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2014/01/31

■知は人を無知にする

昨日、古代史をテーマにしたサロンを開催しました。
そこで、弥生時代には大きな船はあったかなかったかという話になりました。
縄文時代には、それこそ南米までも行きつく船があったようですが、弥生時代の遺構からは大型の船は発見されていないのだそうです。
大型の船がないと成りたたないことを話題にしていた時の話です。
私は、「そのうちきっと発見される」と発言して、叱られてしまいました。
発見されてから、それをベースに話をしないと議論ができないと言われました。
これには残念ながら反論できませんでした。

物事の存在を認めるかどうかには、ふたつの姿勢があります。
「存在が証明されたこと」のみを存在するものとして考えるか、「存在しないことが証明されないかぎり」存在することを受け入れるかです。
科学万能、学問万能主義者、あるいは支配権力者は、当然前者ですが、生活者や庶民の多くは、後者でしょう。
いうまでもなく、私は後者です。
知を支配する権力側には立ちたくないからです。

ところで、知の世界は、確立した知から逸脱する知は排除するのが基本です。
ところがそれが否定された途端に、手を返したように態度はひっくり返ります。
いま話題のSTAP細胞も、その例の一つです。
これはとてもうまく認知されましたが、多くの場合は、そうはなりません。
知の権力から押しつぶされた知は、おそらく山のようにあるでしょう。

昨日はスリーA認知症予防ゲームのワークショップを認知症予防ネットの高林さんに来てもらって開催しました。
高林さんは早くから「認知症は予防できる」という思いで、このゲームの普及に取り組んできました。
当初は、厚労省から呼ばれて、痴呆(当時は認知症とはまだ言われていませんでした)は予防できないものだと叱れたそうです。
それもあって、なかなか理解されずに広がりませんでしたが、現場での実際の効果から、今は広がりだしています。
それよりも、認知症予防学会までできているのです。

20数年前に、土壌菌による水の浄化に取り組む内水護さんに会いました。
利権関係者からの邪魔立てでやはり普及せずに、嫌がらせも多かったようで、私に会うのも目立たないところでこっそり会うことを指定してきました。
まるで映画のようでしたが、どうやら内水さんの過剰防衛ではなかったようです。

最近、放射性物質の除染に取り組む人から協力要請がありました。
このブログでも書きましたが、多くの人ははなから相手にしてくれません。
放射線量が減少することなどないというのです。
しかし、放射性セシウムが非放射性化することがあるという実験報告は、現にあるのです。
この研究会は、友人と2人でスタートさせますが、放射線科学に詳しい人ほど否定的です。
つまり、知は人を無知にするのです。

私のように、組織や社会の枠組みから外れた生き方をしていると、こういう話はたくさんやってきます。
私は法学部の出身ですが、裁判では「疑わしきは罰せず」です。
それをもじって言えば、「疑わしきは信ずる」が、私の生き方の基本です。
だから私の世界には、宇宙人もいれば、UFOもあの世もあります。
科学的ではないと言われそうですが、私は現代が到達した小さな科学ではない、もっと大きな科学の信奉者なのです。
少し図に乗ってしまいました。
すみません。

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