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2014/01/22

■コミュニケーションの不在

昨日の朝日新聞夕刊の「時事小言」に国際政治学者の藤原帰一さんが、歴史問題を巡る最近の日韓、日中の対立に関して、こう書いています。

これらの議論は、変わるべきなのは相手のほうだ、自分の側は毅然として立場を堅持すればよいだけだと考える点で共通している。逆に言えば、自分のほうが変わる必要があるとは思っていない。問題の責任が相手にあるとお互いに考え、どちらも自分の立場を変えようとしないのだから、紛争の長期化は避けられない。

同感です。
コミュニケーションとは自らが変わることという捉え方をしている私としては、実に納得できる話です。
対話や交渉、さらに広く外交というもののポイントは、自らがどれだけ変わるかにかかっているように思います。
藤原さんの論考には、いつも共感することが多いのですが、こうした視点をもっと多くの人が共有するようになれば、未来は開けてくるように思います。

沖縄の基地問題も、あるいは都知事選での脱原発候補者の一本化の問題も、残念なのは、いずれにも「コミュニケーションの不在」があることです。

コミュニケーションを問題にする人は多いですが、話していると、コミュニケーションができていないのは、ご自分であると思うことが少なくありません。
コミュニケーションは相手を変えることであって、自らは変わらないということを当然のように前提にして、コミュニケーションを語っているのです。
企業にも、行政にも、住民にも、NPOにも、そうした人は多いように思います。

藤原さんの指摘は、歴史問題や領土問題に限ったことではありません。
私たちの日常の暮らしの中でも、とても大切な視点です。

自らが変わるためのコミュニケーション、という視点に立てば、間違いなくコミュニケーションは楽しくなります。
何しろ新しい考えへと世界を広げることなのですから。

ぜひそうした姿勢で、今日は周りの人と「コミュニケーション」してみてください。
私の体験では、とてもわくわくするような会話が生まれだします。
ただし、自らを守ろうなどと思っていると、うまくいきませんが。

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