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2014/01/12

■話し合うことの難しさ

最近、首相の靖国参拝を話題にしたテレビでの議論をよく見ます。
つくづく「話し合うことの難しさ」を感じます。
多くの場合、話し合いというよりも主張試合のような感じです、
話し合っているうちに意見が変わるという人をほとんど見たことがありません。
振り返ってみるに、自分もそうなのかもしれないと気づきました。
自らの意見を変えることのない話し合いは、話し合いとはいえないでしょう。
私は、話し合いがとても大切だと思っている人間で、これまでもそう心がけてきたつもりですが、どうもそうではなかったようです。

議論を聞いていて、いつも思うのは、冷静で穏やかな話し方をする人のほうにどうしても好感を持ってしまうということです。
しかし、思いが深いと、どうもそうはなりません。
私は、自分の感情がすぐ身体に出る人間なので、話し合いではいつも信頼を勝ち得られずにいるのかもしれません。

今日は、西尾幹二さんが議論に参加していましたが、彼は自分の主張を話すだけで、議論には参加していない感じでした。
しかし、少数派だったからか、自己の主張を感情的に発言していました。
知性が感じられない、ただの無知な老人にしか見えませんでした。
そうなると説得力はなくなります。
自説に呪縛されると、人はこうなるのだと、改めて自分をみるような気がしました。
知性とは、自らの考えや視点を柔軟に変えられることなのかもしれません。

昨年末だったかもしれませんが、やはり靖国などをテーマにした議論の中で、よくテレビに出ている著名な専門家の人が中国人の参加者に、声を荒げて勉強不足だと批判しました。
参加していたひとりの、なかにしれいさんが、声を荒げて非難するのはやめましょうと、発言していたのがとても印象的でした。
普通は司会者やコーディネーターがそう正すべきですが、テレビではあまりそういう場面を見ません。
なかにしれいさんの見解は別にして、なかにしさんが「話し合い」をしようとしているのにとても好感を持ちました。
彼に知性を感じました。

数日前に、やはり靖国問題で、櫻井よしこさんと中野晃一さんが司会者を挟んで議論していました。
お2人の考えは全く違っていましたが、とてもいい議論でした。
櫻井さんの考えや主張は、私には共感できないものですが、相手の意見を聞こうとする姿勢を強く出していました。
反対論に耳を傾ける人の意見は聴くに値します。
これまで私は、櫻井さんの主張にはまったく関心はありませんでしたが、これからは聴こうと思い直しました。
ちなみに、この番組は櫻井さんのほうが評判がよかったようです。

ところで、知性とはなんでしょうか。
私は、やさしさだと思っています。

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