« ■犯罪もののテレビドラマが圧倒的に多くなった | トップページ | ■大学入試センター試験を2科目だけやってみました »

2014/01/19

■節子への挽歌2331:泉涌寺に行っただろうか

節子
先日、テレビの古寺名刹で、京都東山の泉涌寺をとりあげていました。
泉涌寺は、皇室の菩提寺とし「御寺(みてら)」と呼ばれていますが、本尊は、釈迦如来と阿弥陀仏と弥勒菩薩の三世仏です。
とても特徴的なのは、大門をくぐると仏殿が見下げる感じで目に入ってくる構図になっています。

泉涌寺は、節子と一緒に行ったような、行かなかったような、あいまいな記憶しかないのですが、なぜかずっと気になっているお寺です。
私の記憶力はかなりあいまいなため、節子と一緒にどこにいったか正確に記憶していないことが多いのです。
節子とは結婚の前後を含めて、滋賀には3年ほど居ましたので、京都や奈良にはよく行きました。
たぶん泉涌寺にも行っているはずなのですが、三世仏の記憶がありません。
あるのは、なぜか新緑の風景です。
その記憶が泉涌寺なのかどうか、はっきりしないのですが、なぜか泉涌寺だという気がずっとしています。
大門からの下り坂を、節子と一緒に歩いていった気がするのです。

実は、こういうあいまいな記憶なのに、細部の一部がやけに生々しく思い出されることが私にはかなりあります。
これは節子がいた頃からです。
節子に、あるところに一緒に行ったよねと話をしても、節子は行ったことがないというので、私の記憶ではその時に一緒だった節子の姉夫婦にも確認したのですが、姉夫婦もそろって、行ったことはないというのです。
私の記憶違いなのですが、もしかしたら、それは夢の中での体験なのかもしれません。
夢と現実の境目がかなり混乱していることが、私には昔からよくありました。
これは一種の精神障害かもしれません。
しかし、夢も現実も、所詮は一時の幻想だと言ってもいいかもしれません。
それに、節子との別れという衝撃が、私の記憶を混乱させていることも十分にあります。
過去の記憶は、いくらでも編集されてしまいますから。

さて泉涌寺ですが、果たして行ったことがあるかどうか、最近少し気になりだしています。
節子が残した日記を調べれば、事実がわかるかもしれません。
節子はていねいに日記をつけていたからです、
しかし、節子が残したたくさんの日記は、やはり読む気にはなれません。
この挽歌を、たぶん、私の娘たちが読む気にならないのと同じです。

今度、京都に行ったら、泉涌寺に立ち寄ってみようかと思います。
そこの三世仏にも会いたくなりました。
しかし、節子がいなくなってから、お寺に行っても、仏たちは声をかけてきてくれません。
一昨年、薬師寺に行った時、あれほど私の好きだった薬師三尊がとても無表情でした。
不思議なことですが、節子がいなくなってから、仏たちの表情が違って見えるような気がするのです。

|

« ■犯罪もののテレビドラマが圧倒的に多くなった | トップページ | ■大学入試センター試験を2科目だけやってみました »

妻への挽歌12」カテゴリの記事

コメント

佐藤様 こんばんは

やっと解放されました。 四十数時間のぶっ通しのボランティア
疲れや眠気はいっさいないのですが、私の妻節子に何か言われたような、感覚です。

先ほど食事をとり、風呂が満タンになるまでと思いベッドに横たわり、目を閉じたその時
妻の幻が、何かを囁いてくれました。
これで妻が亡くなってから三度目の里帰りです

ベッドに横たわり目を閉じると、目の奥の暗いスクリーンに映し出されたのは
知人の設計士が大阪から訪れてくれた場面でした。
そしてトイレを使わせてくれとトイレで用を足し、出てきた知人は「お腹の調子が悪いみたいだ」

その時でした、私の傍には女性が立っていました。
その女性が、私に何かを語りかけてきた声はまさしく妻の語り口そのものでした。

一度目の里帰りと同じ黒い影法師の姿ですが、はっきり妻だとわかりました。
その時は三秒ほどで目を開けてしまい、影法師は一言も語ることなく消えてしまいました。

二度目は、以前ここに書かせていただきましたが、今回と同じくベッドに横になり目を閉じた時でした。
その時は、妻の顔も抱いていた愛犬も、顔も服装もカラーで、実在する服装でした。
時間も長く、普通に語り合いました。
妻と私の距離もはっきり覚えています。 1メートルもないぐらいの距離でしたから

約1年と11カ月振りに里帰りしてくれたことは、ほんとうに嬉しいものですね
次は何年先になるのでしょうか・・楽しみに待ちます

それから今日の記事、「記憶」の曖昧さ
実に人間の記憶とは、いい加減なものです。 
勉学とは違い記憶を意識しない過去の自然的な行動は、脳は次から次へと奥へしまい込むそうです。
どこかでそのように聞いたことがあります

京都での奥様との散策時、佐藤さんは「その場所」よりも、心は奥様にあつたのではないのでしょうか
例え写真などが残っていたとしても、やはり詳細な記憶は呼び戻せないようです。

私たち夫婦も、若かりし頃は京都や奈良のお寺などが好きでした。
あれほど二人で行ったのに、おぼえているのは、嵐山、西芳寺、三千院、伏見稲荷、奈良東大寺の大仏さんぐらいですから

私のささやかな夢は、妻との同行二人旅で京都、奈良に行くことです。
もう50年も前の風景は、様変わりしているかもしれませんが、純心そのものだった二人の原点ですから。


投稿: 山陰太郎 | 2014/01/20 00:54

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌2331:泉涌寺に行っただろうか:

« ■犯罪もののテレビドラマが圧倒的に多くなった | トップページ | ■大学入試センター試験を2科目だけやってみました »