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2014年2月

2014/02/28

■節子への挽歌2371:10年ぶりに知己が突然来てくれました

節子
早いもので、今年ももう2か月が経過しました。
今日は今年2回目のオープンサロンです。
今日は、湯島での用事はなかったのですが、掃除でもしようと思い、3時ころに湯島につきました。
ところが、湯島のオフィスについた途端に、電話がありました。
名前を聞いても思い出せなかったのですが、これから行ってもいいかという電話でした。
20分ほどして、やってきたのは、もう10年ほどお会いしていない人でした。
どこかにお会いした記憶がありますが、名前も思い出せません。
2回ほど、湯島には来たことがあるというのですが、記憶がよみがえりません。
しかし話しているうちに、だんだん思い出しました。
依然、世界観や哲学の話をしたような気がします。
それに、私と違って、かなり運動家だった気がします。
運動家と言っても、最近はやりのスポーツではなく、社会運動家です。
かなり過激な人だった気がしますが、今もその片鱗がありました。
間違っていたら申し訳ないので、名前を出すのはやめましょう。

たまたま今朝、アップした時評編を読んで、多辺田さんと同じような体験をしたことがあるので、来てくれたそうです。
その話もお聞きしました。
本来はサロンで、その話をしてもらうとよかったのですが、あまりにも時間が早かったので、サロンはまたの機会になりました。
しかし、久しぶりに、2人でゆっくりと話せました。
いささか時流を憂うる話が多かったですが、そういう状況の中で、何ができるかが、私たち世代の責任です。
その人には、ぜひ若者向けの塾をやってほしいと頼みました。

そういえば、節子がいたころは、こういう出会いがたくさんありました。
まだ私が、社会に向けて、メッセージを発していたからです
実に多彩な人たちがやってくるので、節子はいつも戸惑っていました。
あのころが、実に懐かしい。

ところで、その人はこのブログを読んでくださっているのです。
おそらく10年来の読者でしょう。
この間の、私の変わり様も.変わらない様も、いずれも知っているわけです。
それにしても、そうした人が10年の間をおいて、湯島にやってきてくれる。
これは実にうれしいことです。

さてそろそろオープンサロンの時間が近づいてきました。
10年ぶりの知己との話で、今日はいささか疲れました。
やはりあんまり体調がよくありません。
今日は誰も来ないといいのですが。
いや、せっかく、このために出てきたのですから、来てくれたほうがいいですね。
今日は聞き役に徹しましょう。

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■「人間に鈍感なシステマチックな世界」

ちょっと体制を刺激する文章を引用します。

警察では何事も「待たせる」ということが平気になっていて、恐ろしく時間に鈍感過ぎる、と思った。接見の弁護士さんや家族には情報を与えず延々と何時間でも平気で待たせる。あんなにも人を待たせることに鈍感になっているのは、警察官自身が警察内部で何も考えずにひたすら上からの指令を待つことに日常的に馴らされているからなのだろう、とその時思った。そう言えば、日本の官僚制システムとは、この「人間(他人)への鈍感さ」(つまり「人権感覚の無さ」=「思いやりのなさ」)によって上から下まで習慣化されている「鈍感なシステマチックな世界」なのだということに改めて思い至った。
いささか物騒な発言ですが、まだ現在は、これくらいの発言は見過ごされているようです。これは、昨年、デモに参加しようとして逮捕された多辺田政弘さんの報告記事の中の文章です。
多辺田政弘さんといえば、「コモンズの経済学」という本もお書きになっている元沖縄国際大学教授です。
私もその本を初めとした多辺田さんのお書きになったものから、多くのものを学ばせてもらい、忘れられないお一人です。
心臓の手術をしたとお聞きしていましたが、それが昨年、エントロピー学会の機関誌に、ご自身の逮捕劇の顛末を報告してくれました。
驚愕しましたが、同時に、想定される近未来の日常風景でもありました。
ちなみに、その報告は、ネットでも読むことができます。
http://seiko-jiro.net/modules/newbb/viewtopic.php?viewmode=flat&order=ASC&topic_id=1931&forum=1&move=next&topic_time=1366945834お読みいただければうれしいです。

多辺田さんはもう70歳近いはずで、しかも持病を抱えているにもかかわらず、デモに参加しています。
こうした人たちによって、今の社会はかろうじて、維持されているのだろうと思います。
私は、妻がなくなってから、デモには参加したことがありません。
脱原発に関する国会周辺の集まりには、何回か参加しましたが、単にそこに行っただけで、何もデモらしいことはしていません。
それではいけないとは思ってはいるのですが、気力が出てきません。
ですから、多辺田さんの行動には刺激されます。
自己嫌悪にも陥りました。

1年も経って、いまさら多辺田さんの手記を思い出したのは、最近、テレビを観ていて、官僚システム(それは、良し悪さは別にして、ある意味では人間への鈍感さに支えられている面があると私は思っています)だけではなく、官僚システムを活かしていくべきリーダーにも、「人間への鈍感さ」を、強く感じるからです。
そして、それが生活の場である社会全体にも、広がっているような気がするからです。
つまり、私自身の生き方も、そうなってしまっているのかもしれません。

私たちの生き方から、もしかしたらいま、人間への思いやりがどんどんと消えている。
そもそも「絆」とか「つながり」とかいう言葉が、これほど使われるということ自体、そのことを象徴しています。
「人間に鈍感なシステマチックな世界」は、決して警察や官僚の話ではなく、私たち、生活者の世界のことなのかもしれません。
多辺田さんが指摘している、「ひたすら上からの指令を待つこと」は、多くの日本の現代人の習性になってしまっているのかもしれません。

そう思って、1年前の機関誌を引っ張り出して、読み直してみました。
そして、多くの人にも読んでほしいなと思った次第です。

今日は金曜日、久しぶりに国会に行こうかとも思いましたが、あいにく最終金曜日なので、湯島でオープンサロンです。
こんな話を今日は私から話させてもらおうかと思っています。
念のために言えば、体制批判ではなく、自己批判として、です。
よかったら遊びに来てください。

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2014/02/27

■節子への挽歌2370:悲しさの陰

節子
なかなか春にはなりません。
今日も寒い1日になりました。

愛する人を亡くした人には、どこか陰があります。
元気そうに見えても、どこかにさびしさがある。
ひょっとした拍子に、それが現れます。
そして多くの場合、それは同じ立場を体験した人にしか見えないかもしれません。
昨日、そんなことを思いました。

昨日、久しぶりに何人かの従兄弟たちと会食しました。
そのなかに、3年ほど前に息子を病気で亡くした従兄がいたのですが、いつもよりもどことなく言葉が少なかったのです。
話のなかでは、節子の話もそうですが、その息子さんの話も、みんな意識してかしないかは別にして、話題には出ませんでした。
むしろみんな避けていたかもしれません。
しかし、別れ際に、その人が私のところに来て、時間が解決することなどないね、とささやきました。
あなたの気持ちがよくわかったよ、とも言ってくれました。
おかしな話ですが、なぜかうれしい気持ちでした。
愛する人を喪った気持ちは、なかなかわかってはもらえないからです。

しかし、伴侶よりも、息子に先に行かれるほうが、悲しさや寂しさは強いかもしれません。
その人は、もう3年ほど経ちますが、立ち直れていないことが伝わってきました。
そして、みんなの前で、その人はその言葉を押さえていて、私だけにささやいてきたことに、少し後悔しました。
変な気遣いをせずに、むしろ息子さんの話題を出した方がよかったのかもしれません。
もし私だったら、そのほうがよかったなと反省しました。
自分の体験が活かせていませんでした。
中途半端な思いやりは、あまりよいことではありません。

しかし、立場が違うと、そう簡単な話でもありません。
やはりこの種の話は、難しい。
悲しさの陰は、陰のままにしておくのがいいのかもしれません。
言葉だけで話し合うのは、難しい話題なのかもしれません。

愛する人を喪うと、人生は変わってしまいます。
改めてそう思いました。

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■ビットコインと通貨

仮想通貨と言われているビットコインの取引所のひとつが、取引を停止し、その危うさが問題になっています。
朝日新聞に、ビットコインと通貨の違いの表が出ていました。
ビットコインに関しては、新聞やテレビで報道されていることしか知らないのですが、ちょっと気になったのは、「仮想通貨」という言葉です。
私自身は、円やドルという通貨も、「仮想通貨」だとずっと思っていたからです。
いや、通貨とは、そもそもが、仮想上の概念であり、その仮想が崩れれば、まったくといっていいほど価値のないものなのだろうと思います。
そして、問題は、その「仮想」を管理するのはいったい「誰か」ということです。

円に関しても、私はそう考えていますので、現在の「円やドルの上に構築されている金銭経済」を基準にして、生活を成り立たせることに、身を任せられないわけです。
だれかが管理する仮想の世界に呪縛されたくないからです。

ビットコインではありませんが、最近、私もスイカとかIDなどのカードを多用するようになりました。
たしかに利便性が高く、しかもお金を使った気分にならないので、相手への感謝の念も高まります。
それが問題だとも言われていますが、通貨を介さないことが、私には合っています。
なぜかといえば、そうしたものは、いわゆる交換手段にしかならず、決してそれ自体で価値を生み出さないからです。
そこには、複雑な金融工学の魔手は及びません。

私たちはともすると、通貨に価値を感じてしまいます。
眼の前に100万円の札束を積まれたら、私でもクラクラっとしてしまいかねません。
そして、その通貨で利殖したいと思うかもしれません。
そこからたぶん通貨を管理している人たちの思う壺に入っていってしまうのでしょう。
でも、スイカであれば、そんなことはありません。

通貨とはいったい何なのかを改めて考えてみる材料を、ビットコインは教えてくれているように思います。

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2014/02/26

■節子への挽歌2369:一緒のいる時間の大切さ

節子
もう30年ほど会っていなかった従弟が、東京に来るというので、首都圏在住の従兄弟たちにも声をかけて、久しぶりに会食しました。
みんなそれぞれに歳をとり、なかなか会う機会も少なくなりました。

人生は、人それぞれです。
歳をとるにつれて、それぞれの人生に埋没して、なかなか会う機会がなくなりがちです。
逆に、兄弟姉妹でも利害関係や感情のもつれから、疎遠になることもあります。
私は2人兄弟ですが、価値観の違いから、会うとほぼ必ず論争になります。
それでも、幸いに住んでいるところが近いので、会う機会は多いです。
人のつながりは、会う時間の長さに大きく影響しています。

先日、ある集まりで、若者たちに、いまの社会で一番欠けているのは何かを訊いてみました。
最初に答えた若い女性は、「家族のつながり」と言いました。
どうして家族のつながりがなくなってきたのかと質問したら、「一緒にいる時間が少ないから」と答えました。
人のつながりは、一緒にいる時間や共通の体験によって、深まります。
ただし、そこに上下関係や拘束関係があれば、つながりもおかしなものになりかねません。
「絆」という言葉には、そうした要素がたぶんに含まれているため、安直に使うべきではないと私は思っています。
これは、東北被災地で活動していた医師の岡部さんから教えてもらったことです。

私と節子もまた、一緒にいる時間によって、その関係は大きく変わったように思います。
私たちが、お互いに深く理解しあえたのは、私が会社を辞めてからです。
お互いに、それまでは見えてこなかったことが見え始めました。
もし、私が会社を辞めていなかったら、私と節子の関係も変わっていたかもしれません。
この挽歌も、書かなかったかもしれません。

離婚が話題になるほどの夫婦の話が、時々、耳に入ってきます。
どんなに喧嘩をしていても、価値観や性格がちがっていても、対等な関係で一緒にいる時間が積み重なっていけば、つながりは深まります。
DVなどがある場合は別ですが、会話がないとか、好みが違うとか、そんなことであれば、離婚はしないほうがいいでしょう。
会話がなくても、いつか一緒に暮らしていたことが、大きな価値を持っていることに気づくことがあるものです。

なにやら従兄弟での会食の話とは違うことを書いてしまいました。
念のために言えば、会食では、そんな話は一切出ませんでした。
幸いに、私が苦手な昔話もほどほどでした。
何を話したでもないのですが、あっという間の5時間でした。

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■人には共存できないものもある

今日の朝日新聞の朝刊のトップ記事は、「再稼動進める」明記、という見出しで、新たなエネルギー基本計画の政府案に、原発の新増設までもが盛り込まれたことを報じています。
ところが、その隣に、福島原発事故で全町民が避難を続けている、福島県双葉町の役場の写真が掲載されています。
見出しは、「時は止まったまま無尽の役場」となっています。
事故後、初めて朝日新聞記者が入って、撮った写真だそうです。

この紙面を見ながら、人間の思考の柔軟性に、改めて感心しました。
この2つの報道記事を見ていたら、普通は頭が混乱してくるはずです。
しかし、その2つの記事が、何の違和感もなく、そして関連付けられることもなく、ただただ並んでいるのです。
そして、たぶん多くの人は、それぞれを違和感なく読み流すことでしょう。
そういえば、つい最近の高汚染度の水が200トンも漏洩したことが報道されましたが、もう多くの人は驚きさえしないでしょう。
人は、現実に慣れていくものです。
まったく正反対の事実でも、違和感なく、受け入れてしまうかもしれません。
原発事故の恐ろしさを体験したにもかかわらず、その原発と共存しながら生きていくことができるのが人間なのかもしれません。

しかし、同じ新聞の39面に、60年前にビキニ環礁での水爆実験で被曝した第5福竜丸の乗組員だった大石又七さんの「語り部活動」の記事があります。
大石さんは、「放射能の恐ろしさを政治家たちは隠している」と言います。
大石さんが、80歳の高齢で、しかも脳出血を起こした後までも、その恐ろしさの講演を続けているのは、「核兵器も原発も、人類とは共存できない」という信念を、一人でも多くの人に伝えたいからだそうです。

エネルギー基本計画を決めた政府閣僚の人たちの「信念」と大石さんの「信念」は大きく違います。
私は、やはり、大石さんの信念を支持します。
どんなに柔軟であろうとも、人には共存できないものもある。
いや、共存してはいけないものがある、と私も思うからです。

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2014/02/25

■節子への挽歌2368:メッタ・スッタ

節子

平安の境地にある人は
心身ともにすこやかで
言葉優しく 誠実で
うぬぼれることはない
これは上部座仏教の根本経典「メッタ・スッタ」の最初の言葉です。
「メッタ・スッタ」のことは、昨年、佐久間庸和さんに教えてもらいましたが、佐久間さんが、ご自分が訳した「慈経 自由訳」(三五館)を送ってきてくれました。
ブッダの生き方が、10項目に凝縮されたものです。

そもそも「経」とは、根本的な原理原則のことであり、生き方における芯の柱のようなものであり、自らの生き方を顧みる重要な視点を提供してくれるものです。
佐久間さんは、「メッタ・スッタ」を「慈経」と訳しました。
とても共感できます。
しかし、読んでみると、やはりいまの私の生き方は、あまりに未熟です。

冒頭に紹介した、最初の項目はどうでしょうか。
読んでまず感じたのは、私自身がいまだに「平安の境地」にはないことです。
節子がいなくなってから、ひと時たりとも平安だったことはありませんが、
しかし、最近は、それ以上に「平安でない」自分を感じます。
言葉が粗雑で、時に他者のみならず自らを裏切り、うぬぼれることは決して少なくありません。
そのために、心身ともに健やかではないのです。
そのせいか、昨年末くらいから、身体さえもがガタガタになってしまっているのです。

その結果か、その原因かは、わかりませんが、いまの時世にも怒りを感じます。
時世だけではなく、今を生きている同時代人にも、怒りを禁じえない。
節子がいたら、まだその怒りを少しは減じてもらえたかもしれません。
怒りは、その存在をわかってもらえている人がいるだけでも、大きく緩和されるものです。
吐き出さないと、怒りは沸々と強まってしまうのです。

どうしたら「平安」になれるでしょうか。
それは、たぶん、なろうと思ってなれるものではないでしょう。
なろうと思う気持ちをなくした時に、突然に訪れてくるのかもしれない。

慈経は、「慈しみの心」こそが、平安に通ずると説いています。
その「慈しみの心」が、最近、私の心身から少し逃げ出しているのです。

すべての
生きとし生けるものが
幸せであれ
平穏であれ
安らかであれ
これは、小さい頃からの私の信条だったはずです。
ところが最近、どうもそう思えないのです。
そう思えない自分に気づくことほどさびしいことはありません。
「慈しみの心」が、また戻ってきてくれることを祈らねばなりません。
節子は戻ってはこないでしょうが、「慈しみの心」は戻ってくるかもしれません。

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■節子への挽歌2367:春に花を咲かせる生命力

節子
今日はとても気持ちのよい、春を感じさせる日です。
午前中は自宅で、少しぜいたくな時間を過ごしています。
昨日、書きましたが、やはり少し生き方を見直したほうがいいでしょう。
そうすれば、社会への怒りも鎮まるでしょう。

わが家はリビングとダイニングがつながっていますが、午前中はダイニングへの日当たりがよく、そこで外を見ながら、George Winston の SUMMER をCDで聴いています。
George Winstonを聴くのは久しぶりです。
どこか探せば、彼の SPRINGもあるはずですが、まあ探すのも面倒なので、リビングに出しっぱなしになっていたSUMMERを聴いているわけです。
一昨日、金田さんから届いたチューリップが、陽射しを受けて輝いています。
朝から3杯目の珈琲を飲みながら、外の手賀沼を見ていると、心がやすまります。
そういえば、昨日、佐久間さんから上座部仏教の根本経典「メッタ・スッタ」の自由訳が届きました。
それも読むことにしましょう。
実に久しぶりの、内省の時間です。

本来であれば、ここに節子がいて、意味もない会話を楽しんでいるはずだったのです。
そう思うと、一瞬にして、心のやすらぎは消えてしまい、さびしさに襲われます。
内省へと心が向うまでには、どうもまだ未練から抜け出せていないようです。
それに、George Winstonのソロピアノは、いかにも回顧的です。
選曲を間違えてしまったようです。

しかし、何もしないで、外を見ていると、たしかに自分の生き方のおかしさに気づきます。
こんなにのどかで気持ちのよい世界がある。
にもかかわらず、どうしてみんな外もあまり見えないところで、多くの時間を過ごさなければいけないのか。
いえ、他者の話ではなく、私はなんで一番活動できる時に、暮らしと切り離した仕事に、あれほどの没頭していたのだろうか。
それで、いったい、何が変わったというのか。

ガラス越しにぼんやりと外を見ていると、庭の花が咲き出していることに改めて気づきます。
春が来れば花が咲き出す。
土台、何かを変えようなどと思うことに間違いがあるのかもしれません。
すなおに生きることこそ、世界を変えることかもしれません。
いや、自分を変えることかもしれない。
植物の生き方に学ばねばなりません。


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■気温の上昇が先で二酸化炭素の増加が後である

相変わらず福島の原発事故現場では、「コントロール」を逸脱したトラブルが頻発しています。
にもかかわらず、一方では、避難地区の解除の動きも報道されています。
今朝の朝日新聞には、60年たっても故郷に戻れないビキニ島民たちのことが1面のトップ記事になっていますが、そんな間接話法はやめて、福島の問題をもっときちんと報道すべきだろうと思います。
最近のマスコミは、二枚舌を使うようになってきた感じがします。
だから、読者はわけがわからなくなりかねません。

ところで、先日、「いまさら訊けない放射能」というサロンをやった時に、二酸化炭素による地球温暖化仮説の話を少しだけさせてもらいました。
原発推進の根拠とされたのが、脱二酸化炭素のクリーンエネルギー論であり、発電コストの安さでした。
いずれも、ほんの一部だけを取り出した議論ですが、マスコミがそれを増幅したために、いまもなお多くの人はそれを信じているようです。
一度、思い込んでしまうと人はなかなか考えを変えられません。
学んだことを前提に、自分の世界をつくりあげていくからです。
知とは無知のことだといったソクラテスは、アテネの市民によって死刑にされましたが、同じようなことが現代の日本においても相変わらず行なわれています。

ところで、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)といえば、ノーベル平和賞を受賞した組織ですが、商業主義に魂を売ったノーベル賞の化けの皮をはがしたとして、話題にもなったところです。
私は、オリンピック同様、ノーベル賞も、いまや完全に金銭儲け主義者たちに乗っ取られてしまったという「偏見」を持っていますが、まだ日本ではIPCCは「権威」ある存在なのでしょう。
そのIPCCの最近(といってももうかなり前ですが)の報告書に、「気温の上昇が先で二酸化炭素の増加が後である」と明言されているようです。
私は、その報告書をネットで拾い読みしかしていないので、「ようです」としかいえないのですが、これはたぶん多くの人の常識には反するでしょう。
つまり、地球温暖化は二酸化炭素の増加のためではないということです。
天文学的な大きな流れの中で、地球の温暖化が進み、その結果、地表の二酸化炭素濃度が増えているというわけです。
もっとも、以前も書きましたが、私自身は地球の温暖化にも疑問を感じています。
仮に温暖化しているとしても、それはもっと長期的な問題として把握すべきで、少なくとも数十年の単位であれこれ騒ぐ話ではないだろうと思っています。
科学の話と日常生活の話を混同してはいけません。

むしろ問題の構造化が、あまりにも短絡していることに、作為を感じます。
二酸化炭素増による地球温暖化の危機 → 二酸化炭素を出さない原発はクリーンなエネルギー → だから原発を推進しよう。
つまり、原発の発電コストが水力や火力より安いということが、原発推進のために作られた「嘘」だったように、二酸化炭素問題を広げたのは、原発指針のためだったのかもしれません。
もしそうならば、原発を進めたのは、核兵器のためだったという見方も、あながち否定できないかもしれません。

世間で喧伝される話には、どうも大きな「裏」がある。
そう思って、マスコミの報道に対峙しないといけないようです。

私自身は「権力」や「権威」が明言する話には、いつも懐疑的です。
しかし、現場の名もない人の発する話には、いつも共感を持つようにしています。
そこに、間違いのない「真実」を垣間見るからです。

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2014/02/24

■節子への挽歌2366:「自分が何をやっているか、もっと見ろ」

節子
今日の挽歌のタイトルは、時評編と同じです。
タイトルだけではなく、中味もほぼ同じです。

タイトルの言葉は、映画「ボーン・アルティメイタム」に出てくる言葉です。
屋上に追われた主人公のボーンに銃を向けた「殺し屋」に向って言う言葉です。
その殺し屋は、その少し前にボーンに助けられのですが、彼の「なぜ殺さなかったのか」という問いかけに、ボーンが応えた言葉です。
この映画は、DVDで、もう10回以上観ていますが、なぜか、いつもこの言葉が引っかかっています。
その理由が、今日、初めてわかりました。

昨日、「石器時代の経済学」について言及しましたが、先週、その本を読み終えてから、何か自分の生き方が基本的におかしかったのではないかという気がしてきました。
なんでこんなに忙しく生きてきたのだろうかという思いが強まってきています。
なんとなく、そのおかしさには気づき、25年前に会社を辞めたのですが、結局、その後も生き方は変わりませんでした。
主体的に生きる姿勢は強まりましたが、逆にさまざまなことに好奇心をかきたてられ、時間破産を続けるようになりました。
考えてみれば、その私の時間破産の生活に、節子を巻き込んでしまったのです。
しかも収入は、不安定になり、借金までたまりました。
ハッと気づいて、生き方を変えようと思った矢先に、節子の胃がんが発見され、4年半後に節子を見送る羽目になってしまいました。
それ以来、いまだに立ち直れずにいます。

この挽歌編を読むとわかりますが、今の私は「腑抜けな生き方」になっていると思います。
節子がいるときに、なぜあんなに忙しく生きていたのかと思うと元気が出ないのです。

ボーンの言葉は、私自身に向けられた言葉だったのだと、今日、気づきました。
自分の生き方が、もしかしたら、節子を早く旅立たせたのではないのか。
もしそうだとしても、もう取り返しがつきません。
救いのない人生を、これからも続けなければいけませんが、ボーンの言葉は、もしかしたら、そこから抜け出せといっているのかもしれません。

「自分が何をやっているか、もっと見ろ」。
そして、
「自分が何をやっていないか、もっと見ろ」。

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■「自分が何をやっているか、もっと見ろ」

タイトルの言葉は、映画「ボーン・アルティメイタム」に出てくる言葉です。
屋上に追われた主人公のボーンに銃を向けた「殺し屋」に向って言う言葉です。
その殺し屋は、その少し前にボーンに助けられのですが、彼の「なぜ殺さなかったのか」という問いかけに、ボーンが応えた言葉です。
この映画は、DVDで、もう10回以上観ていますが、なぜか、いつもこの言葉が引っかかっています。
その理由が、今日、初めてわかりました。

昨日、「石器時代の経済学」について言及しましたが、先週、その本を読み終えてから、何か自分の生き方が基本的におかしかったのではないかという気がしてきました。
なんでこんなに忙しく生きてきたのだろうかという思いが強まってきています。
なんとなく、そのおかしさには気づき、25年前に会社を辞めたのですが、結局、その後も生き方は変わりませんでした。
主体的に生きる姿勢は強まりましたが、逆にさまざまなことに好奇心をかきたてられ、時間破産を続けるようになりました。
ハッと気づいて、生き方を変えようと思った矢先に、妻の胃がんが発見され、4年半後に妻を見送る羽目になってしまいました。
それ以来、いまだに立ち直れずにいます。

このブログには、挽歌編が並行して書かれていますが、それを読むとわかりますが、がんばっているようでも、どこか「腑抜けな生き方」になっていると思います。
妻がいるときに、なぜあんなに忙しく生きていたのかと思うと元気が出ないのです。

ボーンの言葉は、私自身に向けられた言葉だったのだと、今日、気づきました。
いや、私だけにではありません。
現代を生きる多くの人に向けられているのです。

私は「殺し屋」ではないのですが、もしかしたら、たいした違いはないのかもしれません。
誰でもよかったと自動車を歩道に乗り上げた若者が、また報道されています。
実に悲しい事件ですが、その責任は、こんな社会にしてしまった私たちにあることは否定できません。
「自分が何をやっているか、もっと見ろ」。
そして、
「自分が何をやっていないか、もっと見ろ」。

自分の生き方が社会をつくりだしているのです。

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2014/02/23

■「貧困は文明とともに成長してきた」

タイトルの「貧困は文明とともに成長してきた」は、経済人類学者のマーシャル・サーリンズの言葉です。
少し前の記事で、「経済成長と格差」についての2つの関係を書きました。
そのことからいえば、格差をなくす文明と格差に支えられる文明があるのかもしれません。
サーリンズの代表的な著作「石器時代の経済学」の第1章は、「始原のあふれる社会」です。
それは石器時代の社会が、豊かさであふれる社会だった意味です。
しかし、それに続く章で、その豊かさは現代の私たちが考える豊かさとは違うこともまた書いています。
おそらく石器時代の文明と現代の文明は、価値基準が違うのでしょう。
実際には、私たちは石器時代には「文明」がなかったと考えているわけです。

その著書からいくつかの象徴的な話を引用してみましょう。
たとえば、サーリンズはこう書いています。

一人当りの労働量は、文化の進化につれて増大し、余暇量は減少したのである。
狩猟=採集民(とりわけ、限界的な環境にすんでいる人々)についての、昨今の民族学的報告によると、20世紀の狩猟=採集民は、食べ物の生産のために、成人労働者一人一日当り、平均3時間から4時間しかついやしていないのだそうです。
では、それ以外の時間はなにをしていたか。
睡眠時間が多かったことだけは事実です。

また、サーリンズは、狩猟民にとって「富は重荷」だと書いています。
移動することが多かった彼らにとって、文字通り「重荷」になるからです。
サーリンズは、こう書いています。

狩猟=採集民は、何ももたないから、貧乏だと、われわれは考えがちである。むしろそのゆえに彼らは自由なのだと、考えた方がよいだろう。「きわめて限られた物的所有物のおかげで、彼らは、日々の必需品にかんする心配からまったくまぬがれており、生活を享受しているのである。
それでも当時は安定した食べ物が確保されずに、飢餓に陥ることが多かったのではないかと私たちは考えがちです。
たしかにそうだったでしょう。
しかし、サーリンズは、こう鋭く指摘します。
今日の世界においても、人類の3分の1あるいは2分の1もが、毎晩空き腹をかかえて、寝につく、といわれている。石器時代では、その比率は、もっと小さかったにちがいない。前代未聞の飢えの世紀、それが現代なのだ。いま、最大の技術力をもっているこの時代に、飢餓が一つの制度となっている。古ぼけたあの定式を、いまやこう転倒させよう。文化の進歩につれて、飢えの量は、相対的にも絶対的にも増大してきた、と。
人類は、富みながらかつ同時に貧しくなってきた、という、サーリンズの言葉に、私はとても共感しています。
この流れからぬめることは可能でしょうか。

格差をなくすことを経済成長と考える経済学が生まれれば、それができるかもしれません。
アメリカでは、すでに「ケアリング・エコノミクス」なる発想が生まれています。
経済成長の意味を変える時代が来ているように思います。

ちなみに、サーリンズが指摘していることは、日本社会においても、この50年間の変化のなかにも読み取れることかもしれません。

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■節子への挽歌2365:今年もチューリップが届きました

節子
今年も新潟のチューリップがどっさりと届きました。
大雪のために、今年もまた大変だったようですが、いつものように金田さんが送ってくれたのです。
早速、節子に供えさせてもらいました。
位牌壇がとても華やかになりました。

Tulop14

前にも書きましたが、わが家の位牌檀は小さなサイズです。
ですから、位牌も含めて、みんな小さいのです。
真中に座している大日如来は、ジュンが製作し、家族で開眼し、お寺のご住職に魂を入れてもらったものです。
きちんと智賢の印を結んでいます。
脇持の菩薩は月光です。
これは東大寺の3月堂の月光菩薩のミニチュアです。
いつか渡岸寺の十一面観音のミニチュアもお呼びしたいのですが、最近は渡岸寺におまいりに行く機会がありません。

その小さな位牌檀には、たくさんのチューリップは入りませんので、いつも、位牌檀の前に花台を置いています。
その花台がいるも賑わっているのは、うれしいものです。

庭のチューリップは、最近はあまり元気がないので、昨年、球根を植えておいたのですが、それも少しずつ芽を出し始めました。
今年はいつもよりも賑やかになるでしょう。

雪も融けて、ようやく春が近づいてくる感じです。
春になったら、私ももう少し元気になるでしょう。

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2014/02/22

■オリンピックの特殊な雰囲気

最近のテレビはオリンピックの報道で埋め尽くされているような気がしますが、そのため、オリンピックに無関心の私でさえ、見る機会が増えています。
しかし、感ずるのはやはり、スポーツの痛々しさです。
「オリンピックの特殊な雰囲気」というような言葉がよくつかわれていますが、それはどういう意味なのでしょうか。
みんなを異常にさせる何かがあるのでしょうか。
その言葉からは、単に大きな大会だから緊張するというような意味を超えたものを感じます。

メダルを獲得した人はいいのですが、獲得できなかった人の痛々しさも感じます。
浅田選手のショートプログラムとフリーのあまりにも大きな格差は、なぜ起こったのでしょうか。
SPは責任感を背負ったあまり動けなくなり、フリーはメダルから解放されてのびのびと滑れたからでしょうか。
どこかにおかしさと痛々しさを感じます。

アクロバットのような種目も増えました。
これが何でスポーツなのかと思うのは、私の偏見でしょうか。
それに人間の感覚では識別できないようなわずかな時間差で優劣が決まるのも私には馴染めません。
もっとおおらかにスポーツを楽しむことはできないのでしょうか。

メダルを獲得すると報奨金が出るところが多いそうですが、今回もある国の選手は、金メダルを3つ獲得した結果、普段の年収の64年分の賞金を得たという報道が今日のテレビで流れていました。
どう考えてもおかしいように思います。
もっとも田中将大選手への年収に比べたら、大したことはないのかもしれません。

オリンピックが政治に利用されるのは仕方がないとしても、スポーツそのものが変質してしまっているような気がしてなりません。
これも「汎市場化」という流れのひとつなのでしょうか。

やはりオリンピックは好きになれません。

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■『いまさら訊けない放射能について』サロンの報告

昨夜、湯島で『いまさら訊けない放射能について』をテーマにサロンを開きました。
技術カフェのメンバーの石井さんの呼びかけです。
FBでも呼びかけましたが、結局、技術カフェのメンバーだけになりました。
しかも参加者は4人だけでした。
以前は、原発や放射性汚染のテーマだとかなり関心を持ってもらえましたが、最近はどうも「終わった話」なのかもしれません。
石井さんが、問題を少し整理してくれましたが、情報が多すぎて資料は完成していないようでしたが、それを材料に少しみんなで話し合いました。
しかし、情報が多いということは、逆に事実を見えなくします。
さまざまな数値はありますが、それがどういうものかよくわかりません。
藤永さんは、このサロンのために放射線などに関する本を5,6冊購入して読んでいるようで、その本も持参してくれました。
しかし、今回はそこまで議論が行きませんでした。

私も、わが家で放射線量を2回、測定しましたが、ちょっとした場所の違いや高さの違いで、データは変わります。
どれを使うかで、測定値は全く変わります。
あるいは、10ミリシーベルトが果たして人体にどういう影響を与えるかも、専門家といわれる人によって評価はさまざまです。
私は、福島原発事故の半年後ほどに、日本原電の役員だった技術者から、「佐藤さん、飯舘村だって人が住んでも大丈夫なんですよ」とはっきり言われました、
その人が悪意を持って「嘘」をついたとは思えません。
その人は、そう確信しているのです。
ことほど左様に、事実は見えません。
セシウム134は半減期が短いので、もうたぶん1/3くらいになっており、農業関係者に聞くともう大丈夫だと言います。
私が住んでいる我孫子市はホットスポットになったところですが、農地の除染は解決したと農業をやっている人も行政職員も言います。
そんな馬鹿なと私は思っていますので、わが家の家庭農園への取り組みのモチベーションは高まりません。
セシウム137は半減期は長いのでまだ残っているはずですし、さらに半減期が長いプルトニウムはどうなっているのでしょうか。
ただただ半減期の短いセシウム134だけが話題になります。
福島の除染活動にも接点のある人も参加していましたが、実際にはなかなか実態は見えてきません。
結局、話し合いの結果、わかったことは、実態が見えていないことでした。
放射線科学に関するさまざまな知識を得ても、結局、何も見えてこない。
やりきれなさが残ります。

日本ではまだ二酸化炭素が地球温暖化の主原因だという説(原発を後押しする主張です)や原発こそが発電コストが安いという話がまかり通っています。
いずれも事実ではないことは、少し調べればわかることですが、ほとんどの人は調べる気もありません。
福島での汚染水の漏洩にも、もうだれも驚かなくなりました。
お金の威力には驚かされます。

これでいいのかとみんな思いました。
自分たちはいいけれど、子どもたちに顔向けができないのではないかというのが参加者みんなの思いでした。
そして、その意識が、私たちのいき方の問題へと繋がっていきました。
放射性汚染問題にどう取り組むかは、まさに私たちの生き方の問題なのです。

もう少しこういう話を続けたい。
それが呼びかけ人の石井さんの結論でした。
継続開催する予定です。
この問題に動き出さない技術者たちには私は強い怒りを感じていますが、技術者だけの問題ではないことを改めて自覚しました。

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2014/02/21

■節子への挽歌2364:ちょっと昔の世界に戻ってみましたが

節子
またパーティに参加してしまいました。
前にも出て、場違いな感じを持ってしまったのですが、なぜかまた出席する気になってしまいました。
人は懲りないものです。
ついでに、これまた久しぶりに講演まで聞いてしまいました。
パーティの前に基調講演があったからです。
これも誘われた時に、なぜか講演も聞くよと言ってしまったのです。
講演は「東京再生」に関する話で、なんと講演した伊藤滋さんは、勢いに乗って2時間も話されました。
私は、東京がますます劣化する昨今の流れには大きな違和感がありますが、伊藤さんの話はそれを超えて、話として面白かったので、退屈しませんでした。
しかし、話を聞きながら、私が25年前に離脱した世界は、今も変わることなく存在し、動いていることを、改めて実感しました。
私は、そうした動きが好きにはなれませんでしたが、節子は好きだったかもしれません。
再開発された、新しい東京に行くのが好きでしたから。
もし今も節子がいたら、楽しんでいたかもしれません。

会社時代の私と会社を辞めてからの私とは、世界が全く変化しました。
簡単に言えば、お金で動いている世界から、生活で動いている世界です。
あまりの急変に、節子にはもしかしたら、負担をかけたかもしれません。
それまでは定期的に入ってきた収入がなくなり、貯金は底をつき、不安を感じさせたこともあったかもしれません。
退職金は、とんでもない無駄づかいで、なくしてしまいましたし。
しかし、節子は、私のそうした生き方の変化に賛成していたことは間違いありません。
そこが、節子のおかしなところかもしれません。

会社を辞めた後、私の価値観は180度変わったのですが、会社の世界を離れても、どこもかしこも、やはり「お金の世界」でした。
それに反発を感じながらも、しかし時に、お金がほしくて、迎合的な仕事をしたくなる自分にも、時々出会いました。
しかし、私の新しい生き方が大きくはぶれずにこられたのは、節子のおかげです。
節子もまた、お金にはおどろくほど無関心で、お金がなくとも愚痴をこぼしたことがありません。
今にして思えば、時には少し「ぜいたくさ」を体験させてやりたかったです。
こんなに早く逝ってしまうとは、思ってもいなかったからです。
ちなみに、節子は再開発された東京に出かけても、ほとんどお金は使いませんでした。お金がなかったからでもありますが、たぶんそれだけではありません。
節子もまた、私以上に、普段はつつましかったのです。
時々、わけのわからない消費をするところは私と同じでしたが。

昔の世界に、昨日はちょっとだけ戻った気分でした。
パーティでは数名の旧知の人に会いましたが、みんなやはり向こうの人のような気がしました。
私の偏見かもしれませんが、私にとっての現世は、やはりかなり大きくゆがんでいるようです。
節子と一緒にいる時の、平安さは、なかなか最近は味わえません。


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■経済成長と格差

昨日、日本地域開発センターの50周年記念の交流会に参加しました。
パーティの最初にあいさつされたのが、伊藤光晴さんでした。
と言っても、ご存じない方も多いでしょう。
市民社会派の経済学者で、もう80代の後半のはずです。
マルクス経済学にも近代経済学にも偏ることなく、さらに狭義の経済学にも閉じこもることなく、技術や経営や社会にも視野を広げて議論し、しかもとてもわかりやすい本を書かれています。
私に、経済学に関心を持ち出すきっかけを与えてくれたおひとりです。
残念ながら直接お会いしたことはなく、正直、今はもうお名前さえすっかり忘れていました。

日本地域開発センターは、フォード財団と日本の経済同友会の資金提供を受けて、活動していた組織ですが、創立50周年ですから、できたのは1960年代半ばでしょう。
私が大学を卒業したころです。
当時、伊藤さんも、日本地域開発センターに関わっていたようですが、その回顧談を少しだけしてくれたのです。
そこに、当時は、格差を解消することで経済成長が実現できた、という話がありました。
ハッとしました。
経済成長は格差を拡大することで成り立つと、最近は思い込みすぎていました。
交流会の後、若い世代のアントレプレーたちにお話しさせてもらう予定でしたが、その大きな筋立ての一つが、脱経済成長論でもあったからです。

1950~60年代は、たしかに格差是正と経済成長が共存していました。
生活を豊かにする経済成長というのもあるわけです。
とすれば、経済成長と格差の問題は、もっとしっかりと考えなければいけません。
言い換えれば、同じ「経済成長」という言葉でありながら、たぶん、その意味は違ってきているのです。
いや「経済」の概念それ自体がやはり違っているのでしょう。

昨夜の私の講演は、そうした経済学が全く変質してきたことも筋立ての一つだったのですが、もう少し整理する必要がありそうです。
伊藤さんは、格差是正が経済成長につながることに関して、フォード財団の思想にも一言だけですが、言及しました。
フォードが自社の社員が自動車を買えるように、日給を倍増させた話です。
ところで、もう一人、お話しされた98歳の某長老は、名古屋のオリンピック招致を止めるために尽力した話をしてくれました。
当時は、経営者も経済学者も、みんなまともだったように思います。
どこでどう流れは変わったのでしょうか。

経済成長批判よりも、格差是正につながる経済成長論を考えなければいけません。
やはり時には昔の人の話を聞くのもいいものだと思いました。

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2014/02/20

■原発再稼動路線が加速されだしました

原発再稼動路線が確実なものとなり、そちらに向って動き出しました。
その先に、日本の核武装化が見えてきますが、それを支える軍国主義化も、しっかりと進んでいる気がします。
とても恐ろしい気がしますが、その世界に馴染んでしまえば、居心地がいいのかもしれません。

私の知人たちの多くは、原発再稼動派です。
社会の公職や企業の役員の任にあった友人たちは、ほとんど例外なくそんな気がします。
会った時に、原発の話など出せば、お互いに不愉快になるので、出さないようにしてしまいがちです。
いや、それを思うと、会うことさえ避けたくなっています。

逆に、原発などどうでもいい、むしろいまの生活を支えるのが精一杯だという友人知人も少なくありません。
そういう人たちもまた、結局は原発再稼動派になっているでしょう。
大勢に加担するのが、無関心派ですから。

きちんと事実を把握した上での原発推進であれば、話し合いようもあります。
しかし多くは感情論的に賛成し反対する人が多いですから、議論は深まりません。

原発の恐ろしさや非経済性を認識している有名人たちも、結局は、原発ゼロには加担しません。
彼らは逃げ場所も持っていますし、いかようにも動けるように注意して言動しています。
彼らにとっては、7代先の子孫よりも、いまの自分の生活が最優先なのでしょうか。

それにしても、福島の原発事故で、あれだけの被害を見聞し体験してもなお、脱原発にならないのはなぜなのでしょうか。
昨日も福島の高汚染水が漏洩していたようですが、もうみんな慣らされてしまって、危機感さえ持たなくなってきています。
事実はどんどん忘れ去られ、直接被害を受けた福島の人たちの体験や思いは伝承されずに消えてしまいそうです。

オリンピックに興じている時ではないように思えるのですが、オリンピック報道の後ろで、不気味な動きが深まっているのが気になります。

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■節子への挽歌2363:いろんな人から話しかけられる夢を3日見続けています

節子
最近、よく夢を見ます。
時に、夢で疲れてしまい、起きた時にすっきりしないこともあります。
今朝がそうでした。

夢の内容はよく記憶していないのですが、とにかく何かの集まりのようで、次から次へと知らない人が私に話しかけてくる夢です。
なぜか、こういう夢が3日続いています。

みんな名刺を渡してくれるのですが、私には返す名刺がないのです。
つまり名刺が足りなくなったほど、いろんな人が会いに来てくれるという夢です。
いや、渡すべき名刺がないのは、私が実在していないことを示唆しているのかもしれません。
相手と私がどんな話をしているかは、目が覚めた途端に思い出せなくなるのですが、何となくとても充実した話である感じが残ります。
しかも、なんとなく面白いプロジェクトにつながっていて、私の気持ちが高揚している感じが起きてからも残っています。
その夢の最中に、目が覚めることもあります。
昨夜は、まさに夢の中でもトイレに行きたくなり、目が覚めました。
昨夜と同じ夢だなと思いながらトイレに行ったのですが、いつもは一度目が覚めるとしばらく眠れなくなるのですが、なぜかすぐにまた眠ったようです。
そして、またいろんな人に会う場に戻って、夢を見続けました。
朝起きた時には、ちょっと疲れが残っている気分でした。

どうしてこんな夢を3日も連続で見るのでしょうか。
最近、あまり新しい人と会っていないからでしょうか。
誰かに伝えたいことがたくさんたまっているためでしょうか。

それにしても、どうして見知らぬ人ばかりが、夢の中で私に会いに来るのでしょうか。
夢は実に不可思議です。
知り合いが夢にたくさん出てくるのであれば、そろそろこの世の人生も頃合かなと思えるのですが、知らない人が来るのでは、どうもそうではないようです。

さて、今夜はどんな夢でしょうか。
知らない人よりも、節子が出てきてくれるとうれしいのですが。

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2014/02/19

■節子への挽歌2362:節子の日記をどうしたらいいか

節子
相変わらず私の仕事部屋は散らかっています。
今朝も娘のユカから、歳も考えて、少しは資料や書籍を処分したらといわれてしまいました。
自分でもそうしたいと思うのですが、なかなかそれができません。
資料は、私の人生の記録ですし、書籍もまた愛着があります。
書棚を見ていて、昔読んだ本がまた読みたくなることもあります。
一度も開いたことのない書籍を見つけると、なにやら罪悪感が生じて、数日、デスクの上に置いておくこともあります。
読まれることなく処分されてしまう本には、申し訳なさを感じます。
しかし、今ある蔵書をすべて読むなどというのはもう不可能でしょう。

もっとも、だからと言って、まったく無駄だったわけではありません。
書籍は不思議なもので、本の背を毎日見ているだけで、内容が感じられることもあります。
いざとなったら読めばいいという安心感もあります。
数巻から成る、日本古代史とか中世史などの本は、ほとんど読んでいません。
せいぜい読んだのは3~4巻でしょうか。
早川書房のSF全集などはたぶん1冊も読んでいません。
読みたい作品は、全集ではなく、単行本で読んでいるからです。

読みもしない本を、節子がいた頃はよく買いました。
その頃は、書籍が並んでいるだけで、何だか幸せになれたからです。
私は、お金をほとんど使いませんが、書籍代だけはいくら使っても、節子は何も言いませんでした。
わが家の出費科目では、書籍代が一番多かったかもしれません。
そのおかげで、わが家には書籍があふれています。
節子は、いつも、修がいなくなったらこの本はどうすればいいのか、と話していました。
しかし、その問題を解く必要は、節子にはありませんでした。
私よりも、先に逝ってしまったからです。

節子が残した問題は、節子の日記です。
節子は日記が好きだったからです。
さて、この日記をどうすればいいか。
私の本も大変ですが、節子の日記の処分も大変です。

節子の日記には、節子の思いがたくさんこもっているでしょう。
日記を開くと、何やら飛び出してきそうで、なかなか勇気が出てきません。
たぶん、読まずに終わりそうです。

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2014/02/18

■節子への挽歌2361:開き直りのケア論

節子
最近、ブログに弱気な記事を書いているせいか、いろんな人が心配してメールをくれます。
まさかと思っていた人からのメールには驚かされますが、退屈な愚痴記事を読んでくださっている人がいるのは元気づけられます。
今日も、1年半ぶりだと言って、まだお会いしたことのない人からメールが来ました。
うれしいことです。

今日は、3月に開催することにした2つの「自殺対策」をテーマにした集まりの準備の打ち合わせのため、湯島に来ました。
大企業の部長の職にある人たちが、集まりの実行委員になってくれましたが、テーマが「自殺」なので、多くの人は腰が引けてしまうようです。
今回来てくれた3人も、佐藤さんからでなければスルーしたと正直に教えてくれました。
もう5年ほど、この活動に関わっていますが、わかってもらうまではなかなか大変です。

準備会などでも、話し合って、問題をそれぞれ消化していくのが私のスタイルです。
ですから、準備会や実行委員会こそが、生々しい話し合いができます。
今日も、「自殺する権利」ということが議論されました。
さまざまな人がいる公開の場では、なかなかこうした議論はできませんが、少人数で時間も制限なく話し合う場合は、どんな議論も可能です。
自殺する権利を言い出した人は、近くで自殺を体験したそうですが、その人のことをわかってやることが大切だという意味で、「権利」という言葉を使いました。
「自殺」した人への冷ややかな、あるいは非難のこもった思いがあったことへの、その人の反発は、その人のやさしさの表れだろうと思います。

私が取り組みだしたネットワークは、「自殺のない社会づくり」という名前にしましたが、自死遺族の方から、その表現だと、自死した人が悪いようで、責められているような気がするといわれました。
そこで、いまは「自殺に追い込まれることのない社会」というような表現にしています。
こうしたことは、当事者でなければなければわからないことです。
私も伴侶を病死で喪って以来、それまではなんでもなかった言葉や言い回しが、とても気になるようになってしまいました。
その体験のおかげで、こういう意見にもきちんと耳を傾けられるようになったのです。
言葉は、人によって、まったく意味が変わってくるものなのです。

最近の私の体調や愚痴の話に戻せば、さまざまな社会の痛みに触れていると、それが時々鬱積して、不安感を高め、免疫力を低下させ、体調を崩すのです。
以前は、それを防いでくれたのが節子でしたが、いまは解決しようがありません。
ですから、定期的に体調がダウンし、愚痴や弱音が増えるのは、むしろ「健全さ」の表れなのです。
ご心配をおかけしてすみません。

しかし、誰かに心配させるのも、ケア活動のひとつではないかと、私は勝手に思っています。
「開き直り」にしか聞こえないでしょうが、そう思うと、きっと生きやすくなります。
ぜひお試し下さい。

すみません。はい。

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2014/02/17

■社会は生きるための生活の場なのか、稼ぎのための市場なのか

記録的な大雪で、各地で深刻な被害が多発しています。
その報道を見ながら、日本の社会は壊れていると思っていましたが、そんなことはないと思い直しました。
高速道路で動けないでいるトラックの運転手に、お弁当を配ったり、近くの公民館を開放して、住民のみなさんがみんなでおにぎりをつくったりしている姿を見ると、つくづく日本は良い国だと思ってしまいます。

その一方で、浜岡原発が再稼動に向って動いているという報道を見ると、やはりおかしいのではないかなどとも思うわけですが、どうも頭が整理できません。
とても住みやすい社会があり、その社会を市場と考えている人がいる。
つまり、ふたつの別々の社会がある。
もしかしたら、そういう構造になっているのかもしれません。
この構造は、どこか「振り込め詐欺」の構造と似ています。
別の社会の人が、ちょっかいを出して、住みやすさの邪魔をする。

もしかしたら、今回の大雪でも、利益をあげている人もいるかもしれません。
浜岡原発を再稼動しようとしている人たちは、原発事故とは無縁の社会に住んでいる。
そういえば、3.11福島原発事故の後、関西のマンションがよく売れたという話を京都の人から聞いたのを思い出しました。

社会を市場と考えている人には、問題発生はビジネスチャンスと見えるのかもしれません。
そこで生きている人には、みんなで解決する課題と見えるのでしょうが。
そして、その解決の過程で、人のつながりが育ち、幸せになれるかもしれません。
市場と考えている人たちは、お金が儲かって幸せになれるのでしょうか。

どちらの人が「幸せ」でしょうか。
やはり前者でしょうが、感情的にはちょっと納得できない気もします。
お金を稼いで、湯水のように使ってみたいという誘惑は、やはりどこかにある。
困ったものです。

それにしても、社会を市場と考えている人たちは、いったいどこに住んでいるのでしょうか。

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■節子への挽歌2360:「石坂線物語」

節子
滋賀発地域ドラマ「石坂線物語」が、昨日、テレビで放映されていました。
大津を中心に活動している私の知り合いも、たぶん、このドラマ制作に協力していると思い、録画しておきました。

石坂線とは、琵琶湖畔の滋賀県大津市の石山寺から坂本までを走る京阪電車です。
石山寺は、源氏物語を書いた紫式部のゆかりの寺であり、坂本は日吉神社の門前町で、比叡山への上がり口でもあります。
その真中に大津があります。
大津で乗り換えると京都の三条にも行けます。

私と節子の生活は、滋賀の石山ではじまりました。
石山寺の入り口の町です。
ですから、この京阪電車にはよく乗りました。
主に京都に行くことが多かったので、坂本の方にはあまり行きませんでしたが、途中の三井寺には時々行きました。
鐘の音のきれいな、見晴らしの良いお寺です。

テレビに登場した、石坂線の電車は、当時とあまり変わっていませんでした。
2両連結で、緑を基調とした電車です。
街中の道路を走るのも魅力でしたが、いまもなお変わっていないようです。
沿線住民の生活と関わっている電車なので、愛着を持っている住民も多く、その電車を活かしたまちづくり活動も盛んのようで、私の知人もいろいろと楽しんでいるようです。
昨年会ったときにも、そんな話をしていましたが、ドラマの話も聞いていたかもしれません。
すっかり忘れていましたが、昨日、何気なくテレビをつけたら、そのドラマが始まるところだったので、あわてて録画をしておいたのです。

今日、帰りが早かったので、そのドラマを見ました。
ストーリーはともかく、とても懐かしさを感じました。
石坂線に乗って、節子と京都に通っていた頃が、一番、私たちの楽しかった時かもしれません。
あまり記憶はないのですが、楽しかった時間の記憶は、意外とないものです。
これは、私だけのことかもしれませんが。

石山寺にも、よく行きました。
学生時代の友人が訪ねてきた時に、節子と一緒に、石山寺を案内した記憶があります。
あの時は、たしか節子は和服を着ていました。
その時の写真が記憶に残っています。
法事の時を除けば、和服の節子の記憶は、それだけです。

ドラマは、もう少し電車を主役にしてほしかったですが、そうはなっていませんでした。
だんだんと電車を舞台とする人生も少なくなってきているのかもしれません。

ちなみに、私と節子が結婚することになった最初の出会いは電車の中でした。
しかし、残念ながら石坂線ではなく、JRでした。
あの日、電車の中で、節子に会わなかったら、私たちはたぶん結婚しなかったでしょう。
人生とは、本当に不思議なものです。

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■「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」連続ラウンドセッション

自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあいとコムケアとの共催で、「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」をテーマにした、連続ラウンドセッションを開催することになりました。
ラウンドセッションとは、みんなで輪になって話し合いをするというイメージのフォーラムです。
20~30人を想定していますが、テーマや集まり具合で、規模は増減させていく予定です。

以前、実行委員会への参加の呼びかけもさせてもらいましたが、10人を超える人たちから参加申し入れがあり、何回かの準備会などを行なってきました。

そして、まずは次の2つの集まりを開催することになりました。

〔セッション1〕 3月12日(水曜日)午後6時半から9時
○テーマ:「生き生きと働ける職場を実現するー組織で働く人の自殺を考える」
○会場:山城経営研究所会議室(東京:飯田橋)
○主たる対象:企業関係者
○問題提起者:佐久間万夫(株式会社Eパートナー代表)

〔セッション2〕 3月22日(土曜日)午後1時半から4時
○テーマ:「家族関係や人間関係の破綻にどう対処するか」
○会場:未定
○問題提起者:茂幸雄、中下大樹

詳しい内容は、追ってご連絡しますが、これまでと同様、実行委員会での話を通して内容を深化させていくスタイルをとっています。
実行委員会は、週1回程度、参加可能なメンバーでの話し合いを行なっていく予定です。
もし実行委員会に参加ご希望の方はご連絡下さい。

また2つのセッションに参加ご希望の方はご連絡下さい。
いずれも、講演会ではなく、参加者による話し合いの場です。
といっても、難しい話し合いではなく、いつものサロンの延長のように、参加者が安心して本音で話し合える場にしていきますので、気楽にご参加下さい。
話したくはないが、聞き役に徹したいという方も、もちろん歓迎です。
ただ、評論や愚痴や情報交換だけの場にはしたくないので、それぞれが「自分の問題」として、何らかの意味で、次の行動につなげることを目的にしていきたいと思っています。

定員には限りがありますので、お含みおきください。
詳しい案内は、でき次第、このメーリングリストで流させてもらいます。
まずは日程をご予定いただければと思います。
引き続き、セッション3以降も考えていく予定です。

よろしくお願いします。

セッションおよび実行委員会への登録ご希望の方は、私にご連絡下さい。
qzy00757@nifty.com

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2014/02/16

■節子への挽歌2359:体調は戻りました

節子
2日間、自宅でゆっくりしたせいか、体調が戻りました。
胸の痛みも、ひざの痛みも、消えたようです。
私が「がたがただ」と書いたために、心配してメールしてくださった方もいますが、すみません。
すぐに書いてしまうのも、考えものです。
この思慮のなさも、節子からいつも注意されていたことです。
でもまあ近々、病院には行く予定です。

この2日間、自宅で何をやったかといえば、時評編にも書きましたが、韓国の歴史教科書(日本語訳)を小学校から高校まで3冊を読んでいました。
とても興味深かったです。
できれば、節子と行きたかったのが、韓国です。
ソウルではなく、韓国の慶州とか南の方です。
節子がいなくなったため海外旅行はやめましたので、もう行く機会はありませんが、いささかの心残りはあります。

もうひとつやったことは、録画していたテレビ番組「古寺名刹」の東福寺を観たことです。
東福寺には行ったことがありません。
娘から庭が良いと聞いていましたが、映像でもなかなかの庭でした。
なぜこんなに良いお寺に、節子と一緒に行かなかったのでしょうか。
理由は簡単で、節子とゆっくり京都と奈良を回ろうといっていた矢先の、節子の発病でした。
そして、必ず治ると確信していたがゆえに、一時、体調が回復した時にも、いつか二人でゆっくりと回ろうといっていた、奈良と京都には行かなかったのです。
あの頃の私の判断は、とんでもなく間違っていましたが、あの時はそれしか考えられませんでした。
行ってしまったら、それが最後の旅になってしまいそうだったのです。

韓国も京都にかぎりません。
節子と一緒に行こうといっていたのに、行けなかったところがたくさんあります。
2人が元気な40年近い時間を、私たちは一体、何をしていたのでしょうか。
後悔先に立たず、です。

できる時にやっておかないといけない、は節子の口癖だったはずなのに、どこでどう間違えてしまったのでしょうか。

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■ソーシャル・ガバナンスと成長する政策

友人が、フェイスブックにソーシャル・ガバナンスの記事を載せ、そこに私の考えを紹介してくれたのですが、どうもうまく伝わっていなかったようなので、修正コメントを書きこみました。
私の考えは、なかなか伝わらないことが多いのですが、それはきちんと説明をしていないためです。
たまたま今朝の朝日新聞に論説委員の大野さんが「日曜に想う」で、私の考えるソーシャル・ガバナンスにつながる話を書いているので、それを紹介しておきたいと思います。
ちょっと長いのですが、少し省略して、引用させてもらいます。

 「政策がないってどういうことだ」
 「それじゃ、ただの空っぽじゃん」
 東京都知事選挙への立候補を表明したとき、家入一真さん(35)は、そんな批判をたくさん浴びた。
 というのも、政策はこれからつくります、と言ってのけたからだ。確かにこれまでの立候補の作法からは大きくはずれている。とくに50代、60代の人たちから「お前は知事になったら何をしてくれるというのか」と迫られた。
 「だけどそれには違和感を感じました」と家入さんは話す。「今は政治に対してお客でいられる時代でしょうか。人々も政治といっしょに何をやれるか考えないといけないのでは」
 だから、立候補にあたっては、まず人々との対話が必要だと考えた。守れない公約を掲げるよりも、都民の声を集める。それをもとに政策を練る。
 家入さんの呼びかけに、選挙期間中提言や課題を記したツイッターのつぶやき4万件近くが寄せられた。からかいや冷やかしを除いての数だ。
まさに、これが私の考える「ソーシャル・ガバナンス」です。
もう15年ほど前になると思いますが、茨城県の美野里町(いまは小美玉市になっています)の都市計画マスタープラン策定に関わらせてもらいましたが、その時にまさにこの発想を導入しました。
住民から意見を公募し、それを編集したものを「都市計画マスタープラン」にしたのです。
最初は県の担当課も戸惑ったと想いますが、結局、そのスタイルを受け入れてくれました。
さらにそれをベースに、常時、住民の意見を受け入れ、計画に追加していくという、「成長する計画」を目指していたのですが、市町村合併で挫折してしまいました。
それが私の最後の本格的な基礎自治体関係の仕事です。
市町村合併は私のビジョンとは正反対ですので、以来、自治体の仕事をやめました。

昨年末に、ソーシャル・ガバナンス研究会で話をさせてもらいました。
その時に、こういう質問をしました。
「ソーシャル」と「ガバナンス」をつなげる助詞は何でしょうか。
みなさんはどう考えるでしょうか。
多くの人は、「を」というでしょう。
ソーシャルをガバナンスするスキームをソーシャル・ガバナンスというわけです。
私は、そこに「で」をいれます。
ソーシャルでガバナンスするというわけです。
しかし、もっとぴったりするのは、「ガバナンスがソーシャル」という、要素の反転です。
つまり、ガバナンスを通してこそ、社会は育っていくというわけです。

政治もそうでなくてはいけません。
原発ゼロには具体性がないなどという人は、私には典型的な主体性放棄者としか思えません。
まさか、みなさんはそうではないでしょうね。

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■韓国の歴史教科書を読みました

韓国の歴史教科書を、日本語訳で読みました。
明石書店から出版されている、世界の教科書シリーズです。
読んだのは、「初等学校国定社会・社会科探求」「中学校国定国史」「検定版高等学校韓国史」の3冊です。

まず感心したのは、それぞれの段階での内容の配分が違うことです。
特に感心したのは、高等学校では、近現代の部分が多く、8割の部分が19世紀以来の歴史に割かれていることです。
また、韓国がいまの領域で、国家形成されたのは900年ごろの高麗だと思いますので、日本のように歴史を語るのは簡単ではありませんが、国家意識を高めていくための工夫も、いろいろと見られます。
もうひとつ感心したのは、高等学校の教科書では、東アジアの中での動きという視点が多かったことです。

いずれにしろ、たしかに日本の教科書とは違います。
特に高等学校の教科書について言えば、たとえば「日帝」(大日本帝国)という言葉が、盛んに出てきます。
「慰安婦」も含めて、当時の日本への否定的な記述も多いです。
私には、その記述内容はさほど大きな違和感はありませんでしたが、記述の姿勢には感情的なものも感じました。
とりわけ写真が刺激的なものが多く、これで学んだ高校生たちには大きな影響を与えるだろうと思いました。
竹島(独島)問題も明記されていますが、大日本帝国による朝鮮の国権剥奪との流れの中で記述されています。
その意味では、明確な政治的意図を強く感じます。
それは北朝鮮への言及にも感じられます。

こうした姿勢は初等学校も中学校も、基本的には同じですが、下に行くほど、たとえば「日帝」言及は少なくなり、表現も少しおだやかになります。
しかし、「ごろつき」などという言葉がでてきたりして、ドキッとはしますが。

3冊を読み終わって感じたのは、自国の歴史教科書だけ読んでいると視野も発想も偏ってしまうという、当然の事実への再認識です。
日本の歴史教科書(私が最後に読んだ高校の教科書は30年ほど前なのですが)だけでは、私たちの歴史観は、どうしても偏ったものになるでしょう。
たとえば、私たちは、日清戦争、日露戦争と読んでいますが、韓国の教科書では、清日戦争、露日戦争と表現されています。
あるいは、朝鮮半島は「韓半島」とされています。
「朝鮮戦争」は「6・25戦争」です。
最近話題の「東海」は当然ですが。
これに関しては、とても納得でき、私の認識の限界を大いに反省させられました。
共同の歴史教科書という話がありますが、その前に大人たちが、それぞれの国の教科書をもっと読みあうことが大切ではないかと思いました。

最近、話題になった「伊藤博文暗殺」に対する評価ですが、韓国の教科書で学んだ人たちにが、この暗殺行為を「快挙」と受け止めるのもわかる気がしました。

もっとも韓国でも、高校の教科書や教科の設計に関しては、いまなお流動的で、変化しているようです。
年次によって、かなり変わっているようです。
その意味でも、韓国の教育は極めて「直接的に」政治的なわけです。

ところで、中学校の教科書に、こういうのがありました。
「両親や知り合いを通して1960年代はじめと1980年代後半の政治的、社会的、経済的状況について調べてみよう」。
これは2000年からの教科書に登場したのだそうです。
日本の教科書にもあるのかもしれませんが、とても共感できます。
もし日本の教育指導要領にないのであれば、ぜひいれてほしいです。
いや入れる前に、私たちはもっと子どもたちに伝えていく必要がありません。

3冊の教科書を読んでいろいろと気づかされました。
次は、日本の教科書を読み、つづいて中国の教科書を読もうと思います。
日本の歴史の学校教科書はどうしたら読めるのでしょうか。
図書館にあるでしょうか。

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2014/02/15

■節子への挽歌2358:雪には嘘はありません

節子
今日もまた、外は雪景色です。
雪を見ていると、なぜか節子を思い出します。
節子の生家は滋賀の湖北です。
そこでの雪景色の記憶が多いからでしょうか。
「節子」の音(せつこ)が、「雪子」に通ずるからでしょうか。

節子は、嘘のない人でした。
隠しごとは一切できない人でしたし、言葉だけの人を好みませんでした。
人は意図せずに、嘘をつくものです。
言葉で言ったのに、実際にはできないこともあります。
もちろん節子も例外ではなく、結果として嘘をついたこは何回もあります。
それで夫婦喧嘩になったことも少なくありませんでしたが、
それでも、節子は嘘のない人でした。

私も、嘘はつかないし、言行一致を信条にしていますが、節子から見れば、まだまだでした。
嘘のない人と嘘をつかない人は、違います。
節子は前者で、私は後者なのかもしれません。
節子から学ぶことは、たくさんありました。

節子は、私のことを、嘘はつかないけれど、言葉でごまかすと言っていました。
そこが小賢しい私の弱点です。
自分を正当化したくなる。
「嘘をつかない自分」を守ろうとして、嘘の弁解をしてしまう。
節子は、そういう私が嫌いでした。
節子に好かれるには、嘘をつかないだけではなく、嘘のない生き方でなければいけませんでした。
そのおかげで、私もだいぶ、嘘のない生き方ができるようになりました。
嘘がない生き方は、とても気持ちの良いものです。

しかし、時に嘘をつきたくなることもある。
嘘をついたり、言葉だけの人を非難したり、したくなる。
その時に、懺悔したり、愚痴を言ったりできる相手がいると心がやすまります。
それがないと、人間嫌いになりかねません。
最近の私の疲れは、その役割をしてくれていた節子がいなくなったせいかもしれません。

つい先日、ある人からメールが来ました。
まだ返信できていませんが、その人から昨日、追伸が来ました。
そこに、「先日は、読み返すに大変失礼な愚痴メールを送ってしまい、誠に申し訳ございませんでした」とありました。
その追伸を読むまで、それが「愚痴」だとは気づきませんでした。
この人もきっと、嘘のない人生を送っているのでしょう。
嘘のない人生は、それなりに大変かもしれません。

夕方には雪が融けたり、道路の雪は汚れたりして、白い景色はなくなってしまいました。
嘘がなくてもやっていける社会になればいいのにと、雪景色を見ながらずっと思っていました。

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■2種類のお金

昨夜はまた大雪でした。
私は雪の中を湯島に出かけましたが、昨日は心底、疲れてしまい、帰宅後、何もする気になれず、お風呂に浸かったまま寝てしまいました。
まあ溺死はまぬかれましたが。

一昨日のサロンで、お金が大切か、愛が大切かというような話が少し出ました。
帰宅したら、お金がなくなって、もう一緒に生きていけないので、相手を殺害してしまったという事件が報道されていました。
お金の意味も、愛の意味も、なにやら私の理解とは大きくずれてきているような気がします。

そういえば、朝ドラの「ごちそうさん」で、おにぎりがあって、それを食べないと死んでしまうが、隣にも同じような人がいたら、そのおにぎりを挙げられますか、などというセリフがありました。

愛もお金も、本来は人をついでいくための、あるいは生きやすくするための、ものだったのだろうと思います。
生まれたばかりの子どもの笑顔は、愛が人間に生来的にそなわっている本性だということがわかります。
お金を落として、帰りの交通費がない人がいたら、たとえ財布の中にわずかばかりのお金しかなくとも、多くの人は財布の口を開くでしょう。
理屈ではそんなことはないと思うかもしれませんが、実際にそういう場面に遭遇したら、そうするのが人間です。
現実は知識で動いているのでありません。
赤ちゃんの笑顔を奪うことが学校教育であってはなりません。
ましてや、学校で投資の話などしようと思うのは、子どもたちから生きる力を奪うことでしかありません。

また話がずれてきてしまいました。
一昨日のサロンで、お金には2種類あると話させてもらいました。
つながりを育てるお金とつながりをこわすお金です。
つながりを、「愛」に言い換えてもいいでしょう。
お金は、「おにぎり」に言い換えてもいい。

急にお金の話を書いてしまいましたが、
最近、私自身がお金で苦労しているせいか、お金のことがこれまでとは違って、少しわかってきました。
お金とは「愛」の別名なのかもしれません。
だから、愛があればお金は不要、お金があれば愛は不要というわけです。
誤解されそうな表現ですが、誤解もまた理解の別名ですから、いいでしょう。
いずれにしろ、愛もお金も、自分の生き方に、鋭く突き刺さってきます。

最近、経済人類学の本を何冊か読み直しました。
以前読んだ時にはあまり理解できていなかったのですが、今回はお金の話がとても興味深かったです。
お金は、人をつなげていくために生まれてきたのです。
金融工学者の手から取り戻さなければいけません。
どうしたらいいでしょうか。
一度、支え合い共創サロンで、コモンズ通過について問題提起しようかと思います。

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2014/02/14

■節子への挽歌2357:また雪ですが、今回は出かけることにしました

節子
また首都圏は雪です。
我孫子も朝から降っていて、わが家の庭にはもう積もりだしています。
今日は午後から湯島で人に会う約束をしていますが、どうしようか迷っていました。
昨夜の湯島での支え合い共創サロンは話が盛り上がり、なかなか終わらずに、帰宅も遅くなり、あんまり体調もよくないのですが、雪の中をちょっと出かけて生きたい気分も強いのです。

とても不謹慎なのですが、台風とか大雪とかには、なぜか心が騒ぎます。
利根川が決壊した時には、反対する節子を説得して、現場に見に行きました。
いまもそういう気分はありますが、現場に行って事故にあって家族に迷惑をかけないようにといつも言われていました。
さすがに、最近は自重していますが、自然からはぜひともエネルギーをもらわねばいけません。
まあ実際には、風邪をもらってくることの方が多いのですが。

迷っていたら、昨夜、サロンに参加した人から電話があり、湯島に自分のパソコンを忘れてきたというのです。
これはもう、出かけていくしかありません。
困ったものです。

常磐線はよく止まるので、早めに帰ろうとは思いますが、最近は電車に閉じ込められる体験も少なくなりました。
事故にも合わず、平安に暮らしていくことを願う一方で、人は事故に合ったり、悩みを抱えたり、トラブルがないと、退屈になるのかもしれません。

まだ雪が降っています。
まだ電車は順調でしょう。
もう少し積もってから出かけるのがいいかもしれません。
わが家から駅までは10分ほどですが、もう少し積もってからのほうが、楽しそうです。
転倒したりしたら、たぶん後悔するでしょうが、まあ人間はそもそも不合理な行動をとるものです。

ところで、出かける前に、昨日の挽歌に書いたテレビドラマ「テジョヨン」の録画を見ようと思いました。
その内容次第で病院に行くかどうかを考えようと思っていたからです。
ところが録画予約していたはずなのに、録画できていないのです。
それも全く時間帯の違う、予約したはずのない、韓国ドラマが録画されていたのです。
実に不可解なことです。
前日まできちんと録画されていたのに、です。
どういうわけか。
不思議なことが起こるものです。
頭がかなり混乱しています。
しばらく病院行きはやめましょう。

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2014/02/13

■節子への挽歌2356:身体がガタガタしてきました

節子
最近、身体がかなり劣化してきました。
魂は永遠だとしても、身体はあまり長持ちはしないようです。

昨年からみぞおちに違和感があり、時々、痛かったのですが、最近はそれが気のせいかh路がってきています。
まあ大した痛みではないのですが、なかなか治りません。

次に、今度は左足の膝に痛みを感ずるようになりました。
そう大した痛みではありませんので、先日の雪かきのせいかもしれませんが、生まれて初めてのことなので、少しいやな気がします。

と思っていたら、今度は胸の痛みです。
これもわずかな痛みなのですが、こう次々とおかしくなっていくと気にならないこともありません。

もちろん身体のおかしさはこれだけではないのですが、今までなかった不具合が続発しているわけです。
病院に行こうとは思っているのですが、まあこれくらいの身体異常は、健全な老化の部類かもしれないと思うと、どうしても先延ばししてしまいます。

それに最近、見始めた韓国ドラマの「大祚栄」に出てくる高句麗の大将軍、ヨンゲムソンは国を守るために病気の激痛を精神力で耐えて、医者を驚かせるのです。
どういうわけか、こういう生き方に、私は感動してしまうわけです。
国のためというところではなく、単に激痛に耐えるというところにです。
念のために言えば、私にはできない生き方であるが故に感心するのですが。

そのドラマを昨日、観たので、病院はもう少し先にしようかと思い直しました。
どうもこういうところが、節子あら呆れられていたところなのですが、人の性分はそう簡単には直らないものです。
もっとも、激痛に耐えた、ヨンゲムソンは、正気を失い、判断を間違って国を混乱させるのですが、そして、それがたぶん高句麗の滅亡につながっていくのです(これはドラマではどうなっているのかわかりませんが、史実ではそうなっているようです)。
さらに悪いことに、結局、ヨンゲムソンは死んでしまいます。

やはり病院に行ったほうがよさそうですね。

先日、時評編に書きましたが、高句麗を舞台にした韓国ドラマを3作品見ました(1作品はまだ見ている最中ですが)。
その影響もあって、今、韓国の歴史教科書(検定版)の翻訳を読んでいます。
読んでいると言っても私の読み方なので、1時間でもう半分読んでしまいましたから、いかにも粗雑な読み方です。
それでもいろいろと気づかされることが多いです。

話がずれましたが、ドラマのヨンゲムソンはどう考えても単細胞の愚者としか言いようがありません。
しかし、国のために自らの死をもいとわない。
何やらうらやましい生き方です。
何かのために、あるいは誰かのために、生死を超えて取り組める人生は、幸せでしょう。
私にはもうそういう情熱も気力もありません。
もっとも、長生きしようという思いも皆無です。

さて病院はどうしましょうか。
人生には難しい問題が多すぎます。
昨日のドラマの続きを見て決めましょう。

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2014/02/12

■節子への挽歌2355:記憶の現実感が薄れてきています

節子
体調がいまひとつです。
私の場合、かなり気分が環境と連動していますので、最近の世上がやはり影響しているのかもしれません。

昨日、テレビの「相棒」という番組の最後のところを見ました。
暗示による殺人がテーマでした。
私は、その部分だけを10分ほど見ただけなのですが。

人を眼隠して、出血していると思わせる状況をつくり、失血による死に向っていることを示唆すると、全く出血していないのに死ぬことがあるのだそうです。
19世紀にオランダの医師が行なった実験だそうです。
有名なミルグラムのアイヒマン実験というのもありますが、自らの生死は、ある程度、自分の意思で決められるということも含意しているように思います。
これに関連した話は、この挽歌でも何回か書いたような気がします。
私は両親と節子の3人の同居家族を見送りましたが、いずれもその最後の時間は本人の意思が影響していたと実感しています。
節子の場合は、なんと日が変わる真夜中の0時でしたが、これは決して偶然ではないように思います。
「いのち」とは、不思議なものです。

でわ、逆に「死んでいない」という暗示をかけたら、どうなるでしょうか。
もしかしたら、節子の最後の1か月はそうだったかもしれないと、時々思うことがあります。
節子との会話はほとんど記憶にないのです。
愛する人との別れなのに、記憶がないのは不思議です。
漠然とした光景は、時々、思い出すのですが、どうもはっきりした記憶がないのです。
あの頃は、私も節子と一緒に彼岸にいたのかもしれません。

なにやらおかしなことを書いてしまいましたが、
思い出そうとすればするほど、思い出せなくなっていく記憶もあるものです。
つまり、現実感がなくなっていくのです。
最後の1か月だけではありません。
最近、節子との思い出が、なにやら現実感を失い、すべて夢だったのではないかなどと思うことがあるのです。

人の過去は変わらないと言いますが、どうもそんなことはないようです。

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■富国とは「人民が概して貧しい国」である

寒気が首都圏の上空に居座ってしまったようで、今日も寒い日になりました。
寒さは、心身を萎縮させます。
原発反対の立場にいる以上、寒いからといって、エアコンを使うわけにもいきません。
外出するのが一番いいのですが、あんまり体調もよくありません。
今日は大事をとって、在宅です。
コタツにもぐりこむしかありません。
そんな時に読む本としては、「石器時代の経済学」ではないかと思い(あんまり論理的ではありませんが)、書棚から探し出して、読み始めました。
20年以上前に読んだ本ですが、なぜか最近読んだ2冊の本に、言及されていたのです。
それに前回は、たしか途中で挫折して読了していないのを思い出したのです。
読み出したら、最初の頁に、以前読んだ時に蛍光ペンでマークした文章がとびこんできました。
こういう文章です。

あふれる豊かさへ至る道は2つ可能だ。欲望は、多く生産するか、少なく欲求するかによって、〈たやすく充足〉できる。
その先に、もっと刺激的なフレーズがありました
貧国とは「人民が安楽に暮している国」であるが、これに対し富国とは「人民が概して貧しい国」である。
ある経済学者の言葉のようです。
だれの言葉か気になって調べましたが、わかりませんでした。

この文章に出会っただけで、もうこの本は読み終わったような気になりました。
たぶん、前回もそうだったのかもしれません。

少し暖かくなりました。
コタツの電力を節約して、動き出すことにします。
こうやってまた風邪をこじらせていくわけですが、石器時代には風邪などなかったでしょう。
しかし、気づいたらもう正午すぎです。
今日は家には私一人なので、食事を作らねばいけません。
さてどうするか。
石器時代人なら、「少なく欲求することで飢えを充足」したかなあと思いながら、やはり冷蔵庫を探すことにしました。
困ったものです。はい。

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2014/02/11

■節子への挽歌2354:話せる人がいるといい

節子
今日は東日本大震災から2年11か月目です。

NHKのドキュメンタリー「最後の場所がなくなるとき 釜石の悲劇」を見ました。
東日本大震災で、200人以上の犠牲者が出た、釜石の鵜住居地区防災センターが解体されることになり、それに伴う遺族たちの複雑な思いをえがいた番組でした。
2組の遺族が登場します。
子どもを宿していた妻を喪った片桐さんと娘を喪った疋田夫妻です。
震災前、片桐さんと疋田さん夫妻は、交流はありませんでしたが、片桐さんの奥さんと疋田さんの娘さんは同じ職場の同僚だったのです。
そして2人とも、その防災センターで津波に襲われたのです。

センター解体に関する集まりで、2組の遺族はお互いを知り合いますが、番組の最後に、初めて話し合う場面があります。
片桐さんと疋田さんの父親は、挨拶で顔を下げあったまま、お互いにしばらく声が出せません。
出てくるのは涙だけです。
お2人の思いが、深く深く伝わってくる気がしました。

片桐さんがようやく声を出します。
「どうしても自分の話ができなくなるのです。誰にも話せない。」
疋田さんが応えます。
「他人ごとになってしまうからね」と。
片桐さんは
「それをずっとしまっちゃっていて、もう出せない。」
疋田さんがいいます。
「話せる人がいるといいのだが、一人だとつらいよね。」

妻を喪った片桐さんにとって、実はその解体される防災センターこそが「話せる相手」、いや奥さんだったのです。
番組の制作者には、それがわかっていたと思います。
わかっていたという示唆に富むシーンがありました。
センターが解体された後の片桐さんが気になります。

「話せる人がいる」ことの大切さは、その時にならなければなかなか気づかないでしょう。
片桐さんが言うように、自分の気持ちと世間の動きは、違うのです。
だから自分の気持ちは話してもわかってもらえない。
しかし、話さないと「もう出せなくなる」のです。
片桐さんの顔が当分忘れられそうもありません。

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■節子への挽歌2353:父の命日

節子
また雪がちらついています。
今日も寒い日です。
今日は父の命日ですが、父の葬儀の日もとても寒い日でした。
私たちが最初の家族を見送った日です。
もう26年前になりますが、それから10年後に、母を見送りました。
そしてその10年後に、節子を見送ったことになります。
これは娘が気づかせてくれたのですが、その流れから言うと、節子が旅立った10年後に私の番がやってくるわけです。
あと3~4年です。
この規則性はわかりやすいので、守ったほうがいいように思いますが、そううまくいくかどうかはわかりません。
まあしかし、それを念頭において、これからの3~4年を過ごそうかと思います。
それを念頭に置くことで、生き方が変わるかもしれません。

節子のお父さんの葬儀も冬でした。
滋賀の高月での葬儀でしたが、まだ「伝統文化」を感じさせる葬儀でした。
娘が葬列の前を白衣で歩いていたのを覚えています。
3日も続く葬儀に、私は飲めない酒に苦労していましたが、これが「葬儀」なのだと思ったものです。
そういう葬儀に比べれば、昨今の葬儀は忙しいです。

節子は私の両親と途中から同居しました。
私の両親は、私よりも節子に気安さを感じていたかもしれません。
私は、両親に親孝行らしいことは何もしていませんが、唯一の親孝行は、節子と結婚したことかもしれません。
私の両親は、節子をとても気に入っていました。
しかし、途中からの同居は、節子にはいろいろと大変だったのかもしれません。
両親が亡くなってしばらくしてから、私は良い嫁になろうとしていたのかもしれないと、ふと漏らしたことがありました。
そうした節子の気持ちを、私ももう少し理解するべきだったかもしれません。

雪はまだ降っています。
体調もあまりよくないのですが、娘も同行してくれるそうですので、思い切って、父のお墓参りに行くことにしました。
節子も雪の中を待っているかもしれませんし。

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■竹富町を応援します

世間が都知事選やオリンピックで騒いでいるなかで、こんなことも進んでいます。
昨日の朝日新聞から、長いですが、一部要約して、引用します。

沖縄県八重山地区で他の2市町と異なる中学公民教科書を使う竹富町に対して、文部科学省が3月上旬にも地方自治法に基づく是正要求を出し、教科書の変更を求める方針を固めた。実施されれば、国が市町村に直接、是正要求を出す初の事態になる。

文科省は昨年10月、県教委に対して竹富町への是正要求を指示したが、「教育現場に大きな問題は生じていない」などとして、県教委は応じていない。文科省は、県教委が今月12日の会議でも方針を変えない場合、新年度に「違法状態」が続きかねず、直接の措置が必要と判断した。

八重山地区では2011年夏、教科書の採択地区協議会が「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版の採択を答申。しかし、竹富町は「手順がおかしく、答申に法的拘束力もない」と東京書籍版を独自に採択した。
このため、文科省は教科書の無償給付を中止。竹富町は、各市町村に採択権限を認めている地方教育行政法を根拠に、独自採択は「合法」と主張。民間からの寄付金を元に、東京書籍版を購入して使っている。

文科省が直接、是正要求をしたとしても、竹富町が従う可能性は低く、教科書採択をめぐって今後、国と町が法廷で争う事態も想定される。

以上が朝日新聞の記事です。

私が安倍首相に対していだいている一番の不信感は、彼の教育観です。
2006年に教育基本法は壊されましたが、それを主導したのが安倍首相です。その時に、憲法を変える準備が始まったように思います。

国の未来を決めるのは、教育と報道だろうと思います。
そのいずれもが、明らかにある方向を目指しだしているようです。
それに抗う竹富町を応援します。
東京都民には見えていないものが、竹富町民には見えているのでしょう。
この動きはもっと多くの人たちに関心を持ってもらいたいと思います。

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■高句麗が好きになりました

時々、韓国の歴史ドラマを見ます。
小学校の学芸会のような作品が多いのと、回数が多いのが問題ですが、とてもわかりやすいので、ついつい観てしまいます。
ところが、気づいてみると、私が見たものは、いずれも高句麗と関係があるものばかりです。
最初に見たのが、「チュモン」です。
私が韓国の歴史ドラマを見始めた最初の作品です。
韓国に行った時に、あんまりテレビなど見ないはずの佐々木さんが知っていたくらいなので、韓国でも人気のドラマなのでしょう。
それでその後もずっと見続けてしまいました。
たしか80回ほどの連続作品でした。
チュモンは、古朝鮮を復活させる高句麗の初代の王です。

次に見たのが、「タムドク」です。
タムドクは有名な広開土王です。
途中から見だしたのですが、広開土王の話だと知って見つづけてしまいました。
またまた高句麗の話でした。
そこに、百済と倭の連合軍が登場し、タムドクは倭、つまり日本にまで攻めてくる話もあります。
広開土王といえば、日本が攻めていったというイメージしかなかったのですが、朝鮮には倭を攻めたという認識があることを知りました。
ドラマにまで出てくる以上、全く根拠のないことではないでしょう。
そういうことを教えてくれるのも、私が韓国歴史ドラマを見る理由でもあります。

そして、いま見ているのは「大祚栄(テジュヨン)」です。
高句麗が滅亡する時代の人物で、渤海を起こす人です。
今月初めに偶然に見たのですが、どこか見覚えのある名前だと思って調べたら、渤海を起こした人でした。
まだ3回しか見ていませんが、130話ほど続くそうです。
長すぎると思うのですが、仕方ありません。

それにしても、なぜかいずれもが高句麗の話なのです。
私の高句麗のイメージは、あまり良いものではありませんでした。
学校で習った歴史では、百済が一番イメージが良く、次が新羅で、高句麗はなぜか悪いイメージがありました。
しかし、チュモンを見てイメージが変わりました。
百済は高句麗の王族の一派が建国したことも知りました。
その上、渤海まで高句麗の流れだったことを再認識しました。
今や私の中では、朝鮮半島の古代の歴史の中心は高句麗です。
ドラマの効果は実に大きいです。
外交政策上も効果的なツールです。
私はまさにその罠にはまっているのかもしれませんが。

韓国ドラマに限らず、最近の映画やテレビドラマや報道が私たちにどれほどの影響を与えているのか、自覚しなければいけません。
それにつけても,NHK会長の籾井さんや運営委員の百田さんは、どう考えても適任ではありません。
NHKの職員のみなさんはどう考えているのでしょうか。

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2014/02/10

■節子への挽歌2352:レールと愛

節子
2日前の時評編「うまくいかない人生」に、知人から届いたメールの一部を引用させてもらいました。
そこでは引用しませんでしたが、もう1行、加えて、改めて引用させてもらいます。

一度レールを外れると、もう終わるんだなと、つくづく疲れ果てています。
今は積極的に死へ向かおうとは思いませんが、結局ご縁もなく、雇用も不安定な自分の選択の稚拙さに、未来など全く考えられない自分がいます。
最近特に、自分に合う人との出会い、愛情の有無が、どこにいようが何をしようが、全てではないかと思うようになってきました。
まだ若い女性ですが、3年ほど前に、湯島のサロンに来てくれました。
以来、連絡がなかったのですが、久しぶりにメールが来たのです。
いろいろと気になることはありますが、最後の1行が心に残りました。

自分に合う人との出会い、愛情の有無が、どこにいようが何をしようが、全てではないか。

私もそう思います。
もしかしたら、人生のレールにうまく乗れなかったからこそ、気づくことかもしれません。
レールに乗ってしまったら、あまり考えることなく、ただ走り続けることになるかもしれません。
レールに乗っていた人は、定年でレールを降りても、生き方は変わらず、一番大切なことに気づかずに生きている人も少なくありません。
この人は、自らを「うまくいかない人生」と考えているようなのですが、愛情がすべてだと気づいただけでも、いい人生なのではないかと思います。
愛情こそ、人を豊かにしてくれます。

私も、レールから外れた人生を生きています。
25年前に会社を辞めたことも、レールから降りたことかもしれませんが、そうではなくて、伴侶を失うことは、いわば人生の途中で脱線したようなものだからです。
しかし、脱線してもなお、何とか進めているのは、人との出会いや愛のおかげです。
愛と言っても、伴侶への愛に限っているわけではありません。
自らも含めて、愛することができるということです。
あるいは「愛されている」ことを実感できるということです。
天に愛されている、自分に愛されている。
いろんな言い方ができるでしょうが、要は「愛」を実感できることです。
人はみんな「愛されて」います。
そして、「愛する」ことは、誰にもできることなのです。それも、「どこにいようが何をしようが」、です。

生きていくためには、レールよりも愛が大切かもしれません。

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■問題を構造化することの大切さ

私は一応、経営コンサルタントを自称しています。
しかしどうも私の経営観は、時流に沿っていないようで、仕事はほとんどきません。
困ったものです。
それでも企業を変革したいと言う経営幹部の人たちと議論することがあります。
社会活動やNPOに関わっている人もよく相談に来ます。
社会を変えたいとみんな言います。

そういう人たちと話していると、ほとんどの場合、現状の問題点もうまく進んでいない理由もみんなわかっているように思います。
それなのになぜ前に進まないのか。
最大の理由は、本気さの欠落だと思いますが、「問題の立て方」も大切だと思います。
問題の立て方に関しては、このブログでも何回も書いていますが、問題の立て方さえ間違わなければ、問題解決はうまくいくはずです。

現状を変えていくには、現状をどう把握するかが重要です。
多くの場合、問題の「構造化」が行なわれていないため、様々な問題は並列的に捉えられてしまい、結局、全体像が見えなくなることが多いように思います。
ですから、私のところに相談に来る人には、「構造化」を勧めることが多いです。
構造化とは、様々な問題や事柄のつながりを、静態的にではなく動態的に図式化することです。
そのためには、構造化する基準としての「価値観」や「ビジョン」が必要になります。
それがなければ、各論的最適解を求めて、解決しやすい問題や緊急の問題から解くことになりがちです。
それでは、対症療法はできても、変革はできません。

ところで、今回の都知事選は、「原発問題」を争点にすることへの反発が多かったように思います。
今朝の新聞にも、「脱原発という理想論は私には響かなかった」と言うような意見が出ていました。
脱原発が理想論? 私には驚きですが、そう思う人は少なくないのでしょう。
原発よりも、福祉を選んだという人も多かったようです。
それにワンイッシュー選挙批判もあります。
こうした意見が出るのは、問題の構造化がなされていないからだろうと思います。

原発ゼロというだけではなく、具体的なシナリオが必要だという意見もありますが、これも問題が構造化されていないための意見です。
原発ゼロの方針か脱原発化のシナリオかは、並列の問題ではなく、目的と手段の関係にありますが、そうした動的な構造関係も並列で語られているのが最近の原発論議です。
ここでも構造化されていないがゆえに、問題が意図的に解釈されがちです。

原発について言えば、原発の上に経済や生活を考えるのかということだろうと思います。
原発と自然エネルギーは、決して二者択一の問題ではないのです。
同じように、原発と子育て支援や高齢者福祉も、二者択一の問題ではないでしょう。
福島の子どもたちや仮設住宅の高齢者を考えれば、そんなことはすぐわかるだろうと私は思いますが、どうもそうではないようです。
多くの人にとっては、はっきりと構造化してやらないと、問題が理解できないようです。
マスコミは意図的ではないかと思うほどに、問題を構造化しません。
それはどう構造化するかで、問題の見え方が変わるからです。

前にも書きましたが、大切なのは、問題の優先順序です。
私たちの生活の基盤をどこに置くのか。
今回の都知事選での結果は、やはり多くの人たちは、自分の生活保全を重視し、次世代のことなど頭になかったように思います。
7代先の掟は、もはや過去のものになってしまったのでしょうか。

3年前に会った人がメールをくれました。

一度レールを外れると、もう終わるんだなと、つくづく疲れ果てています。
最近特に、自分に合う人との出会い、愛情の有無が、どこにいようが何をしようが、全てではないかと思うようになってきました。
個人の生き方においても、何が基本かは重要です。
これもまた、問題の構造化につながる話ではないかと、私は思っています。
何を基点に考えるか。
その基点がしっかりしていれば、判断に迷うことはありません。
今回の都知事選では、改めて私自身、それを考え直す契機になりました。

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■都知事選に関する私の不見識

都知事選は舛添さんの圧勝に終わりました。
原発再稼動に向かうことになったことが何よりも残念です。

この選挙に関しては、私の判断は反省すべきことが多かったです。
私自身まだ従来型の発想や個人的な思い込みや希望的観測の呪縛に惑わされていることの多さに気づかされました。
このブログで書いたことも、かなり反省しなければいけません。

私の予想と違っていたのは、次の点です。
①細川さんよりも宇都宮さんの得票が多かったこと
②田母神さんへの投票が60万票を超えたこと
③投票率があまりに低かったこと

特に①に関しては、私の不見識として大いに反省しました。
脱原発候補としては、細川さんのほうが得票数が多いと考えていました。
有名人依存が私の中にも残っていた結果かもしれません。
私の娘は、立候補段階から、いまさら出てきてもと2人の元首相を無視していましたが、その感覚が私にはありませんでした。
加えて、私には、法曹界と共産党への不信感が強くありました。
私の知人たちには、宇都宮さん支持者が多かったのですが、私はそれを苦々しく思っていました。
一本化するなら細川さんへの一本化だろうと思っていたのです。
このブログでもそう書きましたが、これは私の完全な間違いでした。
見識のなさを恥じなければいけません。

②は私には驚き以外の何物でもありません。
田母神さんの言動は、とんでもないものと私は思っています。
田母神さんの言動のひどさを最初にこのブログで書いたのは2008年です
その後も、ブログで何回か書きましたが、私にはその言動を許せる人ではありません。
ですから立候補すると知っても、泡沫候補だろうと思っていましたが、マスコミは主要候補に祭り上げました。
しかし、まさか若者に人気が出るとは思ってもいませんでした。
時代の状況を読み取るべきでした。

③は、大雪の影響もあるかもしれませんが、これほど低いとは思いませんでした。
都民にとっては、原発問題はもう少し大きな関心事だと考えていました。
私は、いわゆるホットスポットといわれる我孫子市に住んでいますが、東京都も状況はそう変わらないように思いますが、やはりこれほどに違うのかと驚きました。
原発の上での豊かさなどありえないという、私の原発の捉え方が一般的ではないのかもしれません。
これに関しては、改めてまた書くつもりです。

いずれにしろ、都知事選は終わってしまいました。
原発の上での豊かさを求めて、オリンピックだ、成長戦略だ、と騒いでいる世情を見るに付け、「ソドムとゴモラ」を思い出します。
原発は、実に象徴的な存在です。

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2014/02/09

■節子への挽歌2351:近所づきあいはいいものです

節子
昨夜は眠れましたが、早く目が覚めました。

首都圏は45年ぶりの大雪でした。
わが家の庭のテーブルの上に積もっていた雪を計ったら42センチでした。
しかも昨日は北風の吹雪でしたので、朝起きて、玄関を開けたら、ドアが開かないほどの雪でした。
わが家は袋小路の一番奥で、しかも北側を向いているので、吹き溜まり状況でした。
朝、娘と2人で雪かきを始めましたが、どけた雪の持って行き場がなく、途方にくれて途中でダウンしてしまいました。

家に入って休みついでに、ブログに少し書き込んだら、早速、広島の折口さんから電話が来ました。
あまり無理をすると後で出てきますよとアドバイスしてくれました。
そのアドバイスを受けて、雪かきは娘に任せることにしました。

ところが、外が賑やかなので、出てみると、近所の人たちがみんなでわが家の前の雪まで自分たちの家のほうに寄せてくれているのです。
福知山に転勤で、留守宅になっているはずの高城さんまで一緒になっているのには驚きましたが、何か楽しそうなので、私もまた参加しました。
ちょっと先の吉川さん夫婦までが、わが家の前の雪を運んでくれています。
なんだかとてもあったかい気分になりました。

こんなにみんなが一緒に汗をかいたのは久しぶりです。
近所づきあいはいいものです。
節子がいたら、珈琲でも用意して、みんなでお茶会など呼びかけそうですが、さすがに私にはそこまではできませんでした。
そういう呼びかけは、できる人とできない人がいます。
節子はできる人でしたが、私は不得手なのです。

雪が降ったりすると私はついうれしくなって出歩く習性が昔はありました。
折口さんからは滑って転ばないように言われましたし、何人かの人からメールで注意されてもいましたので、今回はやめました。
その上、朝早く起きて雪かきをしたときに、防備不完全で衣服がぬれてしまったのを放置していたため、なにやらぞくぞくしてきたのです。
風邪でなければいいのですが。
11日に出かける用事があるので、今日中に体調を整えなければいけません。
困ったものです。

吹きだまったわが家の庭の雪は当分融けないでしょう。
しばらくは雪景色が見られそうです。

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■あまりの積雪に途方にくれています

関東地域は45年ぶりの大雪でした。
千葉県の我孫子市のわが家の庭は、40センチ以上の積雪でした。
朝から家の前の雪かきをしていましたが、あまりの雪の多さに、持って行き場がないために途中で放棄したほどです。

雪が積もると、2つの変化が起こります。
まず音が雪に吸収されて、静かさが戻ってきます。
自動車の通行がほとんどないこともありますが、それ以上の静寂さが覆っています。
また風景から色彩が消えて、墨絵とまでは行きませんが、無彩色の世界になっています。
この2つのことのせいだと思いますが、いつもとは違った心境になります。
無垢な世界に投げ込まれたような気分で、とても居心地がいいです。

テレビでは、けばけばしい彩色の雪景色が映っています。
ソチでのオリンピックの風景です。
同じ雪景色でも、まったく違います。

雪だらけの世界は、物理的には温度は低く、寒いはずです。
しかし、不思議に雪に包まれていると暖かさも感じます。
陽射しにかがやく雪の白さは心を優しく、そしてあたたかにします。
表通りに出てみると、みんながそれぞれに雪かきをしています。
普段よりも会話が弾むのも、あたたかさにつながります。

東京も雪で大変でしょう。
心配なのは、今日が都知事選の投票日だということです。
投票率が下がらなければいいのですが。
雪で大変でしょうが、都民の皆さんはぜひ投票に行ってほしいです。
多くの人たちの投票の結果であれば、たとえ結果がどうあろうと少しは心がやすまります。

しかし、奇跡が起こってほしいものです。
そうでなければ、もっと大きく、途方にくれざるを得ないでしょう。
雪は時間が溶かしてくれますが、原発からの放射性排出物はそうはいきません。

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2014/02/08

■節子への挽歌2350:吹雪の夜

節子
今日は20年ぶりの大雪で、我孫子も吹雪いています。
夕方までに20センチ以上積もりましたが、まだまだ降っています。
今日から東北に行く予定だったのですが、直前に中止になったので、今日は自宅で過ごしましたが、吹雪く様子を見ていると、いろいろと考えることが多く、あっという間の1日でした。

東京は20年ぶりの大雪と報道されていますが、そういえば、その20年前の大雪の日、湯島でサロンがあり、節子と2人で湯島のオフィスで宿泊した記憶があります。
ちょっとスリリングな体験でした。
翌朝、珈琲を飲んで、雪の東京を歩きました。
雪あがりの東京は、空気もいつもと違い、実に魅力的なのです。
あの頃はまだ、2人とも元気で、そうした非日常的な事件を楽しむ余裕がありました。

時評編のほうに、雪の降る様子を見ていると、とても無心になると書きました。
邪念が消えて、平安な気分にもなるのはたしかです。
しかし、午後から風が強まり、吹雪になってきてからは、平安というよりも、むしろ何か荒ぶる心というか、剥き出しの素直な心というか、そんなものも感じます。
雪の降る様子を見ているとあきません。
少し高台にあるわが家のリビングからは、吹雪いている状況がとてもよく見えるのです。
それをずっと見ていると、心にメッセージがいろいろと届いてきます。
そして、雪は何を鎮めようとしているのだろうか、などと思ってしまうわけです。
私自身も、鎮めるべきことがたくさんあることにも気づかされます。

吹雪く雪を見ながら、今日はいろいろなことを考えました。
夜になって、吹雪はますます強まっています。
時折、家が揺れるほどの強い風の音や、屋根から雪が落ちる音がします。
思い出すことが山のようにあって、今夜もまた眠れない夜になりそうです。

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■「うまくいかない人生」

3年前に湯島を訪ねてきてくれた若い女性の方からメールが届きました。
ご本人の許可を得ていないのですが、一部引用させてもらいます。

東京を離れ、3年が経とうとしています。
相変わらず、うまくいかない人生を迷走中です。
佐藤様が時評で書かれている世の中の不条理を、残念ながら体現しております。
(中略)
一度レールを外れると、もう終わるんだなと、つくづく疲れ果てています。
(中略)
今は積極的に死へ向かおうとは思いませんが、結局ご縁もなく、雇用も不安定な自分の選択の稚拙さに、未来など全く考えられない自分がいます。
以前、「さみしい社会」を最初にして、中年の女性の方の不安についての話を何回か書いたことがありますが、若い世代にもそういう不安感が広がっているようです。
こういう不安の渦中にあると、原発問題などの問題にまで視野がいかないかもしれません。
不安を広げ深めれば、人は簡単に管理できるのかもしれません。
いまの都民は、みんな不安を背負っているのかもしれません。
脱原発がすべての基本だなどと考えている私のメッセージなどは、能天気な発言に聞こえるのかもしれません。

この2週間、「支え合いの仕組み」を自分たちでつくるしかないという思いを持った比較的若い人たちが、湯島に来ました。
おひとりは、まだ構想段階ですが、2人は既に動いている方たちでした。
活動の内容は、それぞれ違うのですが、お話を聞くかぎり、根底にある思いは通じているように思いました。
みんなをお引き合わせしたいと思っています。
しかし、なぜみんな私のところに来てくれるのかわかりませんが、そういう話をできる場が少ないのかもしれません。

いうまでもありませんが、私もまた「人生はうまくいかない」と思うことが多いです。
しかし、人生はもともと「うまくいかない」ものです。
だからおもしろい、そして、だからこそ、その人だけの人生なのだろうと思っています。
人生のレールはいろいろとあるのです。

社会のレールに乗って、充実して働いてきた人たちが、ある時に、レールの先を見て、「さみしい社会」の現実に気づくこともあることを知ってほしいと思います。
私も25年前にレールから降りた一人ですが、大切なのは、そもそもレールなどないのが人生だと気づくことかもしれません。
それに気づけば、生きやすくなるかもしれません。
そして、人はそもそも一人ではさみしいものだと考えれば、さみしい社会での生き方が見えてくるかもしれません。

こういう思いをぶつけ合って、自分たちの生き方を見直すサロンを開きたいと思っているのですが、なかなか実現できません。
やはりみんな、「うまくいく人生」の呪縛から抜けられないからかもしれません。

うまくいっていようがいまいが、自分の人生は、他の人の人生とは違う、それこそたった一つのものです。
そこにこそ、私は価値をおきたいと思っています。
さみしいのは社会ではなく、自分の生き方かもしれません。

我孫子では、雪は吹雪に変わっています。
吹雪も人生には必要だと言われているような気がします。

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■オリンピックより脱原発でしょう

雪のために自宅に閉じこもっています。
風もあって、吹雪いている感じで、このままだとかなり積もりそうです。
わが家のリビングからは外がよく見えます。
雪の降る様子を見ていると、とても無心になります。
寒々として心身が冷えるような気がする一方、邪念が消えて、平安な気分にもなります。
そして、突然に、いまの生き方はやはりおかしいなと反省させられます。
社会もおかしいですが。

今の私の関心事は、都知事選です。
最近のオリンピックにはまったく関心がありません。
選手たちはがんばっていると思いますが、私にはほとんどまったく感動する気にはなれません。
もっとやることがあるだろうと思うのです。
金メダルなど、私には卑しさの象徴でしかありません。
金メダルをかじったり食べたりする種族は、私とは別世界の人たちなのでしょう。
数年後に、そうした騒ぎが日本でも行われるというのが、なんともやりきれません。

雪を見ていると、心は少しだけ清浄になったような気がしていましたが、パソコンに向かうと、その反動か、自分の心の邪悪さが出てきます。
たとえば、上の文章のようにオリンピックを非難したくなってしまうのです。
何かを非難することは、邪悪さ以外の何物もありません。
いやな性格です。
それが見えてきてしまうとは、困ったものです。

しかし、私はいま、かなり腹立たしい思いを持っています。
都知事選に関して、です。
このままだと、原発推進勢力が知事になりそうな気配です。
脱原発候補は2人に分かれて、お互いの支持票を削ぎあっています。

脱原発に向けて、たぶん今回が最後の選挙になるだろうと私は思います。
次はもうない。
しかし、やはり脱原発側は、候補を一本化できませんでした。
これが実は選挙のマジックです。
権力やお金で一本化できる与党と違って、野党、つまり反対勢力は、多様な反対論理が生まれるために一本化できないのです。
実に腹立たしい。

雪はますます吹雪いてきています。
先が見えなくなってきているほどです。
天も、こうした動きに腹を立てているように思えてなりません。

脱原発こそが、今回の都知事選の唯一の論点だと思う私としては、本当に気が気ではありません。
オリンピックなど、見る気にはなれないのです。
Yuki2


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2014/02/07

■節子への挽歌2349:久しぶりに節子に会いました

節子
久しぶりに節子に会いました。
グリーンのセーターを着ていました。
少しやせてしまいましたね。
といっても、夢の中です。

夢で、節子の気配を感ずることは多いのですが、節子の姿を見たのは本当に久しぶりです。
死んだはずなのに、どうしてここにいるのだろうかと、まず思いました。
そうか、死んだけれどもこうやって姿が見えるのだから、それでいいじゃないか、と次に思いました。
節子は、私には話しかけずに、ベッドの布団をベランダに干しだしました。
もしかして、それが気になっていたのでしょうか。
そこで目が覚めましたが、思い出せるのは緑のセーターと布団を干してくれたことです。

それで、起きてすぐに、自分で布団をベランダに干しました。
寒い日でしたが、幸いに陽射しがあたたかでした。
今夜はたぶん太陽と一緒に、節子の温もりもあるでしょう。

まあ、こんな話は、意味もない話だと思われるでしょう。
実際に、意味もない話です。
しかし、そんなことにも大きな意味を感ずるのが、たぶん喪失体験者の実際なのです。

昨夜、「自殺に追い込まれるようなことのない社会をどう育てるか」をテーマにしたラウンドセッションを開催しようと賛成してくれた人に集まってもらいました。
そこで、フランクルのロゴセラピーの話が出ました。
フランクルは、愛する家族を失った後も、アウシュビッツで辛い体験をし、そこで「生きる意味」についての大きな気づきを得ました。
それに関しては、何回か書きましたが、フランクルはアウシュビッツで夢を見たでしょうか。
もしかしたら著書に書かれているのかもしれませんが、私の記憶にはありません。
しかし、間違いなく見たはずです。
そして、その夢がフランクルに大きな影響を与えたのではないかと思います。

朝、位牌に向って、節子にありがとうと言いました。
そのおかげで、今日は、おだやかな1日を過ごせました。
娘たちを誘って、夕食を食べに行こうと思います。
節子も、もちろん一緒です。
本当に久しぶりです。

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2014/02/06

■何が優先すべき問題でしょうか

フェイスブックに書いたことを少しだけ加筆して、掲載します。

都知事選の投票日が近づいてきました。
今日もまた、知人から「宇都宮けんじさんを応援しています」というはがきが届きました。
私が、宇都宮さんを応援していると思っている知人からです。
とてもいい活動をしている若い女性からのものです。

私が、細川さんや小泉さんの側を応援するはずがないと、たぶん私の周りの人は思っているでしょう。
普通であれば、間違いなくそうです。
しかし、だからと言って、宇都宮さんを応援するとは限りません。
私が日本の法曹界に全く信頼を置いていないことは、このブログを読んでいる人ならわかってくれるでしょう。
都知事選に出る前に、弁護士としてまともな司法改革に取り組んでほしいと思います。
しかし、だからと言って、宇都宮さんを弁護士であるという理由で忌避することもありません。

前回は、私も宇都宮さんを応援しました。
猪瀬さんに比べたら、問題なく宇都宮さんがいいと思ったからです。
しかし、今回の都知事選に関しては、前に書いたように、だれが当選するかよりも、脱原発の流れがつくれるかどうかが、私の関心事なので、宇都宮さんと細川さんの一本化を望んでいます。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2014/01/post-be6d.html
そして、この際、可能性が少しでも多い、細川さんに希望を託して、宇都宮さんには立候補をおりてほしいと思っていました。
しかし、残念ながら、それは実現しませんでした。

各論的最適解は全体の最適解にはつながりません。
敵はまさに味方の中にいるのです。
そこに悲劇があります。
問題が何かを見据えないといけません。
私にとっていま大切なことは、脱原発の流れをどう回復するかです。
そういう意味では、気が気ではありません。
福島原発の事故は、いったいなんだったのでしょうか。

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■節子への挽歌2348:人はみんな「変わり者」

節子
自称変わり者夫婦が、自称変わり者の友人と一緒に湯島に来ました。
その友人が、ここに来る人はみんな「変わり者」だからと紹介してくれました。
「そんなことはない」と、否定しましたが、そう言う人が多いので、まあそうかもしれません。

そのご夫妻は、発達障害の人たちに働き場を提供しているのですが、お2人が言うには、そういう人から学ぶことが多いのだそうです。
とてもていねいに仕事に取り組むし、とてもあったかなものを感じ、一緒に働いている人たちが変わってきたというのです。
実に共感できる話です。
私は常日頃、いわゆる「健常者」(不思議な言葉です)なる人たちのほうこそ、「異常」ではないかと思っているのですが、それを裏づけてくれる体験談です。

大切な人を喪って、人は変わります。
私の経験では、2つの変わり方があるようです。
自分の世界に向かって「偏狭」になる人と、自分の世界のむなしさ(仏教でいう空)に気づいて「寛容」になる人です。
私の体験では、喪失体験の直後は、いずれもの方向にも引き寄せられ、右往左往しますが、次第にどちらかに落ちついてきます。
どちらがいいかはわかりませんが、後者のほうが間違いなく、生きやすくなりそうです。
そして、その方向に進むと、これまでこだわってきた判断基準が相対化されていきます。
そうなると世界の風景が変わっていきます。
私が「障害を持つ人」こそ健全だと思えるようになったのは、そのおかげです。
人はみんなそれぞれに「障害」がある。
そこに気づけば、誰にもやさしく、同じ目線で接しられるようになります。
寛容さは、世界を広げ深め、心を安堵させてくれます。

みんなそれぞれに「障害」があるのと同じく、実はみんなそれぞれに「変わり者」です。
しかし、なんとなく「標準的な常識人」(そんな人はいないのでしょうが)になろうとしてしまうのが、ほとんどの人でしょう。
湯島の空間は、「変わり者」でもいいんだという空気が、もしかしたら、あるのかもしれません。
だから、湯島では、みんな「変わり者」、つまり、自分になれるのです。
ビオスではなく、ゾーエの世界。

生真面目な節子は、最初はそれになじめませんでした。
だからサロンを始めた時には、かなりのストレスだったでしょう。
カルチャーショックだったはずです。
節子には苦労させたような気がします。
でも、そのおかげで、湯島のオフィスは今も「自由」が横溢しています。
そして、相変わらず「変わり者」がわがもの顔をしてやってきています。

私は、生真面目な節子も好きでしたが、変わり者の節子も大好きでした。

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2014/02/05

■節子への挽歌2347:雪と炎

節子
朝起きたら、隣家の屋根が真っ白でした。
今年初めての雪景色でした。
大日寺の庄崎さんに、節子が白い花に囲まれているという話を聞いてから、白い風景と節子が結びつくようになってしまっています。

そういえば、庄崎さんのお話を録音してきたのですが、未だに聞きなおしていません。
もう消えてしまったかもしれません。
なぜ聞く気がしないのでしょうか。
われながら不思議ですが、ともかくいまも聞こうという気にはなれません。
思い出したくないからでしょうか。
加野さんは、いまも毎月、大日寺で娘さんとの交流を続けているのでしょうか。

電話でお話しするかぎり、加野さんは前よりもお元気そうです。
彼岸から気をもらっているのかもしれません。
私も、最近、そんな気がしています。
気をもらわなければ、やっていけないはずですし。

大日寺でのろうそくの炎の動きは、いまも鮮明に思い出します。
わが家の仏壇はとても小さなサイズなので、そこに立てるろうそくも小さなものです。
朝晩に必ず点火するのですが、炎は揺らぎません。
節子がいるのかどうか、張り合いがありませんが、平安に過ごしているからかもしれません。
しかし、小さくても炎を見ていると心は揺らぎます。
雪を見ても、心は揺らぐのですが。

雪と炎。
いずれも彼岸につながっているような気がします。
今日はいつもよりも大きなろうそくをともしました。

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2014/02/04

■節子への挽歌2346:コタツでの妄想

節子
インフルエンザが流行っています。
私は幸いに、最近は風邪はひいても、インフルエンザにはかかっていませんが、今年はどうも免疫力的に不安があります。
注意しなければいけません。

今日もあんまり調子がよくないので、自宅で過ごしましたが、最近はインターネットのおかげで、湯島に行く以上に、いろんな人と交流ができます。
コタツの中から、新潟や福岡や岐阜や福井や大阪や広島と、簡単に連絡が取れるのです。
不思議な時代です。
地域的な問題だけではありません。
今日はちょっと気の重い話まで、ネットで対応してしまいました。
もしかしたら、コタツにいたほうがいろんなことができるかもしれません。

しかも、そうしたやり取りの合間に、こうやって彼岸にいる節子ともやりとりができます。
彼岸の場合は、現在の技術ではまだ返信を期待できないのですが、そのうち、返信も来るかもしれません。

彼岸との交流に関しては、節子が元気だった頃、少し話し合ったことがあります。
もし彼岸から此岸が見えるのであれば、先に行ったほうが、何らかの形で、合図を送るようにしようという話です。
しかし、予想以上に早く節子は旅立ったため、準備不足で、確認できないままになっています。
節子はたぶんもうすっかり忘れているでしょう。
もし覚えていたら、何らかのメッセージを送ってきてもいいのですが、それがありません。
もっときちんと話し合ってよかったのですが、今となってはもう遅いです。
もう少し時間がほしかったです。

先日、古代史のサロンをやった関係で、日本の古代史の蔵書を読み直しています。
以前は、邪馬台国の場所だとか、古代王朝の変遷だとか、朝鮮半島との関係だとか、そんなところに関心があったのですが、最近は少し関心が変わっています。
現代人が考えるような、区切られた世界ではなく、もっとおおらかな世界に、古代人は生きていたような受け取り方をするようになってきています。
そういう視点で読み直していくと、古代には、「個人の生」という概念が、まだそれほど強くはなく、みんな大きな生命の一部を生きていたような気がしてきます。
個人の寿命も今よりもずっと長かったのかもしれません。
そして、もしかしたら、彼岸と此岸はつながっていたのかもしれません。

インターネットはどこまで発展するのでしょうか。
私が生きているうちに、彼岸との交流が可能になるでしょうか。
そうなるといいのですが。

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■「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」

私が関わっている、自殺のない社会づくりネットワーク・ささえあいとコムケアと共催で、「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」をテーマにした連続ワークショップセッションを企画しています。
少しずつ準備を進めていますが、いつものように、実行委員会方式で開催できればと思います。
急ですが、2月6日の夜、準備会を開催することになりました。
もし開催に賛同し、一緒に取り組んでくださる方がいたら大歓迎です。
ご関心のある方は、ご参加ください。

今回は参加できなくても、もし協力してもらえる方がいたら、引き続きご案内しますので、ご連絡ください。
会場の提供や開催への支援なども歓迎です。

今回は、開催目的や方針などを話し合えればと思います。
テーマは重いですが、本音で安心して話し合える場にしますので、気楽にご参加ください。

○日時:2月6日(木曜日)午後7~9時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf参加される方はお手数ですが、私にメールください。
qzy00757@nifty.com

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■節子への挽歌2345:以心伝心

節子
今日は節子の誕生日です。
もう何歳になったのでしょうか。
今日の我孫子は寒くて、午後から雪が降っています。
雪といえば、これまた思い出すことがたくさんありますが、今日はまったく別の話を書きます。

娘から、お父さんは突然に脈絡なく、主語や目的語のない会話をする。自分の頭の中で会話していて、それを突然話し出すので、何を話しているのかわからない。もっときちんとわかるように話してよ、と時々言われます。
たしかに、私にはそういう傾向があります。
突然に、「だから・・・」と話し出すこともあるのです。

なぜそうなったかといえば、これもたぶん節子との会話の関係です。
以心伝心、で、指示語がなくても、あるいは前置きがなくても、伝わるのが私たち夫婦でした。
そうした会話に慣れてしまうと、普通の会話が面倒になります。

ところで、先日、伴侶との会話が面倒だといった友人ですが、彼の場合は、職場での会話のほうが指示語がなくても通じ合えるのでしょう。
職場で同じ仕事に取り組んでいると、いつの間にか、そこでも以心伝心の関係が育ってくるからです。
会話しやすいのが同僚か夫婦かは、人によって違うのかもしれません。
私の場合は、夫婦だっただけの話かもしれません。

以心伝心の関係は、実に居心地のいいものです。
相手に理解してもらっているという安心感がありますから、理屈など不要なのです。
話すことさえ不要ということさえあるのです。

ところで雪の話ですが、昔は今よりも雪は多く、冬は家族みんなでコタツに入ってテレビを見たりみかんを食べたり、話し合ったりしたものです。
そうなると、以心伝心の家族関係が育ちます。
しかし、最近は、そういう光景はほとんどの家庭から消えてしまったことでしょう。
わが家は、それでも節子がいた頃には、そういう光景が残っていました。
娘の一人が結婚して家を出たこともあり、今はそんな光景はなくなりました。
コタツに入るのは、私一人です。
いまも、一人で、コタツでパソコンを打っています。
以心伝心など、育つはずもありません。

向かい側に節子がいないコタツは、あんまり心身もあったまりません。
以心伝心だった節子の心は、どこに行ってしまったのでしょうか。
この和室に、いまもいるのでしょうか。

外の雪はまだ降っています。

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■もうひとつのキリスト教

私は、子どもの頃から、協会にある十字架で喘ぐキリストに違和感があり、どうしてもキリスト教にはなじめませんでした。
血を求める残虐な神のイメージが植えつけられてしまったのです。
遠藤周作の「沈黙」は、さらにその違和感を高めました。
一方で、クリスチャンの人たちの善意と誠意を感じながらも、どうしてもキリスト教には共感できないでいます。

昨年末に河出書房新社から翻訳が出版された「『ユダ福音書』の謎を解く」を読みました。
そこに、「もうひとつのキリスト教」が示唆されていました。
とても共感できるものであり、長年の疑問が払拭された感じです。
1冊の本で、イメージが変わってしまうというのも軽率に感じられるでしょうが、私が長年求めていたことが、まさにそこに書かれていたからです。

「ユダ福音書」は、ユダの復権などという瑣末な話ではなく、贖罪論というキリスト教の根本教義に真っ向から反論する福音書です。
著者(もちろんユダではありません)は、当時(2世紀)の正統キリスト教が、礼拝において、犠牲と見なされる十字架上の死を再現し、それを聖餐において「祝う」ことに異を唱えます。
それは決して、イエスが望んだことではないというのです。
イエスは、ローマの生贄儀式を拒否しましたが、12使徒たちの司祭集団は、イエスの死は人間の罪を償う犠牲であると断言し、殉教は神に喜ばれる犠牲であったと主張することにより、結果として生贄の犠牲をキリスト教の礼拝式の中心に戻してしまったのです。
イエスは、弟子たちが聖餐儀礼を行なおうとしていることに対して、それは真実の神ではなく、間違って「あなたたちの神」を礼拝していることだと指摘しますが、その意味を理解したのはユダだけだった、と『ユダ福音書』の著者は述べています。
そして、イエスは、真実の神への信仰を、ユダに託したのです。

以上が、ユダ福音書の概要ですが、そこに大きなメッセージが込められていると、本書の翻訳者は書いています。
たとえば、犠牲という名のシステムの隠された仕掛けへの気づきです。
「「神のために死ぬ=殉教」という論理は、民衆が国家のために華々しく散っていくという論理に通じるものがあり、これは危険きわまりない論理です」と訳者は書いています。
それは、9.11後の世界や3.11後の日本の人々の意識にも、大きな影響を与えているというのです。

では、真実の神への信仰とは何か。
本書にはこう書かれています。

『ユダ福音書』は、新約聖書の福音書と同様に、永遠の命にいたる道筋を示しているが、その道筋への手がかりは、肉体としての体で生きることではない。それは、神にたいする人間の霊的なつながりの理解にかかっている。つまり、天地創造の秘義を理解し、人間が神の「似姿において」創造されていることを自覚した者だけが、聖霊の領域に住まうことができるというのである。
これだけではよくわかりませんね。
ヒントは、『創世記』にある「人間が神の「似姿」において創造された」ということです。
つまり、真の神が宿る光のなかに宿る人間の原初の本質(霊的本性)に気づくということです。
それは、いわゆる「堕天使」たちよりも、神に近いのです。
神は、私の中にいる。
仏教の思想とつながってきます。

本書で知ったのですが、人類の母であるエヴァは、ギリシア語では「ゾーエー」と言うのだそうです。
私には、実に腑に落ちる話です。

訳者の山形さんは、『ユダ福音書』の福音を「もうひとつのキリスト教」と言っています。
このキリスト教であれば、私も抵抗なく共感できます。
以前、アウシュビッツを体験したフランクルのキリスト教理解を知って安堵したと書いたことがありますが、そのことが思い出されます。

訳者のお2人が書いているように、本書は贖罪論の危険性への警告の書でもあります。
昨今のNPOブームにも気持ちの悪さを感じている私としては、ぜひ多くの人に読んでいただきたくて、紹介させてもらいました。
できれば、クリスチャンの方に、いつか本書の解説をしていただき、話し合いをもてればと思います。
問題提起してくださるクリスチャンの方がいたら、ぜひご連絡下さい。

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2014/02/03

■節子への挽歌2344:彼岸は天国か

節子
今日は節子の月命日です。
以前は月命日にはお墓参りをし、自宅で節子を偲んでいました。
ところが6年も経つと、だんだん手抜きになり、お墓まいりも行かず、外出の用事をいれてしまったりするようになってきてしまいました。
困ったものです。
節子は私のことをよく知っているから、まあそんなものだろうと笑って許してくれるでしょう。
もし私と節子との立場が逆だったら、間違いなく節子も私と同じだろうと思いますし。

今日は自宅にいることにしました。
お墓は寒いのでやめましたが。
それでもやはり外出したくなり、午後には外出してしまいました。
その気になれば、いろいろと用事はあるのです。

時評編に少し書こうと思いますが、昨日、『「ユダ福音書」の謎を解く』という本を読みました。
ユダ福音書は、確か1970年代に発見された異端の書です。
数年前から日本でも話題になっていましたが、きちんと読んだことはありませんでした。
しかし、娘が読んでいたので借りて読みました。
実に驚きの内容でした。
まさに「もうひとつのキリスト教」です。

それによれば、肉体の死の先には、不死の世界があるというのです。
ただすべての人が、そこに行けるわけではなさそうです。
この本だけではよくわかりませんが、イエスの12信徒たちは行けなかったようです。
行けたのはユダだけです。
読んでいて、輪廻転生や解脱のことを想像しましたが、これまで、彼岸は最終地なのか転生の過程地なのかは、あまり考えたことがありませんでした。
どちらなのでしょうか。
もし、転生の過程の世界であれば、節子が次の人生に転生しないうちに、彼岸に行かねばなりません。

ちなみに、「ユダ福音書」によれば、パウロは行けなかったであろう真の天国に、私はたぶん行けるでしょう。
節子もたぶん行っているでしょう。
私たちは、過剰にではなく、それなりに、自らに誠実に生きているからです。
彼岸は、永遠の最終地である天国かもしれません。
しかし、それではちょっと退屈です。
やはりもう少し転生を繰り返したい気がします。
節子はどう思っているでしょうか。

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2014/02/02

■節子への挽歌2343:たわいない話がしたいです

節子
先日、湯島に来た私よりも若い友人が、最近、妻との会話がほとんどないというような話をしました。
私には信じられない話ですが、そういう夫婦が最近は少なくないのだそうです。
その友人が言うには、ただ面倒くさいだけなのだそうですが。
なんとまあ贅沢なことかと思いますが、たしかに誰かと話すことは面倒なことかもしれません。
考えやリズムが違うからです。
この挽歌のように、勝手に節子に話しかけるのは楽ですが、もし節子がこれを読んでいたら、事実と違うとか、私はそうは思わないとか、いろいろと言ってくるかもしれません。

人はそれぞれに言葉の受け止め方も違いますし、考え方も違いますから、会話がいつも滑らかに行くとは限りません。
意図しない意味に取られて相手を怒らすかもしれません。
あるいは相手の思いを誤解して、不愉快になることもあるかもしれません。
それに一緒にいる時間が長くなると、どんな相手も気に入らないことが見つかるかもしれません。
私たちも、そういうことが全くなかったわけではありません。
むしろそういうことは年中あって、喧嘩ばかりしていたような気もします。
しかし、会話が途切れたことはありません。
いったい何を話していたのか思い出せませんが、よく話をしていました。

そういう話し合う時間がなくなったことは、私にはいささか辛いことです。
だから時々、湯島にやってきた人に無性に話したくなることがあるのです。
人は話をすることで、たぶん精神のバランスをとっているのでしょう。
この挽歌は、いわば、そうした話すことの代償行為かもしれません。
しかし、話すのと違って、書くとなるとそれなりに意味のあることを書こうと思ってしまいます。
また見栄もはりたくなります。
そのせいか、時々、書けなくなってしまうのです。

それに比べて、夫婦の話はたわいないものでも盛り上がります。
むしろ、意味がないほうが話が弾むかもしれません。
たとえば、一昨日、駅に行く途中に、見たような顔の人が挨拶をしてきました。
とっさには思い出せなかったのですが、かかりつけの歯医者さんでした。
背広姿で、しかもマスクをしていなかったからです。
夫婦の会話であれば、そんな話題でも盛り上がるものです。

そういうたわいない話ができる夫婦関係のありがたみを、会話が途絶えてしまった夫婦には教えてやりたいものです。
たわいない話をすることは、人を元気にする大切な要素かもしれません。

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