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2014/01/14

■相変わらず自分の生活しか考えないコメンテーターが多いですね

都知事選に細川さんが出馬声明を出しました。
脱原発が争点になることは間違いないでしょう。
細川出馬へのいろんな人の感想を聞いていて、呆れるのは、相変わらず、「脱原発を言うのは、いいが、原発なしで本当にやっていけるのかをきちんと説明しないと無責任だ」という意見です。
正論だと思う人がいるかもしれませんが、私には唾棄すべき意見です。
「原発を前提にした社会の是非」が問題になるべきなのに、そうした人たちは、現在の利便性や利益に相変わらず固執しているとしか思えません。
もちろん脱原発が絶対正しいと言うわけではありません。
私は、正しいと思っていますが、そうでない意見もあっておかしくはありません。
その賛否をしっかりとぶつけ合って、原発を理解する契機にすべきです。
問題の立て方が違うのです、
現状を前提に考えている限り、未来は変えられません。
自分のために考えるのではなく、次世代のことも視野に入れて考えてほしいです。
それが、社会をここまで壊してきた現代人の責務だろうと思います。

脱原発にしても、即ゼロか暫時ゼロかで違うという論者も多いですが、これも私には違和感があります。
即ゼロなどありえないでしょうが、即ゼロでなければ意味がないでしょう。
つまり即ゼロはあくまでも思想です。
思想を現実化するには時間も政策も、手順も技術も、雇用保障も不可欠です。
それを混同して議論している人が多すぎます。
大切なのは思想です。

他にもいろいろと思うことはありますが、
ともかく「問題の立て方」を正すべき時です。
そして、未来の世代に顔向けできる生き方をしたいです。

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