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2014/01/04

■現在の人工知能は「子どもの使い」が不得手

昨日の朝日新聞に、人工知能を東大に合格させるプロジェクトのリーダーの、新井紀子さんのインタビュー記事が出ていました。
すでに、私大579校のうち403校で合格可能性80%になっているそうです。
そこにこんな発言がありました。

現在の人工知能は、チェス王者に勝てても子どもの使いもできない、とよくからかわれています。
現在の人工知能は、人間にとって簡単なことほど不得手なのだそうです。
そして、こんな例が紹介されています。
(現在の人工知能は)小学校入試で「次の絵の中で仲間はずれは?」という質問には答えられません。答えるには人間の総合判断能力がいるからです。
よく聞く話ですが、とても考えさせられる話です。
私たちの価値基準を反転させることの大切さを示唆しているように思います。
つまり、容易さと難しさの判断基準や、教育における進歩(向上)基準を変える必要があると思います。
極端に言えば、今の学校教育は、人間の持つ大切な知恵や能力を、封じ込めるためのものかもしれません。
知識に対する評価基準や「有識者」の認定基準も、見直すべきかもしれません。
そう考えると、昨今の社会の壊れの原因が思い当たります。
大切な知識や技のない人が、組織(社会)のトップに立ち、制度やシステムを統治しているからかもしれません。
そうした人たちは、簡単なことを(人工知能のように理解できないために)難しい話に作り変えているのかもしれません。

人の付き合いは、実はいたって簡単なのかもしれません。
それを、私たちが身に付けてきた小賢しさで、ややこしくしているのかもしれません。
専門家たちに自らの生活を預けてしまい、単なる経済機関になってしまっているとしたら、もはや「子どもの使い」能力などは不要になるでしょう。
社会という機械の末端部品になってしまうのは、果たして幸せなのかどうか。
私は反発したいですが、私の次の次の世代は、そうした人生を選びそうな気配がしないでもありません。

私が次にまた、この世に生まれ変わった時の社会は、どうなっているのでしょうか。

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