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2014/01/26

■節子への挽歌2338:エントロピーが高まっている気分

節子
今年になってから、どうも生活のリズムがとれません。
とともに、どこか気が抜けた状態から抜け出せません。
難しい表現をすれば、エントロピーが高まってしまい、動きが出てこないような感じなのです。
エントロピーが極大化するとはこういうことなのか、と最近は奇妙に納得しだしています。
意識がやけに平板になり、生活のメリハリやリズムをつけられなくなっているのです。

生命体は、環境とエネルギーや物質の交換を続けることで、自らの動的秩序を自分で組織化していくという、いわゆる「散逸構造」体です。
環境にエントロピーを排出し、自らの生命体を持続しているといってもいいでしょう。
しかし、最近、痛感するのは、環境との交換は、単にエネルギーや物質だけではなく、生命そのものをやりとりしているのではないかということです。
実際、清浄な自然の中にひたると、生命力が満ちてくることは実感できます。

他者との意識や感情の交換も重要です。
人と会うと元気になったり、疲れたりするのは、そこで何らかの生命力のやりとりが行なわれているからでしょう。

意識や感情の交換という点では、夫婦関係はかなり特殊なような気がします。
そこでかなり飛躍してしまうのですが、夫婦とは意識や感情の散逸機能増幅体といえるような気がします。
うっせきしたエントロピーを一挙に排出し、低エントロピーを取り込む仕組みといってもいいでしょう。
必ずしもうまくいくとは限らず、どちらかが過剰な負担を背負い込むことも多いでしょうが、うまくいけば、実に安定した生命力を動的に維持することができる。
節子がいた頃、私はほとんどストレスとは無縁だったのは、そのせいかもしれません。

節子がいなくなって6年以上経つと、どうやらエントロピーもかなりたまってきているようです。
妻に先立たれた3年後が危険というのは、もしかしたら、散逸構造が機能障害を起こすからかもしれません。

節子と結婚した当時、私はちょうどエントロピー概念を学んだところでした。
節子にも話しましたが、節子が理解した保証はありません。
しかし、結婚した頃は、こんな話をよくしていたものです。
2人とも好奇心だけは大きかった。
エントロピーが、とても低かったのです。
あの頃は、どんな話題も輝いていました。
私たちにとって、一番楽しかった時だったかもしれません。
最近は、その反対の極地にいる感じです。

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