« ■もうひとつのキリスト教 | トップページ | ■「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」 »

2014/02/04

■節子への挽歌2345:以心伝心

節子
今日は節子の誕生日です。
もう何歳になったのでしょうか。
今日の我孫子は寒くて、午後から雪が降っています。
雪といえば、これまた思い出すことがたくさんありますが、今日はまったく別の話を書きます。

娘から、お父さんは突然に脈絡なく、主語や目的語のない会話をする。自分の頭の中で会話していて、それを突然話し出すので、何を話しているのかわからない。もっときちんとわかるように話してよ、と時々言われます。
たしかに、私にはそういう傾向があります。
突然に、「だから・・・」と話し出すこともあるのです。

なぜそうなったかといえば、これもたぶん節子との会話の関係です。
以心伝心、で、指示語がなくても、あるいは前置きがなくても、伝わるのが私たち夫婦でした。
そうした会話に慣れてしまうと、普通の会話が面倒になります。

ところで、先日、伴侶との会話が面倒だといった友人ですが、彼の場合は、職場での会話のほうが指示語がなくても通じ合えるのでしょう。
職場で同じ仕事に取り組んでいると、いつの間にか、そこでも以心伝心の関係が育ってくるからです。
会話しやすいのが同僚か夫婦かは、人によって違うのかもしれません。
私の場合は、夫婦だっただけの話かもしれません。

以心伝心の関係は、実に居心地のいいものです。
相手に理解してもらっているという安心感がありますから、理屈など不要なのです。
話すことさえ不要ということさえあるのです。

ところで雪の話ですが、昔は今よりも雪は多く、冬は家族みんなでコタツに入ってテレビを見たりみかんを食べたり、話し合ったりしたものです。
そうなると、以心伝心の家族関係が育ちます。
しかし、最近は、そういう光景はほとんどの家庭から消えてしまったことでしょう。
わが家は、それでも節子がいた頃には、そういう光景が残っていました。
娘の一人が結婚して家を出たこともあり、今はそんな光景はなくなりました。
コタツに入るのは、私一人です。
いまも、一人で、コタツでパソコンを打っています。
以心伝心など、育つはずもありません。

向かい側に節子がいないコタツは、あんまり心身もあったまりません。
以心伝心だった節子の心は、どこに行ってしまったのでしょうか。
この和室に、いまもいるのでしょうか。

外の雪はまだ降っています。

|

« ■もうひとつのキリスト教 | トップページ | ■「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」 »

妻への挽歌12」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌2345:以心伝心:

« ■もうひとつのキリスト教 | トップページ | ■「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」 »