしょうか

名護市の市長選挙は、基地移設反対派の現職、稲嶺さんがかなりの差をつけて当選しました。
選挙活動中に自民党の石破さんが言い出した500億円基金創設は、むしろ反発を買って、稲嶺さんに有利に働いたという意見もありました。
同じ日に、福島県の南相馬市の市長選も行なわれ、脱原発を主張する現職が当選しました。
流れが変わりだす予兆かもしれません。
お金や権力に振り回されるのではなく、自らの生活から考えていく流れが広がるといいなと思います。

私が日本社会の地殻変動を感じたのは1980年前後です。
当時の年賀状に、いつも書いていたのが、「地殻変動の予感」でした。
当時は企業にいて、そこから見えていたのはまだ予感でしたが、会社を辞めて各地の住民活動や市民活動に触れて、予感は予兆の実感に変わりました。
しかし、1990年代の後半に入り、予兆は消えてしまい、金銭至上主義が世界を覆い出した気がします。
それからもいろいろとありましたが、今もなお、お金万能の神話は消えていないように思います。

沖縄の前の知事である太田さんが、最近よく語っているのが、辺野古への基地移設によって、日本の国家財政負担はこれまでの90倍になるという話です。
あまりマスコミには出てきませんが、辺野古への基地移設は大きな利権が絡んでいるのでしょう。
なぜその問題が大きく話題にならないのか不思議です、
しかしそれは私たちの想像力の限界を超えているのでしょう。
猪瀬さんの5000万円は想像できても、兆を超える金額は、私たちの想像力を超えてしまっています。

いずれにしろ、沖縄と福島で、新しい動きが起こり始めている。
ちょっと元気づけられています。
さて、東京都民は誰を選ぶのでしょうか。
お金の力しか実感できないでいる人の多い東京ですから、大きな不安があります。

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■大学入試センター試験を2科目だけやってみました

大学入試センター試験の「世界史B」をやってみました。
70点くらいは取れるだろうと思って、あまり考えずに、10分もかけずに解いてしまったのですが、なんと58点でした。
4択問題ですので、めちゃくちゃに解答しても25点は取れそうなのに、58点。
名誉挽回に、少し時間をかけて「現代社会」に取り組んでみました。
現代社会なら70点は取れないと社会人としては恥ずかしいと思ったのです。
ところが、ともかく問題文が長くて、読んでいるうちに疲れてしまいました。
結果はかろうじて71点。
正直、80点は取れるだろうと自負していたのですが。
甘く見てはいけません。
理系関係の科目であれば、25点までいけるかどうか心配になりました。
今のところ、挑戦する気にはなれませんが。

しかし、今回、やってみて、センター試験の意味がわかりました。
これもまた一種のメッセージなのです。
問題文と設問は必ずしもつながっておらず、問題文を読まずに設問に答えることもできます。
そして、問題文には、受験生へのメッセージ、もしくは意識づけが感じられました。
試験をきちんと受けるだけでも、ある見識を得られるようになっているのです。
問題を作る人のご苦労と意気込みを感じます。

しかし、「現代社会」でさえ70点とは、問題です。
今の私は、センター試験には合格しないでしょうが、せめて現代社会くらいは、80点は取りたかったです。
もう少し、社会の問題への関心を強めなければいけません。

もうひとつ思ったのは、「現代社会」の試験をみんな毎年受けてみたらどうかということです。
問題文をきちんと読むだけでも、世界が少し広がります。
そして、日本の教育がどういう方向を目指しているかも、垣間見えるような気がします。


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2014/01/19

■節子への挽歌2331:泉涌寺に行っただろうか

節子
先日、テレビの古寺名刹で、京都東山の泉涌寺をとりあげていました。
泉涌寺は、皇室の菩提寺とし「御寺(みてら)」と呼ばれていますが、本尊は、釈迦如来と阿弥陀仏と弥勒菩薩の三世仏です。
とても特徴的なのは、大門をくぐると仏殿が見下げる感じで目に入ってくる構図になっています。

泉涌寺は、節子と一緒に行ったような、行かなかったような、あいまいな記憶しかないのですが、なぜかずっと気になっているお寺です。
私の記憶力はかなりあいまいなため、節子と一緒にどこにいったか正確に記憶していないことが多いのです。
節子とは結婚の前後を含めて、滋賀には3年ほど居ましたので、京都や奈良にはよく行きました。
たぶん泉涌寺にも行っているはずなのですが、三世仏の記憶がありません。
あるのは、なぜか新緑の風景です。
その記憶が泉涌寺なのかどうか、はっきりしないのですが、なぜか泉涌寺だという気がずっとしています。
大門からの下り坂を、節子と一緒に歩いていった気がするのです。

実は、こういうあいまいな記憶なのに、細部の一部がやけに生々しく思い出されることが私にはかなりあります。
これは節子がいた頃からです。
節子に、あるところに一緒に行ったよねと話をしても、節子は行ったことがないというので、私の記憶ではその時に一緒だった節子の姉夫婦にも確認したのですが、姉夫婦もそろって、行ったことはないというのです。
私の記憶違いなのですが、もしかしたら、それは夢の中での体験なのかもしれません。
夢と現実の境目がかなり混乱していることが、私には昔からよくありました。
これは一種の精神障害かもしれません。
しかし、夢も現実も、所詮は一時の幻想だと言ってもいいかもしれません。
それに、節子との別れという衝撃が、私の記憶を混乱させていることも十分にあります。
過去の記憶は、いくらでも編集されてしまいますから。

さて泉涌寺ですが、果たして行ったことがあるかどうか、最近少し気になりだしています。
節子が残した日記を調べれば、事実がわかるかもしれません。
節子はていねいに日記をつけていたからです、
しかし、節子が残したたくさんの日記は、やはり読む気にはなれません。
この挽歌を、たぶん、私の娘たちが読む気にならないのと同じです。

今度、京都に行ったら、泉涌寺に立ち寄ってみようかと思います。
そこの三世仏にも会いたくなりました。
しかし、節子がいなくなってから、お寺に行っても、仏たちは声をかけてきてくれません。
一昨年、薬師寺に行った時、あれほど私の好きだった薬師三尊がとても無表情でした。
不思議なことですが、節子がいなくなってから、仏たちの表情が違って見えるような気がするのです。

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■犯罪もののテレビドラマが圧倒的に多くなった

最近のテレビドラマは、犯罪ものが圧倒的に多くなってきているそうです。
犯罪を取り締まる側の不正がテーマになっているものも少なくありません。
こうしたこともまた、時代を象徴しているのでしょう。

今朝の朝日新聞で、特定秘密保護法をめぐって、賛成派の長谷部東大教授と反対派の杉田法政大教授の対談が掲載されていました。
お2人に共通しているのは、日本の立憲主義を守るというところから出発していることです。
しかし、それにもかかわらず、秘密保護法への評価は正反対になっているのです。
たぶん時代認識の違いなのでしょう。
対談で、杉田さんは「立憲主義とは通常、憲法を使って権力を制限するものではないか」と問いかけていますが、長谷部さんはその問いをそらして、「憲法の定める自由で民主的な現在の政治体制を守らなければならない」と返しています。

立憲主義は国家を安定させるものですが、「権力」の所在をどこに見るかが重要になってきます。
最近、長谷部さんのような憲法学者は少なくありませんが、昔、東大で小林直樹さんに憲法を学んだ者としては、時代の違いを大きく感じます。

権力には2種類あります。
現実的な暴力執行を正当化された権力とその権力の淵源となる権力です。
国民主権である日本で言えば、前者は政府であり、後者は国民です。
制限すべき権力がいずれであるかは、明々白々です。
しかし同時に、後者の国民という概念そのものも、主体概念にはなりえませんから、長谷部さんのような立場の人が危険な存在だと思うのも仕方ありません。
政府の暴走と同じく、国民の暴走もまた、歴史の事実として存在するからです。

現在の日本はどういう状況かは、テレビドラマの流行と無縁ではありません。
犯罪ものが多いということをどう受け止めるかです。
しかもその犯罪の主役が、個人ではなく、組織、それも警察や検察、あるいは大企業といった、社会の秩序を維持する側であることも少なくありません。
アメリカほどではありませんが、反体制的なメッセージが少しだけこめられるようになって来ています。
この点が、再放送されている一昔前の犯罪ドラマとはまったく違うところです。
社会が変質しているのです。
いや、政府が変質しているというべきかも知れません、

長谷部さんが言う「自由で民主的な現在の政治体制」とは、程遠い現実の中で、多くの人たちは生活しています。
しかし、国民としての主体化は、もはや遠い夢になっています。
あまりにも分断されてしまっているのです。
連帯などは、夢のまた夢かもしれません。
そうなれば、もう政府はいかようにも動けます。
イソップ物語の、かえるの王様を思い出します。

しかし、ここに来て、少し流れが変わろうとしているようにも感じます。
権力批判的な犯罪ドラマ人気は、そうしたことの予兆でしょうか。
あるいは、そうした世論の無意識な不満のガス抜き活動なのでしょうか。

いずれにしろ、犯罪ドラマで、鬱憤を晴らしている時ではありません。
「自由で民主的な現在の政治体制」を守るためにではなく、「自由で民主的な現在の政治体制」を創りだすためにこそ、市民活動は取り組まれなければいけないと思います。

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2014/01/18

■節子への挽歌2330:「年が変わるたびに新しい悲しみにおそわれる」

節子
昨日は阪神淡路大震災の19年目でした。
家族を失った遺族の方がテレビで話していました。
「年が変わるたびに新しい悲しみにおそわれます」と。

「日薬」という言葉があります。
時間が悲しみを癒してくれる。
時が一番の薬だ、ということだそうです。
これは、たぶん最愛の人を亡くした当事者ではなく、その周辺の人の話でしょう。
肝心の当事者は、決して、時の経過で癒されることはありません。
テレビで遺族の方が語っていたように、年を重ねるにつれて、むしろ新しい悲しみや思いが浮き上がってくるのです。
おそらく人生の意味が大きく変わり、元に戻ることはありません。

しかし、同時に、そのことを素直に受け入れられるようにもなってきます。
そのことを「癒し」というのであれば、癒されるといえないこともないでしょう。
でも、当事者にとっては、決して「癒し」という感覚ではありません。
痛みがどんどん深く沈殿し、意識の底にもぐりこみながら、心身を覆いつくしてしまう感じです。
それが、時に噴出します。
遺族の方は、毎年、1月17日になると、その悲しみで全身がつつまれるのでしょう。
そして、その悲しみに身を任せることで、逆に気持ちを新たにできる。
悲しみは、同時に元気にもつながっているような気がします。
新たな悲しみは、同時に、新たな生きる気力にもつながっているように思います。
そして、悲しみを噴出させることが、まさに亡くなった人への供養なのです。
悲しみが深ければ深いほど、亡き人への思いを確信でき、前に進むことができるのかもしれません。

19年も悲しさを深めてきた遺族のみなさんに、私も勇気をもらいました。
悲しみを、日々、新たにしていこうと、改めて思います。

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■「基地か経済か」は争点か

都知事選に先立って、沖縄の名護市の市長選が明日、投票です。
ここでも基本的な問題が争点になるはずですが、それが巧みに変形されています。
朝日新聞の今朝の記事を一部、引用します。

本土復帰から42年。米軍基地は沖縄に註中したままだ。政府は「基地か経済か」と選択を迫り、市民の対立を深めているように見える。2020年にまた東京五輪がある。日の丸への思いは、あの当時と違うかもしれないが、もう一度、聖火リレーを迎えたい。だから地域がひとつに-。その思いを市長選に託す。
ちなみに、1964年の東京五輪の聖火リレーは米軍統治下の沖縄から出発したのだそうです。
その時に、沖縄では「日の丸」がデビューしたのかもしれません。
それはともかく、ここでもオリンピックの影が出てきます。
オリンピックとは何なのかを考える材料が、ここにもあります。

名護市の住民たちが、選挙のたびに分断されてきたことは繰り返し報道されています。
要するに、名護市の住民たちの生活は米軍基地の存在で壊されたのではなく、それにまつわる金銭のばらまきによって、壊されたのです。
それが今回また、あからさまに可視化されました。
新聞によれば、「自民党の石破幹事長は1月16日、名護市長選の基地推進派候補者の応援で街頭演説に立った際、新たに500億円の「名護振興基金」を作ることを明らかにした」といいます。
これは選挙違反ではないのかと私には思えますが、こんな形で、私も負担している税金が使われることに大きな違和感があります。
名護振興基金に反対しているのではなく、その発表のタイミングに違和感があるのです。
前の記事で、「私たちの税金を使って、市民を愚弄する醜いことが自民党によって行なわれています」というのはこのことです。
金銭で賛同を得ていく方法は、原発とまったく同じです。
そこにこそ、本当の争点はあるのです。

名護市市長選挙の争点は「基地か経済か」なのでしょうか。
問題の立て方が間違っているように思います。
米軍基地に依存するかどうかは、まさに地域社会の根底を決める大問題です。
基地を前提にした経済もあれば、脱基地を前提にした経済もある。
まさに「原発問題」と同じ構造がここでも見られます。
問題は、経済との対置ではなく、社会のあり方、経済のあり方、人々の生き方なのです。
「基地か経済か」「脱原発か経済か」という問題の立て方に惑わされてはいけません。
問題の根底にある意図への想像力が求められているのです。
どう問題を立てるかで、実は答えは見えてくるものです
これに関しては、これまでも何回か書いてきましたが。

明日、名護市の市民はどう判断するかどうか。
原発問題と同じく、その結果は、私たちの社会の方向を大きく決めていくことになるでしょう。
山本太郎さんががんばっていますが、何もしていない自分を恥じながら、彼に拍手を送りたいと思います。
結果はどうであれ、名護市の住民たちには感謝しなければいけないと思っています。

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■都知事選に「脱原発」を争点にする意味

都知事選で「脱原発」が争点になることに対して、巻き返しが強まっているように思います。
今朝も日本テレビの「ウィークアップ」で話題にしていましたが、その議論を聞いていると、脱原発を争点にしたことへの批判がかなり出ていました。
宮城県知事だった浅野さんなどは、「知事選への冒涜だ」と怒っていました。
こんな想像力のない人が知事だったのかと思うと日本の自治体行政がおかしくなるのは当然だなと思ってしまいます。

番組では、都民への街頭での争点アンケートもしていました。
5項目のうち、脱原発が一番低くなっていました。
コメンテーターたちは、原発問題よりも、子育て支援とか、防災が都民の関心事であって、原発を争点にすることは拒否されているように思えるなどといっていましたが、100人にも満たぬ街頭アンケートでそういう結論を出すことに、私は「悪意」を感じます。

そもそも「脱原発」を争点にする意味とはなんなのか。
その視点が、浅野さんのような人には理解できないのでしょう。

防災問題といえば、地震が問題になりますが、仮に原発が事故を起こせば、その被害は地震の比ではありません。
防災に本気で取り組むのであれば、まずは脱原発だと私は思います。
子育てに関心があるのであれば、子どもにとって安全な生活環境を作り出すことが最大の課題でしょう。
働くための保育施設や子育て手当てなども大切ですが、子を持つ親であれば、原発問題にこそ関心を持つべきだろうと思います。

原発の是非を問うということは、社会の基本的なあり方を問うということです。
日本は「経済的」には豊かになりました。
しかし、それと同時に、社会は底が抜けたといわれるくらい、壊れだしています。
一昔前に比べて、私たちは幸せになったのか。
次の世代は、私たちよりも幸せになれるのか。
いずれの問いにも、幸せだと胸をはって言える人は多くはないでしょう。
社会のあり方、経済のあり方、あるいは私たちの生き方が、問われているのです。
そして、原発を基本において考えるかどうかは、それらに深く関わっています。
つまり、「脱原発」を争点にするということは、私たちの生き方を問い直すということです。

原発問題には、様々な問題が包含されています。
たとえば、そこには人権問題も秘密隠し問題も象徴的に存在しています。
私が反原発になったのは、30年ほど前に原発を見せていただき、そこでの労働の実態を知った時からです。
秘密保護法が問題になっていますが、原発の世界での隠ぺい活動はこれまでも何回も話題にされています。
さらにいえば、経済における外部性の問題も象徴的に存在します。
原発による電力コストが安いという論理は、外部負担や未来負担をどうコストに反映させるかということによって成り立っています。
つまり、そこには現在の産業を成り立たせる、短視眼的な経済学があるわけです。
そうした経済学に立脚する限り、経済成長はしても多くの人たちの生活はますます貧しくなるだけでしょう。
経済学のパラダイムが変わらなければいけない時期に来ているのです。

原発問題を争点にするということは、私たちの生き方を問い直すということです。
それを前提にして、都政を考えるかどうか、そこが大きな争点だろうと思います。
基本を正さずに、個別争点を正すことは難しいのです。

こうしことは、明日、投票が行なわれる名護市の市長選挙にも当てはまります。
そこでも、私たちの税金を使って、市民を愚弄する醜いことが自民党によって行なわれています。
名護市の市民がどう判断するかどうか、明日にはわかりますが。

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2014/01/17

■節子への挽歌2329:読書時間が増えました

節子
最近、自宅にいる時に、暇をもてあますことが少なくありません。
節子がいた頃とはまったく違います。
節子がいた頃に、これくらい自宅で時間の余裕があったら、と思うことが少なくありません。
時間をもてあますなどという記憶はまったくありません。
むしろ、節子から、もう少しゆっくりしたらといわれるほど、自宅でも何か仕事をしていました。
もう少しすれば、一緒に過ごせる時間はたくさんできるからと、当時はお互いに思っていました。
残念ながら、そうはなりませんでした。
いまさら悔やんでも何の役にも立ちません。
しかし、当時、私はいったい何をしていたのでしょうか。

節子がいなくなってから、自宅でも読書をするようになりました。
以前、私の読書はほとんどが移動時間でした。
しかし、最近は出張も少なくなったため、移動時間が少なくなりました。
代わりに、自宅での読書が増えました。
それで長年「積読」になっていた分厚い本も読めるようになりました。
それに、そろそろ蔵書を処分するように娘たちから言われていますので、せめて読んでいない本は読んでおきたくなっています。
まあとても残された人生の時間では、すべてを読むのは無理でしょう。
あなたがいなくなったら、本をどうすればいいの、と節子はよく言っていました。
そんなことを思い出しながら、読書をすることが多くなってきました。

節子がいなくなってしまったために、時間の過ごし方がよくわからずに、無駄な時間を過ごしているような気がしてなりません。
読書の意味も、変わってしまったような気がします。
伴侶がいなくなると、こんなにも人生の意味が変わるとは、たぶんだれも思ってもいないでしょう。

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2014/01/16

■節子への挽歌2328:福井から蝋梅が届きました

テレビのニュースで、蝋梅の花が咲いたというニュースをやっていました。
節子も蝋梅の花が好きでした。
残念ながら、わが家の蝋梅はまだ咲き出していません。
手入れ不良か、あんまり元気もありません、

しかし、一昨日、福井にいる節子のお姉さんから蝋梅と水仙の花が届きました。
毎年、届けてくれるのです。
節子に供えました。
昨日、咲き出して、今日は満開です。
節子は見ているでしょうか。

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2014/01/15

■世論調査結果に感ずる不安

世論調査の報道を見ていて、気になることがあります。
二者択一の質問に対して、「どちらともいえない」とか「わからない」という回答が多いことです。
わからなかったら、少しは調べて考えろ、と私は言いたいです。
原発のような大きな問題に関してさえ、そうなのです。
そう答える人を見ると、この人はまじめに生きているのかなあ、と疑いたくなります。
自分の家の隣に原発が建つという問題であれば、賛否を決めないわけにはいかないでしょう。
しかし、それが自宅から離れていれば、決めなくてもすむのです。
沖縄の基地問題もそうです。
自宅の近くに米軍基地が出来るのに反対する人も、沖縄の辺野古であれば「どちらともいえない」で済ませてしまうのです。
そういう人は、私には真面目に生きているとはとても思えません。

そういえば、支持政党に関しても「支持政党なし」と言う人が多いです。
これを「無党派層」と呼ぶのが一般ですが、私には違和感があります。
完全に自分の考えに合致する政党がある可能性は極めて少ないでしょう。
しかし、政治を真剣に考えるのであれば、やはり支持する政党を探す努力はすべきです。
それをせずして、簡単に「支持政党なし」というのは、誠実さを欠くように思います。
要するに「考えていない」のではないかと思いたくもなるわけです。

昨今は、安直な世論調査が多いことも、その一因かもしれませんが、それだけが原因でもないでしょう。
「どちらともいえない」とか「わからない」と言う人は、結局は多数派を応援することになります。
そういう人が増えることは、社会を不安定にさせていくように思います。
社会が不安定になれば、それを利用する人が出てきかねません。
世論調査の数字を見るたびに、いつも不安を感じます。

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■節子への挽歌2327:背中を押されている感じ

節子
年が明けたのに、そして前に進みだそうと思っているのに、なかなか心身が動きません。
困ったものです。
しかし、不思議なもので、私の気持ちに呼応するように、年が明けてから、いろんな話が飛び込んできます。
まるで私の背中を押すような感じです。
こういうことに少し過敏になっているのかもしれませんが、自分の思いと環境の動きが連動していると感ずることは少なくありません。

昨年はどうも遠出する気がせずに、閉じこもりがちで、本当に出不精を決め込んでいました。
昨日も寒中見舞いを書いていて、昨年の初めに出かけようと思っていたところに、どこにも行っていないことに気づきました。
節子がいなくなってから、本当に私の行動範囲は狭くなっています。
世界を狭めていくと、意識はどんどん内向します。
それではますます気が萎えるだけでしょう。
ところが、なぜか今年になってから、いろんなところからの誘いがあります。
まだ彼岸に出かけるわけには行きませんが、その準備も兼ねて、今年は少し出かけようかと思います。

背中を押しているのはだれでしょうか。
だれであろうと、私が素直に前に進む気になるかどうかが大切です。
今回はちょっと前に進んでみようかと思います。
節子はいつも言っていました。
迷ったら、ともかくやってみるのがいい。
背中を押しているのは、節子かもしれません。

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2014/01/14

■島は神様のもの

文科省は、教科書の編集指針となる学習指導要領の解説書に、尖閣諸島と竹島を日本の領土と明記する方向を検討しているそうです。
子どもの頃から、領土意識を植え付けようと言うわけです。
おそらく多くの人は、そうしたことを肯定するでしょう。
しかし、私が思い出したのは、エリッヒ・ヤンツが「自己組織化する宇宙」で紹介している、次の話です。
ちょっとわかりにくい文章ですが、そのまま引用します。

インドネシア、バリ島の住民たちは自分たちを島の持ち主と見ない。「神の島」に招かれた客人として見るのだ。生きるために日々苛酷な労働に耐えねばならぬ客人と見る。にもかかわらず、この神の客人であるという精神的感覚は衰えることがない。それは幸福感の汲めどつきせぬ源泉であり、かぎりない感謝とすべての生命への贈りもの、水や火や食物やありとあらゆるものに供物を捧げつづけさせる。

島は神様のもの。
私たちは、そこに招かれたお客様。
とてもあったかなものを感じます。
領土争いなどという考えは、決して出てこないでしょう。

もう一つ思い出すのが、ゲルマン法理の「総有」という考えです。
たとえ私有地であっても、すべて勝手に使えるわけではなく、そもそも土地はみんなからの預かりものという発想が、そこにはあるように思います。

領土意識を持たせる時代は、もう終わったように思うのですが、みなさんはどう思うでしょうか。

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■節子への挽歌2326:寒中見舞いを書きました

節子
今日、ようやく年賀状代わりの寒中見舞いを書きました。
節子にならって、宛名も1枚ずつ手書きで書き、手書きのメッセージを書きました。
これが意外と大変ですね。
昔はよくこんな大変なことをしていたなと思うほどです。
人間は、どんどん「退化」しているのがよくわかります。

久しぶりに手書きをするとうまく書けません。
これほど字が下手なのかと思い知らされたのはもちろんですが、それ以上に、うまく書けずに、手が震える感じなのです。
それにパソコンの打ち込み速度がリズムになっているせいか、ともかく速く書こうと急いでしまいます。
それで文字を間違えてしまいます。
枚数が多くなると、字も粗雑になります。
字の粗雑さは、心のこもり方と無縁ではないでしょう。
書きながら、やはり節子のことを思い出さ会話するようにゆっくり書かないといけないというのが、節子の考えでした。
今の私には、手紙を書くのは難しくなっているようです。
困ったものです。

結局、どうしても返信しないといけないと思われる世代の人だけでとどめさせてもらいました。
こうやって、自分の世界を狭めていくのかもしれません。

寒中お見舞いが届かなかった方がいたら、お許し下さい。
もう手が震えて書けそうもありません。

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■相変わらず自分の生活しか考えないコメンテーターが多いですね

都知事選に細川さんが出馬声明を出しました。
脱原発が争点になることは間違いないでしょう。
細川出馬へのいろんな人の感想を聞いていて、呆れるのは、相変わらず、「脱原発を言うのは、いいが、原発なしで本当にやっていけるのかをきちんと説明しないと無責任だ」という意見です。
正論だと思う人がいるかもしれませんが、私には唾棄すべき意見です。
「原発を前提にした社会の是非」が問題になるべきなのに、そうした人たちは、現在の利便性や利益に相変わらず固執しているとしか思えません。
もちろん脱原発が絶対正しいと言うわけではありません。
私は、正しいと思っていますが、そうでない意見もあっておかしくはありません。
その賛否をしっかりとぶつけ合って、原発を理解する契機にすべきです。
問題の立て方が違うのです、
現状を前提に考えている限り、未来は変えられません。
自分のために考えるのではなく、次世代のことも視野に入れて考えてほしいです。
それが、社会をここまで壊してきた現代人の責務だろうと思います。

脱原発にしても、即ゼロか暫時ゼロかで違うという論者も多いですが、これも私には違和感があります。
即ゼロなどありえないでしょうが、即ゼロでなければ意味がないでしょう。
つまり即ゼロはあくまでも思想です。
思想を現実化するには時間も政策も、手順も技術も、雇用保障も不可欠です。
それを混同して議論している人が多すぎます。
大切なのは思想です。

他にもいろいろと思うことはありますが、
ともかく「問題の立て方」を正すべき時です。
そして、未来の世代に顔向けできる生き方をしたいです。

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2014/01/13

■節子への挽歌2325:知覚か感覚か

最近また、節子が夢によく登場します。
しかし、前にも増して、夢に登場する節子は不定形なのです。
前にも書きましたが、何となくの雰囲気なのです。

生態心理学者のエドワード・リードは、「私はバラを庭にある美しい対象として知覚するのに対して、私が感覚するのはその感じ、色、匂いなどだけにすぎない」と著書「魂から心へ」で書いています。
知覚と感覚は違いますが、私たちは、どちらを中心に生きているでしょうか。
現代人は、「知覚」を基本に生きていると思いがちです。
しかし、実は「感覚」を基本に生きているのかもしれません。
少なくとも私は昔からそうです。

バラの花が、かぐわしい香りを生み出すのでしょうか。
それとも、香りがバラの花を鮮やかに輝かせるのでしょうか。
私は、ユリのカサブランカが好きですが、凛としたカサブランカの花ではなく、あの香りにつつまれることで引き出される意識が好きなのです。
私が認識している世界は、私の知覚によって創られているのか、それとも私の感覚によって創られているのか。
それはなかなか難しい問題です。
私が愛した節子は、知覚の対象だったのか、感覚の対象だったのか。

最近夢に出てくる節子は、知覚できない節子です。
しかし、知覚できない節子であれば、別に夢でなくとも、日常的にわが家にはいます。
何となく声をかけたくなる時もありますが、今、この時点でも、階下に節子がいてもおかしくないような気がしています。
節子が元気だった時も、四六時中、節子が隣にいたわけではないですし。
となれば、いったい何が変わったのでしょうか。

節子とよりも、長く間、会っていない友人や従兄弟がいます。
だからといって、特に寂しさやかなしさはありません。
その気になれば、会えるからでしょうか。
もしかしたら、会うこともなく、どちらかが先に旅立つかもしれません。
しかし、その人がたとえ遠くであったとしても、そこで元気にしていると思えば、何も変わりません。
節子も、彼岸で元気にしていると思えば、いいわけです。

しかし、なぜかそうならないのが不思議です。
やはり「感覚」だけではものたりません。
困ったものです。

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2014/01/12

■節子への挽歌2324:科学が封じ込めた「見えない世界」

節子
死後の世界があるかどうかはまだ解決されていない問題です。
昨日、NHKの番組で「超常現象」で、死後の世界や臨死体験が取り上げられていました。
死後の世界などないと断定する人もいれば、それがないと説明できないことがあるという人もいます。
ないことの証明はできませんから、科学者であれば、ないと断定することはできないはずですが、皮肉なことに、大方の科学者は「ない」といっています。
科学者とは、ある前提にたっての論理演算の世界に生きる人のことですから、見える世界しか見ないのが普通です。
しかし、そうでない人もいます。

番組でも引用されていましたが、ユングは「私は自分で説明できないものすべてを、インチキとみなすという、昨今の愚かしい風潮に与することはしない」と言っていたそうです。
ユングの時代から、今は大きく変わってきてはいますが、そうした風潮は今なお、世間を覆っています。
時評編では少し書きましたが、最近私も、放射性汚染物質の除染実験で、それを自分で体験しています。

やはりこの番組で、肉体的な死とともに、意識が肉体を抜け出し、他の肉体に入ったりすることがあるという、ベイトソンの仮説を紹介していました。
実は、これに関しても、私自身、そう考えてもおかしくないようなことを体験していますが、そう考えると説明しやすくなることも世間には少なくないかもしれません。

一時期、彼岸の科学はかなり流行しましたが、最近は少し下火です。
この番組を契機に、また少し流行りだすのでしょうか。
まあ私が此岸にいる間に、彼岸との交流ができるようになるのはあまり期待できませんが、いつまた、回路が復活するかはわかりません。
私自身は、小賢しい「科学」の発達が、此岸と彼岸の交流回路を断絶してしまったのだと思っています。
科学は、「見えるもの」を「より鮮明に」に見えるようにしてくれましたが、「見えにくいもの」や「わかりにくいもの」に関しては、逆に「見えないように」してしまったのです。
知識があれば、世界が見えるようになるとは限らないのです。
知識がないほうが、よく見えるものもあるのです。

いずれにしろ、私自身も、そう遠くない先に、ベイトソンの仮説を自分で体験できるかもしれません。
多くの臨死体験者が語っているように、先に旅立った人と再会できるかもしれません。
そう思うだけで、なんとなく幸せになるような気がするのですが、どうして多くの科学者はそう考えないのでしょうか。
まだ愛する人を見送ってないからでしょうか。
科学者がうらやましいですね。

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■話し合うことの難しさ

最近、首相の靖国参拝を話題にしたテレビでの議論をよく見ます。
つくづく「話し合うことの難しさ」を感じます。
多くの場合、話し合いというよりも主張試合のような感じです、
話し合っているうちに意見が変わるという人をほとんど見たことがありません。
振り返ってみるに、自分もそうなのかもしれないと気づきました。
自らの意見を変えることのない話し合いは、話し合いとはいえないでしょう。
私は、話し合いがとても大切だと思っている人間で、これまでもそう心がけてきたつもりですが、どうもそうではなかったようです。

議論を聞いていて、いつも思うのは、冷静で穏やかな話し方をする人のほうにどうしても好感を持ってしまうということです。
しかし、思いが深いと、どうもそうはなりません。
私は、自分の感情がすぐ身体に出る人間なので、話し合いではいつも信頼を勝ち得られずにいるのかもしれません。

今日は、西尾幹二さんが議論に参加していましたが、彼は自分の主張を話すだけで、議論には参加していない感じでした。
しかし、少数派だったからか、自己の主張を感情的に発言していました。
知性が感じられない、ただの無知な老人にしか見えませんでした。
そうなると説得力はなくなります。
自説に呪縛されると、人はこうなるのだと、改めて自分をみるような気がしました。
知性とは、自らの考えや視点を柔軟に変えられることなのかもしれません。

昨年末だったかもしれませんが、やはり靖国などをテーマにした議論の中で、よくテレビに出ている著名な専門家の人が中国人の参加者に、声を荒げて勉強不足だと批判しました。
参加していたひとりの、なかにしれいさんが、声を荒げて非難するのはやめましょうと、発言していたのがとても印象的でした。
普通は司会者やコーディネーターがそう正すべきですが、テレビではあまりそういう場面を見ません。
なかにしれいさんの見解は別にして、なかにしさんが「話し合い」をしようとしているのにとても好感を持ちました。
彼に知性を感じました。

数日前に、やはり靖国問題で、櫻井よしこさんと中野晃一さんが司会者を挟んで議論していました。
お2人の考えは全く違っていましたが、とてもいい議論でした。
櫻井さんの考えや主張は、私には共感できないものですが、相手の意見を聞こうとする姿勢を強く出していました。
反対論に耳を傾ける人の意見は聴くに値します。
これまで私は、櫻井さんの主張にはまったく関心はありませんでしたが、これからは聴こうと思い直しました。
ちなみに、この番組は櫻井さんのほうが評判がよかったようです。

ところで、知性とはなんでしょうか。
私は、やさしさだと思っています。

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2014/01/11

■2段目のない三段論法

細川さん出馬の可能性が出てきたため、都知事選が混戦になりそうです。
流れを変えるのが、小泉さんだというのが気になりますが、脱原発がまた論点として復活することは私には歓迎できます。
しかし、原発が争点になることには、反論も多いでしょう。

細川さんの脱原発論を、甘利経済再生相は「殿、ご乱心」と批判したそうです。
そしてこういっているそうです。

エネルギー政策は国策として、国民利益を考えながら取り組んでいかないといけない。
安定的で安全で低廉のエネルギーを供給することを確保していくことが政治の責務だ。
甘利さんの言っていることは間違いではないでしょう。
しかし、甘利さんのこの2つの視点は、原発再稼動にも脱原発にもつながります。
甘利さんの場合は、だから脱原発などというのは「ご乱心」なのですが、たぶん、小泉さんや細川さんは、だから脱原発なのです。
三段論法の、一番大切な2段目が抜けているわけです。
そのせいで、多くの人は騙されてしまうわけです。
TPPも秘密保護法も、沖縄の辺野古米軍基地新設の話もそうです。

小泉さんも細川さんも首相時代は原発推進派でした。
それが今になって脱原発というのはおかしいという人もいます。
メーリングリストでも、この種の議論が少なくありません。
しかし、つい最近までほとんどの人は原発に疑問をいだいていませんでした。
状況の変化の中で、主張を変えることまで否定するべきではないように思います。
そんなことをいったら、大江健三郎さんだって、以前は原発賛美者でした。

都知事が誰になったとしても、ともかく原発再稼動と原発輸出の意味を改めてしっかりと考える契機になれば、都知事選は大きな意味を持つでしょう。
オリンピックの顔を決める選挙などという人がいましたが、少なくとも、そうはならないようなので、ホッとしています。

マスコミも、改めてきちんと原発の安全性やコストについてきちんと報道してほしいです。
靖国参拝や辺野古米軍基地新設の問題も、どうしてもっときちんと報道してくれないのでしょうか。
そんな難しい話ではないと思うのですが。

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■節子への挽歌2323:家族思いではなく家族への甘え

節子
何もしないうちに、もう今年も11日目です。
今日から活動開始です。
昨年から約束していた、レネさんの活動を支援するために、青山学院大学に出かけました。
レネさんは、日本では自殺者が多いことに衝撃を受け、自費で「自殺者1万人を救う戦い」という映画を制作し、社会に呼びかける運動を昨年から始めています。
昨年3月にその映画の上映会をやったのですが、以来、ささやかに相談に乗っています。
そろそろ次のステップに入りたいというので、年が明けたら相談しようということになっていたのです。

昨年会った時には、かなり疲れを感じたのですが、今日はとても元気でした。
家族でハワイに旅行したのが元気を回復した理由のようです。
レネさんにとっての重要な課題は、自殺防止というライフワークと家族との生活をどうバランスさせるかなのです。
これは難しい問題ですが、レネさんはとても家族を大切にしています。
今週は、アイルランドからレネさんの両親も来日しているのだそうです。
レネさんと話していて、私ももう少し家族を大事にすればよかったと、今日も反省させられました。

私の生き方は、やはりかなり変わっていました。
家族思いのつもりが、実際には家族への甘えだったのかもしれません。
最近そのことがよくわかります。
今となって気づいても遅すぎるのですが、節子にも娘たちにもほんとうに悪いことをしたと痛感します。

会社を辞めて25年目です。
今年はまた生き方を見直す年です。
どう悔い改めればいいのか、考えることがたくさんあります。
自分と立場の違う人と話していると、自分のことが良く見えてきます。
今年の仕事始めは、自分を見直すことでした。

節子
遅すぎた感はありますが、今年は少し生き方を変えようと思います。

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2014/01/10

■節子への挽歌2322:初老

節子
昨日、書き残したことを書きます。
山陰さんのエクセル絵画には言葉が添えられています。

手賀沼の湖面に揺れる木々の影
初老の心に 亡き妻偲ぶ
「初老」。
実は、この言葉にぎくっとしたのです。
私は72歳ですから、初老というよりももう十分に老人です。
しかし、どうもその感覚がないのです。
だからきっとぎくっとしたのです。

年齢とは不思議なもので、自分の年齢を自覚することはとても難しい。
自分だけではなく、長くずっと身近にいる親しい人の年齢も、なかなか客観的に意識できません。
小学校の時の友人とは、今なお、子どものままの関係を続けています。
私だけでしょうか。

実は私は、昔から、人の年齢が認識できないタイプでした。
ほとんどの人たちが同じように見えるのです。
なかなかわかってもらえないのですが、これも一種の知覚障害かもしれません。
他者の年齢が何となくわかるようになったのは、10年ほど前からです。
もっとも、今でもあまり自信はありませんが。
ですから自分自身の年齢が自覚できないのは、そのせいかもしれません。

知識としては、もちろんわかっています。
年齢が72歳の老人なのです。
しかし、どうも実感がもてません。
大学生の頃と、実はそう意識や精神は違わないのです。
実に困ったものです。

もし節子がいたら、お互いの加齢状況を少しは認識できたでしょう。
しかし、滅多に鏡を見ない私は、老いを実感できないのです。
それに、節子がいなくなった時点で、節子と一緒に生きてきた私の時計は止まってしまった。
だから、72歳といわれても、ピンとこないのです。
そのために、もしかしたら、生き方を間違っているのかもしれません。
節子がいた頃は、たしかに時々、注意されていました。
歳相応の生き方をしていなかったからです。
それが、いまも続いているのかもしれません。

しかし、「初老」とは、魅力的な言葉です。
初老を意識できず、初老らしい生き方を楽しめないのが、少し残念です。
もう少し、鏡を見るようにしないといけません。

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■「TPPを先取りする共済の危機」

「TPPを先取りする共済の危機」という論文が、岩波書店の雑誌「世界」の昨年12月号に掲載されました。
副題は「協同組合はどこに行こうとするのか」。
書いたのは、青山学院大学教授の本間照光さんです。
とてもわかりやすい論文で、「事の本質」を的確に捉えている論文だと思います。
書き出しの部分を紹介させてもらいます。

TPP(環太平洋連携協定)を特徴づけるのは、その秘密主義と強権だ。交渉の経緯も妥結内容も、人びとには秘密にされる。それと連動したアベノミクスは、規制を次々となくし、「企業が世界一活動しやすい国」(安倍首相)にする。米国の巨大企業など、「資本の組織」の利潤追求の野放しである。それは、主権、国民経済と生活、社会と社会的存在である人間と自然の全分野に及ぶ。自分たちでいのちとくらしを支え合い、リスクに向き合って「社会」を運営することを許さないということだ。
 TPPの入り口ですでに、保険や共済をめぐる大きな動きが起きている。
本間さんは、社会保障や共済、協同組合論などがご専門です。
私は、日本の共済の仕組みがアメリカからの圧力により壊されそうだということを知って、共済研究会というのに参加させてもらったのですが、本間さんはその代表のお一人でした。
それが契機になって、私も共済について少し学ばせてもらいました。
以来、ささやかなお付き合いがあります。

とても刺激的な論文なので、共済研究会などでも話題になり、話し合いが始まっているかもしれないと思い、もしそうした場があれば、参加させてもらおうと思い、本間さんに電話しました。
ところが、残念ながらそういう場はまだ生まれていないようです。
であれば、ぜひとも、湯島で一度、話し合いの場をつくりたいと提案させてもらいました。
残念ながら、大学の学期末のため、春になってからということになったのですが、本間さんはかなり疲れているようでした。
疲れの原因は、たぶん、本間さんの主張にきちんと耳を貸す人がいないということではないかと思います。
本間さんは、中途半端に現状を憂いているのではありません。
誠実に、真剣に、TPPの弊害を説き続けているのですが、それに呼応して行動を起こす人がなかなか出てこないことに危機感を高めているのです。
本間さんの嘆きは、以前からも少し感じていましたが、今日の電話では、それがさらに高まっているようでした。
世間の流れに迎合すれば疲れないのでしょうが、本間さんは、そういう人ではないのです。
だから私は好きなのです。

それで私もこの論文を一人でも多くの人に読んでもらう努力をしようと決めました。
それで、こんな記事を書いてしまったわけです。
もちろんTPP賛成の方もいるでしょう。
しかし、そうした人にも、ぜひこの本間論文を読んでほしいと思います。
特に、協同組合関係の人に読んでほしいです。
もう書店にはないと思いますが、図書館でぜひ読んでみてください。
とても考えさせられる論文です。

ちなみに、この論文の特徴は、抽象的にTPP反対を唱えているのではありません。
上記引用文の最後にあるように、「TPPの入り口ですでに、保険や共済をめぐる大きな動きが起きている」という事実を実証的に示してくれているのです。
そしてそれは、このブログで私が時々書いている、「産業のための経済」と「生活のための経済」の違いを示唆してくれているのです。

本間さんを囲むサロンは春には企画したいと思います。
関心のある方は、ご連絡ください。
案内を送らせてもらいます。

もう一つだけ、本間さんの論文から引用させてもらいます。

人の世である限り、人びとの協同と支え合い、相互扶助は不可欠である。

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2014/01/09

■人と人をつなぐもの

今年は年賀状をまだ書いていません。
はがきだけは購入してあるのですが、どうも書く気になれません。
つまり、「新年おめでとう」という気分が出てこないのです。
受け取ったまま、返信もしないのは失礼なので、メールなどで連絡できる人には、年賀状ありがとうございました、というメールだけは発信しました。
しかし、メールをやっていない人にはそれができません。
寒中お見舞いにして、出そうかと思いますが、それもどうも気が進みません。
困ったものです。

毎週、1~2回、はがきをくれる友人がいます。
それも必ず記念切手を貼った、絵葉書です。
はがきをもらうとやはりうれしいものです。

昨年末に、会社時代に一緒に仕事をしていた人から手紙が届きました。
私よりもひとまわり若い人で、会社時代は私の仕事を手伝ってくれていた人です。
そろそろ身のまわりの整理をしだしたそうです。
その途中で、私の手紙を見つけたようです。
「佐藤さんは、よく手紙をくれていましたね」と書かれていました。
その手紙が残っていたようです。
昔は、私もよく手紙を書いていたのを思い出しました。

私自身は、最近はあまり手紙を書かなくなりました。
電話は今でもあまり好きではありませんので、メールでの連絡が中心になってしまいました。
メールは実に便利なので、だんだん手紙を書かなくなってしまったわけです。
手紙を書く場合も、パソコンで打ちこんで、印刷するようになりました。
今は亡き妻は、パソコンでつくったものは手紙ではないと言っていましたが、たしかにそうかもしれません。

メールよりも簡単なのはフェイスブックです。
フェイスブックに何かを書くと、いろんな人が「いいね」を押してくれます。
私も最初は、誰かの記事を読んで共感したり、関心を持ったりしたら、「いいね」を押していました。
なんとなくそれでその人とつながっているような気がしたものです。
しかし、考えてみると、それで何かが伝わったわけでもありません。
最近は、「いいね」を押せなくなってきました。
それと、フェイスブックは、いささかストーカー的な要素があって、気が進まなくなりました。
それで最近は書き込みも少なくなりました。

人と人がつながるというのは、どういうことでしょうか。
最近は、どうも形式的なつながりが増えているのかもしれません。
形式的なつながりが増えることは、もしかしたら、心を込めたつながりはむしろ減っているのかもしれません。
つまり、功利主義的なつながりは増えても、支え合うつながりは減っているかもしれません。
機能的で功利主義的なつながりがいくら増えても、忙しくなったとしても、生活は豊かにはならないでしょう。

そんなことを考えているせいか、なかなか寒中見舞いも書けません。
今年もまた、郵便局に使用しなかった年賀はがきを引き取ってもらいに行くことになるかもしれません。
困ったものです。

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■節子への挽歌2321:あったかな手賀沼の絵

節子
前にも書かせてもらった山陰太郎さんが、エクセル画で手賀沼を描いてくれました。
エクセルで、どうしてこんな絵ができるのか不思議ですが、何かとてもあったかなものが伝わってきます。
山陰さんが、心を込めて描いてくれたのがよくわかります。

Tega
http://goen23226.blogspot.jp/2014/01/blog-post_8.html?showComment=1389269261082

山陰さんも伴侶に先立たれています。
まだお会いしたことはありませんが、私たちをつないでいるのは、伴侶への思いです。
こればかりは、体験してみないとなかなか共有できない思いでしょう。
かなしいとかさびしいとか、そんな話ではないのです。
私ももう2300回以上の挽歌を書いてきていますが、なかなかうまく表現できません。
読者からすれば、うじうじしていたり、未練がましかったりと思うでしょうが、本人はそれほどそんな気持ちはないのです。
ただはっきりしていることは、生きる意味がどうも見つからないということです。
意味を見つけようと、何かを始めても、どうもしっくりきません。
つまり「気が萎えてしまっている」としかいえません。
病んでいるのではなく、萎えているだけですから、「病気」とは言えません。
気が萎えていることをなんと言えばいいのでしょうか。

山陰さんのエクセル画ですが、これはわが家から撮った、今年の初日の出の写真をもとに描いてくれたものです。
私がいま住んでいるわが家は、節子が選んだ土地につくった家です。
もし節子がいなければ、この家に転居することはありませんでした。
節子は、ちょっと高台にある、この家が大好きでした。
しかし、ここでの生活をゆっくり楽しむことはできませんでした。
転居してすぐに、胃がんが見つかったのです。

節子の楽しみは、この家から見る手賀沼の風景でした。
しかし、当然のことですが、家の前に他の家が建ち、すぐに視界は狭くなり、
次第に手賀沼は見えなくなってきてしまいました。
幸いに、わが家には猫の額ほどの小さな屋上があります。
そこから初日の出が見えるのです。
節子が旅立つ年の初日の出も、2人で見ました。
初日の光を一身に浴びて、節子は邪気をすべて吐き出したのですが、旅立ちは避けられませんでした。
ですから、初日の出を見ることは、私にはそう楽しいことではないのです。
でも初日の出だけは、必ず見るようにしています。
ああ、あの向こうに節子がいるかもしれないと思うも時にありますが、何も考えることなく、ただただ見るだけなのですが。

山陰さんのエクセル画をプリントアウトして、節子に供えました。
ちなみに、どこかで見たような色調だなと思ったのですが、節子の油絵の先生の絵の色調がこんな感じだったなと思いつきました。
いま、その絵がどこにあるか思い出せませんが。

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2014/01/08

■マララさんのメッセージに感動しました

テレビのクローズアップ現代で、「16歳 不屈の少女 ~マララ・ユスフザイさん~」を見ました。
16歳で、ここまで語れるということに驚きましたが、見ているうちに、そう思う私自身が問題なのだと気づきました。
世界を動かし、世界を変えていくのは、やはり若い国の若者たちですね。
そして、そういう若者が、パキスタンやシリアなどで、どんどん増えているのでしょう。
日本にいると、やはり世界を見間違うような気がしてきました。

都知事選なんか、瑣末な話だなと反省しました。
問題は、だからどうするのかということなのですが。

元気をもらえた番組でした。
再放送があると思いますので、ぜひご覧ください。
ひとりの少女でも世界は変えられるという、ウガンダの、やはり若いジャーナリストの女性の発言に、目を覚まされました。

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■節子への挽歌2320:相互依存関係が深まると死んでしまうというお話

節子
散逸構造で有名なイリヤ・プリゴジンが高く評価しているエリッヒ・ヤンツという思想家がいます。
そのエリッヒ・ヤンツの「自己組織化する宇宙」という本を読みおえました。
最初に手に取ったのは30年近く前だと思いますが、話があまりに大きく、途中で放棄していた本です。
ずっと気になっていたのですが、そろそろ読めるかもしれないと読み出したのです。
そこに、こんなことが書かれていました。

心とは固定した空間構造のなかに内在するのではなく、システムが自己組織化し自身を再新させ進化させるプロセスのなかに内在するものなのだ。平衡構造には心がない。
これだけ引用しても、たぶんわかりにくいと思いますが、心とは固定したものの中にある静態的な概念ではなく、動いているプロセスのなかにある動態的概念だという点に共感しました。
同時に、そのことは、動きが止まってしまうと心は消滅してしまうということも示唆しています。
逆に言えば、心がなくなると、人は動きを止めてしまうわけです。
最近、私が動けずにいるのは、心が消えかけているからかもしれないというわけです。
これだけでも、私には十分に面白い話なのですが、さらにこんなことも書いています。
すべての生命システムには、なんらかの共生が認められる。
しかし、共生が完全な相互適応になってしまう場合もある。
こうなると自治は決定的に失われ、融合しても何も新しいものを生みださない。
自治の喪失は、意識の喪失にも等しい。
それは2種の動物が生物機能面であまりにも相互依存していたり、ふたりの人間が心理面で過度に依存しあっていたりする場合に顕著だ。
このような場合は、新奇性を犠牲にして確立性が最大化される。
システムは平衡に向かい、遅かれ早かれ生物的ないし心理的死を迎えるのである。
もしそうだとすれば、私たちはすでに死んでいたわけです。
あんまり納得できませんが、なるほどと共感できるところもあります。

「自己組織化する宇宙」は、壮大な宇宙史の本ですが、なかなか面白かったです。
600頁の厚い本なので、かなりとばして読んでしまいましたが。
さて、この2つの話をどう解釈すべきか。
少し考えたいと思っています。

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■都知事選を政治への関心を高めるために活かしたい

都知事選への立候補者が出始めています。
宇都宮さんと舛添さんの立候補には驚きませんでしたが、なんと田母神さんが立候補し、しかも石原元知事が推薦するとは思ってもいなかった驚きです。
しかも悲しいことに、前回の都知事選で宇都宮さんを押していたグループは割れだしてしまい、公開の場でも争いだしています。
大義の前に大同することが良いことかどうかは迷いますが、悲しい話です。

それ以上に残念なことは、争点が見えないことです。
選挙というのは、国民が政治の論点を考えて、自らの政治意識や社会意識を高める場といわれますが、今回の都知事選は、そういう考える論点が話題になりません。
しかし、その気になれば、いろんなことが見えてきます。
田母神さんが立候補したこと自体、日本の現状が示唆されていますし、宇都宮陣営の内部論争も今の社会の本質を象徴しています。
自民も民主も、公認候補を選びたくても選べないというのも、国政を考える上でも興味深い話です。
ほかにも、いろいろと考えると、これからの政治や社会を考えるヒントがたくさんあるような気がします。

マスコミも評論家も、知名度が大切だと言いますが、選挙とはそういうものではないでしょう。
そんな人気投票型選挙にしては、それこそもったいない話です。
誰が知事になるかといった興味本位の選挙ではなく、私たち自身の政治意識や社会意識を高める契機にしたいものです。
そのためにも、マスコミは、しっかりと論点や都政の問題点を報道し、解説してほしいですが、都民でない私も、他人事としてではなく、いろいろと考える契機にしたいと思います。

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2014/01/07

■節子への挽歌2319:心平安だった6日間

節子
人間はやはり自然と深くつながっています。
今日も快晴で、窓越しに入ってくる陽射しで、リビングルームは温室のようにあったかです。
午前中は用事がないので、陽射しの入る食卓にパソコンを持ってきて、挽歌を書くことにしました。
私の部屋とは大違いの、明るい環境です。
こうした中でパソコンに向かうと気分も明るくなります。
機能の挽歌は寒さに震えながら書きましたが、今日は陽射しが暑いくらいです。

窓から手賀沼の湖面が見えます。
風があるのか湖面が少し波立っていて、それが陽光をうけてキラキラと輝いています。
節子が大好きだった風景です。
とてものどかで、もしかしたら彼岸もこんなかなと思えるほどです。

今年はまだ世間との付き合いをほとんど始めていません。
年賀状も年賀メールも出しませんでした。
メールもあまり返信していません。
世間との付き合いがないと、心は平安だろうという思いから、昨日までは極力隠棲を決め込んでいたのです。
たしかに、心の平安は保てましたが、どこかに寂しさがつのることも否定できません。
それが昨日の挽歌にも影響したかもしれません。

といっても、社会に生きている以上、いろんなメールや電話がきます。
昨日は思いもかけない人からの電話が立て続けに2本ありました。
いずれも節子が知っている人からです。
隠棲を決め込んでも、電話が追いかけてきます。

電話のひとつは、年初めにとても納得できない不快な体験をされた人から、誰かにぜひ聞いてほしいという電話でした。
あんまり理解できないまま、30分、話を聞きました。
心の平安がちょっと陰ってしまいました。
最後に、聞いてくれてありがとうといわれましたが、その人の心は晴れたでしょうか。
それにしても世間ではなんで心の平安を乱すことが多いのでしょうか。
みんな心の平安を求めているはずなのに、不思議です。

心の平安を乱す大元はなんでしょうか。
自然災害のように、自然が原因であることもあるでしょう。
しかし多くの場合は、人間が原因です。
人との付き合いがないあままだと、心の平安を得やすくなるかもしれません。
そう思うと、世間との付き合いを始めることに躊躇を感じます。
しかし、なかには、連絡がないので何かあったのかと思ったといってきた人もいます。
世間と付き合わないこともまた、誰かの平安を乱すことになるのかもしれません、
生きることは実にややこしい。

それに、みんなの心が平安になってしまったら、社会は平衡状況になって、退屈になるかもしれません。
それこそが、彼岸と此岸の違いなのかもしれません。
此岸にいるかぎり、世間との付き合いは閉ざせません。
こののどかの光景を心に残しながら、今日は世間へのかかわりをはじめようと思います。
私にとっては、今日から新年が始まります。
手賀沼の湖面が静かになり、鏡面のように対岸の緑を映し出すようになっています。

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2014/01/06

■節子への挽歌2318:未来が見えてきません

節子
寒くなりました。
私の部屋にはエアコンはないので、パソコンをやる気になりません。
暖房機を買えばいいのですが、もう先があんまりないと思うと、買う気が出ないのです。

身辺整理は相変わらずうまくいきませんが、どうにかして私の私物は減らしたいと思っています。
それで最近は本まで買わなくなってきています。
節子がいた頃は、こんなことはまったく考えたことはありませんでした。
まだ「未来」があったからです。
何かを買うとか、何かを始めるのは、未来があればこそです。
しかし、いまの私には「未来」という概念がありません。

しかし、実際には、誰にも「未来」は保証されてはいないのです。
年齢に関係なく、事故や事件で、突然に「未来」が奪われることもあります。
昨日も南米で新婚旅行に行った若者が殺害されという報道がありました。
不確実な未来よりも、確実な今日を大事に生きるべきでしょうが、なかなかそういう生き方はできません。
それに、未来があればこそ、今日が豊かになるからです。

私たちも、老後という「未来」の存在があることを当然のこととして生きてきました。
そのために、やり残してきた事がたくさんあります。
それができなくなったことは、私にも節子にも、とても残念なことです。
こうなるとわかっていたら、やっておけば良かった、ということが、山のようにあるのです。
できる時にやっておこうというのが、節子の考えでしたが、私は後でやれることは後にしようという考え方でした。
節子の考えにしたがっておけばよかったと、今にして思います。

しかし、その節子にしても、「未来」がないとは思ってはいなかったでしょう。
もしかしたら、最後の最後まで、未来を描いていたかもしれません。
なぜかそんな気がしてなりません。
私がそう思いたいだけのことかもしれませんが、節子はずっと生きようとしていたからです。

いまの私は、闘病生活の時の節子よりも、未来が感じられなくなっているかもしれません。
未来が感じられなくなると、途端に今日も意味を失ってきます。
最近、漸くそのことに気づきだしました。
時間は過去も未来も現在も折り重なっているのです。
さて、ここからどう抜け出すか。
頭では前に進もうと思っているのですが、どうも心身が動きません。
年が明けて6日目ですが、まだ動き出せずにいます。
寒さのせいであればいいのですが。

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2014/01/05

■「自分の面倒は努めて自分でみる」ことに反対

五木寛之さんが「新老人の思想」という本を出しました。
その新聞広告のキャッチコピーは、とても私には不快なものでした。
一番大きな文字は「老人こそがすべての主役」とあります。
まともな物書きの言葉とは思えません。
まあ、私は五木さんの最近の作品があまり好きではないので、そう思うのかもしれません。
しかし、広告批評ジャーナリズムの天野さんがいたらどう言うでしょうか。

ところで、その広告に、新老人の生き方として、最初に「自分の面倒は努めて自分でみる」があげられていました。
私は娘から、自活できるように、少しは料理や買い物ができるようになってよ、といつも言われています。
時勢がら、そうなのかと思う反面、そうはしないぞとも思っています。
それで娘とは時々、論争になります。
そういうこともあるので、この言葉に反論したくなりました。

「自分の面倒は努めて自分でみる」という生き方には、私は反対です。
私が理想とするのは、「自分の面倒は努めて他者に見てもらう」です。
ただし、同時に、「他者の面倒は努めて見るようにする」ことにも心がけたいと思います。
これが私の、長年の実際の生き方です。

前に書きましたが、面倒を見ることと面倒を見られることと、どちらがうれしいでしょうか。
私は前者です。
病人の看病をした体験のある人なら、みんなそう思うでしょう。
だとしたら、面倒を見てもらうということもまた大切なことなのです。

「自分の面倒は努めて自分でみる」という生き方を推し進めていくと、孤独な生き方に向かい、孤独死にさえつながりかねません。
人は一人では生きていけません。
面倒を見合うことによって、生きていけるのです。
いや、面倒を見合うということこそが、生きることではないかとさえ思います。

「自分の面倒は努めて自分でみる」という生き方のできる人は、五木さんのように、恵まれた人だけでしょう。
しかし、そういう生き方は、何か冷たくて、豊かさを感じません。
困ったらまわりに救いを求め、まわりに困った人がいたら手を貸すという生き方こそ、豊かで幸せな生き方のように思います。

しかし、他者に面倒を見てもらうことはそう簡単なことではありません。
困った時に面倒を見てもらえるのは、それまでの生き方と無縁ではありません。
大切なことは、面倒を見てもらえるような生き方をしようということです。
つまり、日頃から他者の面倒を見る生き方をするということです。
私は、「自分の面倒は努めて自分でみる」という生き方だけはしたくありません。

ところで、娘には、親孝行のチャンスを与えるという親心だと説明していますが、納得してもらえません。
困ったものです。

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■節子への挽歌2317:共進化する夫婦

昨日の挽歌に「コト的生命観」のことを書いたら、読者の山陰さんからコメントをもらいました。
それで、それに関連したことを今日も書くことにしました。
昨日よりも、さらに理屈っぽい話です。

「コト的生命観」では「共進化」ということが重要視されます。
共進化とは、お互いに能動的に影響を与え合って、相手を変え、自らを変え、関係(世界)を変えていくことです。
「共進化」の視点で世界を見ると、いろいろと見えてくることがあります。
とりわけ環境問題において、この視点は有効です。
この言葉は最近ではかなり一般化しましたが、私がまだ仕事をしていた10年ほど前にはなかなか一般的には通じませんでした。
今から考えるとなんでもない普通の言葉であり、当然の考え方なのですが、こういうことを何回も体験しています。
その生き証人の節子がいないのが少し残念ですが、言葉というものは、つくづく生きているものだと思います。
つまり、言葉と社会は深く深くつながっているのです。
そして世界を構築しているのです。

しかし今日書こうと思うのは「共進化」の話です。
共進化の典型は夫婦かもしれません。
多くの場合、そして私たちの場合も、それまでは全く知ることのなかった2人が生を共にすることで、互いに相手を変えていくのが夫婦です。
しかし、変わるのは夫婦のそれぞれだけではありません。
そこに新しい世界が生まれ、その世界がさらに外の世界を変えていくわけです。
それが常に好ましい変わり方とは限りませんが、ともかくそこから新しいコトやモノが生まれだしていく。
そしていつの間にか、2人が創りあげてきた関係が主役になっていく。
モノとしての2つの生命が夫婦を形成しているのではなく、コトとしての夫婦が2つのモノとしての生命を育てていくようになるのです。
それがさらに外に向かって共進化を引き起こし、社会は進化していく。
夫婦は、共進化の核の一つのような気がします。

一般に共進化関係は、さらに大きな共進化関係を生み出していきます。
それが行き着く先が生態系です。
生態系は、開かれた共進化関係によって生み出された、大きな共進化の世界です。

しかし、閉じられた2者による共進化関係が強くなりすぎると悲劇が起こります。
共進化関係が広がらずに、大きな共進化構造から逸脱し、内向しだすのです。
そうなってしまうと、生きる気力は急速に萎えるでしょう。
生きるとは、新しい世界に向かうことなのですから。

私たち夫婦は、常に開かれた存在を目指していました。
相互を過剰に拘束しあうことなく、それぞれの生き方を尊重していました。
2人とも、世界を広げてきていました。
そのはずだったのですが、どうも私は過剰に節子に依存していたのかもしれません。
伴侶との別れが、私の時間軸を止めてしまったことが、その証拠です。
もし開かれた共進化関係であったなら、違った展開になったはずです。

コトとしての夫婦の世界はいまも続いていますが、どうも動きはなくなってしまいました。
共進化のコアパートナーがいなくなったからです。
外の世界との共進化も、未だに実感できません。
止まった時間をどう動き出させたらいいのか。
時間が止まったままでは、気は萎える一方です。
さてどうするか。

節子は大きな難問を残していってしまいました。
実に困ったものです。

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2014/01/04

■節子への挽歌2316:コト的生命観

節子
今日は少し理屈っぽい話です。

生物とは、「生命を持った物」という意味ですが、「生命」の定義はそう簡単なことではありません。
しかし、今回はそういうことではなく、生命とはモノなのかコトなのかという話です。
さらにいえば、モノとしての生命とコトとしての生命と分けて考えてみようという話です。
昨日書いた「ハリー・ポッター」の映画を観ながら考えたことです。

仏教で「大きないのち」という場合、それは「モノとしてのいのち」ではなく「コトとしてのいのち」の意味でしょう。
高野山の奥の院には、いまなお空海が生きていて、毎朝、食事を届けているそうですが、そこに生きている空海は、コトとしての空海のいのちです。
それぞれの家庭の仏壇にお供えをするのも、そこに「コトとしての生命」が生きていると思えばこそです。

コトとしての生命は、モノとしての死を超えて、生きています、
宿っていたモノから解き放たれ、自由に彼岸や此岸を行き交えるようになるのかもしれません。
あるいは、モノからの解放によって、どこにでも遍く存在するようになるのかもしれません。
遍く存在しながらも、ある個性を維持しているというのもおかしな話ですが、次元を超えて考えれば、おかしな話でもないのでしょう。

人工生命に取り組んでいる有田隆也さんは、「モノ的生命観」を超えた「コト的生命観」を提唱しています。
そして、生物という観点、モノという観点にとらわれずに生命を相対化していくことが大切だといいます。
そのためにも、「生物とはモノであるのに対して、生きているというのはコトである」という基本に戻るべきだと、その著書「生物から生命へ」に書かれています。
大切なことは、「モノ的生命観」から「コト的生命観」への移行は、時間軸と空間軸を変えることです。
モノは時空に囚われますが、コトは時空を創りだします。
とても共感できます。
かつては同じものだった科学と宗教(哲学)が再び統合されつつあるような気がします。

生物としての節子はもう存在しません。
しかし、生命としての節子は存在しないとは言い切れません。
存在するとも言い切れません。
ただ、コトとしての生命から考えれば、そもそも死などは一瞬のプロセスに過ぎないのかもしれません。
その先になにがあるか。
節子は知っているのでしょうか。
先を越されたのが残念です。

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■現在の人工知能は「子どもの使い」が不得手

昨日の朝日新聞に、人工知能を東大に合格させるプロジェクトのリーダーの、新井紀子さんのインタビュー記事が出ていました。
すでに、私大579校のうち403校で合格可能性80%になっているそうです。
そこにこんな発言がありました。

現在の人工知能は、チェス王者に勝てても子どもの使いもできない、とよくからかわれています。
現在の人工知能は、人間にとって簡単なことほど不得手なのだそうです。
そして、こんな例が紹介されています。
(現在の人工知能は)小学校入試で「次の絵の中で仲間はずれは?」という質問には答えられません。答えるには人間の総合判断能力がいるからです。
よく聞く話ですが、とても考えさせられる話です。
私たちの価値基準を反転させることの大切さを示唆しているように思います。
つまり、容易さと難しさの判断基準や、教育における進歩(向上)基準を変える必要があると思います。
極端に言えば、今の学校教育は、人間の持つ大切な知恵や能力を、封じ込めるためのものかもしれません。
知識に対する評価基準や「有識者」の認定基準も、見直すべきかもしれません。
そう考えると、昨今の社会の壊れの原因が思い当たります。
大切な知識や技のない人が、組織(社会)のトップに立ち、制度やシステムを統治しているからかもしれません。
そうした人たちは、簡単なことを(人工知能のように理解できないために)難しい話に作り変えているのかもしれません。

人の付き合いは、実はいたって簡単なのかもしれません。
それを、私たちが身に付けてきた小賢しさで、ややこしくしているのかもしれません。
専門家たちに自らの生活を預けてしまい、単なる経済機関になってしまっているとしたら、もはや「子どもの使い」能力などは不要になるでしょう。
社会という機械の末端部品になってしまうのは、果たして幸せなのかどうか。
私は反発したいですが、私の次の次の世代は、そうした人生を選びそうな気配がしないでもありません。

私が次にまた、この世に生まれ変わった時の社会は、どうなっているのでしょうか。

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2014/01/03

■節子への挽歌2315:ハリー・ポッター

節子
昨日の夜から今日はほとんど1日中、録画していた映画を見ていました。
「ハリー・ポッター」です。
8作品もあり、時間にすると20時間近いのですが、早送りで半分くらいの時間で見終わりました。
それでも10時間以上、かかったわけです。
いずれも前に一度観ている映画なので、ストーリーは理解しています。
以前はばらばらに観ていたので、いろいろと納得できないことが多かったのですが、一気にすべて観ても、やはり納得できないことが多かったです。
早送りで観たのが間違いだったかもしれません。

この種の映画は、節子は全くダメでした。
現実主義者の節子は、現実離れした話には興味を持ちませんでした。
さらに、何かを壊すとか、人を殺すとかいう、暴力が登場する映画も嫌いでした。
ついでにいえば、食べ物を大事にしないのもダメで、パイや卵の投げ合いの喜劇なども怒り出すほどでした。

今回、改めて8作品を一気に観ようと思ったのは、いつものように、思いつきなのですが、それでもこの映画が「生と死と愛」をテーマにしていたという記憶があったからです。
しかし、観終わった感想は、何でこんな映画があれほどの話題になったのだろうと言うことでした。
そんな映画を2日もかけて見直したのですから、困ったものです。

映画は、主人公のハリーが死者たちの支えを受けて、悪に立ち向かうという話です。
最後の戦いには、亡くなった両親などが総出演します。
要するに、生きる者は死者たちに守られて生きているという話なのです。
自らの生命をかけてハリーを救った母親は、ハリーに言います。
「(見えなくても)いつもみんなあなたのまわりにいるよ」と。

愛する人を見送った人から時々、メールをもらいます。
あるいはこの挽歌にコメントをもらうこともあります。
そうした人たちに共通しているのは、まだ近くに「愛する人」がいるという感覚です。
一方で、自らの心身が削がれ、ぽっかりと穴があいてしまっているのに、どこかに「あたたかなもの」を感ずると言うことです。
私の場合もそうです。
心があたたかくなるだけではありません。
時には身体さえもあたたかくなることがあるのです。

近くに「愛する人」、つまり節子がいるという感覚は、私の場合、次第に、近くに「愛」を感ずるという感覚に変わってきています。
それが、生きる意志を失ってしまった私に、生きる力を与えてくれているのでしょう。
ハリー・ポッターの映画を観る気になったのも、もしかしたら、そのことを私に気づかせるためだったのかもしれません。
いや、もっ深い意味があるのかもしれません。
今年もまた、こうして「思いつき」を大事にしようと思います。
考えてみれば、節子に結婚しようかと言ったのも、思いつきだったのですから。

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■ヘイト・スピーチは特殊な話ではありません

昨年最後のオープンサロンで、ヘイト・スピーチが少しだけ話題になりました。
あまり議論は盛り上がらなかったのですが、翌日、参加者の一人から、「私の今年の印象ではヘイト・スピーチが最重要に思えました」というメールが届きました。
それで、もう少しきちんと問題を理解しようと思い、最近出版された岩波新書の師岡康子さんの「ヘイト・スピーチとは何か」を読みました。
さほどの認識違いはないなと思って、さっと読み終えたのですが、「あとがき」を読んで自らの勘違いに気づきました。
勘違いと言うよりも、問題の捉え方が根本的に間違っていたのです。

あとがきの最初の部分を引用させてもらいます。

ヘイト・スピーチの問題について話をすると、あの排外主義デモをやっている人たちは、一体どんな人たちなのかとの質問をしばしば受け、違和感を覚える。
ヘイト・スピーチとは差別であり、まず、そして何より考えるべきは、差別によりもたらされるマイノリティ被害者の自死を選ぶほどの苦しみをどう止めるかということではないだろうか。未だ多くの議論が差別の実態を離れた机上の空論になりがちである現状に対しては、要点がずれていると言わざるを得ない。
つまり、私は、ヘイト・スピーチ現象は社会状況の一つの現われと捉えていましたが、師岡さんが言うように、要点がずれていました。
問題は、私の心身の中にもある「差別」だったのです。
ヘイト・スピーチ現象は、私とは無縁の話ではなく、まさに私の生き方であり、考え方なのです。
一人称自動詞で生きるといいながら、どうもまだ徹底できていません。
ヘイト・スピーチ活動をする人への差別も含めて、自分とは別の世界の話だと思いたがっていたわけです。
まさに、ニーメラーの間違いを繰り返していたのです。

師岡さんの「マイノリティ被害者の自死を選ぶほどの苦しみ」という言葉が、特に心に沁みました。
まだまだ私の感受性は、底が知れています。
そして、昨年末の最後のサロンの場でも、「ヘイト・スピーチ」が存在していたことにも気づきました。
その時は、私自身の直感的なもので、その発言には生理的な嫌悪感を持ち、思わず異議を唱えました。
しかし、なぜ異議を唱えたかの理由が自分でも理解していなかったのです。
ヘイト・スピーチの話題を出した人(翌日メールをくれた人ですが)も、それに気づいていなかったかもしれません。

ヘイト・スピーチは、実は特殊な話ではなく、私たちの日常の生活につながっている話なのです。
私も、もしかしたら、同じようなことをやっているのかもしれません。
直接発言せずとも、そうした発言を見逃していたら、差別に加担することにもなりかねません。
自分の心の中にある「差別の感覚」を、できるだけ意識化しようと思います。

世の中には、「特別の事件」などないのです。
これが今年最初の私の気づきです。

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2014/01/02

■節子への挽歌2314:年賀状

節子
今年も節子の友人たちから何通かの年賀状が届きました。
宛先は私ですが、言うまでもなく、節子宛の年賀状です。
節子に供えておきましたので、もう読んでいることでしょう。
昨年までは、節子に代わって私が返事を書いていましたが、今年は止めようかと思います。
というか、今年は年賀状を書くのは止めようかと思っているのです。
数年前から年賀メールに切り替えましたが、それでも届いた年賀状には返信していました。
しかし、どうも気分的に「年賀」という気がしなくなってきたのです。
今年は、年賀メールも出していないのです。
困ったものです。

私の友人からの年賀状に、この挽歌に言及しているものもありました。
節子も知っている吉田俊樹さんは、時々、うじうじした文章を読んでいると書いていました。
たしかにうじうじした文章なのでしょう。
困ったものです。

節子は年賀状が好きでした。
版画で年賀状を作っていたときは、それはもう大変で、家中、制作途中の年賀状でいっぱいになり、私も手伝わされていました。
その後、プリントごっこなるものができて、簡単になりましたが、節子はなかなかパソコンの年賀状は受け容れませんでした。
パソコンでの印刷を受け容れた後も、宛名書きだけは手書きでした。
病気で大変になってからも、その人への思いを頭に描きながら宛名書きをしてこそ年賀状だと、譲りませんでした。
年賀状を書いている節子は、たしかに幸せそうでした。
節子は、私の年賀状は、年賀状とは認めていませんでした。
年賀状ひとつとっても、さまざまな思い出があります。

私のところに来る年賀状も少なくなってきました。
75歳までには届く年賀状をゼロにしたいと思っています。
別に深い意味があるわけではありませんが、もうすでに十分につながっているからです。
この歳になると、そんな気分になるものです。
ただ、彼岸からの年賀状が届くとしたら、それはぜひとも欲しいものですが。

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■政治と市民

元日の朝日新聞の社説は「政治と市民」と題されていました。
そこに、オーストラリアの政治学者のジョン・キーンさんの「モニタリング民主主義」が紹介されています。
投票日だけの有権者ではなく、日常的に主権者として、政治への関心を持ち続けようという考えです。
その社説では、哲学者の國分功一郎さんの、日本の政治の主導権はいまや行政機関に握られているという指摘も紹介されています、

政治における主導権は、権力者から権力組織へと移ってきていますが、今の日本でいえば、行政組織の道具になっているような気がします。
選挙は、そうした実態を覆い隠すための儀式となっていますが、そうしたなかでも、市民の意識は啓発され、さらに市民のつながりが育ち、市民組織や市民運動が行政組織への異議申し立てをするほどに育ってきているのが、現在なのではないかと思います。

私は、社会を形成する個人にとって大切なことは、「宗教(信仰)」と「政治(連帯)」ではないかと思っています。
10年ほど前に、ある企業から頼まれて、市民活動への資金助成プログラムを企画し実施させてもらったことがあります。
その会社は、私が思うようにやっていいと全面委任してくれたのですが、私の気配を感じてか、ただひとつだけ何となく条件を伝えてきました。
それは、資金助成する条件として、「宗教や政治に関するものではない」活動ということでした。
私にはとても不満でしたが、一緒に企画していた仲間も誰一人例外なく、それを当然のことと受け入れました。
それで、異論を唱えることなく、受け容れてしまいましたが、私自身は意識的には、選考段階では宗教性や政治性はむしろ積極的に考慮しました。
宗教や政治に無縁の市民活動など、なんの役にも立たないというのが私の考えでした。

「宗教」や「政治」の捉え方が、私の場合、特殊なのかもしれません。
宗教とは自らの生きるよすがを考えること、政治とは他者との関係を考えること、というのが、私の理解です。
いずれも、自らの生き方を考えることといってもいいでしょう。
あまりに特殊すぎるといわれるかもしれませんが、でわ、みなさんはどう理解されているでしょうか。
どこかの教団宗教に帰依することが宗教を持つと言うことでしょうか。
どこかの政党に属することが政治意識を持つと言うことでしょうか。
無宗教で無党派と言う人が多いのですが、その言葉ほど、私には違和感のある言葉はありません。
誠実に自らを生きようと思うのであれば、宗教や政治はとても重要なテーマだろうと思います。

モニタリング民主主義ですが、行政や政治をモニターするためには、まず自らの主体的な生き方をもつことが大切です。
一人称自動詞で語る生き方といってもいいでしょう。
自分一人ではなく、さまざまな人たちと支え合いながら生きていれば、自らの判断基準や他者との関係の折り合いの付け方は、日々、考えざるを得ません。
それは実にわずらわしいことですが、みんながそのわずらわしさに正面から立ち向かっていくことが、言葉だけのモニタリングではない、実体を育てていくことになるでしょう。
モニタリングの仕組みを構築することでは、全くありません。

大切なのは、パブリックコメントや住民投票の制度ではなく、日々の私たちの生き方です。
今年は、私もそういう意識をもっと強めたいと思ってい

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2014/01/01

■「流れに身を任す」生き方から「流れに抗う」生き方へ

またひとつ、年が明けました。

妻を見送ってからの7年間、亜空間のなかを浮遊するような感じで過ごしています。
それに気づいたのが一昨年ですが、昨年もそこから抜け出られずに、いや抜け出ようという気にならずに、過ごしてしまいました。
しかし、そうして浮遊している間に、社会はますます住みにくくなってきました。
それは、あまり時代にコミットせずに、浮遊する私にも伝わってきます。
時評編で、時折、嘆きを書いていますが、社会の多くの人たちは、むしろそれを受け容れているような気もします。
私には、実におぞましい光景ですが、それこそが現代の幸福かもしれません。
なにが幸福かは人それぞれで、私が嘆くのは傲慢かもしれませんが、残念ながらそうした風潮が私と無縁であるわけでもありません。

昨年は、浮遊しながらも、そういうことに身震いし、時評編を書く気さえ萎えがちでした。私が社会から脱落しすぎているとしたら、まずはわが身を正さなくてはいけません。
自らの気を起こすためにも、後半は久しぶりにかなりの本を読みました。
時代を相対化するには、あるいは、自らの考えを修正するためには、さまざまな人が書いた本は視野や視座を広げてくれます。
そこに、自分とは違う、もうひとつの思考の軌跡をたどることができるからです。
そして、改めて、時代の先ゆえは、常に誰かに見えているものだと思いました。
社会が壊れだしている今の状況を予見していた人は、昔から決して少なくないのです。
私が以前から見ている未来も、もしかしたら、ありえるかもしれないと思い出しています。
それは確かめようもないことではありますが、そう思えるようになったことは、私にはとても大きな意味があります。

以前、「見た人の責任」と言うようなことを書いたことがあります。
そこに困っている人がいたら、手を差しのべなければいけません。
少しでも未来が見えたのであれば、何かをしなければいけません。
しかし、見た事の、あるいは知った事の、どれを選ぶかはとても大切なことです。
だれにも手を差し出せば良いわけではない。
どれにでも行動を向ければ良いわけでもない。
昨年、学んだことが、このことです。
私はむしろ、物事に優劣の判断をつけない生き方を志向してきたのですが、それは間違っていたかもしれないと思い出しています。

昨年は「流れに身を任す」生き方を意識しましたが、今年は、「流れに抗う」生き方を意識したいと思っています。
それが、もしかしたら、浮遊状況から抜け出す契機になるかもしれません。
よどんだ世界に安住している生き方は、そろそろ終わりにしないと前に進めません。

ただ、今年も、正直に、誠実に、そして自分らしく生きようと思います。
カミユは、「自由とは嘘をつかぬ権利のことだ」と書いています。

今年もできるだけ東京の湯島天神の近くのオフィスには出かけようと思います。
この数年、「コモンズ空間」を目指して、湯島のオフィスをできるだけいろんな人たちに開放してきましたが、空間を開放することとコモンズを育てることは、別のことだと学ばせてもらいました。
今年は、私もできるだけ顔を出し、珈琲を淹れたいと思います。
近くに来る機会がありましたら、ぜひご連絡ください。
お会いしたこともない方も含めて、どなたでも歓迎です。
珈琲のおもてなししかできませんが。

いつかお会いできるのを楽しみにしています。


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■節子への挽歌2313:「生きたいと思わねばならない。そして死ぬことを知らねばならぬ」

節子
またひとつ、年が明けました。
節子を見送ってから、7回目の新しい年の始まりです。
今年は初日の出がよく見えました。
Hatuhi2014

節子がいたときにはいつも2人で拝んでいましたが、今年は拝むこともなくただただその美しさに見とれ、荘厳さを感じていました。
昨日の朝と同じ日の出なのに、なぜ元旦の日の出には特別のものを感ずるのでしょうか。
おそらく、自然世界もまた「意味の世界」だからでしょう。

この数年、亜空間のなかを浮遊するような感じで過ごしています。
時間が止まったように、過去も未来も感じない、よどんだような生き方といってもいいかもしれません。
ともかく〈生きている〉という実感が得られない。
そんな生き方に陥っています。

それに気づいたのが一昨年ですが、昨年もそこから抜け出られずに、いや抜け出ようという気にならずに、過ごしてしまいました。
数日前も書きましたが、昨年末、書棚にあったカミユの本がなぜか目にとまりました。
読むでもなくぱらぱらとめくっていたら、いくつかの言葉が目に入ってきました。
今年の挽歌は、その言葉から始めたいと思います。
それは、カミユが書き留めたナポレオンの言葉です。

「生きたいと思わねばならない。そして死ぬことを知らねばならぬ。」
節子と別れてから、私は生きたいと思うことなく、7年を過ごしてきました。
生きたいと思わないということは、死ぬことにも無関心だということです。
死への恐怖や不安は、不思議なほどに全くありません。
つまり、死を忘れてしまったといってもいいでしょう。
そんなこともあって、この言葉が目にとまったわけです。
カミユもまた、この言葉に引かれたのだと思うとちょっと愉快になりました。
カミユは、明らかに「生きたい」などと思ったことはないでしょう。
生きたいと思わねばならないと思ったわけですから。
彼が、異邦人のムルソーのように死に向かわなかったのは、この言葉のせいかもしれません。
だから私も「生きたい」と思うことにしました。
生きたいと思うことで、死の感覚を思い出させてくれるかもしれません。

年の始まりから、死の話になってしまいましたが、初日の出を見ながら、生と死はつながっている同じものであり、わずか瞬時のものでしかないと気づいたのです。

節子の好きだったわが家のリビングは、いま陽射しで春のようです。
これから娘たちと待ち合わせて初詣です。
今年は、浮遊状態から解き放たれるかもしれません。
すべては大きな自然の流れるままですが。

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