« ■「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」連続ラウンドセッション | トップページ | ■社会は生きるための生活の場なのか、稼ぎのための市場なのか »

2014/02/17

■節子への挽歌2360:「石坂線物語」

節子
滋賀発地域ドラマ「石坂線物語」が、昨日、テレビで放映されていました。
大津を中心に活動している私の知り合いも、たぶん、このドラマ制作に協力していると思い、録画しておきました。

石坂線とは、琵琶湖畔の滋賀県大津市の石山寺から坂本までを走る京阪電車です。
石山寺は、源氏物語を書いた紫式部のゆかりの寺であり、坂本は日吉神社の門前町で、比叡山への上がり口でもあります。
その真中に大津があります。
大津で乗り換えると京都の三条にも行けます。

私と節子の生活は、滋賀の石山ではじまりました。
石山寺の入り口の町です。
ですから、この京阪電車にはよく乗りました。
主に京都に行くことが多かったので、坂本の方にはあまり行きませんでしたが、途中の三井寺には時々行きました。
鐘の音のきれいな、見晴らしの良いお寺です。

テレビに登場した、石坂線の電車は、当時とあまり変わっていませんでした。
2両連結で、緑を基調とした電車です。
街中の道路を走るのも魅力でしたが、いまもなお変わっていないようです。
沿線住民の生活と関わっている電車なので、愛着を持っている住民も多く、その電車を活かしたまちづくり活動も盛んのようで、私の知人もいろいろと楽しんでいるようです。
昨年会ったときにも、そんな話をしていましたが、ドラマの話も聞いていたかもしれません。
すっかり忘れていましたが、昨日、何気なくテレビをつけたら、そのドラマが始まるところだったので、あわてて録画をしておいたのです。

今日、帰りが早かったので、そのドラマを見ました。
ストーリーはともかく、とても懐かしさを感じました。
石坂線に乗って、節子と京都に通っていた頃が、一番、私たちの楽しかった時かもしれません。
あまり記憶はないのですが、楽しかった時間の記憶は、意外とないものです。
これは、私だけのことかもしれませんが。

石山寺にも、よく行きました。
学生時代の友人が訪ねてきた時に、節子と一緒に、石山寺を案内した記憶があります。
あの時は、たしか節子は和服を着ていました。
その時の写真が記憶に残っています。
法事の時を除けば、和服の節子の記憶は、それだけです。

ドラマは、もう少し電車を主役にしてほしかったですが、そうはなっていませんでした。
だんだんと電車を舞台とする人生も少なくなってきているのかもしれません。

ちなみに、私と節子が結婚することになった最初の出会いは電車の中でした。
しかし、残念ながら石坂線ではなく、JRでした。
あの日、電車の中で、節子に会わなかったら、私たちはたぶん結婚しなかったでしょう。
人生とは、本当に不思議なものです。

|

« ■「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」連続ラウンドセッション | トップページ | ■社会は生きるための生活の場なのか、稼ぎのための市場なのか »

妻への挽歌12」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌2360:「石坂線物語」:

« ■「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」連続ラウンドセッション | トップページ | ■社会は生きるための生活の場なのか、稼ぎのための市場なのか »