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2014/02/12

■富国とは「人民が概して貧しい国」である

寒気が首都圏の上空に居座ってしまったようで、今日も寒い日になりました。
寒さは、心身を萎縮させます。
原発反対の立場にいる以上、寒いからといって、エアコンを使うわけにもいきません。
外出するのが一番いいのですが、あんまり体調もよくありません。
今日は大事をとって、在宅です。
コタツにもぐりこむしかありません。
そんな時に読む本としては、「石器時代の経済学」ではないかと思い(あんまり論理的ではありませんが)、書棚から探し出して、読み始めました。
20年以上前に読んだ本ですが、なぜか最近読んだ2冊の本に、言及されていたのです。
それに前回は、たしか途中で挫折して読了していないのを思い出したのです。
読み出したら、最初の頁に、以前読んだ時に蛍光ペンでマークした文章がとびこんできました。
こういう文章です。

あふれる豊かさへ至る道は2つ可能だ。欲望は、多く生産するか、少なく欲求するかによって、〈たやすく充足〉できる。
その先に、もっと刺激的なフレーズがありました
貧国とは「人民が安楽に暮している国」であるが、これに対し富国とは「人民が概して貧しい国」である。
ある経済学者の言葉のようです。
だれの言葉か気になって調べましたが、わかりませんでした。

この文章に出会っただけで、もうこの本は読み終わったような気になりました。
たぶん、前回もそうだったのかもしれません。

少し暖かくなりました。
コタツの電力を節約して、動き出すことにします。
こうやってまた風邪をこじらせていくわけですが、石器時代には風邪などなかったでしょう。
しかし、気づいたらもう正午すぎです。
今日は家には私一人なので、食事を作らねばいけません。
さてどうするか。
石器時代人なら、「少なく欲求することで飢えを充足」したかなあと思いながら、やはり冷蔵庫を探すことにしました。
困ったものです。はい。

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