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2014/01/26

■「迷わないこと」と「確かなこと」

今朝の朝日新聞の読書欄に、売れている本として、櫻井よしこさんの「迷わない」という文春新書がとり上げられていました。
著者が櫻井さんということで、私には全く読む気が起きなかったのですが、精神科医の斎藤環さんの紹介記事を読んで、興味を感じました。
斎藤さんの紹介記事の書き出しはこうです。

櫻井よしこは、私が知る限り、もっともたたずまいが美しいニュースキャスターだった。その上品でもの柔らかな口調で語られると、つまらないニュースも貴重なものに思えたものだ。
しかし論客としての彼女は、時に過激なまでのウルトラ右派である。
まったくその通りだと思って、ついつい紹介記事をすべて読んでしまいました。
本書は、そうした彼女のエッセー風半生記だそうです。
それを読んだ斎藤さんはこう言います。
彼女の生活には、私たちがイメージする理想の「日本女性」のエートスが集約されている。うらおもてなく凛然として、背筋のまっすぐな、それでいてうるおいのある暮らし。彼女に憧れるファンの気持ちはよくわかる。
しかし、と人の悪い評者は考える。「迷わない」彼女の楽観主義は、ひとたび保守と融合すると、内省を欠いた歴史修正主義に結びつきはしないか。親孝行から愛国心までを地続きで考えるタイプの保守主義は、個人主義の抑圧と弱者の排除を繰り返してしまわないか。
どうも私も、評者と同じく「人が悪い」ようで、ここも同感です。

同じ読書欄に、「白洲正子」(挟本佳代著)の紹介が出ています。
白洲さんは、1964年の東京オリンピックの年に、かくれ里や観音仏を求めて、全国行脚に旅立った人です。
「ひたすら確かなものを見たいと」という思いが彼女を突き動かしたと言います。
そして、土地に沁み込んだ言葉や文化を書き残していきます。
当時、私はオリンピックには全く興味はありませんでしたが、白洲正子の観音巡礼の連載記事は毎月、興味深く愛読していました。
私が十一面観音仏ファンになったのは、白州さんの本のせいです。

保守主義とはなんでしょうか。
あるいは、「迷わない」とはなんなのか。
ニーバーがいうように、「変えてはならないもの」をしっかりと見極める英知が、いま求められているように思います。
いま私たちが次世代に引き継ぐべきものは何なのか、あるいは引き継いではいけないものは何なのか。
それを見極める重要な時期に、私たちは生きているような気がします。

迷わないためには、大いに迷わなくてはいけません。
迷いを知っている人だけが、迷わないといえるはずです。
やはり、櫻井さんの本ではなく、「白洲正子」のほうを読もうと思います。
いま私たちに必要なのは、迷わないことではなく、私たちの生活に沁みこんでいる「確かなもの」を知ることだろうと思います。

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