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2014/01/07

■節子への挽歌2319:心平安だった6日間

節子
人間はやはり自然と深くつながっています。
今日も快晴で、窓越しに入ってくる陽射しで、リビングルームは温室のようにあったかです。
午前中は用事がないので、陽射しの入る食卓にパソコンを持ってきて、挽歌を書くことにしました。
私の部屋とは大違いの、明るい環境です。
こうした中でパソコンに向かうと気分も明るくなります。
機能の挽歌は寒さに震えながら書きましたが、今日は陽射しが暑いくらいです。

窓から手賀沼の湖面が見えます。
風があるのか湖面が少し波立っていて、それが陽光をうけてキラキラと輝いています。
節子が大好きだった風景です。
とてものどかで、もしかしたら彼岸もこんなかなと思えるほどです。

今年はまだ世間との付き合いをほとんど始めていません。
年賀状も年賀メールも出しませんでした。
メールもあまり返信していません。
世間との付き合いがないと、心は平安だろうという思いから、昨日までは極力隠棲を決め込んでいたのです。
たしかに、心の平安は保てましたが、どこかに寂しさがつのることも否定できません。
それが昨日の挽歌にも影響したかもしれません。

といっても、社会に生きている以上、いろんなメールや電話がきます。
昨日は思いもかけない人からの電話が立て続けに2本ありました。
いずれも節子が知っている人からです。
隠棲を決め込んでも、電話が追いかけてきます。

電話のひとつは、年初めにとても納得できない不快な体験をされた人から、誰かにぜひ聞いてほしいという電話でした。
あんまり理解できないまま、30分、話を聞きました。
心の平安がちょっと陰ってしまいました。
最後に、聞いてくれてありがとうといわれましたが、その人の心は晴れたでしょうか。
それにしても世間ではなんで心の平安を乱すことが多いのでしょうか。
みんな心の平安を求めているはずなのに、不思議です。

心の平安を乱す大元はなんでしょうか。
自然災害のように、自然が原因であることもあるでしょう。
しかし多くの場合は、人間が原因です。
人との付き合いがないあままだと、心の平安を得やすくなるかもしれません。
そう思うと、世間との付き合いを始めることに躊躇を感じます。
しかし、なかには、連絡がないので何かあったのかと思ったといってきた人もいます。
世間と付き合わないこともまた、誰かの平安を乱すことになるのかもしれません、
生きることは実にややこしい。

それに、みんなの心が平安になってしまったら、社会は平衡状況になって、退屈になるかもしれません。
それこそが、彼岸と此岸の違いなのかもしれません。
此岸にいるかぎり、世間との付き合いは閉ざせません。
こののどかの光景を心に残しながら、今日は世間へのかかわりをはじめようと思います。
私にとっては、今日から新年が始まります。
手賀沼の湖面が静かになり、鏡面のように対岸の緑を映し出すようになっています。

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