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2014/01/18

■都知事選に「脱原発」を争点にする意味

都知事選で「脱原発」が争点になることに対して、巻き返しが強まっているように思います。
今朝も日本テレビの「ウィークアップ」で話題にしていましたが、その議論を聞いていると、脱原発を争点にしたことへの批判がかなり出ていました。
宮城県知事だった浅野さんなどは、「知事選への冒涜だ」と怒っていました。
こんな想像力のない人が知事だったのかと思うと日本の自治体行政がおかしくなるのは当然だなと思ってしまいます。

番組では、都民への街頭での争点アンケートもしていました。
5項目のうち、脱原発が一番低くなっていました。
コメンテーターたちは、原発問題よりも、子育て支援とか、防災が都民の関心事であって、原発を争点にすることは拒否されているように思えるなどといっていましたが、100人にも満たぬ街頭アンケートでそういう結論を出すことに、私は「悪意」を感じます。

そもそも「脱原発」を争点にする意味とはなんなのか。
その視点が、浅野さんのような人には理解できないのでしょう。

防災問題といえば、地震が問題になりますが、仮に原発が事故を起こせば、その被害は地震の比ではありません。
防災に本気で取り組むのであれば、まずは脱原発だと私は思います。
子育てに関心があるのであれば、子どもにとって安全な生活環境を作り出すことが最大の課題でしょう。
働くための保育施設や子育て手当てなども大切ですが、子を持つ親であれば、原発問題にこそ関心を持つべきだろうと思います。

原発の是非を問うということは、社会の基本的なあり方を問うということです。
日本は「経済的」には豊かになりました。
しかし、それと同時に、社会は底が抜けたといわれるくらい、壊れだしています。
一昔前に比べて、私たちは幸せになったのか。
次の世代は、私たちよりも幸せになれるのか。
いずれの問いにも、幸せだと胸をはって言える人は多くはないでしょう。
社会のあり方、経済のあり方、あるいは私たちの生き方が、問われているのです。
そして、原発を基本において考えるかどうかは、それらに深く関わっています。
つまり、「脱原発」を争点にするということは、私たちの生き方を問い直すということです。

原発問題には、様々な問題が包含されています。
たとえば、そこには人権問題も秘密隠し問題も象徴的に存在しています。
私が反原発になったのは、30年ほど前に原発を見せていただき、そこでの労働の実態を知った時からです。
秘密保護法が問題になっていますが、原発の世界での隠ぺい活動はこれまでも何回も話題にされています。
さらにいえば、経済における外部性の問題も象徴的に存在します。
原発による電力コストが安いという論理は、外部負担や未来負担をどうコストに反映させるかということによって成り立っています。
つまり、そこには現在の産業を成り立たせる、短視眼的な経済学があるわけです。
そうした経済学に立脚する限り、経済成長はしても多くの人たちの生活はますます貧しくなるだけでしょう。
経済学のパラダイムが変わらなければいけない時期に来ているのです。

原発問題を争点にするということは、私たちの生き方を問い直すということです。
それを前提にして、都政を考えるかどうか、そこが大きな争点だろうと思います。
基本を正さずに、個別争点を正すことは難しいのです。

こうしことは、明日、投票が行なわれる名護市の市長選挙にも当てはまります。
そこでも、私たちの税金を使って、市民を愚弄する醜いことが自民党によって行なわれています。
名護市の市民がどう判断するかどうか、明日にはわかりますが。

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