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2014/02/19

■節子への挽歌2362:節子の日記をどうしたらいいか

節子
相変わらず私の仕事部屋は散らかっています。
今朝も娘のユカから、歳も考えて、少しは資料や書籍を処分したらといわれてしまいました。
自分でもそうしたいと思うのですが、なかなかそれができません。
資料は、私の人生の記録ですし、書籍もまた愛着があります。
書棚を見ていて、昔読んだ本がまた読みたくなることもあります。
一度も開いたことのない書籍を見つけると、なにやら罪悪感が生じて、数日、デスクの上に置いておくこともあります。
読まれることなく処分されてしまう本には、申し訳なさを感じます。
しかし、今ある蔵書をすべて読むなどというのはもう不可能でしょう。

もっとも、だからと言って、まったく無駄だったわけではありません。
書籍は不思議なもので、本の背を毎日見ているだけで、内容が感じられることもあります。
いざとなったら読めばいいという安心感もあります。
数巻から成る、日本古代史とか中世史などの本は、ほとんど読んでいません。
せいぜい読んだのは3~4巻でしょうか。
早川書房のSF全集などはたぶん1冊も読んでいません。
読みたい作品は、全集ではなく、単行本で読んでいるからです。

読みもしない本を、節子がいた頃はよく買いました。
その頃は、書籍が並んでいるだけで、何だか幸せになれたからです。
私は、お金をほとんど使いませんが、書籍代だけはいくら使っても、節子は何も言いませんでした。
わが家の出費科目では、書籍代が一番多かったかもしれません。
そのおかげで、わが家には書籍があふれています。
節子は、いつも、修がいなくなったらこの本はどうすればいいのか、と話していました。
しかし、その問題を解く必要は、節子にはありませんでした。
私よりも、先に逝ってしまったからです。

節子が残した問題は、節子の日記です。
節子は日記が好きだったからです。
さて、この日記をどうすればいいか。
私の本も大変ですが、節子の日記の処分も大変です。

節子の日記には、節子の思いがたくさんこもっているでしょう。
日記を開くと、何やら飛び出してきそうで、なかなか勇気が出てきません。
たぶん、読まずに終わりそうです。

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