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2014/01/11

■節子への挽歌2323:家族思いではなく家族への甘え

節子
何もしないうちに、もう今年も11日目です。
今日から活動開始です。
昨年から約束していた、レネさんの活動を支援するために、青山学院大学に出かけました。
レネさんは、日本では自殺者が多いことに衝撃を受け、自費で「自殺者1万人を救う戦い」という映画を制作し、社会に呼びかける運動を昨年から始めています。
昨年3月にその映画の上映会をやったのですが、以来、ささやかに相談に乗っています。
そろそろ次のステップに入りたいというので、年が明けたら相談しようということになっていたのです。

昨年会った時には、かなり疲れを感じたのですが、今日はとても元気でした。
家族でハワイに旅行したのが元気を回復した理由のようです。
レネさんにとっての重要な課題は、自殺防止というライフワークと家族との生活をどうバランスさせるかなのです。
これは難しい問題ですが、レネさんはとても家族を大切にしています。
今週は、アイルランドからレネさんの両親も来日しているのだそうです。
レネさんと話していて、私ももう少し家族を大事にすればよかったと、今日も反省させられました。

私の生き方は、やはりかなり変わっていました。
家族思いのつもりが、実際には家族への甘えだったのかもしれません。
最近そのことがよくわかります。
今となって気づいても遅すぎるのですが、節子にも娘たちにもほんとうに悪いことをしたと痛感します。

会社を辞めて25年目です。
今年はまた生き方を見直す年です。
どう悔い改めればいいのか、考えることがたくさんあります。
自分と立場の違う人と話していると、自分のことが良く見えてきます。
今年の仕事始めは、自分を見直すことでした。

節子
遅すぎた感はありますが、今年は少し生き方を変えようと思います。

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妻への挽歌12」カテゴリの記事

コメント

佐藤様 おはようございます

昨夜は徹夜で旅館再生の会合をしておりました。
今、帰宅できました。

お言葉を返すようですが、「家族への甘え」は佐藤さんが家族を大好きだったからだと私は考えます。
私がそうでしたので、なんとなく佐藤さんの気持ちが分かるような気がしました。

まあどちらかと言えば、家族と言うより妻への甘えだったのかもしれません


話題は変わりますが
今回の記事の「自殺者の増加」また潜在的に自死志望のある方は、たくさんいらっしゃるでしょうね

私たちの時代とはまったく変わってしまった日本という国、変わったのは国ではなく政治家さんでしょうか
「情け」や「人情」という言葉など死語のようになってしまいました。

そして巷では、人とのつながりも気薄になりコミュニケーションも取りづらい社会になったような気がしております。
また、自死を考える人も、他人様を簡単に殺傷する人も、「命」ということを知らないで生きているように感じられます。

生命の誕生の神秘さ奥深さを知れば、少しは違ってくるのではと思いますが、私は科学者がいっている生命の誕生を
魂の誕生だと考えております。

人間は数十億年前に誕生した時は、体も目も足も脳も持ち合わせていませんでした。

最近のはやり言葉で言えば、人間は素粒子の一粒だったのです
知識も見識も、走ることも食べることも何もできなかった、素粒子の頃の人間ですが

素粒子が幾つか集まって単細胞まで発達したころ、まずは意識を持ったのではないでしょうか
そして次に「慈しみ」や「愛情」という別の単細胞にはたらきかけるようになり
波長がピッタリと合った者同士が、縁と言う繋がりを感じ合ったのかもと考えております。

ですので、自死の志望が大きい人また普通の人たちにも、命は幸せをもたらせてくれる本元だと言うこと
この「生命(いのち)」は永遠に死ぬことは出来ないことを理解してもらえればと考えたりしております。

記事にあります
「自殺者1万人を救う戦いの映画」のことになりますが、是非見てみたいと思っております。
DVDを送って戴けるとの記事を読ませた頂きました。 佐藤様のメールアドレスにお願いさせていただいてもよろしいでしょうか

私も「映画鑑賞会」を随時公民館などで行っております。プロジェクターなども準備は整っております。
私が目指しております、犬たちの殺処分ゼロ、実験犬のゼロの啓蒙活動と、「命」というキーワードで繋がっているように思います。
生命に人間も犬も植物も、軽重はないと考えています。

私は映画を制作する能力はありませんが、エクセル絵画を利用しながらパワーポイントにより啓蒙プレゼン資料を作成する準備中です。
「生命」というテーマは、どこか共通するところがあるように思えます。

死にたくない!と懇願する犬たちを窒息死させることなど、ほんとうは人間は出来ないはずだと信じております。
自殺者も同じです。 心のどこかに「死にたくない!」という思いは、誰にもあるはずです。

そのような自らが自分自身を殺すことは、それが自分の命とは言え、犬の殺処分と同じように感じています。

犬も自分自身も、「死にたくない!」と心のどこかで叫んでいるのですから

唐突な話になってしまいました、お許しください。

投稿: 山陰太郎 | 2014/01/12 06:29

山陰さん
いつもありがとうございます。

映画のDVDですが、私に送付先を連絡いただければ、お送りします。
昨年は、レネさんが参加した上映会だけでも50回を超えていますが、もっと多くの人に見てもらいたいと彼は言っています。
映画を観た後、話し合える場があればもっとうれしいです。

よろしくお願いいたします。

投稿: 佐藤修 | 2014/01/12 10:36

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